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恋よりも、命よりも

作者:ぽてと
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青春の終わり5

戦争が激化して、
何もかも我慢しなくちゃいけなくなってしばらくの間の事は、正直思い出したくない。
良かった事は、死んじゃったと思っていた清さんが戻ってきた事くらいだった。

トモは死んで、
タッチーが好きになった速水中尉は人間魚雷として戦死して、
リュータンさんは酷い火傷を負って。
みんな、宝塚からいなくなった。

戦争って、何なんだろう。
戦争に勝ったら、何が得られたんだろう。
戦争に勝っていたら、
トモは大劇場の舞台の上で死ねたんだろうか。
速水中尉は戦地から戻ってこれたんだろうか。
リュータンさんは酷い火傷を負わなくて済んだんだろうか。

「そんなのわからん」
涙を流しながら訴えた私に、おさむ君は呟いた。
「戦争に勝ったかて、きっと空襲はあったやろ。そしたらやっぱり、空襲で焼け出される人はいるはずや。大劇場だって焼けて使い物にならなくなってたかもわからん。リュータンさんも別の場所で怪我してたかもしれん。
戦争に勝ったかて、攻撃にはいかなあかん。速水中尉かて、人間魚雷にはならんでも、戦死する危険はあったはずやし。
…戦争に負けたから、こんなに辛くて苦しい生活になってしまったんじゃなくて、戦争をしたから、こんなに辛くて苦しい生活になったんとちゃうやろか」

戦争なんて、しなければ良かったんだ。

そうしたらいつまでも、いつまでも、宝塚で、舞台の上で、
リュータンさんや、タッチーや、エリやトモ、みんなで。
永遠に「タカラジェンヌ」として輝けていたかもしれないのに。

戦争は終わった。

リュータンさんは退団して、影山先生と披露宴を挙げた。
エリはもう退団して、清さんと新しい生活を始めている。
トモは…「もう空襲はないから」と、近々納骨式をするらしい。
タッチーは雪組のトップになる。

じゃあ、私は?

私はどうしたらいいんだろう…







「かまぼこ!食うてるか!?」
「リュータンさん!!…食べてますよぅ。お肉とっても美味しいです!!」
ちょっと考え事をしてたら、燕尾服で披露宴の招待客をもてなしていたリュータンさんが、声をかけてくれた。
いけない、せっかくの目出度いお式なのに、暗い顔しちゃってたかな?
ちょっと反省しながら、急いで笑顔を作る。
「そうやろ、そうやろ!この日のために、神戸中の肉屋を掛けずり回って用意させた極上の松坂牛や!
…思い出すなぁ、あんたらの初舞台ん時も、この店で、こうしてみんなですきやき食うたんやったなぁ」
楽しかったなぁ、と、どこか遠くを見るような目で、懐かしそうにリュータンさんが言った。
「覚えてくださってたんですか?」
「当たり前やろ!私はトップスターやで、トップっちゅうもんは、下の者が何も言わんでも、下の者の気持ちを思いはかって動かなあかんねん。そのためには、色んな事をちゃんと覚えておかなあかん!…けどまぁ、あんたらの期は特別や」
そう言って、リュータンさんは少し寂しそうに笑った。

「トモが、いたしな」

「……………………」

「それに、私の次を任せるタッチーもいる」
「そうですね」
「かまぼこもいるやないの」
「…………………………え?」

まさか自分の名前が出るなんて思ってもみなかった私は驚いた。

「あんたらの期は確かにスター候補がたくさんいて、かまぼこは踊りが結構上手いのに、目立てなかったところはある。でもな、かまぼこ、あんたにはあんたの良さがちゃんとあるんやで」
「リュータンさん…」
「確かにあんたの踊りは重かった、けど完璧やった。私の踊りには、…もしかしたらタッチーの踊りにも、あんたの踊りは合わんかもしれん。私もタッチーもバレエから習い始めてるしな。
でも、あんたは『完璧』なんや。それがどんなに重要か、わかるか?」
ほら、もっと肉食わんか、とか言って私のお皿にお肉をのせながら、リュータンさんは言い続けた。
「『かまぼこに後ろ任せておいたら安心や』毎回そう思いながら舞台に立てるんや。
私は天下のリュータンや、自分だけなら完璧や、自信がある。でも、後ろも完璧なら最高やないの!あんたがいるおかげで、お客様にはいつも前も後ろも完璧な舞台を提供する事ができたんやで」
それってすごい事やろ、なぁ?と言われたけど、答える事が出来なかった。

涙が出てきた。

口をあけても、嗚咽しか出そうにない。…返事なんかできそうにない。

「………っ、リュっ、…タンさん、わたしっ」
「なに泣いてんの、しゃきっとしぃ。…あんたかて、次の娘役トップ候補なんやで」
わたるさんに聞いたんやけどな、と、影山先生とタッチーの方を見ながらリュータンさんは続けた。
「どうも次の娘役トップ、もめてるみたいやな。…あんたらよりも下級生は戦争で、どうも上手い事育ちきれてないし。あんたらの期も、まだ戻ってこれるかどうかわからん生徒も多い。なにより、タッチーに合いそうなのがどんなタイプかがわからんみたいやな、戦時中でロクに公演もできへんかったし」
「……」
「それでもタッチーは決定や、他に人気のあるジェンヌはエリくらいやったけど、既に退団してるし、なによりこのリュータンが認めてるんやしな!…まぁ、しばらくは娘役トップは何人かで回しながら、という事になるんやろうな」
だから、しゃきっとせなあかん。

「それに私かて、今日は一つの『区切り』の日や」
「…え?」
「『くーぎーり!』嶺野白雪も、リュータンも永遠や!…でも、もう『タカラジェンヌ』ではない。
わたるさんと結婚したしな。乙女ではなくなったなぁ?」
ニヤニヤ笑って首をかしげたリュータンさんをみながら、少し顔が赤くなってしまったかも。
…乙女じゃなくなったって、そんなあからさまに言わなくても…
「うちは退団公演はせぇへん。このキズを恥ずかしいと思うてるんやないで?ただ、お客様にとっての『宝塚の嶺野白雪』は、あくまでも火傷のなかった頃のうちでありたいと思ってる。その代わりに、今日の披露宴を開いたんや」
「リュータンさん…」
「大好きだった大劇場の代わりに、大好きだったこのすき焼き屋で。大好きだった、もう着る事のない燕尾服を着て。これから寄り添って生きていくわたるさんと一緒の晴れ舞台を、あんたらに焼きつけることが、このリュータンの『退団公演』や!」
だから、泣くんやない、あんたもしゃきっとして肉でも食っとけ。
リュータンさんはそう言って、他の招待客の方に行ってしまった。

私は…

私は。
嬉しさと、戸惑いと、ごちゃごちゃで。
整理もつかなくて、地に足もつかない感じで、でも。

でも。

ああ、やっぱりリュータンさんはカッコいい。

私もリュータンさんみたいに、強くありたい。

今はまだ、何をしたらいいのかよくわからないけど、それでも。

リュータンさんみたいに、今日のこの日を『区切り』にしよう。

戦争をしてしまったから。
戦争に負けてしまったから。
友が死に、知人が死に、大勢の人と別れ、孤独を感じてしまったから。
だからあの「楽しかった日々」を懐かしんだり、後悔したりする繰り返しの中で埋もれていくだけになっている自分にサヨナラしよう。


「リュータンさん!待ってくださいよう、私そっちのお肉も食べたい!!」


青春は、終わった。

キラキラしていた、少女だった日々は終わった。

でも、私は。

いつまでも、「紅花ほのか」で、「紅」で、「かまぼこ」
それでいい。

もう始まっている「今」を、
自分らしく、たくましく。
いつも胸に秘めている「清く、正しく、美しく」のタカラジェンヌらしさも忘れずに。
明日に向かって、前を向いて顔をあげて歩んでいこう。
青春が終わっても、私は私らしく歩んでいくんだ。

そう決意した、秋の良き日。  
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