最不人気使いの最強戦士
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02
前書き
続きを思いついたので更新。
《瞑想》。精神集中風のポーズをとることで、HP回復量や攻撃力を強化するサポート系スキル。ただし、その性能は《微妙》とされ、《ソードアート・オンライン》正式サービスにおいて、このスキルを使う者はごくごく少なかった。もともとサポートスキルであると同時に、非常にマイナーなスキルであるため、マイナー好きプレイヤーの多くがこのスキルを使用し続けたものの、しかしさほど愛用したわけでもなかったようだ。
その中で、たった一人、《瞑想》スキルを愛用し、末には『《瞑想》スキルの隠された能力』を開眼させたプレイヤーがいた。
これは、彼の物語、その一端。
――――――
悪夢のデスゲーム、《ソードアート・オンライン》ことSAOが始まってから、そろそろ一年半になるだろうか。舞台である鋼鉄の浮遊城、《アインクラッド》の攻略は第六十一層まで進んでいた。
現在俺がいるのは、アインクラッド第五十層である。主街区はどこぞの電気街を彷彿とさせる煩雑の街《アルゲード》。その裏路地の圧倒的多さと入り組みの深さといえばもう死にたくなるくらいの物で、実際はNPCに十コル(コルトはこの世界のお金の単位である。一コル一円相当)ほど払えば転移門広場まで案内してくれるらしいのだが、たまに地図も金もない、低層から観光に来ただけのプレイヤーが迷って、ゾンビのごとくうろついているという噂がまことしやかに語られているくらいである。
因みに今俺が、こうして裏路地を迷わず進んでいられるのは、ひとえに『アルゲード裏路地コンプリートマップ』という、どこのだれが作ったのかよくわからない地図によるものであった。一冊百コル。いやね、もう地図最高。どの道を行けば近いのかとか、どこの道を通るべきなのかとか一瞬でわかってしまう。これは必需品だね。失ったら二重の意味で死ねるね。うん。裏の方に某千葉なのに東京なテーマパークのロゴとよく似たマークが付いている。あれ、これどっかで見た様な……?
とりあえずこれは俺の脳内回想なのであって、誰かが見ていることとかまずありえないわけだが、『他人の脳内回想を読む』とかそう言う類の変な能力を持っている人がいた場合に備えて(どうやら前回、なぜ俺が『《瞑想》スキルの隠された力』を獲得したかを回想したのを読んだ人々がいたらしい。恐ろしや)、どうして俺がこんな入り組んだ裏路地に入り込んでいるのかを説明しようと思う。
理由は簡単だ。知人の営んでいる雑貨屋に、アイテムを売りに来たからである。
エギルという名前のそのプレイヤーとは、一年ほど前、まだアインクラッドの攻略がこれがさっぱり全然進んでいなかった頃――――そして、俺が《瞑想》スキルの隠された力を手にするどころか、エクストラスキルを1つも手に入れていなかった頃に出会った。ボス攻略に参加するためにレベル上げをしていた彼とその友人のパーティーに力をかしたのだ。その後も何度か連絡を取り合い、そこそこ彼とは親しい友人になっている。彼が50層アルゲードの裏路地に雑貨屋を開店する時には、資産調達の手伝いなどもした。開業記念パーティーにも、もう1人の開業の立役者である友人のキリトと共に参加した。
エギルにはその後も随分世話になった。そのため、俺は時折アイテムを売るべく彼の店に足を運んでいるのである。ついでにアイテムも買って行く。金を経由する物々交換である。ギブ&テイク。これってマブダチ?因みに彼の店は普通に比較的入り組んでいない道に入ったところにあるのだが、たまたま俺がこの裏路地を通っているだけである。しまった、転移門広場に戻れば良かったかもしれん。良く考えるとそっちからの方が近い。
「っとぉ……」
「きゃっ!」
そんなことをぼんやりと考えていたせいか。俺は前方から走ってきたプレイヤーに気付かず、そのプレイヤーと正面からぶつかってしまった。幸い地図を落とすことも無く、主街区の中なのだから当然ダメージも無い。
これは大きな村や街に存在する《犯罪防止コード》という奴の影響で、これの《圏内》では、プレイヤーはデュエルなどの特殊な手段を使わない限りダメージを受けることはない。
それだけではない。SAOでは犯罪を行っただプレイヤーは、頭上のカラーカーソルがオレンジ色に変わる…これをとって、犯罪者プレイヤーのことを《オレンジプレイヤー》と呼ぶ…のだが、このオレンジプレイヤーが《圏内》である街の中に入ろうとすると、鬼のように強いNPC衛兵が大挙して押し寄せ、犯罪者を《圏外》に叩き返してしまう。つまり、《圏内》にいる限り、プレイヤーは絶対安全なわけである。
が、裏を返せば、《圏内》から一歩でも《圏外》に踏み出せば、その瞬間から死の危険が付いて回ることになる。それに、いつまでも《圏内》の安全が保たれるわけではないだろう。いつか必ず、《犯罪防止コード》の加護が立たれる日が来ると、俺は予想していた。大体こういうデスゲームで、『解決』と『安全』は共存できないのだ。解決が近くなるとこういった安全措置は消えてなくなるのはお約束である。なんでそんなことが予想できるのかって?そう言うフィクションもの読み漁ったことがあるからだよ。意外だったかね?……俺は誰に話しかけているんだ。
「おい、大丈夫か?」
「ごめんなさい、こちらの不注意で……ご、ご迷惑をおかけしました……!」
「いや、別に……ん?」
そこまで半オートモードで会話をしていた俺は、会話の相手の声が妙に高いことに気が付いた。あれ、これって……。
恐る恐る会話相手の方を見る。年齢は俺と同じか少し下くらいだろうか。明るい茶髪は、毛先がふわりと広がるような形でツインテールにされている。しかも毛先はピンク色だ。蜂蜜色にカスタマイズされた瞳を持つ顔は、ちょっと今まで見たことがないほどに整っていた。装備は女性用の物だし、きちんと胸部は盛り上がっている。
――――うん。ほぼ間違いなく激レアな女性プレイヤーである。しかもさらに激レアな美少女である。
SAOでは、ゲーム開始初日にプレイヤー全員のアバターの容姿が、リアルの容姿に戻されている。これはハードである、今は俺達の命を縛る死の枷、《ナーヴギア》のフルフェイスメット型構造によるものと、SAOの初期セットアップ時に、体の動きをチェックする為、と偽って導入された《キャリブレーション》という自分の体をぺたぺたさわる行為によって再現されたもので、その再現度は相当の精度の物であり、特に顔の大まかな造形はほぼ100%といっていいほど完璧に再現されていた…もっとも、デスゲーム化後のSAOのアバターでいじれるのもまた、その顔の目の色と髪の色、そして髪型だけなのだが…。ちなみに複数の色によるトーンカラーリングを行う着色アイテムは非常に高価なので、目の前の女性プレイヤーは結構…嫌な言い方になるが…やり手、という事になる。
容姿が元に戻る、という事は、性別も元に戻るという事である。SAOの女性プレイヤー比率は全体の三割にも満たない状態となり、その多くが今もまだ第一層の《はじまりの街》に籠っているか、中層にいるかだろう。最前線で活躍している女性プレイヤーはさらに少なく、俺が知っているのは《血盟騎士団》の副団長・《閃光》アスナくらいである。
ちなみに余談ではあるが、性別が違う体を使用していると強い違和感があるらしく、とくにフルダイブゲームであるSAOではそれが顕著だ。さらにはアーガス社内の開発チームによるテストでは、長時間異性の体を使用したプレイヤーはログアウト後に激しい不快感を覚え、さらには精神が多少使用していた体の性別に引っ張られるという危険な研究結果が出たという。デスゲーム期間中に異性の体を使って不快感を得る事の無いように、性別が元に戻されたのは、開発者であり、デスゲームを始めた張本人でもある茅場晶彦のわずかな慈悲だったのだろうか。
とにかく、女性プレイヤーは凄まじく少ない。その中に本物の美少女などどれだけの数がいるだろうか。熱狂的なファンクラブすらあるアスナを始めとして、両手で数えることができるほどしかいないだろう。もっとも、人によって好みは分かれるが。俺の知り合いには根暗な腐女子じゃないと勃たないと豪語する奴がいる。変態だ。
と、言うわけで、この目の前の女性プレイヤーは、そんじょそこらのS級モンスターごときよりもよっぽどレアリティの高い存在であると分かっていただけただろうか。……この脳内ナレーションを読んでいる人間がいるとはにわかに信じがたいのだが。けどいたんだから奇妙なことだよなぁ。噂では1000人くらいいたらしい。地味に多いな……。
「と、とにかく、本当に申し訳ありませんでした」
「いや、いいよ別に。何か迷惑だったわけでもないし。……今後は気を付けろよな。男プレイヤー全員が俺みたいな奴なわけじゃぁないよ」
「は、はい。あの、本当にすみませんでした!」
ペコペコ頭を下げながら去っていく女性プレイヤー。しっかし良く謝る奴だったな。
エギルの店には、その五分ほど後に到着した。店を訪れていたプレイヤーの一人が、そこそこ高価なアイテムを売りに来ていた。が、店主はそれを法外、と言って良いほどの安さで買い取ってしまった。失意のままに店を出ていくプレイヤー。まったく、いくら『安く仕入れて安く提供する』のがモットーといってもねぇ。
「よう、エギル。相変わらずセコイやつだなオイ」
「シヴァじゃねぇか!久しぶりだな、しばらく見てなかったから心配したぜ」
そう言って、小さな子供が見れば逃げ出すような笑顔を浮かべる、禿頭の大男。チョコレート色の肌に、ぎらりと光る眼。雑貨屋であると同時に一流の斧使いでもあることを象徴するような、がっしりとした体つきだ。恐らく純日本人ではないのだろう。彼がエギル。俺やキリトの様なはぐれ者の面倒を見てくれるしっかり者の一面もある。
そうそう、シヴァ、というのは俺のプレイヤーネームだ。世界各国のカルト宗教から引っ張りだこの破壊の神からとった。何でそんな名前を付けたのか?……気分だ。一年前の俺の若さゆえの過ちだ。
だがこの名前は惜しいかな、短いがゆえに愛称をつける意味がない。というわけで俺は会話する時にはこの黒歴史であるプレイヤーネームを呼ばれなくてはならないわけである。しっかし本当に何で俺はこんな名前を付けたのかな……やめときゃよかったと後悔しても、SAOに今のところ名前を変えるアイテムは無い……と思う。
「今日はどうした?なんか買ってくのか?」
「その逆だよ。アイテム売りに来た」
そう言って、バッグの中からアイテムを取り出す。
それは、金色の鉱石だった。光り輝くその外面からは、一級品の香りがプンプン漂ってくる。
「《黄金郷の鉄鉱石》……SS級鉱石じゃねぇか……どこで手に入れてきたんだ?」
「ん?ああ、暇だったから採ってきた」
「暇だったらって、お前……《黄金郷の鉄鉱石》といやぁ、《アシュレイの秘石》と並んで超入手困難って言われるアイテムだぞ。こんなの……」
「まぁ、な……本当に暇だったから採ってきたとしか言いようがないんだが」
もちろん、俺もSS級アイテムをわんさかとれるほどの幸運値があるわけでもない。いや、無かった――――と言うべきか。
俺は半年ほど前、散々こと愛用してきた《瞑想》スキルに、隠された能力があることを発見した。《チャクラ解放》と呼ばれるその能力のうち、《第三チャクラ》は、俺に圧倒的なまでのドロップ率ブーストを掛けたのだ。モンスタードロップも、チェストドロップも、採掘も、ちょっと信じられないほどの成功率だ。
《チャクラ解放》は、《瞑想》スキルによって使用できる通常のスキルではなく、どうやらModに分類されるようだった。Modとはモディファイの略で、スキル熟練度の上昇によって使用可能になるオプションのことだ。ほかには武器スキルのMod《クイックチェンジ》のような特殊な物や、ソードスキルの使用可能制限制限を短縮する《クーリングタイム短縮》などの一般的なものまで多種多様だ。
現在《第一チャクラ》《第二チャクラ》《第三チャクラ》《第四チャクラ》の使用が可能になっている。《チャクラ解放》の能力スロットには、全部で九つの空白があり、その内四つが埋まっている。
特定の階層が攻略されると《チャクラ解放》が行われるらしく、俺は次の《第五チャクラ》は恐らく第六十四層で解放されるだろうと睨んでいる。なぜならば今まで、チャクラはそれぞれアインクラッドが14層攻略されるごとに、15層目に俺が降り立った瞬間に解放されたからだ。《第四チャクラ》はアインクラッド第五十層(つまりこの階層だ)が攻略された後、五十一層主街区に様子見をしに行った際に解放された。
「とりあえず買い取り頼むぜ」
「お、おう……」
こういった高価なアイテムは、プレイヤーに売るよりはNPCに打った方が高値が付く場合が多い。今回この鉱石を拾ってきたのは、単にエギルにレアアイテムをやろうという善意からだ。実はこのアイテム、チャクラの影響なのか一般プレイヤーの想像を絶する数(別に三ケタ以上あるわけではないが一応十は超えている)あるため、ほとんど無償提供といっても過言ではない。それに俺は第一から第三までのチャクラの影響で、モンスターを倒した時に手に入るコルの量が異様にブーストされている。金には困っていない……今のところ。
もっとも、簡単にばらまくわけにはいかない。俺が《瞑想》スキルに起源をもつ奇妙なスキルを有していることは一部の人間以外しらないし、可能な限り注目を集めたくないというのもある。
「えーっと……12500コルだな。おいおい、今週の売り上げの半分もってくなよ」
「そいつを売ったらその二倍は入るんじゃねぇの?」
「違いねぇな」
ははは、と大笑するエギル。
さすがにあれだけの金をふんだくっていくわけにもいかず、転移結晶をいくつか買い込んだ俺は(チャクラ能力ですら、残念ながら転移能力をもったモノはないため、転移結晶は非常に重宝する)、エギルの店を出た。
「さーて、何するかねぇ……」
基本的に、俺は最前線では戦わない。《攻略組》と呼ばれるプレイヤーの一人ではあるので、一応ボス戦には参加するが、迷宮区攻略などはあまりやらない。ボス戦でも、この頃は力をセーブしなければならなくなってくるほどだった。
あの日、この《瞑想》スキルの隠された力を解放してしまってから、俺のSAO生活は大分変ってしまった。できればもうこんなどんでん返しは起こってほしくない。
だが悲しいかな、変化はまだあといくつか残っていた。そのうちの一つは、この時もうすでに始まっていたのかもしれない。
何が起こったのか。察しのいい諸君にはもうお分かりだろう(人の脳内ナレーションを覗く能力のある人々だ。きっと察しも良いに違いない)。まぁ、詳しいことは追々語るとして、今回のところはこれで幕引きにしておこうと思う。
「それにしても腹減ったなぁ……」
焼き取りでも食いに行くか。
俺はアルゲードの裏路地を、焼き鳥屋目指して歩き始めた。
後書き
お久しぶりです、神話巡りです。何を思ったか『最不人気使いの最強戦士』の二話目を更新してしまいました。一話目が思いのほか評価をいただけてうれしいです。
続きは出るか分かりませんが、今後もよろしくお願いします。
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