フェアリーテイルの終わり方
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八幕 Sister Paranoia
9幕
前書き
嘆き の 妖精
長く尾を引く悲鳴がホールを満たした。
直後、〈穴〉から噴き上げるマナの乱気流が黒く染まり、エルはリドウもろとも吹き飛ばされた。
〈穴〉から這い出るそれらの黒は全て輪郭のないモンスターに変じた。
影のモンスターでホールがぎゅうぎゅう詰めになる。鳥、獣、虫、人型、魚。影法師のオンステージ。
(これ全部、フェイが一人でやったの?)
エルが呆然とする前で、フェイがゆらりと立ち上がった。左腕にはメスが刺さったまま。左手の線状の穴から血がポタポタと床に落ちていく。
目の前に立っているのが妹なのだと信じられなかった。
すし詰めのシャドウモンスターの内、シャドウスカルの一体がエルに手を伸ばす。やっ、と頭を覆ったエルを、シャドウスカルは抱き上げた。
戸惑うエルに構うことなく、
「え……きゃああああああ!!」
シャドウスカルは大ジャンプして〈穴〉を飛び越えた。
着地したシャドウスカルに下ろされたエルをすぐさまルドガーが受け止める。
「エル、大丈夫か!?」
「ルドガーっ」
シャドウスカルはそれで役目を終えたとばかりに影に戻り、とぷんと消えた。
「まとわりつくな、この!」
ルドガーにしがみついたままふり返る。他のシャドウモンスターはリドウやエージェントたちを襲っている。
襲うように、妹が腕を上げた先に雪崩れ込んでいる。
シャドウモンスターの猛攻に、一人、また一人とエージェントが動きを封じられ、リドウへの道が開いた。フェイはその道を歩いてリドウを目指す。手には、とぷんとした闇で構成された斧が握られている。
シャドウモンスターに絡みつかれるリドウの前に立ったフェイ。やめて、と叫んでもフェイは止まらない。ジュードやアルヴィンの制止も届かない。
フェイが何の呵責もなくその斧を、リドウの脳天に振り下ろそうとした。
斧がリドウを傷つけることは、――なかった。
誰かがフェイの手首を後ろから掴んで止めたのだ。
「そこまでだ」
ミラと同じでいて、ミラにはなかった凛とした声。
フェイを止めたのは、ミラの外見をした、エルの知らない女だった。
…
……
…………
エルが何かを叫んでいる。涙声で。
おかしな話だ。いつも慰められるのは自分なのに。ここの所ずっと、姉の泣き声ばかり聴いている気がする。
「ん…」
「お、起きたか」
アルヴィンの声だ。やけに近い。フェイはとろとろと瞼を上げて、自分がアルヴィンにおぶさっている格好だと初めて知った。
「アルヴィン…何で?」
「覚えてないのか。おたく、船の中で、精霊術のオーバーワークでぶっ倒れたんだよ。――立てるか?」
こく。肯く。アルヴィンが屈むのに合わせて、フェイは両足を地に着けてその場に立ち上がる。ふらついたが、アルヴィンが支えてくれた。
鈍く痛む頭を巡らせてその場の顔ぶれを見回す。いるはずの人が、いない。
「ねえ。お姉ちゃんとルドガーは……」
「フェイリオっ」
「……マルシアのおばちゃん」
〈妖精〉でなくフェイを心配する色のラベンダー・アイ。姉とルドガーの翠眼の次にフェイが好きな色だ。
「ヘリオボーグから出られたと聞いてたけれど。こんな場所で会ってしまうなんて」
「出た。今はただのフェイ。フェイ・メア・オベローン」
「分かったわ……こうしてちゃんと会うのは初めてね」
マルシアは眦を緩めて、フェイの横の髪を耳にかけた。
マルシアの手に触れようと左手を挙げて、フェイは左手に包帯が巻かれていることにやっと気づいた。
「おばちゃん、ヘーキだった? ケガしてない?」
「大丈夫。私より、あなたのほうこそ――辛かったでしょう」
答えられなかった。そんなフェイを、マルシアはそっと抱き寄せて背中を叩いてくれた。
「あなたたちのおかげで無事、調印式も行えたわ。私はこれから仕事だけど、あなたは一人で大丈夫?」
「ダイジョウブ。一人じゃないから」
「そうだったわね。――何かあったら連絡をちょうだい」
マルシアは秘書官と共に、ガイアスとローエンに暇を告げて場を去った。
後書き
オリ主が何かを振り切ってしまう直前のこと。
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