路地裏の魔法少年
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第1部 笑え!運命!
第1部その1:凹んでなんか居られないんじゃね?
前書き
嘘みたいだろ…
プロローグ最終章だったんだぜ…前回
んな訳で第1部。
所謂PT事件編解決までの予定でございます。
休日明けの月曜日の事である。
ここ、海鳴市立第2小学校3年1組の教室は幾重もの談笑に包まれていた。
週の始まりという事もあり、生徒達の話題は専ら週末の出来事等についてが殆どで、仲の良いクラスメイト同士の様々な会話が飛び交う賑わいを見せていた。
そんな少年少女達の姿に混じって一人、左の頬に大きめのガーゼを張り付けた日野槍一は黒板の方を向いたまま何処か遠い目をして自分の席に座っていた。
当然ながらその姿はクラスで最も浮いており、何かしらの負傷を受けた事を知らせる大きめのガーゼのインパクトと相まって時折クラスメイトの数名が彼の方にチラチラと視線を送っていはいるのだが、近寄りがたい雰囲気を醸し出している彼に対し積極的に関わろうとする者は総員30名の学級内において、ただ一名を除き誰も居なかった。
その一名こそが槍一の前席に座る彼の親友こと五十鈴啓太である。
「週の初めっからworld endみたいな面して、なしたんだよ一体?」
「……ああ」
「何だ?遅れて来たサザ○さん症候群か何かか?」
「……ああ」
「違うのか、そしたらアレか?たむしが出来てインキンパークにでもなったか?それとも暗し暗心クラミジアンとかそういう病気移されたんか?」
いつもの調子のおちゃらけた口調で槍一は尋ねるのだが、帰って来る返事にはまるで覇気が無い。
あまつさえ、齢9つの少年が口走るものでは到底無い下ネタを交えたボケですら空振りに終わる始末である。
何を言っても「……ああ」しか答えない友人に、啓太はいよいよ尋常では無いと彼に対する危機感を募らせていた。
「…おいマジでどうしたんだよ槍一、大丈夫か?」
「……ああ」
両肩に手を置いて揺さぶってみても友人は「……ああ」としか答えない。
一体彼の身に何があったと言うのだろうか?
これは本格的にマズいなと思っていると、その時突然、徐に友人の口が開かれた。
「……なぁ」
「な…何だ槍一?」
本当に突然の出来事に、啓太は思わず身を硬直させる。
普通では無い状況のこの友人は果たして自分に何を尋ねる気なのであろう……。
彼が不安を募らせていると、槍一はその後突拍子も無い事を口走った。
「……女の子ってさ、胸とか触られたらめちゃんこ嫌がるよな、やっぱ」
「は?」
「『触った』っつーか『掴んじまった』ら……そりゃやっぱ泣く程嫌がるよな?」
啓太は突然訳の分からない事を言い出した友人に驚愕した。
変だとは思っていたが、まさかここまでおかしくなっているとは思わなかった。
だから啓太は思わずこう叫んだ。
「め……衛生兵!!衛生兵!!」
魔法関係で関わってしまった高町なのはを除いて、異性と何ら関わり合いの無い友人の口から女の子の、しかも『乳』の話題が出て来るなど誰が想像出来ようか。
余りにも突飛で常軌を逸した(ように思われる)友人の発言に啓太の心中は「3倍速で再生された阿波踊りを踊るよう強要された人」のように混沌とする事を余儀なくされたのである。
「誰かーッ!保険係呼んでくれぇ!槍一が、槍一がヤヴァイんだ!!」
「日野君がどうかしたの?」
「おお来たか保険係、コイツの頭がおかしくなっちまった急いで病院連れてってくれ黄色い救急車で大至急マッハで、マッハイエローアンビュランスプリーズ!!」
「はぁ?(っていうかメディックって何?)一体何があったの?っていうか落ち着いて五十鈴君」
「もももれはもちついてるっての!はははハニワみたいにもちついてるよ」
「「「嘘つけェ!!」」」
3年1組は今日も朝から騒がしかった。
◇◆◇
それから暫く時間が経った頃。
授業中の事である。
≪……つー事があったんだけどよぉ、まさかあのボーズがあぁなるとは私も思わなかったぞ≫
槍一のポケットに収まったアイアン・ウィルは「やれやれ」と言わんばかりの態度でもって啓太に念話でそう語っていた。
(……なるほど、それで槍一のヤツはあんな風になっている訳だな)
黒板に書かれた文字をノートに書き写す作業をしながら啓太は念話でそう答えた。
マルチタスクの習得をほぼ完了していた彼にとって、その作業は造作の無い事である。
尤も、学業成績のみは県のトップランカーとして君臨している彼はノートを取る必要も無いのだが……。
(槍一らしいと言えばらしいが…)
≪だが、どーすんだ?ボーズは暫く嬢ちゃんのパイオツをモォミモミのしちまった罪悪感から抜け切れそうに無いぞ?≫
(大丈夫さ、3歩くらい歩かせれば忘れるだろう多分)
≪鳥頭だかんなぁコイツ≫
(そんな事より、昨日の戦闘データって記録してあるんだろ?スティールスピリッ
トに転送してくれないか?)
≪そりゃ良いけどよぉ、そんなん使って何すんだぁ?≫
(今後の参考にね、俺もその子と戦う事になるかも知れないし、それに対人戦闘のデータはここだと貴重だろ?)
≪そらそうだ、魔導師と言やぁ奴さんとお前達くらいしか居ねぇからなぁ……待ってろ、すぐ送る≫
アイアン・ウィルはそう言い終えると啓太のデバイスであるスティールスピリットに向けてデータファイルの送信を開始した。
彼等の持っているデバイスは素性も出所も不明ではあるが、アイアン・ウィルとスティールスピリットが「セット運用を想定して設計された」事は分かっており、その為データの送受も専用のものが設けられている。
ミッドチルダなどで一般的に使用されているデバイスの規格よりも強度と伝達容量に優れており、運用の方法によっては最前線で戦うアイアン・ウィルが収集した情報の全てをリアルタイムで後方のスティールスピリットに共有させる事が可能である。
尤も、恐らくそれが本来の使用方法なのであろう。
そうでなければ極めて汎用性の低い通信様式にするメリットが無い。
啓太はそんなデバイスを「戦術的に優れた欠陥だらけの兵器」であると思っていた。
戦場における情報ネットワークの構築はこの世界でも最早常識となっている技術である。
その面で言えば彼等二つのデバイスは性能面で自分達の世界の1世紀以上は先を行っている。
圧倒的な処理能力でもって戦場のあらゆる変化を量子レベルで観測し、驚異的な伝達速度と容量でもってリアルタイム共有を行うなど、そんな物が実在したのなら世界の戦場は一変するであろう。
しかし、デバイスは言うなればそういったコンピュータを搭載する武器であり即ち兵器である。
それだけの圧倒的な戦術的アドバンテージを保持しても尚、武器としての性能に粗が目立ちすぎるのだ。
槍一のアイアン・ウィルを例に挙げてみると分かりやすい。
機動力を犠牲にした近接格闘のみの制圧兵器など戦場においてはナンセンスな事この上無い。
スティールスピリットも同様だ。
一個人には大げさ過ぎる特科大隊1個分相当の砲撃能力はデータリンクを駆使すれば超々精密砲撃も可能であるのにも関わらずFCS(射撃統制システム)の性能が極端に大ざっぱであり、米軍の砲兵部隊並みに面制圧の事しか念頭に置いて居ない設計である事が見て取れる。
ある程度の汎用性を持たせておけばあらゆる戦況に柔軟に対応できる最強の戦力を保有できると言うのに、この設計者は何故特化型に拘ったのであろうか?
啓太はそれが不思議でならなかった。
しかしながら、そんな事を思った所で彼にはデバイスを改造する知識も無ければ技術も無い。
当面の間は「極めて癖の強い」自分達のデバイスを最も効率よく運用する為に知恵を絞る他無いのである。
それには、今回槍一が戦った他の魔導師の戦闘やデバイスの運用方法が収められた記録が重要になってくる。
(敵を知り己を知れば百戦危うからず…ってね)
≪何ですかそれは?≫
独り言の様に頭の中でそう思うつもりだった物をうっかり念話に乗せてしまった啓太は、スティールスピリットにそう尋ねられた。
(この世界の諺さ、敵と味方双方の情報を正しく認識していれば100回戦っても負けることは無いってね)
≪成程…文武両道とはまさにこの事、流石は司令官、何をやっても一流でありますね≫
啓太は突然自分をヨイショするスティールスピリットに苦笑しそうになっった。
従順な兵士の様な性格は、戦闘においてはこの上ない『相棒』であっても日常生活においては少々むず痒い。
槍一のアイアン・ウィルの様にまでとは言わないが、多少砕けた性格でも良かったのでは無いかと啓太は思っていた。
(大げさだなお前は…俺は完璧主義者じゃ無いよ「出来る事を出来るだけ」やってるだけさ)
啓太は念話でスティールスピリットにそう答えると彼にマルチタスクによって分割した意識の中に昨日の戦闘記録を再生するよう告げた。
◆◇◆
その日の放課後。
啓太は海鳴市の山にある小さな神社になのはとユーノ、そして槍一を呼び出していた。
「話って何なのかな、啓太君?」
到着して開口一番にそう述べたなのはの表情は少々暗い。
昨日の今日であるので仕方のない事だ。
「まずはゴメン、昨日大変だったのに来れ無くて…」
啓太は最初にそう言うと二人と一匹に向かって深々と頭を下げた。
実際に彼が昨日の出来事の概要を把握したのは本日の午前中である。
二人と一匹が何も言って来なかったというのも有るのだが、それにしても異常の有無の確認等のように出来る事は色々有った筈である。
それを怠ったのは自分であるので、少なからず自分にも否があると思っての事だった。
「そんな…啓太君は何も悪くないよ」
「そうだよ、ケータは一番遠くに居たんだから仕方ない」
謝罪をする啓太を見てなのはとユーノが慌てて口を開く。
「それに謝るのは僕の方だ、結界を解いてからすぐにでも連絡すべきだったのに忘れていたなんて…」
「そうだよ、私達も啓太君に何も言わなかったんだもん、悪いのは私達の方だよ」
「…分かった、ここはお互い様って事でいいかな」
「うん、私達お友達でしょ」
啓太が苦笑いしながら言うと、なのはは満面の笑みを浮かべてそう答えた。
ひとまず彼女の暗い表情を崩す事に成功したので良しとしよう。
啓太はそう思い、続けて槍一の方に視線を向けた。
槍一は相変わらず廃人だった。
濁った瞳を何処か遠くへ向け、時折ブツブツと呟いている姿は今朝見た彼の姿そのままである。
むしろ悪化したようで、当初「……ああ」だった彼の台詞は今では「ヴァー」になっている。
一体何処のゾンビだろうかと啓太は思った。
「…大丈夫なの槍一君?」
「分からん」
「って言うか槍一君に何があったの?」
「あ、ああ…えーっと何て言えばいいのかな…な、スクラっち?」
「ぼ…僕に振らないでよ」
とてもじゃ無いが「昨日戦った魔導師の女の子の胸を掴んでしまった罪悪感に打ちひしがれている」などとは言えない啓太とユーノは暫し困惑を余儀なくされた。
「まぁ…コイツは俺が何とかするよ」
「…できるの?結構すごい事になっているよ?」
「大丈夫だ、問題ない」
某フラグのような台詞を吐いて啓太は背後に置いていたある物を槍一の前に置いた。
「……ラジカセ?」
なのはは首を傾げた。
CDラジカセを使って一体何をするつもりなのだろうか?
歌でも流すのかな?
「そのラジカセが何なんだい?」
「まぁナノっちもスクラっちも見ていてくれよ、面白いから」
何の変哲も無いCDラジカセを見て訝しむユーノにそう答えると啓太は、再生ボタンをカチャリと圧した。
するとスピーカーから『ある大物の曲』が大音量で流れ出た。
「……何これ?ボンバイエボンバイエって聞こえるけど」
「炎のファ○ター、アン○ニオ猪木のテーマ」
「誰…なの?」
プロレスになど興味の無いなのはは眉をハの字にしてスピーカーの方を眺めていた。
その時、槍一に変化が訪れた事を知らずに…………。
遠くから聞こえる、ブラジル辺りの言葉で「ブッ飛ばせ」という意味の声援が彼の指をピクリと動かす。
声援が重なって段々と大きくなっていくのに連れ、彼の瞳に輝きが戻り全身に力が宿る。
やがて喧しいブラスの音色によるイントロが境内に響き渡ると、今までゾンビのようだった彼の顔に血が通い、突然一人で「ファイッ!ファイッ!」と叫びだし……Aメロが流れた瞬間……。
「ダアアアーーーーーッ!!!!!」
握りしめた右手の拳を天高く突き出した。
「ふぇ!?」
豹変した槍一の姿を目の当たりにし、一歩後ずさるなのは。
漢と漢による燃える闘魂の世界など知らない幼気な少女には少々刺激が強すぎたようである。
「元気ですかー!?」
「は…はい!」
「元気が有れば何でも出来る、いくぞーー!!」
「お…おー、なの」
緩急激しい槍一のテンションに目を白黒させるなのは。
そんな彼女の姿を見て「別にわざわざ乗らんでもいいのに…」と啓太は思っていた。
「いーち、にー、さーん、ダアアアーーーーーッ!!!」
「え…えっと、だーーーー!」
この時、なのはは少し帰りたいと思った。
「復活だな」
「う…うん、その様だね」
口角を釣り上げる啓太に対し、釈然としないユーノは複雑な表情を浮かべて異様に顎をしゃくれさせた友人の姿を眺めていた。
「一応聞くけどさ…」
「何だスクラっち?」
「他の曲だとどうなるの?」
どうでも良い疑問、しかしこの時ユーノは何故かそれを知らなくてはならない気がしてどうしようも無かった。
「あぁえーっとな、スペク○ラムだとブレーキの壊れたダンプみたいに所構わず『ウェスタン・ラリアット』をし出すし、ジグ○ーだと所構わず『フライング・クロスチョップ』をし出す」
「うん、容易に想像できるね…悲しい事に、あとそれ曲名じゃなくてミュージシャンの名前だよね?」
「まぁこれで皆元気になったから良かったって事で、細かい事は気にすんなスクラっち」
「何でだろう…その通りなんだけれど、それを認めた瞬間物凄い敗北感が…」
ガクーっと肩を落とすフェレット。
ユーノは彼等に協力してもらう事を今になって少しばかり後悔していた。
兎も角、槍一は復活を果たした。
途轍もなく下らない治療法によって復活を果たすに至ったのは、彼が馬鹿なおかげか、それとも大物なのか、あるいは両方か……。
それを知る術は今の所無いが、これだけは言えよう。
今後彼の前でレスラーの入場曲を流すのは厳に慎もう。
ユーノはその事を深く心に刻んだ。
尚、余談ではあるが槍一の変わった個癖によって時空管理局を巻き込んだシャレにならない事件へと発展していく事になるのだが、それはまだ先の話である。
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