フェアリーテイルの終わり方
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八幕 Sister Paranoia
2幕
前書き
ふたり の “ミラ”
クランスピア社を出てすぐ、ジュードがフェイにミラの居所を尋ねてきた。フェイは瞑想し、ミラの気配を探した。ジュード以外にこれを見せるのは初めてだったので、ルドガーは驚いていた。
「捕捉…………トリグラフ港。お姉ちゃんもいっしょ」
「トリグラフ港だね。分かった。急ごう、ルドガー――ルドガー?」
「あ、いや、悪い。霊力野ってそんな使い方もできるんだな。すごいな、リーゼ・マクシア人」
「さすがに霊力野があっても、誰にでもできることじゃないよ。フェイができるは特別才能があるからだ」
「一人一人で違うものなのか? 霊力野って」
「もちろん。霊力野の強い弱いで職業選択は大きく変わってくるよ」
「へえ――」
長くなりそうな気配を察知し、フェイはルドガーのシャツを小さく引っ張った。
「ね、早く行こ?」
「あ、ああ、そうだった。ごめんな、フェイ」
フェイは首を横に振った。ルドガーはふっと笑ってフェイの頭を撫でてくれた。くすぐったくて、幸せな気分だった。
トリグラフ港にフェイたちが着いた時、ミラはこちらに背を向けて俯いていた。
そのミラから少し離れた位置に、困惑しているらしき小さな姉を認め、フェイはすぐ駆け寄った。
「お姉ちゃん」
「あ、フェイ。あのね、ミラがなんかヘンなんだよ」
ルドガーもジュードもミラに注目した。風になぶられる金蘭のロングヘア。
話し声に気づいたらしい。ミラがこちらをふり返った。常から険しい顔つきが、もっと険しくなっている。
「気づいてるんでしょ?」
「マクスウェルを復活させる方法――だな」
「そう。ミラ=マクスウェル復活の障害は……私よ」
「どういうこと……?」
エルが不安げにミラを見上げる。
「正史世界では、同じものは同時に存在できない。あなたたちのミラがこの世界に戻れないのは、私がここにいるせいなの」
――その言葉を待っていた。他でもないミラ自身の口から放たれるのを。
この時確かに、フェイ・メア・オベローンはそう感じた自分を知っていた。
「じゃあ、ミラが死んだら、本当の本当に、最後のミチシルベ、取りに行けるんだね」
「フェイ――!」
咎めるジュードの声はあえて無視した。
ミラは一拍置いたが、顔を歪めて肯いた。
ミラがいなくなる。ミラが消える。ミラが――エルとルドガーの前から、いなくなる。
「なら――」
フェイはミラにさらに近づき、ミラの胸の谷間に掌を当てた。
「フェイ、待って! 何する気!?」
「魔物と動物でしかやったことないけど、多分、ニンゲン相手でもできると思う。わたし、〈妖精〉だから」
電気を直接心臓に流し込んで心停止させる。それでもマクスウェルのミラが正史世界に出られないなら、炎の算譜法でミラの死体を火葬する。
そこまで考えて、掌の先にマナを集中しようとした。
誰かがフェイの腰に飛びついた。
術式構築が崩れた。フェイは驚いてふり返る。見下ろす。エルがフェイの腰にガシッと抱きついている。
「お姉ちゃん。どうして」
「ミラをコロスなんてだめ! 絶対ダメ!」
エルの目には涙が滲んでいる。どんなに大変で危険でも絶対に泣かなかったエルが。
「エルの言う通りだ。フェイ、ミラも、簡単に死ぬとか殺すとか言うな」
ルドガーがエルに加勢する。ジュードを向けば、彼もルドガーと同じ意だとまなざしだけで分かった。
フェイは弱り果てた。
「何で? だって、ミラは分史世界の人だよ? もともと〈ここ〉にいないはずの人。いつ〈ここ〉から消えてもおかしくない人。なのに何で、お姉ちゃんもルドガーもジュードも、ミラがいなくなっちゃだめって言うの?」
すらすら零れる言葉たち。止められない。このままではあの黒い澱みまで流れ出してしまうのに。
フェイはしゃがんでエルと目線の高さを合わせ、なお訴える。訴える自分を止められない。
「お姉ちゃんはパパに〈カナンの地〉に行けって言われたんでしょう? 〈カナンの地〉に行くの、ミラのソンザイがジャマしてるんだよ。それでもお姉ちゃんはミラを庇うの?」
ぱしん…っ
とても頼りなく軽い平手打ち。押さえた頬がイタイ、アツイ。
ルドガーたちもぽかんと、フェイを叩いたエルを見ている。エルは唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうだった。
「おねえ、ちゃ」
「あやまって」
ひく、と息を呑む。この姉がこんな怒り方をしたのをフェイは初めて見た。しかもその怒りの対象は――フェイ自身。
「フェイのバカ! ミラにあやまれ! ミラはジャマなんかじゃない! いなくなっちゃだめに決まってるじゃない!」
――エルは、フェイより、ミラを選んだ。
――妹の自分より、他人のあの人を。
ふらりと一歩よろめいてからは勢いだった。フェイは色のない髪を振り乱してその場から駆け出した。
後書き
ミラへの暗い感情がついに爆発しちゃいましたオリ主です。彼女にとっての好感度順位はあくまでエルとルドガーが2トップですから。ついには自分で手を下そうとする辺り、常識がない。そんな子が〈妖精〉の力を持つのだから軟禁処分も正しい対処でしょうかね。
エルはきっと人生で初めて人をぶったでしょう。小さな掌は痛かったでしょう。叩いたほうも叩かれたほうも。
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