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SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
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SAO編
序章  はじまりの街にて
  2.変わる世界

 俺は、友人の二木(ふたき)に先んじて《SAO(ソードアート・オンライン)》へとログインした。
 そして、自分の《仮想体(アバター)》の動きを色々と確かめていた。
 身長は現実の俺と変わらない167センチ、筋肉質だが、太過ぎもしない体躯。髪と顔は、デフォルトからあまり変わっていない。
 二木は、本来の人物からは考えられないような美形のアバターを、PCの専用デザインソフトとやらで作成していた。
 俺はそこまで容姿には拘らなかった。俺が逆に拘ったのはアバターの身体の方だ。出来るだけ現実の俺に近しい身体にしたかった。

 俺は古流槍術を習っている。自身の身体操作にもかなりの自負がある。これは自分の体のことをよく知らなければ出来ないことだ。
 しかし、それは逆に言えば自分以外の体ではせっかくの身体操作能力も、上手く使うことは出来ないということでもある。
 今までの体と違えば、どの筋肉にどのくらい力を入れて、どの骨格をどのぐらい動かせば、こういう結果になるという当たり前の認識も、全く違うものになってしまう。
 そのため俺は、自分の身体データを事前に精密に調べ、アバター作成で午前中いっぱいを使って、出来るだけ自分に近づけた。
 しかし、それを二木に言ったら――

「お前……そういうことは早く俺に言えよ……っ。あのな、何でさっき《キャリブレーション》ってのしたと思ってんの? あれは簡単に言えば全身スキャンみたいなもんなの! ここをこうして、このボタンを押せば……はい、これでお前そのままの体躯の出来上がり~、てなわけなのよ!」

 その事実は、少なからず俺の心を打ちのめした。
 だが、そうして俺は、このSAOという仮想世界で、まさに自分自身を動かすことが出来ているというわけだ。

 無事にログインを果たした俺は、マニュアルに書いてあった通り、右手の人差し指と中指を揃えて、軽く下に振る動作をした。
 鈴が鳴るような音と共に、透き通った紫色の《システムメニューウィンドウ》が、目の前に現れる。
 必要動作と、それをしたら現れるということはマニュアルを読んで知ってはいたが、《完全(フル)ダイブ》が初めてな俺は、何も無い場所からにゅっと現れる感覚に、不覚にも少し驚いた。

 ――まずは、ステータス画面を確認して、自分を知ることが肝要だ!

 今、学校への道を急いでいるだろう友人の言葉を思い出す。
 自分のステータスを見て、現在の自分の力を確認する。

 キャラクター名:《Kiryu》 レベル1

 俺は、自分のキャラクター名をKiryu――《キリュウ》とした。
 この名は、我が《東雲流古武槍術》の開祖様の名前らしい。生前、祖父がこの開祖様の凄さを語ってくれたことがあった。
 流石に、槍の一突きで山を割ったと言うのは誇張しすぎだとは思うが。

 この世界では、俺は《キリュウ》となって行動しなければならない。
 俺としては、ややこしいので本名を使おうと思ったのだが、二木にそれは色々とリスクがあるから止めておけと言われたのでこの名にしたのだ。

 現在、俺がいる場所。
 SAOの舞台となる浮遊城《アインクラッド》の第一層にある主街区《はじまりの街》というらしい。
 ここから第百層を目指すことが、このゲームの目的だという。
 俺はおもむろに上空を仰ぎ、左手をかざした。

「…………手が、届きそうだな。だがそれでも高い……か」

 第一層から第二層の底面までの距離が100mだという。
 手が届きそうで、でもやはり簡単には届かない距離。
 ここから見えるあの場所を目指すだけでも相当な苦労を強いられることは想像に難くなかった。
 それが、百層まで。
 途方も無いと思えるその道のり。だが俺は、自分が少しだけだが高揚していることに気付いていた。









「――ハッ、ハッ、ハッ……」

《はじまりの街》を、俺は走って見回っていた。
 仮想体(アバター)は、現実の自分と全く同じ体型といっても、その機能には大きく違いがあった。
 少し全力で走るだけでも息は上がるし、握力も腕力も脚力も、自分とは思えないほどに低かった。
 だからこそ俺は、まずこの体に慣れるために、そしてこの街のことを知るために、走りながら街並みを見ていた。

 街の通りは基本的に石畳が敷き詰められ、家もレンガや木造の西洋風のものが多い。
 中世西洋風モデルの街なのだと思われる。
 しかし、街の中央の広場から見える《黒鉄宮》と呼ばれるその名の通りに黒い金属質の城は、周りの暖かな街並みの中、この場所だけひんやりとした雰囲気を感じられた。

 二木から聞いた話によれば、この《はじまりの街》は、浮遊城《アインクラッド》で一番の広さを誇るの街なのだと言う。
 たった三時間くらいでは、四分の一も回ることが出来なかった。
 しかし、当初の目的であるこの世界での自分の体を知ることは達成できた。
 武器屋や道具屋、宿屋に軽食屋などもいくつか記憶した。
 後は実際に剣を、いや俺の場合は槍を振って調整するだけだ。
 そう思った俺が次に行ったのは――食事をとることだった。
 中央広場に出ている屋台から、焼き鳥のようなものを買う。
《スウェルトードの串焼き》は、正に焼き鳥のような味と歯応えだった。
 名前を見れば鶏とは違うことは解るのだが、この際材料には気にしない。
 美味かったので、もう一本買って食べながら、俺は今いるこの世界のことを考えていた。
 現実の自分の体とは違うが、意識すれば指の一本一本まで別々に動かせること、関節が曲がるのは一方向だけではなく微かに別方向にも曲がる所や、関節を捻転出来る可動領域まで、細部に至るまで再現されている。
 自分の体をあちこち触ると、筋肉の弾力に骨の感触まで判る。
 動けば息が上がり、腹も減る。匂いと湿気を感じる風や、石畳の段差や土の微かなデコボコを踏んだときの足の裏の感覚。
 皆が仮想、仮想と言っていたが、俺にはこれが本当に仮想だとは思えなかった。

 ――俺には、ここが《現実》に見えてしょうがなかった。









 広場のベンチへ座り、食後に風を感じていた俺は、時間を確認する為に再び《システムメニューウィンドウ》を開いた。

 ――?

 開いたシステムメニューに一瞬、違和感を感じた。
 しかし、未だシステムメニューの全てを確認したわけでもない俺が、その違和感に気付くことは無かった。
 俺は、一旦違和感を置いておいて、時刻を見る。

 時刻は、午後四時。
 SAO公式サービス開始は午後一時から。
 そして、俺がログインしたのが、約一時十五分。
 もうすぐ三時間が経つ。予想通りならば、もうそろそろ二木は帰って来る頃合だろう。
 俺はこのまま中央広場にあるベンチに座りながら、二木がログインしてくるまで待とうと思った。
 周りを見れば、俺と同じ格好 (装備) をしたプレイヤーと思われる人がどこかへ向かって走っていたり、二人で歩いていたり、もっと大勢で固まって話していたりしていた。
 ふと目を瞑ると、さっきから音楽が流れていたことに改めて気付く。
 目を開けてその音源を捜すと、広場の片隅で楽団らしき人達が色々な楽器を演奏していた。
 俺は、その音楽に耳を傾けながら、もうすぐ来るであろう友を待った。

 そうして、一時間半が経っただろうか。
 もうすでにログインしていてもおかしくはないと思うのだが、一向に二木が来る様子が無い。
 何かあったのだろうかと、俺は一旦ログアウトをして確認しにいこうとした。

 ――だが次の瞬間、この世界の全ては変わることになる。

 いや、逆に先ほど俺が思っていたことの通りになった、と言えるのかもしれない。



リンゴーン リンゴーン



「――!?」

 頭を揺さぶるかのような大音量の鐘の音が、周囲に轟いた。
 直後、俺の周囲、中央広場のあちこちで青い光が点滅した。そして、青光が現れ消えた場所には人が立っていた。
 数人ではきかない。広いと思っていたこの中央広場からはみ出すぐらいの人が、青い光と共に現れた。
 直後、そこかしこで叫び声が上がった。

「おいGM! 今のはなんなんだよ!?」
「ねぇ、ログアウトが出来ないのよ! 早く何とかしてよ!」
「もうちょっとでやっとモンスター倒せたんだぞ!? なんとか言えよGM!」
「ログアウトできないって、どういうことだよコラ!」

 ――ログアウトが、出来ない……?

 俺は《システムメニューウィンドウ》を開き、マニュアルに書いてあったログインボタンを探した。

「…………」

 ――無い。

 最初に開いたときにはしっかりと在ったと記憶している。しかし、今は無い。恐らく先ほどの違和感はこれだったのだろう。
 周囲が引切り無しに叫んでいる《GM》とは、《ゲームマスター》。ゲームの管理者のことだという。
 暫くすれば、そのGMが応答するのだろう。
 しかし、俺は未だ連絡のつかない友人のことを考えていた。
 ゲーム、というより機械全般の知識が無い俺にはよく解らないが、ログアウトができないということは、ログインもできないのだろうか。
 あれだけ楽しみにしていた二木がSAOに入れないというのは、なんとも不幸な話だ。
 何も知らなかった俺はこのとき、暢気にもそんなことを考えていた。

 直後、異様な雰囲気とともに上空に映った人影に気付いた者が、それを指差しながら叫んだ。
 そして俺は、ソレを見た瞬間、ある言葉が脳裏を()ぎった。

 ――《仮想(せかい)》が変わる。

 そんな、言葉が。











 ――そして、現在に至る。
 茅場晶彦と名乗ったその声は、俺たちSAOにログインしているプレイヤー全員に、ゲームからのログアウトの不可と、自分のHPがゼロになった瞬間、実際に現実の自分の体も死を迎える、そう言った。

『諸君は今、なぜ、と思っているのだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのか? これは大規模なテロなのか? あるいは身代金目的の誘拐事件なのか? と』

 茅場の声は事務的で冷たい印象を受ける。しかし、俺にはその声は、どこか玩具を手に入れた子供を連想させた。

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、すでに一切の目的も、理由も持たない。なぜなら……この状況こそが、私にとっての最終的な目的だからだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた』

 ――この世界を作り出し、観賞するため。

 それが、茅場晶彦の目的だという。
 そのために、俺を含めた一万人が、この《SAO》に閉じ込められ、HPがゼロになったら実際に死ぬというゲームらしからぬ(かせ)を付けられたというのか。

『…以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――健闘を祈る』

 その言葉を最後に、ローブの巨人の映像は消え、薄暗くなっていた空は夕暮れの赤さを取り戻し、いつの間にか消えていた楽団がどこからか再び現れ、広場にいる人々の顔とは正反対に明るい曲を演奏し始めた。
 それで我に返ったのか、茅場の言葉で唖然となっていた者たちが叫びだす。

 いや、それは《叫び》なんて甘いものではなかった。
 阿鼻叫喚の地獄絵図の如く、はじまりの街の中央広場付近に転移させられた一万にも及ぶ人、人、人の絶叫や怒号。

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」
「ふざけるなよ! 出せ! ここから出せよ!」
「こんなの困る! このあと約束があるのよ!」
「嫌ああ! 帰して! 帰してよおお!」

 俺の周りでも数多くの人間が、泣き、叫び、怒り、打ちひしがれ、また唖然としている。
 俺は、周りが錯乱しているためか、もしくは事の深刻さを本当の意味で理解していないのかは解らなかったが、比較的冷めた目で周りを見ていた。

 自分の理解を超えた状況に陥ってしまった場合どうすればいいのか。
 俺は、祖父の教えを思い出していた。

 ――まず、己の目で、耳で、肌で、全てで感じたものを、そのままに心に受け入れるのだ。

 ――そして、それに対して自分に何が出来るのか、それを考える。そう、考えることが大事なのだ。思考を止めてはいかん。

 そうだ。この状況に陥ってしまったことは、もうどうにもならないのだろう。
 茅場晶彦が作り出したこの状況。ただのゲームを、死の可能性のある危険なものにしてしまったこと、それは勿論犯罪だ。
 しかし、それが犯罪だということは茅場にも解っていた事だろう。なのに実行した、それが重要となる。
 つまり、茅場はもうあとには引けない。いくら叫んだとしても、茅場はこの状況を何とかしようとは思わないだろう。

 では、叫ぶことが無意味なのだとしたら俺には何が出来る?
 機械に疎い俺には、どういう原理でこの世界が出来ているのかも、この世界に入ることが出来たのかもよく解らない。
 更に、ここにはゲームのシステムに干渉出来そうなものに心当たりなどは無い。
 よって、俺がシステムに干渉する手段は取れない。あったとしても俺に何かが出来るわけも無い。

 ……いや、俺が出来ないのならば、他にシステムに干渉出来うる人物になんとかしてもらえばいい。

 先ほど茅場は言った。今現在は茅場だけがこのゲームをコントロール出来る者だと。
 ならば、茅場に何とかしてもらう、何とかしてもらえるようにすればいい。
 しかし、今現在こちらから接触出来るとは思えない。
 出来るのだとしたら、とっくに俺以外も殺到しているだろう。
 他に、俺に出来ることと言えば……やはり一つ、か。

 茅場は言った。第百層の最終ボスを倒せば、SAOから開放されると。
 恐らく真実……だと思う。
 茅場晶彦のことなんて、先ほど声を聞くまでまったく面識は無かった。
 二木に聞いたのは茅場晶彦という人物が行った功績だけだ。人物像までは解らない。
 だが、先ほどの声を聞いて、俺はその言葉が真実であろうことだと確信していた。
 これから俺は、いや、ここにいる一万人ものプレイヤーは、命を賭けて自由のために戦う、戦わないといけないのだろう。
 しかし俺は、茅場の声からも同じように命を賭けている……そう思わせる響きを感じた。
 とりあえずは、俺は茅場の言葉が全て真実だという前提で行動する。そういう結論に至った。

 そうと決まれば、まずは自身を強くしなくてはならないだろう。
 強くする。つまり自身のレベルを上げればHPの上限が増える、すなわち死ぬ確率も少なくなるということだ。
 RPGでのレベルの重要性は、二木に何度も聞いていた。何度も何度も聞かされて来た。

「……二木」

 今では、お前がこの世界に来なくて良かったと思っている。
 この《死の可能性の在る世界(ソードアート・オンライン)》に。
 だけど、このことを知ったお前は、俺が知ってるお前なら、きっと泣いてしまっているのではないだろうか。
 このゲームに俺を誘ったのは自分だと、先にログインしててくれと言ったのは自分だと、だから自分のせいなのだと。

 俺は、――違う、お前のせいじゃない。と心の中で自分が想像した二木に応える。

 ただの想像、なのだが俺には、あのとき俺を引き止めた二木の顔から、その情景が本当の出来事になると思えてならなかった。

「…………二木。心配するな……俺は、必ず帰る」

 ――届かない。

 そうは思ったが、だけど俺は空に向かって呟いた。 
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