魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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05 「再会と出会い」
シュテルが家に来てから数日が経ち、彼女の部屋も日に日に完成していっている。シュテルはこれといって表情を変えることはなかったが、彼女から漂う雰囲気は楽しそうに思えた。
ファラも最初はシュテルと会話しようとしなかったが、俺とシュテルが家具のカタログを見ていると会話に入ってきた。シュテルがあまりにも実用性や機能性を重視するタイプだったため、女の子なんだからもう少し可愛いのにしなさいよ! と堪忍袋の緒が切れたらしい。
それを機に少しずつではあるが、ふたりの仲は良い方向に向かっているように思える。元々ファラが一方的に嫌っていただけなので、ファラが変われば必然的に変わるのは当然だとも言える。
もしかすると、頭の良いシュテルはわざと女の子らしくないものを買い揃えようとしたのかもしれない。
「でも、普通に素って線もあるよな……」
目的地であるはやての家を目の前にして一度止まって、家を出るときのことを思い出す。俺に対してはこれといって何もなかったが、シュテルの言動が気になって仕方がない。
シュテルはファラ用の衣服を片手に持った状態で俺を送り出したのだ。心なしか普段よりも彼女の瞳は輝いていた気がする。ファラと仲良くすると言っていたが、ファラで遊ぶの間違いじゃないのだろうか。少なからずシュテルという人間を知っている俺には、今頃嫌がるファラにあれこれ衣服を着せようとしている彼女の姿が目に浮かんでしまう。
「……帰ってから考えよう」
あれこれ浮かぶのは、所詮俺の想像でしかない。ここで考えても、実際に何が行われているかなんて俺は知る由もないのだ。
これからはやてに久しぶりに会うのだから、彼女のことだけを考えよう。余計なことを深く考えてしまうと、彼女に心配をかけることになる。この前も難しい顔をしてるのは嫌いと言われたのだから、同じ失敗を繰り返してはいけない。
「ただ……」
前回会ったのは誕生日の少し前。その日を境に俺ははやてと顔を合わせていない。こちらの都合ももちろんあったのだが、彼女のほうからしばらくバタバタしそうで会えそうにないと言われたからだ。夏休みはファラの件で地球を離れていたため、2ヶ月ほど会っていないことになる。
「少し緊張するな……」
そう口にしてしまう一方で、はやてと会えることに喜んでいる自分もいる。
緊張しているといったが、それは微々たるものだ。はやての顔を見れば、それを忘れるくらい俺の心は温かい感情で満たされることだろう。
インターホンを押して待っていると、ドア越しに足音が聞こえてきた。ドアの向こうにいる人物は、走ってこちらに向かってきていることが分かる。
はやては車椅子を使って生活している。つまり、ドア越しにいる人物は彼女ではないということになる。予想される答えとしては、友達や知り合いだ。彼女の担当の先生がお見舞いに来ているのかもしれない、と思ったが、足音は子供が走っているような感じだった。
明るい性格をしている彼女ならば、図書館で同い年くらいの子と会話すればすぐに親しくなるだろう。俺以外の同世代が彼女の家を訪れていても、何ら不思議ではない。
もしもはやての友達だった場合、多少気まずくなってしまいそうだ。友達の友達は友達と聞いたことがあるが、高町のような性格でもない限りすぐに仲良くなるのは無理だ。
「はーい」
出てきたのは、同い年か少し下と思われる明るい赤髪をおさげにした少女だった。予想どおりの年齢層だったのだが、外国人だとは予想していなかった。そのため俺は少し言い淀みながら用件を伝える。
「えっと……はやて、いるかな?」
「…………」
「……いないのかな?」
「あ、わりぃ」
少女は俺に謝ると、中に入るように促した。俺が玄関に入ると、少女はリビングの方に向かいながら大きな声ではやてを呼ぶ。
はやてがいることに安心する一方で、玄関に置かれている靴の量を見て不安に駆られる。
前に来たときまでは、はやてのものしかなかったよな。はやてのより小さいのは、さっきの赤髪の子だとして……はやてのよりも大きいものがあるってことは、この家には赤髪の子以外もいるってことだよな。見知らぬ人間がたくさんいる中ではやてと話すのは……
「お客さんって誰なん?」
「はやてと同じぐらいの男。でもあたし、どっかで見た気がすんだよな」
「ヴィータが知っとるわたしと同じぐらいの男の子? それって……やっぱショウくんか」
考えている間にはやてが現れてしまった。彼女はにこりと笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。赤髪の少女もはやてのあとを付いて来ている。
「久しぶりやな。最後に会ったのはわたしの誕生日の少し前やから、2ヶ月ぐらい前になるんか。夏休みは楽しく過ごせたん?」
「あ、ああ……まあ」
「どうかしたん? ……あっ、この子はヴィータって言うんよ。海外から来たわたしの親戚なんや」
違う、ヴィータという少女ははやての親戚なんかじゃない。はやての笑顔に影のようなものを感じた俺は、直感的にそう思った。
だが俺は、追及するような真似はしないことにした。はやてが真実を隠すということは、それなりの理由があるはずだからだ。加えて、俺は2ヶ月以上彼女と会っていなかった。気のせいだということもありえる。
それに……俺もはやてに魔法文化のことを黙っている。それに対して後ろめたさは感じているし、最初は驚いても信じてくれる気がするため話したいという思いもある。だがそれは同時に、自分が楽になりたいだけとも言える。
はやては純粋な地球人。足は不自由だが、後天的なものと聞いているため今後治る可能性はある。彼女の性格ならば、足が不自由なままでも人並みに明るい人生を歩めるはずだ。
魔法に関わってしまえば、きっと悲しい出来事を平凡に生きるよりも多く体験することになる。はやてはすでに充分苦しい思いを経験している。俺は彼女には笑っていてほしい。
だから俺は……魔法文化に関わっていくのならば、近い将来はやてに別れを言ってミッドチルダに行かなければならない。いや、きっと俺はこの道を行くだろう。
俺は純粋な地球人じゃない。魔法文化を幼い頃から知って育ち、関わってきた。高町ぐらいならば地球側の人間だと言えるが、俺はどちらかといえば魔法文化側の人間だ。何事もなくてもおそらく……義務教育が終わればきっと……。
「ヴィータの他にもあとふたりおるん……ショウくん?」
「ん、あぁ悪い。はやてだけと思ってたから……」
「あぁ、気にせんでええよ。わたしも言うとくべきやったしな。というか、いつまでそこにおる気なん。はよ上がり」
「あ、ああ……」
リビングの方へ向かう中、ヴィータという少女は俺の顔をじっと見てくる。理由の検討が付かないため触れないでおいたのだが、はやてが彼女に挨拶しろと促したため会話せざるを得なくなった。
「あたしはヴィータ、ショウだったよな? よろしくな」
「ああ……」
「こら、初対面の相手にそんな挨拶するもんやないで」
「いいよはやて、俺は気にしないから」
「そんなことは分かっとるよ。でもな、これから先色んな人と出会っていくんやで。挨拶くらいきちんとできなあかんやろ。普段どおりに話すのは親しくなってからや」
はやてとヴィータは見た限りは姉と妹のようにも見えるが、はやてが母親のように思えてしまう。ふと先ほど考えたことが原因で思考がおかしくなっているのか、はやての未来について考えてしまった。
いつかきっとはやても結婚して母親になるんだよな。相手が誰かなんてのは分からないけど、結婚式くらいは魔法世界で暮らしてても行かないといけないよな。……何を考えてるんだ俺は。結婚なんてまだできる年でもないってのに。でも……確かなことがひとつあるな。はやてが結婚できないなら、うちの叔母は絶対に結婚できない。
「……おいおい」
リビングに入った俺は、思わず呟いてしまった。リビングに青色の毛並みの狼がいれば、誰だって俺と同じ反応をするはずだ。いや、俺の反応は薄いと言ってもいいだろう。アルフと知り合ってなければ、俺もどういう反応をしたか分からない。
「どないしたん?」
「いや……狼って飼っていいのか?」
「何言うてるん。どう見ても犬やんか」
「……犬?」
「そう、ザフィーラは犬や」
はやては笑顔で断言したものの、俺の中の疑問は消えなかった。視線でヴィータに問いかけてみると、彼女はそっと視線を逸らすのだった。はやてに意識を戻すと、彼女は何事もないようにザフィーラという犬? を撫でていた。
そんなはやてに呆れる一方で、前に彼女が犬を飼うのに憧れているという話を思い出した。彼女がザフィーラを犬だと思っているのは、それによる補正があるからだろう。
俺は狼だと思うんだが……初対面の俺に襲ってこないあたりしつけられてるようだし、猟犬だと思えば納得できなくもないか。犬じゃなくて狼だって説得するのも骨が折れそうだし、何だか馬鹿馬鹿しい気さえする。
「なあなあ」
「何?」
「さっきから気になってたんだけどよ、お前何持ってきたんだ?」
「ん、ああ……」
新しい存在の多さに、手土産のことをすっかりと忘れていた。中身は季節のことを考えて、爽やかさをイメージして作ったお菓子の数々。
はやてに味の感想を聞こうと思って持ってきたものの、食べ切れなさそうだと思ってもいたので、ヴィータの存在に助かった。
お菓子をテーブルに出すと、ヴィータの目が輝き始める。これほど食べたいのが分かりやすいと、容姿と相まって可愛らしく思えてしまう。
「好きなだけ食べていいよ」
「いいのか!」
「ああ」
返事を返すと、ヴィータはフォークや皿を取りに行こうとする。だが彼女が動き出そうとした矢先、「ちょい待ち」と制止が入った。言うまでもなくはやてである。
「それ食べたら晩御飯食べれんようになるやろ」
「食べる! はやての料理はギガうまだから絶対食べれる!」
「そうやろか? ショウくんの持ってきたお菓子、結構な量あるんやで」
はやてに食べてはいけないと言われ、ヴィータはしょんぼりとする。俺はやれやれといった感じにため息を吐いた後、はやてに向かって話しかける。
「はやて、もうそれくらいでいいだろ。あんまりいじめてやるな」
「別にいじめてへんよ。けどまぁそうやな。ヴィータ、あとのふたりも呼んできて。みんなでなら今食べてええから」
「ホントか!? すぐ呼んでくる!」
ヴィータは嬉々とした顔でリビングから出て行った。視線をはやてに戻すと、「可愛いやろ?」といった目を向けてきたので首を縦に振る。するとはやては口元に手を当てて驚いた表情を浮かべた。
表情から察するにシュテルが言いそうなことを考えているに違いない。抗議の眼差しで見つめると、はやては笑いながら冗談だと言った。
「ヴィータちゃん、何をそんなに慌ててるの?」
「いいから早く来いって!」
「おい、そんなに慌てていると危ないぞ」
ヴィータと共に現れたのは、短めに整えられている金髪の女性と長い桃色の髪をポニーテールにしている女性だった。年齢は見た限り20歳前後といったところ。
ふたりはテーブルの上にあるお菓子を確認すると、納得したような顔を浮かべた。全く子供だな、というような視線をヴィータに向けるが、ヴィータはお菓子のことで頭がいっぱいなのかそれに気が付かない。女性達の視線はヴィータから俺へと移る。
「君が持ってきてくれたのね、ありがとう……あら? シグナム、この子って」
「ああ……おそらくそうだろう」
いったい何なのだろうか。ふたりの反応は、まるで俺のことを知っているかのよう反応だ。俺と会うのは今日が初めてのはずなのだが……。
金髪の女性はこちらに近づくとしゃがんで、俺の顔を覗き込んできた。初対面ということもあって気まずかった俺は、少し身を逸らしてしまった。
「えっと……何ですか?」
「あぁごめんなさい。あなた、夜月翔くんよね? はやてちゃんの恋人の」
「え、ええ……ん?」
最後に何かおかしな言葉がなかったか、と思った矢先、はやてが電光石火でツッコんだ。
「ちょっシャマル、何度も違う言うたやんか。ショウくんはただの友達や」
「はやてちゃん、ただの……なんて言ったらダメですよ。それは相手を傷つけます。というか毎日のように、ショウくん今頃どうしてるんやろな……って言ってたじゃありませんか」
「確かに言うてたけど……それでも恋人っていうんは飛躍しすぎや。わたしらまだ子供やで」
「恋愛に年齢は関係ないと誰かが言っていた気がします。そもそも、ショウくんのことを話すはやてちゃんの顔は、どこをどう見ても恋する少女です!」
「だ、誰が恋する少女や!」
いつもと違って顔を真っ赤にして大声を上げるはやて。シャマルという女性は、そんなはやてをにこにこしながら眺めている。
家族のように仲が良さそうなのでいいのだが……今のような会話は俺がいないときにしてほしい。はやてが普段どおりならまだいいのだが、あそこまで顔を真っ赤にされると色々と考えてしまう。誰か、俺の代わりに止めてくれ。
「主はやて、それにシャマル。我らだけならまだしも、今は客がいるのですよ。それにヴィータが先ほどからまだか? と訴えています。せっかくの頂きものです。それくらいにして食べませんか?」
俺の願いが届いたのか、シグナムという女性がふたりの間に割って入ってくれた。はやてを車椅子から抱きかかえると、ソファーの上に座らせる。
シャマルという女性はまだ話したそうであったが、シグナムという女性がひと睨みすると態度が一変した。姿からは姉妹のようには見えないが、彼女が親戚の中でリーダー格らしい。
シグナムは俺にもフォークを差し出してきたが、食べないと意思表示した。合掌しながら「いただきます」と言った彼女達は、各々手に取ったお菓子を食べ始める。
「んぅ!? これ、ギガうまだな!」
「ええ、美味しいわ」
「ああ」
「ショウくん、また腕を上げたなぁ」
どうやら味は問題ないようだ。ヴィータの言った美味さの表現に疑問を持ったが、顔を見ていれば高く評価してくれると分かるのでツッコまないでおく。
「まあ、最近は味見してくれる奴がいたからな」
「ん? それって友達?」
「友達……ではないかな」
シュテルは仕事で地球に来ているため、友達よりも同僚といった表現が正しいだろう。だが彼女とは一緒に家事をしたり、買い物に行ったりしているのだ。もっと具体的に言うなら、シュテルはうちにホームステイしている留学生といった感じになるだろうか。
「ふーん……」
「おや? はやてちゃん、やきもちですか?」
「やきもちなんか焼いてへんよ」
「またまた~、意味深な返事を返してたじゃないですか」
「ショウくんは相変わらずはっきりせんな、って思っただけや。相手の気持ち考えたら、可哀想にもなるやろ」
「何か八つ当たりされてる気分なんだが……」
「はやてちゃん、ショウくんがまた傷ついてるじゃないですか。やきもちを焼いてもらえないと自分に興味がないんじゃないか、って不安になるってこの前テレビで言ってましたよ」
「いや、そっちで傷ついてはないから」
何で大人は、こうすぐにあれこれ結び付けようとするのだろう。俺やはやてはまだ恋愛をきちんと理解できる年齢ではないというのに。
「はやてちゃん、やばいですよ。ショウくん、はやてちゃんのこと何も思ってないみたいな発言してます。このままじゃ進展しません」
「あんなシャマル、何度も言うとるけどわたしとショウくんはそういう関係やないねん。何て言うたらいいかな……家族みたいに何でも話せる友達。親友?」
「それよりは悪友って表現が合わないか?」
「うん、そんな感じやな」
「……何だかつまりません」
「シャマル、あまり言っていると温厚な主はやてでも怒るぞ」
主……まあこの家ははやての家だしな。家の持ち主であるはやてが1番偉いといえば偉い。それにこの人達は親戚かどうかは分からないが、外見から判断して海外から来ていることは確かだろう。間違った認識をしていてもおかしくはない。
最初は何かしらの目的があってはやてに近づいたのではないかと思ったが、お菓子を食べながら楽しそうに会話する姿は家族のように見える。
気まずい空気が全く感じられないってことは、結構前から一緒に暮らしてるんだろうな。冷静に思い返してみれば、はやてはバタバタすると言っていた。それはこの人達と一緒に生活することになったため、色々と買い揃えたりしなければならなかったのではないだろうか。
「……これなら俺がいなくなっても平気かな」
ぼそりと呟いた独り言に返ってきたのは、食器同士がぶつかり合った甲高い音。はやてが持っていたフォークを落としてしまい、それが皿にぶつかったようだ。
はやての顔は先ほどまでと打って変わって凍り付いていた。彼女の中では様々な感情が渦巻いているのか、フォークを持っていた手が震えている。そんなはやてを心配してシグナム達が心配そうに声をかけるが、彼女の意識は俺だけに向いている。
「ショウくん……今何て言うたん?」
「いや……別に」
「何で嘘つくん? 今……いなくなるって言うたよな?」
はやての顔は徐々に崩れていき、今にも泣きそうだ。彼女は足が動かないことも忘れてしまっているのか、勢い良くこちらに来ようとする。
その素振りを感じ取った俺ははやてよりも先に動いて、彼女を抱き止めた。先ほどまでならばシャマルが茶々を入れていただろうが、彼女も大人。空気を読めないわけではないようだ。
「なぁ……どっかに行ってまうんか?」
「……行かないよ」
「じゃあ何で誤魔化そうとしたん? 今も誤魔化そうとしてるんやないの? 黙っていなくなるとか、わたし……許さん……」
胸に顔を埋めて訴えてくるはやての声は今にも泣きそうで……。彼女は俺の身体を強く抱き締めながら、さらに続ける。
「……ごめん、ごめんな。わたし、嫌な子や……いなくなるにしても、仕方がない事情があるはずやのに、わがまま言うて……」
「謝らなくていい。お前は嫌な子じゃないよ……嫌な子は俺だ。2ヶ月も会わなかったんだから、もう会えないんじゃないかって思ってもおかしくないのに……ごめんな」
俺ははやてを抱き締めながら、彼女を安心させるように頭を撫でる。
いつの日か訪れるであろう別れ。でもそれは今じゃない。余計なことは考えないと決めていたのに……またやってしまった。彼女には笑顔でいてほしいと思っているのに、最近は泣かせそうになってばかり。はやてを傷つけてしまう自分を一日でも早く変えてしまいたい。
「少なくても……今すぐにいなくなったりしない」
「……ほんま?」
「ああ。俺はどこにも行かないし、これからは前みたいにここに来るから」
「……約束やからな」
「ああ、約束だ」
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