アセイミナイフ -びっくり!転生したら私の奥義は乗用車!?-
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第5話「私、説得してみた」
―――翌日。宿のカウンターにて。
今日も今日とて、カヴェリに客はいない。ここが賑わうのは魔物が増え、貴重な食用モンスターが
この遣いの森に現れる夏と、樹氷で有名なホレント台地への中継点として使われる冬の一時期のみ。
それ以外の時期は、森外縁部での採集任務を受けた者や森で迷子になった者、侵入したものの追い返された者…
そうしたものしか訪れないのが常である。そして今は春。
よって、ここで重要な話をしていても、聞いているのは精霊と木々や草花しかないと言えよう。
「なるほど。それがここ2週間ばかりコソコソしてた理由か。全く…」
リックは眉を潜め口をへの字に曲げて、そのシワの出始めた顔を歪ませ不機嫌を顕にしていた。
イダが外道照身霊波バッグやこれ食ってもいいかな袋の件、
そしてそれについて両親に秘密で実験していたことを話すと、リックはとたんに不機嫌になってしまった。
「ごめんなさい、お父さん…」
イダがうつむいてそう言うがリックは取り合わない。ますます口のへの字が危険な角度に曲がっていくだけだ。
「どうして俺達にまず相談しなかった。そんな力が出た、なんて官吏に知れたらどうなると想う!
最悪、貴重な食べ物を生み出す絡繰にされちまうぞ!」
まくし立てるリックに、イダもグウェンも言葉が出ない。口火を切ったのはジェイガンだった。
「しかし、心配を掛けたくなかったというイダの気持ちも分かってやってください」
ジェイガンが真剣なまなざしでリックを見つめ、その視線をフォローするようにヴァレリーが付け足した。
「それに、今回の課題の件もあったからよねえ…あんなことがあったんだし、急がなくても良かったのに。
でも、嬉しいわイダちゃん。ほんと、そろそろ税金を払いに行かないと、本当に逮捕されてしまうから」
母は何も問題など残っていないかのように、軽く笑いながらそう言って、リックの肩を抱きすくめた。
実際には軽く言えるほどの事態ではなかったのだが。昨年の冬は記録的な豪雪となり、ホレント台地への
連絡路が完全に封鎖されてしまったため、カヴェリにもほとんど客が来なかったのだ。
それこそが、イダに経営改善をしろ、と両親に訴える原動力の一つだったのである。
「今回は本当にまずかったのだし、いいじゃないリック。この香辛料とイネを冒険者の中継点で
ドライベールに売りさばいてもらえばいいでしょう?彼に売らせれば、足はつかないだろうし」
ヴァレリーが優しくそう言って、イダに向き直る。
「…その力、前世とかそういうの、私はそんなに信じてない。でも、それは神様から与えられたギフトだと想う
だから貴方の思うままに使って。私たちは全力でフォローするから」
優しく微笑んでヴァレリーはそういうと、リックもまた「仕方がないな」と言って頭を振る。
「そうなってしまったものは仕方がない。それに、ある力なら使わなきゃあ損だ。圧倒的に」
リックはそう言ってしばし黙りこくる。沈黙に耐えかねて、グウェンが「にゃあ」と猫のように鳴いた時、
リックがようようと口を開いた。
「…まあ、信じよう。それと、その力を宿のために使うのもな。なあに、方法ならいくらでもある」
妻の言葉、娘の言葉、森の民の言葉を聞き、そうしてリックは判断した。
「方法はいくらでもある。いくらでもあるが、危険ではある。さっきも言ったが、香辛料や貴重な食べ物を
生む道具にされかねない危険な能力だ。お前にとってはな…」
リックは厳かに言って、そこで言葉を切った。
「でも…」
イダが口火を切ろうとした時、リックもまた言葉を紡ぐ。
「なあに、俺に考えがあるといっただろう。まあ、多少あいつに迷惑をかけちまうがね。
それでも俺らを匿うよりは迷惑じゃねえよ。この森の奥の奥、迷いの森の魔法のかかった場所には、
あいつでも自由には入れない。あそこに自由に入れるのは、長老の爺さんだけさ」
その言葉に、ジェイガンがはっと顔を上げ、そして激昂する。
「まさかッ!如何に貴方でも、あの場所に危害を加えるようなことは我が一族、許しませんぞ!?」
立ち上がって眉を吊り上げ怒りに染まるジェイガンを一瞥し、リックは言った。
「なあに。この国の皇帝は知ってるさ。あの迷いの森には、何者も手出しできない、ってな」
「しかし…」
「話は最後まで聞け」
言い募ろうとするジェイガンの言葉を遮り、リックは続けた。
「迷いの森に何があるか、それは誰も知らない。そして、誰も知らないということは、そこに何が
あってもおかしくはないということだ。しかも、帝国は建国時の盟約で森に手出しはしない…」
静かにリックは言葉をつなげていく。盟約、という言葉にグウェンのまゆがぴくり、と上がった。
「…盟約にぇえ。森の上位精霊ゲブリュールと初代皇帝が結んだっていう。それのおかげで、
この森は独立できてるんだよねえ」
グウェンは髪の毛をくるくるといじりながら、つまらなそうにそう言ってため息を付いた。
ゲブリュールとは森の上位精霊で、「轟く森の偉人」と呼ばれる森の神秘と静寂を支配する精霊である。
「確かに…皇帝が聡明なうちは大丈夫でしょう。ですが、我らにとっての100年は人間にとっての10年。
その間に人の血が濃い皇家はその約定を忘れ去っているのではないでしょうか」
グウェンはなおもいい下がる。だが、リックは知っている。その約定は破れないことを。
「…皇家の始祖、つまり初代皇帝は強力な上代精霊魔術を使ったという。
よく覚えておけ、イダ、ジェイガン。上位精霊と契約をして、上代精霊魔術を使うということは、
それは末代まで呪いを引継ぐということだ。もし「森を犯さぬ」という古い盟約を破れば、
それは皇家に振りかかる呪いとなるだろうよ。それを無視してまで、っていう大馬鹿野郎が皇帝なら、
黙っててもそのうち遣いの森に無理難題ふっかけてくるだろうさ」
リックはくつくつと笑っている。その顔を、イダは「意地悪う」と批判的な目で見つめていた。
そう、森の精霊であるゲブリュールはすなわち、森の持つ悪意の象徴でもある。
森に潜む猛獣、悪人、そして何より人を迷わせる森そのものに影響を与えるのだ。
それとの盟約を破るということは、森の呪いを受け破滅することに直結しかねないのである。
「…つまり、森の奥でエルフさんたちが拾ってきたものをもらった、ってことにするっていうこと?」
イダが眉をひそめると、リックは我が意を得たり、とにっこり微笑んだ。
「そうだ。少しの量ならそれで誤魔化せるだろう。それに、この鮮度の肉なら香辛料を使わんでも十分うまい。
肉なら森で仕留めた、とでも言えば誤魔化せるだろう。それに…その、なんだ」
…リックの目の前には香辛料の他に、白い筋が大量に入った塊肉が置かれている。
見る人が見ればわかる。間違いなく松阪牛の最高級品、極上の霜降り肉がそこに置かれていたのである。
「これ、牛肉だ、って言って信じる奴はいねえぞ。なんだこの脂の量。何食わしたらこんなになるんだ?」
そんなこと、聞かれてもわかるわけがない。イダに畜産の知識なんて欠片ほどにもありはしないのだ。
「うーん…まあ、多分種類が違うんじゃないかな…」
イダが自信無さ気にそう言うと、リックはまあ気にするな、と言って嘆息した。
「にゃあ。でも、噂になってリピーター増えたらどうするにゃ?会員制にすんの、やっぱし?」
グウェンがにゃあにゃあとまるで猫のようにゴロゴロソファーに転がる。
すると、その動きを抑えるようにヴァレリーが横に座り、そしてグウェンの頭を優しく抱いた。
「そのへんは問題ないんじゃないかしら。そもそも馴染みの冒険者さんか、本当の迷子さんか、
遣いの森に踏み込んで殺されなくて済んだ罪人さんたちしか来ないわけだし。夏や冬でもそうでしょう?」
その分、そうした数少ないお客さんに楽しんでもらいましょう、と目が言っている。
―――肉や麦を買わなくて済むようになるだけで十分。むしろ大助かり。イダちゃんGJ。
目は口程に物を言う。ヴァレリーの目はそう言いたげに細められていた。元々細目なのではあるが。
「とりあえず、この香辛料を売ってしまえば、どんなに捨て値で売ってドライベールに半分渡したとしても、
納分の税金を払って余りある。そう、この宿を新築できるくらいにはなるわね」
そう言ってコロコロと笑うヴァレリー。実際、目の前に置かれている袋の量は、最初の日に集めた量の
10倍近くはあった。これを全て売り払えば、間違いなく一財産である。勿論、おおっぴらに売ることは出来ない。
「まあ、ドライベールは王宮にも出入りしているし、うまくやるだろう。うむ」
リックはそう言って頷き、イダに「よくやった」と言って笑いかけた。
「なるほど…たしかにそれなら、わかるか。ゲブリュールと皇家がタダの鎮守ではなく、
魔法の契約までしているとすれば…族長には私から相談しておきます」
ジェイガンもようやく納得したようだ。組んでいた腕を解き、ソファーに再び腰を掛けたのだった。
「ところで、ドライべールって誰にゃ?わちき、聞いた覚え無いにゃ」
グウェンが耳を立ててそういう。グラスランナーはエルフのような尖った耳は持たないが、猫のように毛が
びっしりと生えており、それは時たまピクピクと愛らしく動くのである。
他に、彼らは伴侶と親以外に決して見せることはないが、手や足にも猫の毛が生えているとされる。
「んー…そうだね、グウェンが居る時に来たこと無いから。商会の人よ。それも大きな…カザリ商会っていう
帝都に本店のある大きな商会の支店長さん。いつも森の向こうのウヴァの街にいるよ」
イダがそう説明すると、ほえー、と間の抜けた興味無さそうな声を出してグウェンは沈黙した。
勿論、イダはその態度に眉を吊り上げ、スリッパをぶちかましたのであるが。
「そうと決まれば話は早い。私は早速族長のところへ言ってきます。イダの件…いいな?あの時は、必要な時期、
といったが、こうなれば仕方ない。族長と長老には教え、協力を仰がなければ。全てはそこからになるだろう。
一度言ったことを曲げてしまった。…すまん」
ジェイガンはバツの悪そうな顔でそうイダに謝るが、イダは全く気にしていない、と言わんばかりに
「必要なんだし、仕方ないよ。エルフさんたちのことは任せた!」と言って笑ったのであった。
―――翌日。
ジェイガンがやってきて、エルフの族長の説得はうまくいったことをイダたちに伝えていた。
「いつか族長のところに来てもらうことになるとは思うが、とりあえずは問題解決だ。良かったな」
ジェイガンはいつもの調子に戻って、気安くイダに笑いかけ、そのボサボサの頭をグシグシと乱暴に撫ぜた。
「もう、やめてよ! でも、わかってくれたんだ。ほんとよかったあ…ダメだったらどうしようかと思ったわ」
イダはジェイガンの手を振り払うと、そう言って心底安心した、と言わんばかりに胸をなでおろした。
それから、グウェンも加わって、がやがやといつものように他愛ない会話をする。ようやくいつもどおり。
そうグウェンとジェイガンもほっと一息をつくのであった。
―――それから2時間後。
様々な話をして、そのあと、ジェイガンはリックたちへ、イダにした説明と同じものを伝えた。
そちらも特に問題はなく、残った問題はドライベールという男に会うためにどうするか、ということだけだった。
それから半日。また他愛ない会話が続く。曰く、霜降り肉うまい。曰く、また柿が食べたい。曰く、曰く、曰く…
今度は袋やバッグの件が多く話し合われる。どう使うべきか、どうしてこんなものが使えるか。
2週間の間にした会話を反芻するように再度議論しながら、イダは魂の安息のようなものを覚えていた。
活力が湧いてくる。今までと少し違う。やはり、私の願いは間違っていない。私は彼らと、そして父母と生きたい。
ならば、どうしなければいけないのかは瞭然である。
思い立ったように、彼女は切り出す。それは運命。それは宿命。それは天命。言い繕う言葉は百万遍ある。
だが、これが「ある契機」というものだ。契機とは、チャンスとは、機会とはいつも突然なのものだ。
彼女は今、それが来たのだと心で自覚していた。そう、その魂で。
「―――あのさ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけど―――」
それは、彼女にとって初めての「ワガママ」になるはずの、小さな、小さな希みだった。
―――前日の夜。
ヒソヒソと声が聞こえる。ヒソヒソと声が聞こえる。イダの声、ヤズの声、キカの声。そして、オーの光。
光が優しく照らす中、ヤズとキカにイダは相談する。それはとても必要なこと。始めなければいけないこと。
そうでなければ、この先生きていくことなどできない、と確信しているかのように。
それは―――誓いのための祈り、祈りのための願い、願いのための希み。
きっかけはさらわれたこと。きっかけはそれだけしかない。そんなことはない。きっかけは別にもある。
だが、表向き、人に話すきっかけはそれだけだ。
そのきっかけがなければ、彼女はただの宿の娘として生涯を終えただろう。例え、この力が、記憶があったとしても。
でも、今の私にはきっかけがある。だから、私は請わなければいけない。だから聞く。聞かねばならない。
福音のように心が自信を持っていく。大丈夫だ、と彼女は心に言い聞かせる。彼らは私の「希みを」―――
すなわちそれは、彼女にとって初めての「ワガママ」になるはずの、小さな、小さな希みだった。
紡がれた言葉はひとつ。その言葉は平易。されど、動かすは運命。宿命。天命。
天魔外道すらもいつか慄くだろう、その腕には、未だ何も抱かれてはいない。
いつかその腕に抱くものを零さぬように。己の命をも決して取り落とさぬように。
友と、家族と、ずっと一緒にいたいがために。その大きなひとつの願いのために。
そのために紡いだ言葉は、二度共に同じ。その言葉は―――
「戦う術を、教えてください」
とてもとても平易で、平凡で、普通に。流れるように歌うように紡がれたその言葉には、確かに己の無力を嘆く響きがあった。
続く。
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