ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
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本編
第37話 温泉へ行こう
こんにちは。ギルバートです。帰還翌日からの特訓は、“物理的”な意味で地獄でした。塩田設置の為に半年以上碌に訓練して居なかったので、剣も体力も洒落にならない位に鈍っていたのです。まさかその所為で、こんな事になるなんて思いもしませんでした。
そうなった経緯を思い出すと、思わずため息が出てしまいます。
以前購入した謎の魚ですが、結構な高級魚だった事が発覚しました。コックに塩と謎の魚を渡した時に、コックが何故か「本当によろしいのですか?」と聞いて来たので、私は気軽に「良いですよ」と答えててしまいます。その時やたらとコックに気合が入っていた理由に、私は気付きませんでした。
結果。帰還日初日の夕食に出て来た料理は、少し焦げ目が入った白い塊でした。それを目の前で、槌を使い叩き割られたのです。中から出て来たのは、私が渡した謎の魚と香草類でした。……ここまで言えば、この料理の名前は解っていただけると思います。
……謎の魚の塩包み焼き。私が以前に、コック達との話のタネにした料理です。
最初は貴重な塩を無駄に使った料理と思われたのか、家族全員に(何故か)私が非難の目で見られました。しかし食べてみると、その態度は吹き飛びました。味は金目鯛そっくりで、物凄く美味だったのです。御馳走様です。
ちなみに私の分は、ティアに半分取られました。最近餌のやり過ぎか、ティアが重くなって来ているのが気になります。デブ猫にならないうちに、何らかの手を打っておくべきでしょうか?
しかしどんな美味しい料理でも、貴重な塩の消費量に釣り合いません。父上と母上の機嫌を回復させるには、もうひと押し必要です。
そこで最後に、塩の再利用方法を伝えると皆を満足させる事が出来ました。
次の日の訓練時に、母上達は怒っていませんでした。私は地獄の軽減か回避の成功に、口には出しませんでしたが心底喜んでいました。
しかし、現実は残酷でした。訓練時に私の鈍りっぷりを確認した母上達は、純粋な善意から私を特訓すると宣言したのです。
母上曰く。塩田設置で遅れた分は、私が取り戻させてあげるからね。……だそうです。
(思いっきり余計なお世話です!! そんな善意は要りません!!)
そんな意見が通るはずも無く、(と言うか、口にしようものならスパルタ度3倍です)私は“物理的”に地獄に落ちました。
そんな地獄を味わった甲斐もあってか、2週間もすれば身体も慣れ、体力と剣のキレを取り戻す事が出来たのです。地獄が終了した時は、思わず信じてもいない神に手を合わせてしまいました。しかし安心ばかりもしていられません。ふと気付くと、私の仕事の幾つかがボッシュートになっていたのです。
魔法の道具袋を使った“塩田の製塩量誤魔化し計画”は、何時の間にか母上が行く事になっていました。母上は外に出れる事を、まるで子供の様に喜んでいたのです。この状況に私は「魔法の道具袋を返せ」とは言えず、大人しく母上が出かけるのを見送るしかありませんでした。
母上の見送りの際に、父上から「すまんな」と、さりげなく言われました。私は無言で、父上の腰をポンポンと叩いて返事をしておきました。その時私と父上の間に、“哀愁”の2文字は無かったと自負しております。
運営体制の見直しの成功で、書類仕事の量が激減しました。そのお陰で、母上も出かける余裕が出来たのですが、それは同時に私のフリー時間が増える事も意味しています。その分は主に、鍛冶やジャック・ピーター・ポーラとの時間に振りました。しかし最も影響が出たのは、アナスタシアとの時間です。これはディーネが忙しくなった事により、アナスタシアの面倒をみる割合がディーネから私に一気に傾いたのが原因です。
今までアナスタシアは、ディーネの手伝いでペガサスの世話をしていました。しかし、自身の使い魔であるサンダーバードを世話する必要が出て来たので、手伝いの時間を取れなくなってしまったのです。その煽りをくらったディーネの余裕が無くなり、アナスタシアをサポートする余裕が無くなってしまいました。
余談ですが、ディーネはペガサスの世話と騎獣訓練があるので使い魔の召喚を諦めました。母上が残念がりましたが、ドリュアス家では杖の携帯許可が出た後の魔法行使は自己責任なので、本人がNOと言えばそれまでです。正直に言わせてもらえば、ディーネが冷静に自己分析し召喚を断念するとは思いませんでした。
こうなるとアナスタシアのサポートは、私以外に出来る者が居ないのです。なにより召喚の手伝いをしたのは私なので、その責任は果たさなければなりません。
この状況はアナスタシアから見れば、なかなか甘える機会が無かった兄と一緒に居られる転機と感じた様です。今まで遠慮がちだった、かまってアプローチが急に積極的になりました。と言うか、ちょっと行きすぎな様な気もします。
まあ、そのアプローチに惜しみなく答える私も……私が一番悪いのですが。
例 その1
「兄様。皆に聞きながら、あの子の名前考えたの。どれが良いと思う?」
「うん。どんな名前があるんだい?」
「えーと、先ず兄様に考えてもらったボルグとサイクでしょ……ギャー、ピーピ、ピティ、ピィ、ティピ、ぎょぴちゃん、ジョニー、ライデン、フライド、チキン、オレオ、マエマル、カジリ」
「アナスタシア」
私はアナスタシアの肩に手を置き、優しく聞きました。取りあえず追及しておいた方が良いでしょう。
「その名前、誰と相談したんだい」
「えっと……最初は母様で、次が姉様で父様にオーギュスト……で最後がティアちゃん」
直訳すると“フライドチキン。俺、お前、丸かじり”ですか。お前は何処の悪魔だと突っ込みたいです。本当にティアは、“物理的”に食う気満々ですね。あれほど注意しておいたのに……。他にも、突っ込みどころ満載の名前があった気がしますが、聞かなかった事にしておきます。疲れそうですし。それからティアには、一度O☆HA☆NA☆SHIしておいた方が良いですね。このまま放っておくと、ついうっかりでサンダーバードを齧りかねません。
「私の一押しは、ボルグとピィかな」
蹴られたり伝説の指四の字固めされそうな名前や、空飛ぶピンク金魚や赤い稲妻よりマシでしょう。何故こんな名前が出てきたかは、私の凡庸な頭では理解出来ません。……したくもありませんが。
「ん~と、じゃあボルグにする」
「それはまた如何して?」
アナスタシアは嬉しそうに笑いながら、上目使いで私を見て来ました。
「だって……兄様が考えてくれた名前なんだもん」
そう言うと私に抱きついて来て、顔をすりすりして来ました。
私は妹に甘すぎるのでしょうか?
……妹が小悪魔に見えます。
例 その2
その日は昼寝(特訓による長時間の気絶)をしたせいか、ベッドに入っても眠気が襲って来ませんでした。そこで“どうせ眠れないなら”と思い、今後のプラン(原作介入方法・領地運営方針)について考え始めます。以前に書いた日本語のメモを、机の上に引っ張り出し、そこに新しい資料を加え、不安点やその打開方法を考えて行きました。
そのまま暫く唸っていると、部屋に小さなノック音が響きました。風メイジでなければ、聞き逃していたかもしれません。
「はい。誰ですか?」
「あたし」
返って来た声は、アナスタシアの物でした。
「入って良いですよ」
「ひつれいしま~す」
その挨拶を聞いた私は(しつれいします。でしょ。相変わらずアナスタシアの活舌は、良くないですね……可愛いけど)と、つい内心で突っ込みを入れてしまいました。そんな私の内心等知らずに、寝間着姿のアナスタシアが枕を抱えた格好で入って来ます。
「こんな夜中に如何したのですか?」
「え……と」
アナスタシアは、先程からチラチラとベッドの方を確認しています。正確には、そこで寝ているティアをですが。……全く、仕方が無いですね。
「眠れないのですか?」
「……うん」
「私はまだやる事があるので、先にベッドで横になっていてください。眠くなったら、そのまま寝てしまっても良いですよ」
「良いの?」
私の言葉に、アナスタシアは目を輝かせます。私が肯定の為に大きく頷くと、私のベッドに突入して行きました。
「お休みなさ~い!!」
「ヌゥ!! 主これは!?」
どうやら、ティアが起きてしまった様です。
「ティア。大人しくアナスタシアの抱き枕になっていてください」
「主。この埋め合わせはするのじゃぞ」
ティアの言葉を、適当に肯定しておきました。
作業が一段落して眠気が訪れると、私はティアを挟んだベッドの反対側に横になりました。かなり時間が経っていたので、2人?は先に眠ってしまった様です。アナスタシアが気持ちよさそうに寝ていたので、寝顔を指で突いてやろうと思いましたが可哀想なので止めておきました。
朝起きると、何故か私がアナスタシアの抱き枕になっていました。原因は夜中にティアが起き出して、避難したからの様です。
取りあえず起きる時間なので、アナスタシアを引き剥がし揺すりました。
「ヤァ~~。あとちょっと~~」
「駄目です」
アナスタシアが私の体に抱き付こうとしたので、手をかわし私はそのまま毛布を剥ぎ取りました。
「ぶぅ~~~~」
私は膨れるアナスタシアの上半身を、無理やり起こしてベッドの上に座らせました。
「ほら。膨れない。自分の部屋に戻って、着替えてください」
私はそこまですると、役目を果たしたと言わんばかりに着替え始めます。しかし私が着替え終わっても、アナスタシアはベッドの上から動こうとはしませんでした。
「早く部屋に戻って着替えないと、朝食に遅れてしまいますよ」
「……兄様。抱っこ」
流石に甘え過ぎです。
「却下」
「うぅ~~。抱っこ」
暫くアナスタシアと睨み合いましたが、結局部屋まで運んでしまいました。
アナスタシアよ……兄は将来君が、とんでもない悪女にならないか心配です。……かなり切実に。
例 その3
その時私は行儀悪く、自室のベッドに寝そべったまま本を読んでいました。ティアも散歩で不在だったので、のんびりと1人を満喫中です。そんな時、部屋のドアがノックされ「兄様」と、声を掛けられました。
「アナスタシアですか? 如何かしましたか?」
アナスタシアは私の声を確認すると、部屋に突入して来ました。そして、サッと室内を見回し何かを確認すると、ドアにロックをかけ部屋にサイレントをかけます。
「アナスタシア?」
様子が変な事に気付いた私は、本に栞を挟んでうつ伏せに寝て居た身体を起き上がらせます。ベッドの縁に座り直し、スリッパを探し目線を落としたところでアナスタシアに正面から抱きつかれました。
「兄様にお願いがあるの」
「如何したのですか?」
私は反射的に聞き返しました。ここで無条件に首を縦に振らなかったのは、何となく身の危険を感じたからです。そんな私に、アナスタシアは言い募って来ます。
「兄様はあたしの事を、助けてくれるよね? 見捨てないよね?」
本能が不味いと告げました。なので、少しだけ譲歩した返答をします。
「出来る限りの事はする。と、約束します」
「出来る限り?」
そんな目で見ないでください。私は、その視線に耐えようとして……耐えられませんでした。
「解りました。アナスタシアを助けると約束します」
「兄様。ありがとう」
ベッドの縁に座る私の膝に跨り、腰と身体を密着させ身体全体ですりすりして来ます。一方で私は、どんな内容がアナスタシアの口から飛び出すか、内心で戦々恐々としていました。
そして……。
「兄様。あたしレイピア駄目みたい。何か良い武器ない?」
(そう来たか!!)
アナスタシアがレイピアを使うのは、母上の我儘による物です。確かにレイピアが向いていないとは、だいぶ前から感じていました。母上を落ち込ませたく無くて、言い出せなかったのは私も悪いです。そしてそれは、母上も理解している様です。しかし、努力するアナスタシアに「向いていない」とは、母上も言い出せない様でした。
「母上には相談したのかい?」
「怖くて相談出来ない」
ここは母上の自業自得ですね。しかし母上は、あれで繊細ですからね。第三者(私)が、正面からその事を指摘すると泣いてしまいそうです。ここは、私が悪者になるしかないですね。
「解りました。思いつく限りの武器を試してみましょう。但し、暫くの間は母上には内緒ですよ」
「うん♪ 兄様。だ~い好き♪」
アナスタシア。お願いだから、傾国なんて呼ばれる女にならないでくださいね。……いや、流石にそれは無いですね。……タブン。
「はぁ~~~~」
特に印象に残っていた三つの例を思い出し、私は盛大に溜息をついてしまいました。
アナスタシアの厄介な所は、私が聞く気が無い時や不快に感じた時はアッサリ引くのに、少しでも聞く気があると要求を強引にねじ込んで来る所です。
……アナスタシアは、まだ8歳になっていないはずなのですが。末恐ろしいです。それと「妹に甘過ぎる!!」と言う突っ込みは、自覚しているので無しの方向でお願いします。
シスコン? ……言い返せない。
それから、ボルグの訓練の一環として狩りの練習にも行きました。鷹狩りみたいで、何気に面白かったです。……ボルグは見た目ミニマムなのに、パワフルでした。だって、鳥なのに自分より大きな獲物(50サント位の猪)を、普通に掴んで飛んで来るのです。何らかの魔法的補助があるのでしょうが、最初に見た時は度肝を抜かれました。
ボルグが仕留めた獲物の代わりに、アナスタシアから餌を貰っている時の事です。それを見ていたティアがボソッと「太らせた方が……」と、呟いていたので「ティアみたいにデブになると、空が飛べなくなるので困ります」と言ってあげました。
……その後どうなったかは、推して知るべしです。ただ、私が傷だらけになり、ティアが食べ物をがっつかなくなりました。必然的にティアの体重は元に戻り、ボルグに食欲の目を(あまり)向けなくなりました。私の犠牲は報われたと信じたいです。
さて、領地運営と私生活が順調なので、私に出来る事をしようと思います。
トライアングルメイジになって《錬金》可能になった物質の確認したところ、№75・レニウムまで《錬金》可能になっていました。
そしてこれでやっと、タングステンの《錬金》が可能になったのです。これを使えば、リアル斬鉄剣を造れるのです。テンションが上がり過ぎた私は、混じりっ気無しの100%タングステンの小太刀を、《錬金》で造ってしまいました。
結果……重くてまともに振れませんでした。鉄の倍以上重いので、当然と言えば当然です。鉄製と同じ感覚で振ったら、腕が壊れるかと思いました。これからの剣術の課題は、この小太刀を含めタングステン製大太刀を自由に扱えるようになる事です。意地悪でディーネにも、訓練用と称し刃を落とした純タングステン製バスタードソードを、プレゼントしておきました。ディーネに渡す時に「固有武器には、(一部)この金属使いますのでよろしく」と、言っておきました。その時のディーネの顔は、思い切り引き攣っていました。
一方鍛冶の方ですが、タングステンを使った鍛剣が作れないか研究を始めました。この研究が成功すれば、どんな材質の剣も鍛造出来ます。私の最終目標は、タングステン・ベリリウム合金製の剣を鍛造する事です。最強金属の鍛剣は、私の憧れです。
余談ですが、タングステンのインゴットをそのままサムソンさんに渡したら、「こんなカテェ金属加工出来るか!!」と怒られてしまいました。
先ずは《硬化》の応用で、何とか成らないか模索しようと思います。硬度強化ではなく、加工性強化という切り口で魔法を応用出来ないかと言う事です。当然、加工終了後に魔法は解除します。まあ、上手く行く可能性は低そうですが、時間はたっぷりあります。
更に、オリジナル新魔法の開発にも着手しました。と言っても、マギ知識にあった、他の物語の魔法を再現出来ないか挑戦するだけです。……すみません。ハッキリ言って時間つぶしのお遊びです。これも、実りがあるとは思えません。
そんな状況で、4月に入りました。父上が最後の魔獣の引き取りに行くと言うので、私も付いて行く事にしました。それと言うのも実は、木の精霊に確認したい事があったからです。内容は精霊の加護である“豊作の加護”と“温泉”についてです。“豊作の加護”は範囲が不明瞭で、何処までが有効範囲か聞く為です。当然加護範囲を優先して、開墾した方が効率が良いのです。温泉は純粋に、入ってみたいですからです。精霊達の地下水路の手際を見る限り、もう完成しているはずので、ちょっと温泉に寄れば入れます。
加護の事は以前に話しておいたのですが、誰も行きたがりませんでした。私があれほど温泉の魅力を、熱く語ったのに……。私が不思議に思っていると、その原因は出発直前に判明しました。
朝早くから騎獣を玄関前に回してもらい、今回の護衛であるエディとイネスも既に配置についています。グリフォンに乗り込む前に、父上が不思議そうに聞いて来ました。
「ギルバート。ウエストポーチ(使い魔)は分かるが、そのリュックは何だ?」
「バスタオル2枚と自作の桶が入っています」
私が答えると、その場に居る全員が不思議そうな顔をしました。
「何故そのような物を持って行くのだ? 騎獣による外出は、荷物を可能な限り減らすのが原則だぞ」
父上が軽く注意して来ました。もっともな意見ですが、ここは見逃してほしいです。
「いえ、ちょっと温泉に入りたいな。と、思いまして……」
この場では不謹慎でしたか? そうなら失敗ですね。反省です。
「オーギュスト。私の分のバスタオルも用意しろ」
「はい。ただちに御用意します」
あっ……父上も入りたいのですね。解ってくれるのは嬉しいです。
「アズロック!!」
父上を呼んだ母上が、思い切り“私も行きたい!!”と、目で訴えています。そのすぐ横で、ディーネとアナスタシアも同様の視線を私達に向けていました。
皆が興味を示さなかった理由は、忘れていたか、まだ入れる状況じゃないと思っていたから……ですか。
「私とシルフィアが前準備なしに、同時に領地を開けるのは不味いだろう。ここはすまんが、留守番していて欲しい」
父上が母上の説得にかかりました。母上も父上の言いたい事は理解しているので、悔しそうにしながらも文句は言いませんでした。
しかし、その制約に縛られない人が2人います。
「お父様。すぐに私の騎獣ペガサスを、ここに回します。私の分のタオルも用意してください」
ディーネ。もう行く気満々ですね。メイドが館に走ろうとしましたが、中から出て来たオーギュストに手で制されました。その手には、バスタオルが6枚ありました。リュックに余裕があったので、バスタオルは私が全て受け取ります。
「父様。姉様。私も行きたい」
まあ、そうなりますよね。で、ここで父上とディーネが了承すると……。母上が物凄く凹みました。母上の怒りが、事前通告しなかった私に向かない事を切に願います。……まあ、無理なのでしょうね。涙出そうです。
ペガサスの準備が終わると、いよいよ出発です。アナスタシアは、ディーネのペガサスに同乗しました。恨めしそうな表情を浮かべる母上に、元気良く出発の挨拶をしました。
ディーネの騎乗技術は、年の割に見事で危なげなくついて来ます。後ろに乗っているアナスタシアも、ディーネの騎獣操作に不安を感じていない様で、ニコニコと笑っていました。
「ディーネ。その調子でついて来るんだ」
「はい」
父上がディーネに声をかけます。
「しかし、騎獣操作は思っているよりも体力の消費が激しい。疲れを感じたら、すぐに報告する様に」
「はい」
ディーネの返事に、父上が満足そうに頷きました。そしてエディとイネスに、ディーネに注意するよう目で指示していました。
そのまま湖まで、何事も無く到着する事が出来ました。ペガサスからアナスタシアを降ろしたディーネは、立ったまま軽い柔軟をしていました。それが終わると、一度満足そうに頷いてこちらへ歩いて来ます。アナスタシアは湖の畔に移動して、熱心に湖の中を覗き込んでいました。
「お疲れ様です。ディーネ、疲れは大丈夫ですか?」
「思ったよりも疲れましたが、これ位の距離なら問題ありません。それよりここが精霊が居る場所なのですね。……想像通り綺麗な場所です」
陶酔した様に周りを見回すディーネに、以前のこの場所を知る私は、つい苦笑いを浮かべてしまいました。ふと父上の方を見ると、同じような苦笑いを浮かべています。どうやら同じ事を考えた様です。そこから更に周りを見渡すと……。
「アナスタシア。あんまり乗り出すと、湖の中に落ちますよ」
湖の中を覗き込むのに夢中なアナスタシアに、一応釘を刺しておきました。しかし「は~い」と返事は来ましたが、何処まで聞いているか激しく不安です。
取りあえず、早々に小島の精霊の大樹の前に移動して、父上と私の用事を済ませてしまいましょう。
「あっ!! 魚だーーーー!! ……あっ」
アナスタシアの声に次いで、ドッポーーーーンと言う水音が響きました。
私は内心でため息をつきながら、杖を抜くと……すぐに父上が《念力》を発動して、アナスタシアを湖から引っ張り出しました。私はそれに便乗して、《凝縮》の魔法を使いました。イメージはアナスタシアの服や身体の周りから、水分を奪い集めるイメージです。
私が集めた水を捨てていると、父上の《念力》から解放されたアナスタシアが突っ込んで来ました。そのまま私にしがみ付き、大泣きし始めます。(勘弁してください)
「ほら。アナスタシアが、私の言う事聞かないからですよ」
「にいざば。ごべんなざい」
鳴き声の合間に「あ 主。く くるしい」と、ウエストポーチから聞こえたのですが、今更アナスタシアをはねのける訳にも行かず見捨ててしまいました。
アナスタシアが泣き止むまで待つと、私の服の胸元は鼻水だらけになっていました。そして泣かれている間、私とアナスタシアに挟まれていたティアは、その後すこぶる機嫌が悪かったです。
アナスタシアが泣き止んだ所で、木の精霊が居る小島に渡りました。
「木の精霊よ。アズロック・ユーシス・ド・ドリュアスです。姿をお見せください」
父上が代表で声を上げると、大樹より木の精霊が出て来ました。
「え!? なんで?」
思わず声を出してしまった私は、悪くないと思いたいです。
出て来た木の精霊は、以前の大きな姿では無く20サント位の背丈しか無かったのです。何となくですが、姿も人のそれに近くなっている様な気がします。……しかも、ちょっとデフォルメが入っていて可愛いです。
「重なりし者よ。時代はエコだ」
(え……エコ? 何故?)
私が混乱していると、父上が聞いて来ました。
「ギルバート。聞こうと思って忘れていたのだが、木の精霊は少し前からこの状態なのだ。エコとはどういう意味だ?」
「エコロジーやエコノミーの略称と言われています。エコロジーは自然環境に配慮しようと言う考え方で、エコノミーは経済的な配慮をしようと言う考えです。この場合は顕現する姿を小さくする事で、力の消費を抑えようとしているのだと思います」
私は反射的に、そう答えていました。それを木の精霊が「その通りだ」と言って、肯定します。父上達は、私の答えに頷きこそしましたが、いまいちピンと来ていない様です。
「要するに、資源や資金を大切にして倹約をしようと言う事です」
ようやくピンと来る物があった様で、父上達は笑顔で頷いてくれました。この辺の話は、後で確りしておいた方が良いかも知れませんね。しかし木の精霊は、何故エコ等と言い出したのでしょうか?
私が疑問に思っていると、手をチクッと虫に刺された様な感覚を受けました。
その正体を確かめると、木の精霊から糸の様な細い蔓が私の手に伸びていました。あまりの細さに、他の人達は気付いていない様です。
「(重なりし者よ。久しいな)」
(はい。お久しぶりです)
木の精霊と有線テレパスで話し始めます。父上達は、ディーネを木の精霊に紹介していました。
「(聞きたい事は分かっている。件のエコは、貴様の頭から取り出した知識を観覧していた時に見つけた言葉だ。気に入ったので、我も使い実践しているにすぎない。それから今の我の姿は、貴様の影響を多大に受けている)」
ちっこいデフォルメ人形みたいなのが、私の影響ですか? いや、見なかった事にしておきましょう。そして忘れましょう。
(ディーネやアナスタシアだけでなく、もう1人……いや、1体かな? 紹介したい者が居るのですが)
「(ウエストポーチの中身であろう)」
(はい。ティアと言います)
私がウエストポーチを開くと、ティアがウエストポーチから顔を出しました。
「(それ程高位の者を使い魔にするとは、重なりし者も侮れぬな)」
(褒め言葉として受け取っておきます)
「(まだ未契約なのか? 重なりし者の考えは良く分からんな)」
私はその言葉に、苦笑いしか出ません。父上達の方は、ディーネの丁寧な自己紹介が終わり、アナスタシアの紹介に移っていました。アナスタシアはちょっと上がっていますね。失敗しないと良いのですが。
(自己満足です。それについては、あまり苛めないでください)
「(そうか。しかし、重なりし者もここに来ない間に色々とやっていたようだな。……塩田か。少し前に風車が出来たと風の精霊が喜んでいたぞ)」
(そうなんですか?)
「(その様だ。少なくとも我には、風の精霊がはしゃいでいるように見えたぞ)」
(それは良かったです)
「(ちなみに火の精霊が、誰も温泉に入りに来ないと愚痴をこぼしていたぞ)」
(場所さえ教えてもらえれば、後で行くつもりです)
「(そうしろ)」
ここでアナスタシアのカミカミの自己紹介も終わり、父上が今回の本題に入りました。
(そう言えば温泉ですが、カトレアの病に効くのかな?)
「(カトレア?)」
(あっ……すみません。思考がそちらに届いてましたか?)
「(良い)」
(カトレアは、私の婚約者候補ですよ。病に侵されていて、その治療中です。症状と原因については、私の頭の中を覗いてもらえると速いと思います)
木の精霊は、遠慮なく私の頭の中を覗きました。
「(この症状と原因なら、火の精霊の温泉は大きな効果が見込めるだろう。だが、重なりし者の家から通うとなると、消耗して逆効果になるな。温泉の近くに、家でも建てれば話は別だが)」
(解りました。ありがとうございます)
ガルムの引き取りは、マンティコアの時の経験が役に立ったようで、父上の話は物の数分で終わりました。8つの領地に均等に移動させ、ガルムの長を旧ドリュアス領に来させるようです。
「続いて、ギルバートより質問があります」
父上が私に話を振って来ました。
「(まだ要件があるのか?)」
(はい。それに、精霊に心を読ませていると知られると、皆に心配をかけてしまいますので)
「(面倒だな)」
(申し訳無いのですが、ここは付き合って下さい)
私はそのまま父上達の前に出て、木の精霊の正面に移動します。
「先ずは、豊作の加護を頂いている範囲について教えていただきたいのです。加護がある地を優先して開拓したいので……」
「その加護の範囲は、我が森が広がった事がある場所までだ」
木の精霊は私の頭から情報を読み取り、即答してくれました。
(そうなると、豊作の加護を本格的に受けられるのは、開拓がある程度進んでからになりますね。加護の恩恵を受けられるのは、早くても数年後か……)
「そうですか。ありがとうございます。次は……」
「待て。領地の境に、この種を植えよ」
木の精霊は、そう言いながら大きな葉で造った袋を渡して来ました。中にはかなりの数の種が入っている様です。
「これは?」
「我と土の精霊の加護が、その種を植えた所まで届くようにする」
「よろしいのですか?」
この場合は、精霊の矜持が許す限りに入るのか? と言う事です。
「よい」
「(その範囲は我の土地となる。再び単なる者が我に牙をむけば、その場所まで一気に森に呑まれる事になるからな。それより植える場所の感覚を、重なりし者の頭の中に送った。理解出来ているか?)」
話の前半部分に思わず顔が引きつりましたが、送られてきた感覚を頭の中で吟味し、不明な点が無い事を確認します。
(問題ありません)
「ありがとうございます。続いて、火の精霊の加護である“温泉”についてお聞きします」
「なんだ?」
私に合わせ、木の精霊が聞いて来ました。
「温泉の場所について、御存知なら教えてください」
「場所はここから西方に在る崖にそって、南に暫く向かえば見つかるだろう」
「ありがとうございます」
木の精霊の返答に、私は頭を下げました。
「可能な限り早く入りに行け」
「それは何故ですか?」
火の精霊が愚痴をこぼしていたのは聞いていますが、それだけにしては急いでいる様な雰囲気があります。
「せっかく作った温泉に、誰も入りに来ないと火の精霊が嘆いていた。このままでは、火の精霊がドーンとなるぞ」
「……ドーン?」
ドーンと言う表現に、私を含め人間側は誰も付いて行けていない様です。
「だから、ドォーーンだ」
今度は声に合わせ、万歳する様なポーズをとりました。相変わらず意味が分かりませんが、ミニマム化した木の精霊がめっさ可愛いです。
「(真面目に聞け!!)」
テレパスで怒られてしまいました。しかし、相変わらず意味が分かりません。
「火の精霊が居るのは、ブレス火山なのは知っているな?」
「あっ……はい」
ん? 待てよ……。
火の精霊 → ブレス火山 → ドーン
なんか嫌な汗が、いっぱい出て来ましたよ。まさかとは思いますが……。
「(正解だ)」
(不正解であって欲しかったです)
「火の精霊が怒って、ブレス火山が……噴火ですか?」
私の後ろで、息をのむ気配がしました。
「そう。それだ。火の岩が降ると森が燃える。灰が降り注ぐのも我は容認出来ない、貴様らはすぐにでも行くべきだ」
「解りました。すぐに温泉に向かいます。……父上!!」
「解っている。木の精霊よ、我々はこれで失礼します。エディ イネス、何時までも呆けていないで行くぞ!!」
「「はい!!」」
父上達が素早く動き出し、ディーネとアナスタシアが続きます。
(木の精霊よ。私達はこれにて失礼します)
「(うむ。また来るが良い)」
私は一度木の精霊に頭を下げてから、フライ《飛行》を使い父上達を追いました。
木の精霊に言われた通り西に在る崖から南に向かうと、ブレス火山付近の崖上側に湯けむりが立っているのを発見しました。近くに行っても、硫黄泉の臭いがしないのは個人的にありがたいです。
取りあえず、一番湯けむりが多く立っている場所の近くに騎獣を降ろしました。
「近くに危険な獣や亜人が居ないか見て来る。すぐ戻って来るから、ここで待っている様に」
「解りました」「はい」「は~い」
父上の指示に素直に返事をします。この近辺に、圧迫感の様なものを感じるからです。これはひょっとしたら、火の精霊が不機嫌な所為かも知れません。
(ティア)byギルバート
(火の精霊で間違いなかろう)byティア
それなら獣や亜人の心配は無いでしょう。そして私達が湯につかれば、圧迫感が消えるはずです。
私達は数歩離れた場所から、湯を覗きこみました。そして、アナスタシアから不安の声が漏れました。
「……兄様。コレに入るの?」
もっともな意見です。湯は沸騰した様に泡を吹いていて、湯に体をつけようものなら肌が焼けただれてしまう気がします。
「ちょっと待っていてください」
私は杖を取り出して、ディティクト・マジック《探知》を発動します。目的は、湯の温度と泉質を確認する為です。出てきた答えは……。
……約41℃。理想的な湯の温度です。
泡を吹いているのは、沸騰しているからでは無く炭酸泉だからですね。カルシウムやマグネシウム等のミネラルを、適度に含有しているので十分に飲めますね。って、炭酸泉でこの湯温はあり得ない数字です。高すぎでしょう。まあ、入るには適温ですが。……と、それより。
「……ふぎゅ」
湯を覗きこむアナスタシアに不安を感じたので、杖を持っていない手でアナスタシアの襟首を掴んでみました。
「また落ちますよ」
笑顔でそう言ってあげたら、私の手から逃れディーネの影に隠れてしまいました。
「ギル。私達は温泉に入りに来たのではないのですか?」
アナスタシアを庇いながら、ディーネが聞いて来ます。
「このまま入れますよ」
「こんなに煮立っているのにですか?」「そんな……兄様。無理だよ」
私はそこで、首を横に振りました。
「湯の温度はこれ以上ない位の適温ですよ。煮立って見えるのは、ここが炭酸泉だからです。信用出来ないなら、私が一番最初に入りますよ。……いや、こうした方が早いですね」
そこで私は、リュックから桶を取り出し湯を汲みました。
「こうすれば分かるでしょう」
私は手袋をはずし、そのまま手を桶に突っ込みました。すると私の手は、あっという間に泡まみれになります。軽く手を動かして泡を払うと……。
「シュワシュワだ~♪」「シュワシュワしていますね」
「そう言う事です。と言う訳で、脱衣所の準備をします」
2人の理解が得られた所で、私は簡易脱衣所を《錬金》で建て始めました。
(しかし意外ですね。火の精霊なら、硫黄臭バリバリの硫黄泉の温泉と思ったのですが……)
注 マギは硫黄泉の卵が腐った臭いが、少し苦手だったりします。温泉大好きな友人からは、温泉のなんたるかが解ってない!! と、よく怒られていました。これが原因で火・水・土の3柱の精霊が、マギが一番好きな泉質の炭酸泉を選んだのでした。こんな所にも「少しでも良い物を……」と言う、火の精霊の気合いとやる気がうかがえます。
(……湯上りに、湯をキンキンに冷やして作った炭酸水を用意しておきます。魔法って本当に便利です。……砂糖で味付けした方が良いですかね? まあ、パンを《錬金》すればすぐに作れるので、一応用意しておきますか)
簡易脱衣所が完成した頃には、父上達も見回りから帰って来ました。父上とも似たようなやり取りをしましたが、最後には4人で仲良く露天風呂につかりました。湯船につかっている内に、圧迫感の様な物はすっかり無くなっていました。
エディとイネスは、護衛任務中である事を理由に拒否。ティアは長年猫として暮らしてきた所為か、湯につかるのが大嫌いな様です。……これは後で矯正しなければなりませんね。
……この温泉は、アナスタシアがシュワシュワ温泉と連呼している所為で、ディーネだけでなく父上までシュワシュワ温泉と言い出しました。このままでは、これが正式名になってしまいそうです。
温泉から上がると、早速炭酸水の試飲です。
……アナスタシアとディーネが、一口目を吹き出しました。なんてもったいない事をするんでしょうか。父上やエディ、イネスは、炭酸はエールで経験済みだったので、吹き出す様な事はありませんでした。しかし、微妙な表情をしています。
「この温泉水は、疲労回復・整腸作用・血行増進等に高い効果が期待出来る天然の薬なのですよ」
私がそう言うと、皆渋々と飲み始めました。
「ちなみに砂糖を少し入れると美味しいですよ。レモン果汁があると、更に良いのですがここは我慢ですね。他にも果汁やハチミツを混ぜる手もあります。基本的に柑橘系は相性が良いですね。ワインや葡萄を混ぜる手もあります」
私がそう説明していると、全員砂糖を入れて飲み始めました。最初は渋い顔をしていた物の、慣れると美味しい事に気付き最後はおおむね好評でした。当然、母上へのお土産分もちゃんと確保しました。
昼食の準備をしていると、チラチラと向けられるイネスの視線に気付きました。大体予想が付きますが、一応聞いておいた方が良いでしょう。
「イネス。先程からこちらを気にしている様ですが、如何かしたのですか?」
「……いえ、その」
言いにくそうにするイネスに、私は先回りする事にしました。
「私達の肌が、潤い艶々ツルツルなのは、温泉の美肌効果です。……他に質問は?」
「ありません。……美肌」
私の話が終わると、イネスはガックリと項垂れていました。イネスを見ていて思ったのですが、母上も同じ反応をする可能性大です。しかもイネスと違って、攻撃魔法が飛んでくる可能性も大です。
まあ、今回は道連れが多いので、恐らく大丈夫でしょう。
「父上。ディーネ。アナスタシア。母上対策ですが、先程イネスが……」
私はこの事を、皆に相談しました♪ 被害は分散・軽減するに限ります。道づれにしたとも言いますが、母上から集中砲火をくらうなんて冗談じゃありません。
相談むなしく、母上のお怒りは私に集中しました。今更かもしれませんが、理由は温泉の話を出発直前にした事です。母上の頭の中で“2日前に私が温泉の事を口にしていれば一緒に行けた”と言う結論に達した様です。
帰宅直後の訓練で、ボロボロになるまで扱かれました。……泣きたいです。
次の日には、母上+女性陣(ディーネ、アナスタシア、イネス含む)が、温泉に出かけて行きました。男性陣は、全員お留守番です。
この事が切っ掛けで温泉地の別荘建設話が、一気に加速する事になりました。しかも、責任者は私と言う形で……。(折角余裕が出来たのに)
カトレアの件もあるので、別荘建設自体は望む所だったりするのですが、何故こうなるのでしょうか? 複雑です。
後書き
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