最後の大舞台
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4部分:第四章
第四章
山本は即座に義援金を送った。その額何と二千万。どこかの人権派ニュースキャスターが被災地で優雅に煙草を吸いながら温泉街のようだ、と暴言を吐いたのとは見事なまでに対象的だった。
これを神戸の子供達は覚えていたのだ。そして彼に対しその礼を言ったのだ。
「わしそんな大層なことしとらんけれどな」
彼はその頭頂まで禿げ上がった頭を照れ臭そうにかきながら言った。
「何言ってるんですか、凄いことですよ」
チームの若手達が彼に対して言った。
「そうですよ、そんなこと滅多にできませんよ」
皆彼のそうした行いを知り改めて彼が好きになった。
その年のオールスターにも出場した。相手は当時阪神のエースだった藪である。
そのエースナンバー一八は伊達ではない。いい球を投げていた。
それでもこの日の山本は絶好調だった。彼は藪から文句なしのスリーランを放った。
「やったでえ!」
彼はガッツポーズをしながらベースを踏む。そしてやはり満面の笑みでホームを踏むのだった。
それで見事MVPを獲得した。意外な、だが奇妙な程誰もが納得できるMVPだった。
「これもあの人の人徳だよ」
選手達はそう言った。そう言わせるだけのものが彼にはあったのだ。
それから彼は代打の切り札として活躍した。近鉄にとってはもう欠かせない頼りになる存在であった。
しかしやはり年だった。次第に出番が少なくなってきた。
「おい」
九九年のある日彼は練習中に佐々木に声をかけられた。
「何ですか」
「言いにくいことやがな」
それだけで全てがわかった。
「わかりました」
最後まで聞く気はなかった。彼は無表情で頷いた。
「ここともお別れか」
そう思うと寂しかった。だがまだ現役でやりたいと思っていた。
「監督」
山本は佐々木に語りかけた。
「何や」
「このチームの最後のゲームですけれど」
「ああ」
その目は何時にも増して真剣なものだった。佐々木はそれに見入った。
「わしを出してくれませんか」
「御前をか」
「はい、それでこのチームを綺麗に去りたいんです」
「・・・・・・・・・」
佐々木は暫く考え込んだそして口を開いた。
「わかった。思いきり打ってくれ」
「はい」
それで決まりだった。佐々木の後ろ姿を思いながら山本は思った。
「打ったる」
彼は強く決意した。
「そして次のチームでやる時の力にするんや。わしはまだまだやりたい、やったるんや」
何としても野球を現役で続けたかった。まだやれるという確信があったからだ。
彼はまた黙々とバットを振りはじめた。そしてその来るべき試合に備えていた。
その日は来た。このシーズン最後の試合だ。
相手はダイエー。かって自分がいたチームだ。
「これも何かの縁かな」
彼は球場に入る時そう思った。
ダイエーはこのシーズン福岡に移って初めての優勝を達成していた。その戦力はかっての弱小球団とはまるで違っていた。
「変われば変わるもんや」
山本は素直にそう思った。
「わしも近鉄に戻ったしな」
彼は自分の数奇な野球人生を振り返りそう思わざるをえなかった。
試合はダイエー有利のまま進んでいく。やはり優勝したチームは強かった。
「ホンマに変わったもんや」
またそう思った。
「嬉しいやら悲しいやらやな」
古巣が強くなるのは嬉しい。だが敵だからその思いは複雑であった。
やがてダイエーは最強のカードを出してきた。中継ぎエース篠原貴行である。
速球を武器とする男である。何よりも彼にはジンクスがあった。
「篠原が投げると負けない」
そう言われていた。彼はその抜群の勝ち運でこのシーズン負けなしの十三勝を挙げていたのである。
「運も実力のうち」
と言われる。篠原にはその幸運の女神がついていたのだ。
近鉄は彼を打てなかった。そして佐々木はベンチを出た。
「代打か」
ここで彼は代打を送る気でいた。だがそれは山本ではなかった。別のバッターを送るつもりだったのだ。
「山本は次や」
そう考えていた。だが山本のことが頭にあったので咄嗟に彼の名を口にしてしまった。
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