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闘将の弟子達

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第一章


第一章

                      闘将の弟子達
「わしはあの新聞は死ぬ程嫌いや」
 大阪ドームでの試合を見終わったあとでの話である。僕と一緒にバファローズの試合を観戦していた大叔父がポツリと言った。
 この大叔父は無類の野球好きである。だがあまり運動神経はよくなく観戦するのが好きなのである。
 大叔父は関西人だが阪神ファンではなかった。
「阪神だけが関西の球団やない」
 僕は幼い頃より彼にこう言われてきた。
「野球の球団は全部で十二ある。阪神だけやないで」
 彼は言った。そして僕を球場へ連れて行く時は決して甲子園には連れて行かなかった。
「甲子園は高校野球の時だけで充分や」
 よくそう言われた。どうも阪神はあまり好きではないらしい。
 巨人ははっきりと嫌悪感を露わにしていた。いつも巨人のせいで野球が駄目になったと言う。
「あんなもんは野球やないわい」
 昔からそう言っていた。巨人の試合はテレビでも観ようとしない。すぐにチャンネルを変える。 
 そして巨人が勝った次の日のスポーツ欄はすぐに焚き火等に使われる。負けた日はよく楽しそうに飲んでいた。大叔父は酒が好きだ。球場でもよく飲む。
 僕も彼によくビールをおごってもらった。人間酒位飲めるようにならないと良くないと言われた。
 そんな大叔父が連れて行く球場といえばパリーグの球場ばかりであった。
 大阪球場に西宮球場、そして日生球場。今でももうない球場ばかりである。
「どうや、ええ球場やろう」
 彼は古い客席で僕に対しこう言った。その甲子園と比べると遥かに狭く人も少ない球場で彼は僕に対し笑顔でこう言ったのだ。
「あのな、球場は新しいとかぼろいとかいうので決めたらあかんのや」
 そして彼はこう言った。その時大叔父は僕を藤井寺に連れて来ていた。
「ここで試合をする選手が一番大事なんや。見てみい」
 そしてグラウンドでプレイする選手達を指差した。
 ライトブルーに濃紺のユニフォーム。帽子にはHの文字がある。
「あれは阪急ブレーブスや」
 大叔父は僕にそのチームの名を教えてくれた。
「あのチームは強いで」
 この時阪急は黄金時代を迎えていた。その強さは群を抜いていた。
 それと戦うのはまたえらく派手なユニフォームのチームだった。
 赤、青、白。一度見たら忘れられないデザインだった。帽子のマークも何か違う。どうやら牛のようだ。
「近鉄バファローズや」
 大叔父はそのチームの名を言った。
「どうや、ええユニフォームやろ」
 彼は笑顔でそう言った。
「う、うん」
 その時僕はそのユニフォームがいいとは全く思えなかった。見ている方が恥ずかしくなるような派手な格好だった。
「あのユニフォームを考えたのがあの人や」
 そして一塁ベンチにいる白髪の人を指差した。
「あの人!?」
 見れば口をへの字にして腕を組んで試合を見守っている。何か頑固親父そのものの外見であった。
「そうや、あの人や」
 大叔父は得意気にそう言った。自分のことでもないのにそんなに得意になるのが不思議だった。
「西本さんや」
「西本さん!?」 
 僕はその名を聞いて大叔父に対して尋ねた。
「そうや、西本幸雄さんや。近鉄の監督や」
「ふうん」
 その時僕は選手と監督の区別もついていなかった。ベンチにいる人間全員が試合をするものだと思っていたのだ。
「あの人は凄い人やで」
 彼はまた言った。
「そんなに?」
「ああ。今の阪急を強うしたのもあの人や」
「あれっ、近鉄の監督ちゃうん!?」
「今はな」
 大叔父はまた得意気に笑った。
「前は阪急の監督やったんや」
「ふうん」
 そしてこういう話をしながら野球を観戦していた。もう二十年以上も昔のことである。
「けれどな」
 大阪ドームでの帰り道で大叔父は話を続けていた。
 二十年以上の歳月の間に僕も大叔父も変わった。背は僕の方がずっと大きくなり大叔父は一度酒で肝臓を壊した。それ以来酒は飲んでいない。
「一つだけあの新聞を褒めたいところがある」
「野球のことやろ」
 僕は相槌を打つように言った。
「そうや、ようわかったるやないけ」
 大叔父はそれを聞いてニンマリと笑った。
「子供の頃から聞いとるさかいな」
 僕も言葉を返した。実際にこの話も子供の頃から聞いていた。もう習慣である。どうもこの大叔父は話が少しくどい。
「そうか。まあ今からそれについてじくり話そうか」
 そう言うと居酒屋を指差した。
「おっちゃんお酒はもう飲まんのやろ」
「そうや。けれどつまみを食べるのは好きや」
 そういう人だった。飲むのも好きだが食べるのも好きな人だ。
「どや。何なら奢るで。いつもみたいに」
「悪いな。そう言われると行きたくなるわ」
 やはりただ酒はいい。僕は喜んでそれを了承した。
「よし、じゃあ行こうか。肴は近鉄と阪急の話や」
「ああ。いつものやつやな」
 そして僕達はその居酒屋へ入った。
 
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