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二日続けての大舞台

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第三章


第三章

 加藤の目は光っていた。ただ金城を見据えている。
「気合も入っとるわ。あら何かに狙い定めとるな」
 その外見から鈍重に思われるが香川もキャッチャーである。そうした打者の動きは特に目に入る。
「今日の金城さんの調子やと」
 しかしここで思い直した。ここは落ち着いておけばいい筈なのだから。
「まあ丹念にコーナーつくやろな」
 香川はそう見ていた。
 しかしマウンドの金城は彼が思うよりも動揺していた。穴吹に言われてもまだ完全にそれは拭いきれていなかったのだ。
「今日はおかしいな」
 彼も今日は調子が悪いとわかっていた。
「特に変化球はやばい」
 今の調子だとすっぽ抜けるかも知れない。そうすれば本当に終わりだ。
 彼はまずはストレートを投げることにした。しかし甘いコースは駄目だ。ここは香川と同じであった。
「内角から入るか」
 彼はそう決めた。そして投球動作に入った。
 内角高めに投げた。ここなら長打の心配はないからだ。
 しかし香川の考えは違っていた。彼はまずは様子を見る為に一球外してもいいと思っていたのだ。
 金城はストライクをとりにきていた。まずストライクをとり楽になりたかったのだ。
 これが加藤に合ってしまった。彼は初球を狙っていたのだ。しかもストレートを狙っていた。
「来たな!」
 それを見た加藤はバットを一閃させた。肘を綺麗にたたみバットを振った。
 ボールは放物線を描いて似飛んだ。その放物線がライトスタンドへ向かう。
「まさか!」
 金城だけではない。香川も南海ナインも思わず打球を追った。
 打球はライトスタンドに入った。ガラガラのスタンドに入り跳ねながら転がっている。それをそこにいたファンが追う。逆転満塁サヨナラホームランであった。
「おい、ここで打つか!」
 近鉄ファンは狂喜乱舞している。加藤はそこでようやく我にかえった。
「まさかスタンドに入るなんてな」
 まだ信じられない。だが観客の声が今のホームランを真実だと教えていた。
 加藤はゆっくりとベースを回る。藤井寺の観衆は彼に爆発的な歓声を送る。
 ホームでは近鉄ナインが総出で待っている。かっての宿敵、今はチームメイトに囲まれながら彼はようやくベースを踏んだ。
「加藤さん、お見事!」
 彼はナインにもみくちゃにされる。その中で思った。
(これや!)
 彼は阪急にいた時に感じていたあの感触を思い出していた。
(わしはこれで近鉄の一員になった!)
 そうであった。彼は今まで何処か余所者という意識があった。だがこのホームランで彼は近鉄の選手になったのだ。
 西本の作り上げたもう一つの球団である近鉄に入ったのは運命であった。彼はそう思った。
(ここも西本さんのチームや) 
 それはわかっていても実感がなかった。だが今それがようやくわかった。
 花束が渡される。加藤はそれをキョトンそひた顔で見た。
「何やこれ」
 まさか逆転満塁サヨナラホームランでの花束ではないだろう。加藤は何かと思った。
「記念の花束ですよ」
 チームメイトの一人が笑顔で言った。
「記念!?」
「ええ、加藤さんの三百号アーチの記念のですよ」
「ああ、そうやったんか」
 加藤はそれを聞いてようやく理解した。そういえばそろそろだった。
 加藤はそれを受け取った。そしてそれを手に観客達に顔を向けた。
「よおやった千両役者!」
「御前もこれで近鉄の選手になったな!」
「西本さんにその花見せたるんや!」
 近鉄ファンがこぞって声をかける。彼はそれを笑顔で受けた。
「おおきに」
 彼は言った。そして満面の笑みでベンチに戻った。
「今まで近鉄とは何度も戦ってきたけれど」
 記者達に対して言う。
「こんなええ舞台用意させてもらえるとは思わんかったわ。冥利につきるわ」
 この一打で加藤は甦った。後に彼は二千本安打を達成し名球界に入るがこのサヨナラアーチがなければ入ることはなかったであろう。かって阪急黄金時代を支えた打撃職人の復活を知らしめた一打であった。
 これでドラマは終わりだと誰もが思った。
「誰だってそう思うでしょうね」
 香川はこう言った。
「普通はそうですよ。こんなこと誰だって思いつきませんよ」
 首を横に捻ってそう言った。顔には苦笑がある。
「本当に。あんなことになるなんて」
 加藤も同じことを言った。香川にとっても加藤にとっても予想もできない話であった。
「しかし」
 彼等はここでも同じことを口にいした。
「野球の神様の配剤でしょうね、本当にだから野球は面白い」
 二人はここで純粋な笑顔になった。野球を心から愛する者の顔になった。
 
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