ランナーとの戦い
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第五章
第五章
第七試合、泣いても笑ってもこれが最後だ。その試合においてだ。
江夏は七回途中から投げていた。そして九回裏、得点は四対三で広島がリードしている。ここを凌げばまさに広島の日本一だ。
しかしだった。それは近鉄も同じだ。それでだった。
恐ろしいまでの執念をだ。ベンチから見せていた。
「たった一点や!」
「そっから二点入れたらや!」
「こっちの日本一や!」
「そしてや!」
その二点でどうなるか。答えはわかっていた。
「監督胴上げするで!」
「ええな、今度こそや!」
「日本一の胴上げや!」
西本の胴上げだった。これまで、今回も含めて七回シリーズに出ながら一度も日本一になっていない西本をだ。胴上げしたくて仕方なかったのだ。
それで彼等は何としてもだ。勝たんとしていた。
まずはだ。この回の先頭打者羽田がヒットで出塁した。そしてだ。
西本がだ。ここで動いた。
「来るな」
江夏はわかった。西本が出すカードが何かだ。
「代走、藤瀬」
彼だった。その彼が出て来たのだ。
藤瀬は早速江夏の前で動きだした。盗塁を狙ってるのは明らかだった。
そしてだ。彼は実際に走った。
「来たか!」
すぐに水沼が二塁に投げる。だが。
そのボールが逸れた。センターの方に向かう。
「これは!」
「まずい!」
広島ファンの間から驚愕の声があがった。
藤瀬は二塁に止まらなかった。そのまま三塁に向かう。
ノーアウト三塁になった。広島にとってさらに危機的な状況になった。
「あの藤瀬が三塁か」
「内野ゴロでもホームに来るな」
「外野フライだと確実じゃのう」
「同点覚悟するか?」
広島ナインもファンもこう考えた。そして古葉もだ。
すぐにブルペンに北別府達を向かわせた。いざという時の為だ。
江夏はその背に藤瀬を迎えることになった。目の前でいられるのとはまた違った鬱陶しさ、それにプレッシャーを感じずにはいられなかった。
ここで広島はバッターのアーノルドを敬遠させた。下手な勝負を避け塁に出させたのだ。すると近鉄はまた仕掛けてきたのだった。
アーノルドにも代走だった。今度は吹石一徳であった。彼も俊足だった。
実際にこの吹石も走った。これでノーアウト二、三塁だった。
「ヒット一本で終わりじゃぞ」
「それだけじゃ」
「これ江夏でもまずいじゃろ」
「絶対に点は入るのう」
「日本一、ないかものう」
広島ファン達はだ。さらに覚悟を決めた。そしてだ。
古葉は最悪の事態を避けた。満塁策を採ったのだ。
また歩かせた。バッターの平野光泰をだ。これでノーアウト満塁だった。
「よし、一気にいけ!」
「このまま日本一や!」
「遂に西本さん胴上げや!」
「やったれや!」
近鉄ファンのボルテージは最高潮にまでなっていた。
そしてだ。バッターボックスにはだ。西本はまたカードを切ってきたのだ。
ピッチャーの山口哲治ではなくだ。代打を出してきたのだ。
「代打、佐々木」
昨年のパリーグの首位打者佐々木恭介であった。左ピッチャーに滅法強くしかも勝負強いことで知られていた。一発長打もある。
つまりここで勝負を決めに来たのだ。それが西本だった。
しかしだ。江夏はここで立ち直った。衣笠に言われてだ。
「辞める時は一緒じゃけえ」
覚悟を決められた。この一言でだ。
それでこの佐々木は三振に取った。これでかなり楽になった。
「ゲッツーで終わりになれるんじゃな」
「ああ、それやったらな」
「じゃあ若しかしたら」
「日本一になれるかのう」
広島ファンの間に希望が戻ってきていた。
「若しかしたらな」
「これでな」
しかし勝負は続く。次のバッターはだ。
石渡治であった。技巧派のバッターだ。彼がなのだった。
バントを得意としていることでも知られている。それでだった。
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