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SAO ~キリトさん、えっちぃコトを考える~

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第二話

 ―――吊られた。

 一瞬の判断で背中の剣を抜き放ち、足に絡みついた何かを切り裂く。モンスターではない。最前線のMobでもない限りは俺の《索敵》を無効化するほどの《隠蔽》スキルを持ってはいないし、そもそもこの廃屋型ダンジョン、『闇夜の紅館』には地面や壁を這う……こんな、蛇のような形状のMobが出現したという話は聞かない。

 未知の恐怖に、頭が一気に冷える、が。

 (っ、軽、い……!?)

 背中の剣は、大した抵抗もなくその細長いひも状の物体を断ち切った。たとえ低レベルのMobであったとしても、モンスターを斬ればそれだけでもそれなりの「手応え」というものがある。それが、ほとんどなかった。

 その理由は、すぐに分かった。

 「……っ、縄……ロープ? ……鞭!?」

 《暗視》のスキルによってもたらされた視界の端……天井に取り付けられた滑車が、からりと小さな音を立てる。そこを回った艶消しの黒に塗られたロープが……正確には半ばから断ち切られたそれが、ぼとりと地面に落ちる。それと同時に俺は空中で鋭く体を反転させて着地し、上方を見据える。

 (ロープに滑車……罠、か……?)

 切り離されたもう半分は、まるで生き物のようにするすると奥へと引きずられていく。

 (……いる)

 ロープ。驚くほど長いその先には、この罠を仕掛けたやつが、いる。
 そいつはもう隠す気がないのか、コツコツという足音がこれ見よがしに響く。

 その音に向かって、俺は話しかけた。

 「……ずいぶん手荒な歓迎だな」
 「ふむ、『手荒な歓迎』。そうだな、実にその通りだ。一切の反論の余地がない。そのことについては心から同意し、謝罪しよう。しかしこれもまた依頼に含まれるのでね。ご容赦いただきたい、としか私からは言えないな」

 そいつは、やけに芝居がかった口調で話す男だった。
 無駄に小難しい言葉を使いまくる饒舌な喋り口で……まあ、はっきりいえば、胡散臭い。

 果たしてその男は、俺の《暗視》の視界内へと姿を現した。
 ……それを一言で言うなら、……「場にそぐわない姿」、だろうか。

 男の纏う服装は、そのまま成人式にでも行けそうな上下真っ黒のタキシード姿であり、胸元には赤い蝶ネクタイがついている。白いワイシャツは襟が立てられており、頭にはこちらも真っ黒のシルクハット。極め付けにはその顔……なんと、目元を覆う様に仮面がついている。

 ……前言撤回。一言で言うなら、「変態」だ。変態仮面だ。

 「えっと……」
 「しかし先ほどの無礼とは別に、依頼するべきことがあるのも事実だ。本来君のような若者にはまだここはふさわしくないのだが、今回は特例だ。眺めるだけでよければ見て見ぬふりをしてあげよう」

 俺はこの時、あまりの衝撃に罠にかけられたことも忘れて完全に固まってしまった。

 声から察するに俺より相当年上……おそらく二十歳は超えているだろうに少年の心を忘れていない変態は、ゆっくりとその右手の指(純白の手袋が付けられていた)をパチンと鳴らす。どんな仕組か、それによって周囲に極小に絞られたほんのわずかな桃色の炎が灯り、《暗視》のスキルの効果がわずかに拡張される。

 それによって、俺の視界に映ったのは。

 「っ、えっ、おぁっ……!?」
 「うむ、眺めるだけならばタダだ。年齢的に売りはしないがな。一応、お約束というか通過儀礼というかを行っておこうか。……ようこそ我が砦、『アダルトショップ・インビジブル』へ」

 ピンクの靄のかかったような視界のなかで、俺は仰向けにぶっ倒れた。





 「落ち着いたかね? 今時の少年にしては珍しい純真さだな」
 「……ほっとけよ……」

 桃色の炎の消された空間で座り込んで、俺は深々とため息をついた。
 心情的には昼間についた溜め息の三倍くらいの思いがこもった奴だったろう。

 俺だって、このネット全盛期のご時世にモラルハザード甚だしい世界で現実を生きてきた健全な男子中学生であり、それなりの知識はある。興味だってまあ、男子中学生平均くらいはある……だろう、と、思う。だがまあ、それでもいきなりこれは。

 「ふむ……今日は君は何か思うところでもあったのかい?」
 「…………」

 やめろ、思い出させるな。あの一瞬にふわりと視界をよぎった世界と、俺の脳裏に刻まれているアレを関連づけさせるな。それだけは駄目だ。無言で変態を睨みつけて黙らせるが、変態は変態で俺の心中など察することなく真剣に仮面の奥で心配している様子だった。

 根っからの変態だ、こいつ。
 そしてそんな変態に、心から心配されている。

 いかん、あまりの自分の情けなさにちょっと涙が出そうになった。

 「……話を進めよう。えっと……」
 「ああ、失礼した。我が名はモザイク。歯牙無いプレイヤーショップ店主だ」

 いかん、ここで突っ込めば話は長引く。
 ちらりと仮面の向こうの目でこちらを窺い、若干残念そうな変態……モザイクが続ける。

 「今回の依頼は、……ふむ、一人の女性を尾行、撮影してほしいのだ」
 「がっつり犯罪だな」
 「いやいや、大丈夫だ、問題ない。依頼主は私でもあるが、もう一人……君にここを紹介した男も含まれる。我ら二人の太鼓判のあるということだ」
 「何がどう大丈夫なのかまったく理由になってないよなソレ」

 だ、だめだ、こいつ馬鹿だ。馬鹿で変態だ。突っ込まずにはいられない。

 「……っていうか、いたいけな若者を巻き込むなよ。あんたらが勝手にやって勝手に捕まってくれよ。なんで俺なんだよ」
 「それが今回の肝と言える点だ。今回は相手が難敵でな。我らだけでは手に余るのだ。君の力が必要なのだよ」

 モザイクの説明に、背筋がザワリと怖気だつ。
 まさか。まさか、そういうことなのか。脳裏に浮かぶ一人の女性。

 だめだ。絶対に駄目だ。そんなことは。

 完全にピンクに染まった脳裏でぐるぐると考えた俺の前に移された、映像。
 隠し撮りしたのだろう結晶から映し出されたのは。

 「君もよく知っていよう。『鼠のアルゴ』だ」

 俺の最悪の予想だけは、なんとか裏切ってくれた。
 まあ、最悪の予想の一歩手前くらいの爆弾では十分にあったのだが。





 さて、長々と話してもアレなので、ここからはダイジェストだ。
 依頼は『アルゴのベストショットの撮影』。うん、完全に変態の所業だ。

 アルゴ……『鼠』と呼ばれる腕利きの情報屋である彼女は、顔にこそ特徴的なペイントがなされているがそれを差し引いてもなかなかの美人である。小柄で人を食ったような笑み、そしてコケティッシュな空気はファンの数人いてもおかしくは無かろう。

 彼女も情報屋というその性質上人に恨まれることも多く、その分本人の警戒心も強い。それから隠れぬくにはそれ相応の《隠蔽》スキルが必要になり、それに合うのが俺、という判断だったらしい。それだけで俺に白羽の矢が立つのもおかしな話だ。

 そして、その報酬。
 それはなんというか、報酬というか。

 (……脅し、っていうんじゃねえのか、これ)

 ―――『黒の剣士@宙吊りなう』。

 そう、あの瞬間この変態、撮影してやがったのだ。
 これをネタに俺をユスるらしい。

 実に小者っぽいクズさである。俺もこのデスゲーム、様々な人間に出会ってきた。アスナの様に真直ぐな人間もいるにはいるが、それはごく少数。圧倒的に多くの人間はどろどろとした部分をもっているし、中には狂的な感情を持った、生理的な嫌悪感を抱かせるような存在もいた。

 だが、コイツは正直、初めて見るタイプの人間だった。
 根っからのバカで、変態で、でもなんとういか、くだらなさ過ぎて。

 (……いや、生理的には嫌なんだが……)

 とまあ、脱線したな。そうやってユスられたわけだ。

 当初俺はそれを引き受ける気はなかった。当然だ。確かに俺にだってささやかながらプライドというものはある。そして世間一般の『悪のビーター』の代名詞たる『黒の剣士』として、あまりにもみっともない姿をさらすわけにはいかないのではないかという懸念もある。

 だが、それのせいで犯罪に手を染めるほどか? と問われれば、答えはノーだ。


 ではなぜ、この物語がここで終わらないのか?
 それは非常に単純だ。

 この館で俺たちがぎゃーぎゃーわめきあっている際に、乱入者があったからだ。

 そう、あれは。
 あれだけは、絶対に衆目に晒してはいけない。

 乱入した美しき『閃光』殿……アスナ。

 あの『閃光@宙吊りなう』だけは、俺がこの手でこの世界から消し去らねばならないのだ。
 たとえいかなることに手を染めようとも。

 彼女自身がそんなことを悟る前に、断固として、だ。


 そうやってここに「アルゴ盗撮特別部隊」が生まれたのだった。


 
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