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久遠の神話

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第七十七話 百億の富その十

「安心は出来ないわ」
「そうですか」
「それだけの強さがあるから」
 サイクロプスにあるからだというのだ、それが。
「彼もあれだけで油断出来ないわ」
「ではここは」
 豊香が言うとそこにだった、その巨大な棍棒が左から右にだった。
 横薙ぎに王を打たんとしてきた、その大きさは優に王の半分はある。
 直撃を受ければ確実に吹き飛ばされ肉片の塊になってしまう、しかも速さもかなりのものだ。
 僅かでもかわすとそれで終わりだ、だが。
 すぐにまた来た、速さもかなりのものだった。
 その速い棍棒の動きをかわしつつだ、王は楽しげに笑って言った。
「お話通りだね」
「はい、ですから」
「私の最後の関門になっているんだね」
「そうです、試練です」
 聡美は攻撃をかわす王に応える。
「貴方にとって」
「そうだね、けれど」
「けれどとは」
「ギリシア神話は中国でも知られているよ」
 彼の祖国でもだというのだ。
「子供の頃よく読んだよ」
「ではサイクロプスのことも」
「とりわけ有名な方だよね」
 神話に出て来る様々な存在の中でもだというのだ。
「とはいっても私はヘパイストスの助手だったことはどうもね」
「ご存知なかったのですか」
「そのことはね」
 知らなかったというのだ、何故そうだったかというと。
「熱心には読んでいなかったからね」
「だからですか」
「そう、私が読んだのはオデュッセウスの冒険の時だよ」
 トロイア戦争の後だ、ギリシア側の英雄の一人知将オデュッセウスは戦後多くの場所を長い時間をかけて巡ることになる、その冒険の話だというのだ。
「シチリアでね」
「あの時ですね」
「話は知っていたよ」
「どうもご存知ない感じでしたが」
 これまでの王とのやり取りではだ、聡美はこう思ったのだ。
 だがそのことについてもだ、王は答えた。
「シチリアの方は知っていたけれど」
「ヘパイストス兄様のことはご存知なかったので」
「うん、聞いていたんだ」
 話すのではなく聞く方に専念したというのだ。
「そうしていたんだ」
「戦われるサイクロプスのことを聞かれたのですか」
「そうだよ、戦うにはまず相手を知ることからだからね」
 孫子にもあることだ、この辺りは流石は中国人と言うべきかと思われたが王は笑ってこう言ったのである。
「素材を知らないと美味しいものは出来ないからね」
「そういうことですか」
「そうだよ」
 それでだというのだ。
「私はこれまでは話を聞くことに専念していたんだよ」
「そうでしたか」
「神なら」
 サイクロプスの棍棒をかわしつつその怪物を見上げつつ言う、今見ているものは。
 目だ、サイクロプスの特徴である顔の目のところどの動物のところにもある目だ。しかしその目は単眼である。
 その単眼を見つつだ、彼は言うのだ。
「あの目を潰せないね」
「シチリアのサイクロプスも実は目はすぐに治っていました」
 これは神話にない話だがそうなっていたというのだ。
「そのうえでオデュッセウスへの罰をゼウス父様にお願いしていたのです」
「傷は治ってもその痛みと恨みについてだね」
「はい、祈っていました」
「そのサイクロプスでも治るのなら」
 より力が強いヘパイストスの助手の力をそのままコピーされている今彼が戦っているサイクロプスならば、というのだ。 
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