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立派な人

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第一章


第一章

                        立派な人
 一見しただけでだ。すぐにわかることだった。
「かなり頑固な人だな」
「しかも怖いぞ、あの人は」
「容易な人じゃないな」
 大毎オリオンズの監督に就任して早々だ。西本幸雄は周囲にそう言われた。
 それは事実でだ。西本の指導は厳しかった。
 練習に練習を重ね門限にも五月蝿い。選手を殴ることも度々だった。
 そしてだ。選手達からもこう言われていた。
「あんな厳しい人いないぞ」
「そうだな。前にいたどんな監督よりもな」
「怖い人だよ」
「けれどな」
 それでもだとだ。彼等は西本の厳しさの中にあるものを見たのだ。
 それは何かというと。
「俺達のこと本当に考えてるな」
「ああ、選手のことをな」
「チームのこともな」
「考えてるんだな」
「だからか」
 それが為の厳しさであることをだ。大毎の選手達はわかったのだった。そうしてだった。
 彼等は西本を認めた。認めたならばだ。
 彼と共に野球ができた。その采配に従えた。その結果だ。
 大毎は見事優勝した。南海や西鉄といった強豪を押さえてだ。この年のパリーグのペナントを見事制することになったのである。
 このことにオーナーである永田雅一は大喜びでだ。こう言ったのである。
「選手達のお陰だよ」
「そうですね。ミサイル打線があって」
「打って打って打ちまくりましたからね」
 周りもその彼に相槌を打って言う。
「それで手に入れた優勝ですよね」
「選手の力で」
「うちは元々南海にも西鉄にも負けていなかったんだ」
 選手層はだとだ。永田は言うのだった。
「だからこうして優勝もできたんだよ」
 彼はこう思っていた。しかしだった。
 大毎の選手達はだ。こう言うのだった。
「西本監督だからですね」
「優勝できたんですよ」
「まさか就任一年目で優勝できるとは思いませんでした」
「全部監督あってですよ」
 これが彼等の言葉だった。そうしてだ。
 誰も西本の采配、敗れた時のそれを批判しなかった。選手達は誰もが西本だからこそ優勝できたと言っていた。そこが永田と違っていた。
 そして西本はだ。いつもこう言うのだった。
「わしは選手を育てて指揮を執る」
「それで、ですか」
「勝つんですね」
「そうしてるだけや」
 こう話すのだった。
「特に偉くもない。選手達が頑張ってくれて優勝できた」
「監督の功績じゃないんですか?」
「そうじゃないんですか」
「野球は一人でするもんやない」
 このセオリーもだ。西本は口にした。
「ましてや監督だけでするもんやない」
「全員いて、ですか」
「そうしてできるものだっていうんですね」
「まして試合をするのは選手や」
 ここで主役と脇役の話になった。
「監督が前に出るものやないんや」
「だからですか」
「そう仰るんですか」
「ただ。負けたらわしの責任や」
 西本は責任についてはこう言うのだった。
「わしが指揮を執るんやからな」
「それ考えると厄介な仕事ですね、監督も」
「それもかなり」
 こんな話をだ。西本は優勝後にしていた。そうしてだった。
 シリーズに向かう。しかしそのシリーズは魔術師と言われた三原脩の前に一敗地に塗れた。それに激怒した永田によってだった。
 西本は監督を解任された。しかしそのことに一言も言わずだ。彼はチームを去った。オーナーである永田の怒りはとにかく凄まじかった。
 
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