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インフィニット・ストラトスの世界に生まれて

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恋スル☆舌下錠 その一

「その程度ですの? アーサーさん。わたくしと同じ名を冠するISを持っていながら、そのような無様な姿は許されませんわ」

セシリアそうは言うがな、その無様な姿とやらに俺をしているのはお前さんだろうに。
セシリアの操るブルーティアーズは太陽を背に浮かんでいる。
逆光から見る四つのビット兵器はまるで翼を広げた猛禽類の様に見えた。
彼女にとって俺は、さしずめ狩られるべきか弱き獲物といったところか?
セシリアが構えるスターライトマークⅢは太陽の光を浴びて輝く。
その砲口は俺に狙いを定め、そこから放たれた光は、容赦なく、躊躇いなく、無慈悲に、俺を貫こうとしていた。
九月三日、天候は快晴。
夏休みが終わり、二学期が始まって初めての実戦訓練。
アリーナ上空で俺はセシリアと戦闘をしていた――というより、一方的にやられていると言ったほうがいいだろう。
ISのシールドエネルギーがセシリアの攻撃によりガリガリ削られていく。
残りのエネルギーは一撃か、何とか二撃は耐えれるくらいだろう。

「まだだ、まだ終わらんよ!」

とは言ってみたものの、俺の放つビームはセシリアにかすりもしない。

「その様な動きで、わたくしに勝とうなどと、七千と五百万年ほど早いですわ」

何だそれは。
そんなに時間が経ったら俺もセシリアも、この世に骨すら存在していないだろうに。
今からそれ位前っていうのはどんな時代だったかよくは知らないが、えっと、地球が寒冷化して恐竜が絶滅したあたりか?
今現在の実力差って事だろうが、これは大げさ過ぎるだろうよ。
もし、ハイパーセンサーに戦闘力を測るスカウター的な機能があれば、俺の戦闘力はきっと一般人に毛が生えた程度なのは認めるがな。
俺の体たらくさ加減を世界中の男どもが見れば、俺と代われ! と言うヤツが出てきてもおかしくはないだろう。

ここで一つ俺のISの状況について話しておこうと思う。
臨海学校での福音戦で損傷して修理されたわけだが――何というか、以前より寄せ集め度合いが増した。
修理するために世界中のIS関連企業で製造されたテストも済んでいない部品やらが使われ、そのおかげなのかISの形状が変化していた。
一夏や箒みたいに篠ノ之束お手製とまではいかなくても、もう少し予算はどうにかならなかったのか? いくらコスト削減の為とは言ってもやり過ぎだろ。
セシリア機が優先なのは聞いているし、今は俺もISを動かせるだけで充分だ。
だから俺を特別扱いしてくれとは言わない。
でもせめて人並みに扱ってくれと言うくらいは許されるだろうと思うが口には出さない。
結果が伴わなければ何を言っても聞いてくれないだろうしな。
現在対戦中のセシリアの操るブルーティアーズと俺のISはほぼ同型機と言っていい。
その両者が対戦すれば単純に操縦者の実力差がものをいうだろう。
セシリアがイギリス代表候補生ってのは伊達ではない。
俺よりも機体特性を解っているというだけではないだろう。
一夏周りにいる女子五人の中では実力がそれなりにしか見えないセシリアだが、こうやって対戦してみれば良く解る。
弱くはない、だろう。
俺が弱すぎるのかもしれないが、現に俺はこうして遊ばれている。
一夏はクラス代表を決めるためにセシリアと対戦し、その時にビット兵器やらミサイルを剣でぶった切っているが、今の俺だから解るがあれはISをまともに動かしたこともない素人が出来ることじゃないだろう。
流石は物語の主人公だと言わざるを得ない。
山田先生が凄いと感心するのも理解できる。

そう言えば、セシリアとこうして対戦していると、イギリスにいた頃を思い出すな。
彼女からISの指導を受けていた時、俺はロボアニメに出てくる様なビームの切り払いやらビームをビームで相殺なんてことをやりたくて試したことがあったが、冷静になって考えればあれをマネ出来るなんて考えるほうがどうかしている。
あの時の俺はISを動かせることでどうかしていたんだろうな。
ビームを装備したナイフで切り払おうとして、何度も空を斬った挙句、ビームの直撃をくらったり、ビームをビームで相殺しようとして失敗し攻撃をまともにくらったりしていた。
あの時、セシリアに何をしているのかと尋ねられた俺は、自分のやっていることをありのままに答えたんだが、それを聞いたセシリアは口をあんぐりと開けて呆れていたな。
まさに開いた口が塞がらないといった感じだった。
今はあんな無茶はやらかすことはないが、あの頃の俺は若かったな。
とは言っても、一年も前の話じゃないがな。
何てことを思い出していると、

「アーサーさん、何をぼーっとしていますの?」

セシリアの声が聞こえたかと思うと、俺の身体の中心を一条の光が突き抜けたような気がした。
俺のISのシールドエネルギーはゼロになり試合終了のアラームが鳴る。
またセシリアに負けたらしい。

授業が終わって織斑先生に呼び止められた俺はまだグラウンドに残っていた。
一人だけぽつんととり残されたグラウンドでこうなった理由を考えていたが、俺はその答えをすぐに知ることになった。

「もう、ダメダメです。ベインズくん」

頭を左右に振りつつ、こう言ったのは山田先生。

「これじゃあ安心してお嫁さんになれません」

これはまた衝撃的な告白だな。
実は山田先生には恋人がいたのか? 原作を思い出してみても、そんな表現はなかったと思ったが。
まあ山田先生だっていい年をした大人なんだ、恋人の一人や二人位いてもおかしくはない。
これは喜ぶべき事で、祝うべき事柄だろう。
だがなぜか俺の心の中に、違和感みたいな物を感じていた。
これはきっと今まで通りにとはいかなくなるという寂しさからくる物なのかもしれない。

「さっきのセシリアとの戦闘訓練を見たが、まったくもって酷すぎるな。お前が何を手本にしているのか知らんが、あんな動き方では話にならん。このままではIS学園最弱の称号をくれてやらねばならなくなる。そこでだ――」

織斑先生は一旦話を切り咳払いをする。
そんなに酷かったのか? 俺は。

「放課後補習を受けろ。山田先生がわざわざ時間を作って、手取り、足取り、腰取り教えてくれるそうだ」

見れば、にっこり笑顔の山田先生がコクコクと頭を縦に降った後、私に任せておけとばかりに自分の胸をポンと叩いている。

「えっと、織斑先生。もう一度誰が補習をしてくれるのか言ってくれますか?」

「何度も言わすな。山田先生だ。何だ、不満か? まあ、私でもいいが、やる気を出させるにはお前の大好きな山田先生の方がいいと思ったんだが、お前がとうしてもというのなら私でもいいぞ?」

織斑先生の言葉を聞いた俺は、手を顎に当て思案する。
リアルチート人間。
生身でISとやり合えるような人外である織斑先生に補習を受ける事になれば俺の成長も早いかもしれない。
だがしかし、補習という名の生き地獄が待っているのは明白だ。
ならここは、素直に山田先生の補習を受けるのが正解だろう。

「山田先生でお願いします」

こうして俺は山田先生の補習を受ける事になった。

アリーナにあるロッカールームで着替えを終えた俺が向かったのは食堂だ。
時間が昼時ということもあって昼飯を喰うためだ。
食堂に到着した俺はサバ味噌煮定食を注文し、数分待ってようやくトレイに乗せられ出てきた今日の昼飯を受け取ると、それを両手で持ったまま辺りを見回す。
そして一夏含めたいつものメンバー、箒、鈴、セシリア、シャルロットとラウラの六人が一塊になっている場所を見つけると、そこに近づき挨拶を交わし近くの席に座る。
席に着いてまず聞こえてきたのはこんな会話だった。

「これであたしの二連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさい」

何てことを一夏は鈴に言われていた。
一夏の顔には悔しさが滲んでいるように見える。
そんな一夏が選んだ昼飯は俺と同じメニューのようだ。
ラウラは自分の仔牛のヒレカツを切り分け、シャルロットにお裾分けしている。
一夏の話では、シャルロットとラウラは部屋が同室ということもあり仲が良いらしい。
何とも微笑ましい光景だな。

俺がラウラの事を名前で呼んでいるのに違和感を感じる人間がいると思うが、それは夏休み終盤にパラダイムシフト的出来事とまではいかないが、ちょっとした出来事があり、それが原因である。
その出来事とは、俺がラウラに強引に話し合いの場を作らされた。
一夏の家での事を聞きたかったようだが、幸いその事は俺の血の滲むような努力と説得により、ラウラの考えているような事はないと理解してくれた。
その後に俺とラウラの間で話されたこと。
それは、なぜ一夏が私の嫁だと認めてくれないのかという事だった。
これには参った。
俺に解るわけがない。
まあでも、何となくわかる気もするがな。
ともかく、俺は最初の出会い方がまずかったんじゃないか? と無難と思える答えを返した。
なら、どんな出会い方なら良かったのかとラウラに聞かれたが、そんな事を聞かれても俺が解るわけなかろう。
そこで、架空物語でありそうな男女の出会いのシーンを教えた。
それが良かったのか、今に至っている。
それから何日か経って一夏から聞かされた話はこんな事だった。
食パンを口に加えたラウラが、

「遅刻! 遅刻!」

と叫びながら、俺に激突してきたと一夏に聞いた俺は、その光景を想像してしまい笑いを堪えるのに必死だった。
この話にはまだ続きがある。
ラウラが一夏目がけて空から降って来たこともあるらしい。
とは言っても生身ではなくIS装備でだが。
よくもまあ、一夏は怪我をしなかったもんだな。

こんな事を思い出していて、すかっかり食べるのを忘れていた昼食を、俺は箸でつまみ始める。
しばらくの間は皆で各国のデザートの話をしながら、和気あいあいとしていたが、一夏のISが燃費が悪いことから誰がペアを組むのが良いかの話が及んだ辺りから雲行きが怪しくなった。
嵐の到来を予感させるどころか、超大型ハリケーンが今にも食堂内で荒れ狂いそうだったので、俺は食べていたサバ味噌煮定食の残りを急いで口の中に詰め込むと、避難を開始すべく席を立ったが、またしても一足遅かったようだ。

「アーサー。アンタは誰が一夏のペアになるのがいいと思う?」

と鈴に問いを投げかけられた。
残りの女子四人の頭が一斉に動き出し、視線が俺に集中する。
ここはウォーターワールドのこともあり鈴に味方してやりたかったが、それをやると他の女子に角が立ちまくりだろう。
食器の乗ったトレイを持ったままの姿勢で俺は、

「一夏のペアなんだから俺が何を言っても参考にしかならないだろ? 自分の将来の嫁さんを決めるつもりで一夏が真剣に選ぶべきだよ」
と一夏に向かって言ってやった。
すると女子五人の視線は俺から離れ、今度は一夏へと移る。

「そんな大袈裟なことじゃないだろ? アーサー」

その一夏の言葉にいち早く反応したのはシャルロットだった。

「アーサーの言葉通りだと思うよ。一夏は隣に誰がいるのがいいのか真剣に選ぶべきだと思う」

これ以上、恋愛のいざこざに巻き込まれたくなかった俺は、心の中で一夏頑張れ! と声援を贈りながら、皆の前から去った。

食堂を後にした俺が向かった場所は、IS学園の中で女子の人口密度が比較的低い屋上で、転落避けの手すりに身体を預けつつ、そこから見える風景を眺めていた。
俺はここから見える風景が好きだった。
風景を眺めていると自分がISの世界にいるんだと感じることが出来る気がするからだ。
ここに来てからしばらくは、ここに俺がいるのは夢の中の出来事で、夢オチ的展開が待っているんじゃないかと思って朝起きる度に、ここがどこかと確認していたな。
山田先生の顔を見るたび安心したものだ。
そんな数ヶ月前のことを懐かしんでいると、

「あら、アーサーさん。あなたもここに居たんですの?」

と背後から声をかけられた。
その声から誰なのか予想はついたが、振り返って確認してみる。
そこに立っていたのは、やはりセシリアだった。

「セシリアが一人でいるなんて珍しいな。てっきり皆と食後のお茶を楽しんでるかと思っていたよ」

「いつも皆さんと一緒というわけではありませんわ。わたくしだって一人になりたい時もあります」

そう言ったセシリアの表情は曇っている様に見えた。

「何か悩み事か? 良かったら話してみなよ。それだけで楽になるかもしれないぞ」

俺は、但しと前置きをして続きを話し始める。

「一夏絡みのことは話してくれるなよ? 人の恋愛に首を突っ込むのは気乗りしない。馬に蹴られたくはないからな」

セシリアは歩み寄って来ると、俺の右側に立ち身体を手すりに預けると、ふっと息を吐く。

「そんな事ではありませんわ。それに……、アーサーさんに話したからといってどうにかなるような事ではありませんから」

セシリアは風景を眺めたまま、静かにそう答えた。

「なら仕方ないな」

俺はセシリアの均整のとれた横顔を眺めながら思い出す。
原作ではISの相性の問題で一夏に勝てないから、イギリス本国に実弾兵器を要求していたな。
それに一夏周りにいる女子との対戦成績をきにしていた。
それとビーム兵器の稼働率のことか。
理由はともかくとして、こんな顔をするのはセシリアには似合わん。
俺は屋上に来る前に買ってきた缶入りの清涼飲料水を飲まずに持っていたので、それを差し出した。

「缶入りで悪いが、味は中々だと自負している」

差し出された清涼飲料水を受け取ったセシリアはクスリと笑う。

「アーサーさんにしては気が利いていますが、あなたがこれを作ったわけではないでしょうに」

「それはそうなんだが。それを飲んで元気を出してくれ。セシリアがそんな顔をしているのは見ていくないからな」

珍しくセシリアと顔を突き合わすことになった俺は、当たり障りのない日常的な会話をしながら時を過ごした。 
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