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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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ALO
~妖精郷と魔法の歌劇~
  帰路

「んでぇ、ホントに何で俺らがこんなトコに来なきゃなんないッスかぁ?先輩」

いちいち耳に障る後輩刑事、藤沢(ふじさわ)(のぼる)の軽い言葉を半分聞き流しながら、間宮(まみや)浩二(こうじ)はぼりぼり後頭部を掻いた。

上司である草薙(くさなぎ)から半ば押し付けられたように世話を任せられてから結構経つが、いまだにコイツの喋り方は慣れない。世代の差という奴なのだろうか。

衝動的にタバコを取り出したくなるが、ここが病院の中だということを思い出して舌打ちをする。

「仕方ねぇだろうが。草薙(おやっ)さんが一応聴取して来いっつーんだから」

コツッ、コツッ、と不健康そうな真っ白いリノリウムの廊下に二人の革靴の音だけが乱反射する。

二人が歩いているのは入院棟だが、ただの入院棟ではない。

それならいかな平日だとしても、真昼間のこんな時間帯に廊下に看護婦の一人もいないなんていう状況が造り出されるはずもない。

間宮と藤沢が歩いているのは、埼玉所沢に建つ民間企業によって運営されている高度医療機関だ。

そして、最新鋭のホテルめいた高度なセキュリティによって守られている長期入院専用棟といったところだろうか。

それもこれも事の発端は、二週間前────二○一五年一月十八日、総合電子機器メーカー《レクト・プログレス》のフルダイブ技術研究部門主任、須郷伸之の行方がぱたりと途絶えたのだった。

それだけならばただの会社員の失踪だけで片付けられるはずだ。実際、間宮もそう思っていた。

しかし、鑑識の手によって幾つか不審な点が判明したのだ。

一つは、失踪した彼の自宅。

別に不審なものが発見されたとか、そんなことではない。その逆だ。

あまりにも”何もなかった”のだ。

指紋や毛髪、体液といった、何気ない普通の日常生活で残るはずのものが一切件の自宅から検出されなかった。まるで最初からその家には誰も住んでいなかったかのような、そんな無味無臭さ。

二つ目。

彼が主任をしていたフルダイブ技術研究部門の内部でも、須郷伸之の他にも何人かの人間が消息を絶っているのだ。

いずれも部門の中心に近い重要人物。

家族もいた。予定もあった。なのに、それなのに、それらの人間が同時に。同時多発的に消息がぷっつりと途切れている。

三つ目。その日、須郷達が運営していたMMOゲーム内の異変。

須郷を頭として運営していたVRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》内の中心部で謎の大爆発が起こり、仕様では絶対にありえない規模まで破壊されたのだという。

その余波か、ミラーサーバが一つ吹っ飛んだというのだから、よほどのものだったのだろう。と言っても、あまりそちらの方面には詳しくない間宮にはさっぱりなのだが。

四つ目は、その翌日からネット上に無造作にばら撒かれた、一つのプログラム・パッケージ。

まるで、須郷達が消えたのと入れ替わるように現れたのは《ザ・シード》と冠せられた、フルダイブ・システムによる全感覚VR環境を動かすためのプログラム。

出自も不明、誰が作ったのかもわからないそのプログラムは、もはや消去するとかという次元を飛び越えてネット上を飛び回り、仮想課の連中の頭を抱えさせているらしい。

ただの偶然、と言うにはあまりにもタイミングが良すぎた。

四つ目のことはともかく、他の点はあまりにもできすぎている。

よって警察庁はこの事件を正式な《誘拐事件》とし、捜査を開始したと言うわけだ。

その中で間宮と藤沢が駆り出されたのは、三つ目。VRMMORPG《アルヴヘイム・オンライン》内での謎の大爆発についてのことだ。

ゲーム内のログから割り出した、爆心地の最も近くにいた人物達に事情を聴くためである。

歩きながら間宮は携帯端末を懐から取り出して上司である草薙から送られた、事情を聴くべき者のリストが記されたメールを発現させた。

リストといっても、実際そこに書かれている名前はそう多くはない。

桐ヶ谷和人。

デオドランド=アーセナル。

結城明日奈。

紺野木綿季。

ヴォルティス=ヴァルナ=イーゼンハイム。

そして────小日向蓮。

名前が横文字な連中はまだだが、その他の連中には話を聞いた。ただ一人、最後の一人である小日向蓮なる人物を除いては。

このリストに載っている人物が持つ共通点は、何も”爆心地近くにいた”というだけではない。

約二ヶ月前に解決された、二十一世紀最大の事件と名高い《SAO事件》の虜囚。ネット用語的に言う《SAO帰還者(サバイバー)》という奴だ。

そのため、現実での名前を割り出すのにそんなに苦労しなかった。

「しかし、んなガキが今回の事件(ヤマ)に関係あると本当に思ってるんスかねぇ、草薙(おやっ)さんは」

病院内ではお静かに、というごく一般的なマナーなど歯牙にもかけないような藤沢の言葉に、しかし注意するのも面倒くさく、間宮は口を開いた。

「思ってねぇから俺達二人しか向かわせなかったんだろうが。あくまでも念のためっつーこった」

「はぁ、そんなもんスか。………っと、538号室。ここみたいですよぉ」

藤沢が立ち止まり、勢い余って通り過ぎようとしていたドアを指差す。

薄いグリーンに塗装された扉のすぐ横には鈍く輝くネームプレートが据えられている。

《小日向蓮 様》というその表示の下には、一本の細いスリットが走っている。間宮は胸から、高級ホテルのロビーめいた一階受付で受け取った通行パスを外し、その下端をそこに滑らせた。

微かな電子音が冴え冴えとした廊下に響き、ドアが音もなくスライドする。

一歩踏み込むと、涼やかな花の香りが二人を包み込んだ。

真冬にも関わらず、色とりどりの生け花が部屋の中央に飾られている。広い病室の奥はカーテンで仕切られており、間宮は「うひゃー」などと歓声を上げる藤沢の後頭部を軽くはたきながら近づいた。

しかし布に手を掛けた途端、言い知れぬ悪寒が間宮の背筋に走った。

まるで、本能的にこのカーテンの向こう側を見てはいけないと分かっているかのような。

───何を馬鹿なことを。

そんな思考の後、間宮はそっとカーテンを引いた。

最先端のフル介護型ベッド。ジェル素材のそれは確か一昔前に開発され、床ずれを防いで老廃物を分解浄化するということでニュースにも取り上げられていたと思う。しかし、それなりのコストが掛かるためか、大量生産や家庭普及にはそれほど向かなかったようだ。

壁にはまった大きな採光ガラスからは、真冬には似つかわしくない柔らかな陽光が降り注ぎ、白く、清潔な室内を淡く照らし出している。その中央に────



いた。



窓の外を見ていたと思われる少年を見、間宮は生まれてから初めて知る感情に囚われた。

綺麗だ。

まるでそれは、一枚の絵画のようだった。

唯一絵画と違う点は、平均的に見てもかなり線が細いその少年が首を動かし、訪問者────自分達を見たというところか。

「どちらさま?」

発せられた声もまた、綺麗なものだった。いや、綺麗と言うよりは透明だと思った。

凍て空の下で凍る氷のような。

晩秋に吹く冷風のような。

そんな声。

「あ、あぁ。失礼。小日向蓮君………かな」

「はい……小日向蓮なら僕だけど。おじさん達は?」

その言葉に導かれるように間宮の手は懐に伸び、そこにいつもしまっている警察手帳を取り出した。

「警察だ。スマンが、ちょっと話を聞かせてくれるかな?」

思えば、この時点で二人の刑事は、この少年に《呑まれていた》のかもしれない。あるいは、この部屋に入ったその時点から。

自分達が、あまりにも穢れきっているから。

目の前の、あまりにも透明な少年が眩しすぎるのだ。

文字通り、世界と言う枠組みから二年もの間放り出されていたこの少年が。

そんな、《呑まれた》中年刑事の言葉に少年は

「うん、いいよ」

透明な笑みを浮かべた。










事情聴取は、ごく簡単なものだった。

約二十分後、間宮と藤沢はエントランスを潜り、適度に管理された病院内の空気の中から肌に突き刺すほどの真冬の空気の中に躍り出た。

結構な温度の違いに、肌が一気に総毛立つ。

「うひ~っ、寒ぅッ!」

背後で藤沢が寒そうに二の腕をさする。

しかし、コートとマフラー完備のアイツは自分よりは温かいはずなので、そこら辺も違うなぁと間宮はぼんやりと思った。

病院から出たことを幸いに、さっそくスーツの懐に手を突っ込んでマイルドセブンの箱を取り出す。本当は敷地内禁煙なのだが、まぁ細かいことは気にするべからずだ。

一本取り出し、百均で買った安物のライターで火をつける。

うぇ~、と藤沢が舌を突き出した。

「早速タバコッスかぁ?先輩。今のご時勢、喫煙者は肩身が狭いだけですよぉ」

「だーからこうして吸える所で吸ってんだろが、アホ」

ぱかんと後頭部をはたいておいて、間宮達はタクシーを捕まえるために歩き出す。

そもそも、こんな玄関先でいつまでものんびりタバコ吸ってたら、例え警察でもガードマンにしょっぴかれるかもしれない。

紫煙を吐き出し、その薄煙の向こうに存在する景色を睨む。

「……………オイ、藤沢。お前ぇはどう思った?」

主語がない会話。

しかし、さすがの藤沢もその単語が誰を指し示しているかは解かったようだった。

あごに手をやり、とくに感慨深げもなさずに言う。

「何か、不思議な子っしたねぇ。俗世離れしてると言うか……。まぁ、二年もゲームの世界に閉じ込められてたんじゃぁ、誰しもああなるんスかねぇ」

「だよなぁ」

どうやら藤沢は、自分が感じたような感情は抱いてないようだった。

天才なのか、アホなのか。いや、絶対に後者か。

「だがまぁ、あの坊主がタダ者じゃねぇのぁ分かったな」

「へ?」

きょとんとした顔でこちらを見てくる藤沢を横目で見つつ、間宮は再び紫煙を吹き出した。

「あの眼だ。あんなイカれた眼ぁ久し振りに見たぜ」

「イカれてた?くりくりして可愛かったじゃないスか」

「……………俺ぁあんな眼を一度だけ見たことがある」

どこですかぁ?と興味なさげに返す後輩刑事に、眼を鋭く細めながら間宮は口を開いた。

「お前、聞いたことぐれぇあるだろ?五年前にあった、《西新宿無差別連続殺人事件》」

ソレの名前が出た時、少しだけ藤沢の顔が引き締まった気がした。

その頃、こいつはまだ警察学校に入るか入らないかぐらいだっただろうか。それでも、全国ニュースで連日放送されていたあの事件の事くらいは知っているらしい。

「あの事件(ヤマ)犯人(ホシ)って確か、先輩が…………」

「あぁ、俺が捕まえた。そいつの眼な。あのガキの眼とそっくりなんだよ。人を殺すのが愉しいって思ってる奴の、な」

「……………………………」

藤沢は急に寒気を感じたかのように、再度二の腕をさすった。

「あのガキャぁ何か匂いやがる。ちょっくら探るぞ、藤沢」

「…………了解」

頷く後輩の顔はもはや、おちゃらけた若者の顔ではなかった。経験は浅くとも、得物を的確に追い詰める、立派な猟犬の顔だった。

タクシー拾ってきます、と走り出す藤沢の背を見送り、間宮は首を巡らせてたった今自分達が出てきた病室がある方向を見つめた。

もうカーテンが引かれ、内部が見えないそこに、間宮は何か途轍もない何かが胎動しているような予感を感じずにはいられなかった。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「挨拶の前に、前回から今までいったい何やってたこのヤロー」
なべさん「いやぁ、艦これがイベントに入っちゃっててね☆」
レン「入っちゃっててね☆じゃねー!テメー安定した更新速度だけで読者様を獲得してたんだろうが!」
なべさん「おっと、それは読者様に失礼だなぁ。ちゃんとストーリーで見てくれているはずさ、うん、いやきっと、いやたぶんそうだったら嬉しいな」
レン「気ぃよっわ!まぁ、評価されてるはされてるな。SAN値ピンチなとこだけ」
なべさん「それは言わないでって約束したじゃん」
レン「そんな約束なんてしてないじゃん」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
──To be continued── 
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