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IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~

作者:龍使い
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第二章『凰鈴音』
  第二十一話『クラス対抗戦、開始!』

 
前書き
今回の推奨IBGM

○一夏VS鈴
Rebellion(BLAZBLUE) or NOONTIDE(GUILTY GEAR XX)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16618382 Rebellion
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm17127195 NOONTIDE

○一夏、渾身の一撃!
EVERYWHERE YOU GO Ver.OGs(スーパーロボット大戦OGs)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm16498615

○千冬さんと拓海の口論
予感 or 引き裂かれしもの(Xenogears)
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3138412 予感
ttp://www.nicovideo.jp/watch/nm3232795 引き裂かれしもの 

 
そして、鈴の部屋替え説得(と言う名の襲撃事件)から一週間経ち、クラス対抗戦当日。
場所は第二アリーナAピット。俺は、出撃前の一夏と話をしていた。
「……で、未だに謝れてないと…」
「ああ、まぁ……。廊下や学食で会って話し掛けて謝ろうにも、露骨に顔を背けられるし。
 いかにも『怒ってます』って言うオーラ全開で……」
「……あんの、馬鹿…」
頭を抑えながら、溜息を吐きつつ呟く俺。曲がりなりにも謝ろうとして歩み寄るヤツに対して、そう言う態度とるか、普通……。
本気で一夏の事を好いているのか疑問に感じてきたぞ、俺は……。つか、箒の方がまだ素直なくらいだ……。
……コイツもコイツで、おっかなびっくりで近づいていそうだから、余計に鈴の気に障るんだろうが。
「あいつの事だから、どうせ謝ってこないことに憤慨してるんだろうな……。自分の行動を鑑みないで…」
「ありえるな……」
俺の言葉に、一夏は溜息をつきつつ同意する。互いに鈴を古くから知っている手前、彼女の思考が手に取るように分かるのだ。
「まぁ、今日の試合が終われば否が応にも収まりはつくだろ……」
「だと良いけどなぁ……」
俺の言葉に、微妙な反応を返す一夏。気持ちは分かる……。
実際問題、鈴のヤツは自分が勝つ事しか考えていない。一夏の実力を考慮には入れているだろうが、代表候補生の自分に敵う筈がないと高を括っているのだ。
まぁ、確かに実力で言えば鈴の方が上っちゃ上だ。だが、一夏もこの一週間で、かなり実力が向上した。
俺との修練で、六花の使い方もそつなくこなせるし、訓練の時にこいつが呟いた『ある台詞』のおかげで、既存のISでは想定していない『戦い方』も出来るようになっている。
技術面ではまだ不利だが、戦術面では一夏のほうが上だ。試合になれば、五分にまで持っていけるだろう。
「取り合えずだ、一夏。白式の状態はどうだ?」
「ああ、かなり調子が良いよ。これなら多分、いける」
展開した白式を軽く動かしながら、一夏は強気な笑みを浮かべる。
「そうか……なら、絶対に勝って来い。無様に負けたら、承知しねぇぞ?」
「ああ、分かってる。せっかくみんなが協力してくれたんだ、無碍には出来ねぇよ」
拳を突き出す俺に、一夏も拳を合わせてくる。
そして、試合開始前のアナウンスが流れて、一夏はアリーナのフィールドへと出撃して行った。

「しっかし、これまた随分な人数だよなぁ……」
出撃した一夏を見送った俺は、モニターから見えるアリーナの様子を見て呆れる。
一夏と鈴、どちらも色々な意味で噂のある新入生だ。片や世界でただ二人の男性操縦者の片割れ、もう片方は転入早々にクラス代表となった代表候補生。
そんな噂の新入生同士の戦いと言う事があって、アリーナは全席満員。席以外にも通路で立って見ている生徒もいて、アリーナ全体が埋め尽くされていた。
因みに、会場入り出来なかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで干渉するしかない。だが、この状況を見る限り、全校の人間が見ているのは間違いないだろうな。
俺とセシリアの時はクラスメイトだけだったが、もし制限が無かったら今と同じ状況になっているのが容易に想像はつく。
案外暇なのか、この学園の生徒たちは。ってか、特に上級生とか授業はどうしたんだよ、マジで……?
ま、余計なちょっかいさえなければ、どうでも良いけどな……。
「はてさて……とりあえず、千冬さん達のいるモニタールームにでも向かいますか」
この特等席で試合を見るのも一興ではあるが、後で千冬さんに説教を食らうのは勘弁願いたいしな。
そんな事を思いつつ、俺はピットから見える風景に向かって、ポツリと呟く。
「気ぃ付けとけよ、馬鹿鈴。お前が思っているほど、今の一夏は弱くねぇんだからな」
外で一夏と対面しているであろう鈴に向かって、俺はニヤリと笑いながら呟くのだった。

――――

アリーナの低空、フィールドど真ん中の位置。
俺・織斑一夏の視線の先には、鈴とそのIS『甲龍(シェンロン)』が試合開始の時を静かに待っている。
セシリアのブルー・ティアーズ同様、非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が特徴的だ。
肩の横に浮いた棘付き添う甲(スパイク・アーマー)が、やたら攻撃的な主張をしている。……あれで殴られたら、すげえ痛そうだな…。
(しっかし、名前の読みがどうもしっくり来ないよなぁ……。どうせだったら、もっとそれっぽい感じを使えば良いのにさ。……よし、俺の中ではあの機体は『こうりゅう』って呼ぶ事にするか)
漢字での読み方には問題も無いし、それで良いだろ。
『それでは両者、規定の位置まで移動してください』
そんな事を考えている俺の耳に届いたアナウンスに促され、俺と鈴は空中で向かい合う。
その距離は、五メートル。俺と鈴は開放回線(オープン・チャンネル)で言葉を交わす。
「始める前に、一夏。一つ聞いておくわ」
「なんだよ?」
鈴の言葉に、俺は聞き返す。
「先週の一件だけど、アンタ……反省した?」
「……へ?」
睨みながら、突然の質問をぶつけてくる鈴に、俺は思わず面食らった。
「だ、か、らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」
……鈴、それを今ここで言うか、普通?
それ以上に、何でそんな上から目線なんだよ……。
「いや、そう言われても……鈴のほうが避けてたんじゃないか」
実際、俺は何度も2組に足を運んだし、食堂でもよく見かけたから、怖々(こわごわ)だけど声はかけてみた。でもそのたびに、鈴は俺を避けていった。
最初は見かけた途端にダッシュで逃げ出し、試合が差し迫ってきた頃だと、しばらく俺を睨んだ後に、すたすたと速足でどっかに行ってしまうばっかりだった。謝ろうにも、鈴本人が捉まってくれない。
「あんたねえ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」
「おう」
俺の答えに、鈴は言葉を無くす。実際に避けていたのは鈴の方だし、そこに無理して入ったって良い結果は出ないからな。
「なんか変か?」
「変かって……ああ、もうっ!」
焦れたように声を荒げている鈴。
謝りたいのに避けられているんだ、間違った事は言ってないと思うんだが……。
「とにかく、謝りなさいよ!」
「あのなぁ……! そもそも、謝ろうとした俺を鈴が避けてたんだろうが!?」
修夜がさっき言った通り、鈴は自分の行動を鑑みていない発言をしてくる。正直、少しカチンと来たぞ…。
「そもそも、お前がああ言う行動を取らなければ、ここまで拗れたりしなかっただろ!?」
昔から向こう見ずだけど、暴力で何でも解決するようなヤツじゃなかった。
だからこそ、鈴が2組の代表を力づくで奪ったって聞いたときは、すごくショックだったし、何よりそんなことを繰り返そうとした鈴のことが怖くなった。
「何よ!? あんたが約束の意味を間違えたのが悪いんでしょ!?」
「だから、その件について謝ろうとしたのに、毎回お前が避けてたから出来なかったんだろうが!?」
確かに、俺が鈴との約束の本当の意味を、分からないまま覚えていたのは非があると思う。実際、今でもよく分かっていないさ。
それでも俺は、鈴に謝ろうと思った。女の子を泣かせたまま、怒らせたままでいるのは、正直後味が悪すぎるし、俺が嫌だから。
けど、こいつはそんな俺の気持ちを無視して避けていた上に、身勝手な事を言ってくる。引っ越す前の鈴でも、ここまでじゃなかった。
俺にでもわかる、今の鈴はどこかおかしい。
正直、鈴に何があったのかは知らねぇけど……ここまで言われて素直に頭を下げる事なんて、俺には出来ない……!
「あったまきた! 今謝るなら少しくらい手加減してあげようかと思ったけど、その必要は無いみたいね!」
「どうせ雀の涙くらいだろ。その程度の手加減だったら、初めから全力で来いよ!」
鈴の言葉に、俺はそう返す。これは、強がりでもなんでもない。
俺も修夜同様、真剣勝負で手を抜くのも抜かれるのも嫌いだ。勝負と言うのは、全力でやって初めて意味が生まれてくる。
だから、俺も修夜も、勝負事には常に全力で挑む。それで痛い目を見たりする事も偶にあるけど、そこに後悔が生まれる事もないんだから。
「一応言っておくわよ、一夏。ISの絶対防御も完璧じゃない。
 【シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、本体にダメージを貫通させられる】」
そう言う鈴の言葉に、嘘は無い。その事は拓海から嫌と言うほど注意を受けたし、あいつが言うには、IS操縦者に直接ダメージを与える『ためだけ』の装備も存在すると言う。
もちろん、それは競技規定違反に当たるものだし、人命にも危険が及ぶ。
しかし、それは同時に『殺さない程度にいたぶる事は可能である』と言う現実があると言う事だ。
だけどな――
「それがどうしたんだよ、鈴」
「……えっ?」
俺の一言に、鈴がうろたえた。
『試合形式は1000ポイントマッチ、制限時間は40分の一本勝負です』
場内に響くアナウンスを耳にしながら、俺は真っすぐに鈴の顔を見据える。
「そんな事は、既に修夜たちから散々言われてきたことだし、俺だっていい加減覚えてきてるさ」
それに、代表候補生である鈴がそれくらい可能だって言うのは予測くらいできている。
「けどな、そんな事で臆していたんじゃ……」
『それでは両者、試合を開始してください』
「あいつや千冬姉に追いつく事なんか、出来ないんだよ! 鈴!!」

鳴り響くブザーが切れる瞬間に、俺はそう叫び、鈴へと斬りかかって行った。

見せてやる、俺の特訓の成果を――!!


――――

「初撃は一夏の先制、か」
モニタールームからのリアルタイムモニターを見ながら、俺は呟く。
試合開始と同時に動いた一夏は、瞬時に雪片弐型を展開して鈴へと斬り掛かっている。
それを鈴は、甲龍の近接武器である《双天牙月(そうてんがげつ)》で弾き返していた。
「惜しいな。あの一撃が上手く入っていれば、奇襲となって少しは有利に持っていけたんだが……」
「彼女は、曲がりなりにも代表候補生だからね。あの程度で動じるような、柔な鍛え方はしてないよ、きっと」
俺の言葉に、拓海がそう返す。事実、最初の一撃以降の鈴は、二振りの双天牙月をバトンのように扱いながら、一夏を押し始めている。
対する一夏はといえば、縦横無尽とも言えるその斬撃を上手くかわし、捌いている。
「どうやら、修夜との修練を上手く活かせてるみたいだな」
そう言いながら箒は、一夏と鈴の試合を真剣に見つめていた。
「そうですわね。
 ですが、凰さんはわたくしと同じ代表候補生。専用機を与えられている以上は……」
「ティアーズと同じ、第三世代機の可能性がある……って所だろ?」
俺の言葉に、セシリアは頷く。
「見た目だけで判断するならば、あの甲龍は一夏さんと同じ、近接格闘型のパワータイプだと思いますわ。
 ですが、それはあくまで現段階の判断ですし、中国政府が第三世代機の開発をしている事は、本国でも噂として聞いています。
 それならば……」
セシリアが自分の推察を述懐している、そのさなか――
「一夏……!?」
セシリアの言葉を遮るように、箒が急に叫びを上げる。
「どうした、箒!?」
「戦況が変わったんだよ、修夜」
俺の疑問に、拓海がモニターを見ながら答える。
言われて、俺とセシリアはモニターを見ると、先ほどまで接近戦を繰り広げていた一夏が、地表に打ち付けられているのが見えた。
しかも鈴はその場を動かないのに対し、起き上がった一夏は、まるで『見えない何か』を避けるように動いている。
こいつは……。
「セシリアの予想が当たったって事なんだろうな……」
「そのようですわね……」
俺とセシリアは、険しい表情で試合を見つめる。
「つか、何なんだ、ありゃ……?」
「あれは、『衝撃砲』ですね」
鈴が行なっている攻撃が分からず、疑問を口にする俺に、山田先生が答える。
「衝撃砲?」
「ええ。あの兵装は、空間自体に圧力を掛けて砲身を生成し、余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾化して撃ち出しているんです」
「わたくしのブルー・ティアーズと同じ、第三世代型兵装……と言うわけですわね」
セシリアが言葉に、山田先生が頷く。
「しかも、あの武器は砲身斜角がほぼ制限無しで撃てる様に設計されている。
 その上、凰の技量の高さとかみ合い、直線上にしか撃てない衝撃砲の欠点を上手く補っているな」
後に続くように千冬さんが説明をしてくる。なんともまぁ、厄介な武器な事で……。
だが、見えない武器と言えど、種さえ分かればどうとでもなる。最初は戸惑っていた一夏も、徐々に体勢を整えていた。
その様子を見ながら、俺はポツリと呟くように、言葉を紡ぐ。
「行け、一夏……。お前が習得した『織班一夏の戦い方』を、馬鹿鈴に見せてやれ…!」

――――

最初に一発をもらって、俺は思わず混乱しそうになった。
鈴の肩の非固定浮遊部位の中心が開いて、すり鉢状なったと思うと、そこが光った瞬間にものすごい衝撃が俺に襲いかかってきた。
謎の衝撃にやられてふらつきそうになっていると、今度は機関銃のようなものが雨あられと撃ち込まれてきた。
次々と襲い来る、鈴からの謎の攻撃。
とにかく、ここを離れないとヤバい。そう考えて俺は斜め左後方へと後ずさった。
視界の端にある、ISの状態を知らせる中空電子画面(マルチモニター)にシールドエネルギーの残量が示される。
さっきの衝撃と今の攻撃で、もう150以上もシールドが削られていた。
ただでさえ燃費に問題だらけの白式に、序盤からコイツはかなりきつい。
避けて態勢を立て直そうとした、その途端。また鈴からの、謎の機関銃攻撃が襲ってくる。
(くそっ、厄介だなコイツは……!)
弾は見えない、でもダメージは確実に入っている。
とにかく避けるために、俺は鈴の周囲を回りながら攻撃を避けていく。
ときに下に回り込んだり、ときに上から捻り込んだり。そのたびに鈴は、体を回転させながら俺を狙い続ける。

――兵法の壱、敵を知るべし

修夜が俺に、まず徹底して叩き込んだのがこれだ。
剣道をやっていた俺にも、それは感覚的に理解できた。
剣道で一番重要なのは、間合いの取り方。これを読み間違えると、あっという間に相手の竹刀の餌食になって、一本を取られる。
だからまずは、相手の隙を伺って跳び込む隙を探ることから始める。
(鈴自身は回転してるけど、俺が上下に動いても……おっと、そんなに体を動かしてない……)
段々と、避け方のコツは分かってきた。
あの機関銃のようなものは、どうやら直線でしか飛ばないらしい。
でも上下に振れたり、多少左右にずれたり程度じゃ、体をこっちに向け直す必要がないようだ。
(だったら、こうだ!!)
俺は鈴の射線に向かって、斜め下に入り込むように突撃する。
鈴もこれには驚いたのか、慌てて後退しながら照準を合わせて撃ってきた。
今度は斜め左に切り上げながら、加速して突撃する。
徐々にだけど、鈴との間合いを詰めていく。
「もう、しつこいわよっ!!」
しびれを切らしたように、鈴の砲撃が止まり、砲門の周囲が陽炎のように歪んでいく。
同時に中空電子画面に、『高エネルギー反応注意!!』の表記が浮かんで警告音が鳴る。
何かをチャージしている、デカイのが来る……!!
だけど傍から見れば隙だらけで、いかにも突っ込んでくれという風だ。

――兵法の弐、目の前を疑うべし

でも、俺は突っ込まない。これも修夜に、嫌ってほど叩きこまれた。
こういうときほど、無暗に突っ込むと痛い目を見ることになる。
剣道でいえば“誘い込み”、ワザと隙を見せておびき寄せてから返り討ちにする、いわゆるカウンター戦法だ。
もしそうなら、ここで突っ込むと、とんでもないダメージをもらうことになる。
(今までみたいに、ただ突っ込むだけの俺じゃない……!)
左手に意識を集中させ、俺は“秘密兵器”のかたちをイメージする。
「来い、俺の新兵器――【六花】!!」
一瞬、左手のガントレットが量子転換で消失し、すぐさまそれより一回り大きなものが、俺の左手に装着される。
六花の呼び出し(コール)に驚いた表情を見せた鈴だったが、すぐに顔を引き締めて砲門へのチャージを続行する。
すかさず俺も、六花を前方に構えてエネルギーをためる。
その瞬間、鈴の方の砲門が強い光を放った。
「くらえっ!!」
叫ぶ鈴に合わせ、俺は六花のパワーを掌から解放する。

――どかあぁぁん!!

ものすごい爆発音と閃光が、アリーナ中に広がっていった。
俺のいた位置が地面に近かっただけに、土煙ももうもうと上がっている。
「どう、これで少しは謝る気に――」
勝ち誇ったような声が、土煙の向こうから聞こえてきた。
まったく……。
「勝ち誇ったときに、そいつは既に“敗北している”いるんだぜ、鈴……?」
鈴はすごく驚いた顔をしていた。
当たり前か、今の一撃を直撃させて、俺がボロボロになったと思い込んだんだろうし。
「くっ……、出て来なさいよ、馬鹿一夏っ!!」
段々と土煙が風に消され、視界が良くなっていく。

――今だ

「でぇぇりゃああぁぁっ!!」
「っ?!」
俺は土煙から、鈴の名斜め右上にの位置まで飛び出す。
そしてタイミングを合わせてチャージした瞬時加速(イグニッション・ブースト)で思いっきり加速し、鈴の横側を目がけて【跳び蹴り】をぶちかました。
脚に、確かな“当たり”の感覚が伝わると同時に、鈴は蹴りの反動で観客席前の壁に向かって吹っ飛んで行き、そのまま壁に衝突した。
俺も斜め上から蹴ったため、余った勢いで地面スレスレまで行き、そこでブレーキをかける。
歓声に湧いていたアリーナが、俺の蹴り一発で静まり返ってしまった。
あの、あんまり静かなのは、落ち着かないんだけどなぁ……。
そう思っているうちに、鈴が壁の方から起き上がって、俺のことを睨んできた。
「なんなのよ、今の……!?」
不意打ちで蹴飛ばされたことが、大層気にいらないらしい。
「何って、加速を利用した“跳び蹴り”だけど?」
聞かれたことを、素直に返す。
「ナニよそれ……、蹴りなんて反則じゃないのっ!!」
「一応は拓海とルール確認したけど、別に“蹴りは反則”なんてのはなかったぞ?」
「うるさい、一夏のクセにっ!!」
よっぽどさっきのキックが気に入らないみたいだ、ものすごい言いがかりをつけてくる。
アリーナのメインモニターには、試合進行が分かりやすいように、俺と鈴のシールドエネルギーの残量が表示されている。
今の蹴りで、100ちょっとのシールドを削るのに成功していた。
俺もそのために、瞬時加速で20ほどシールドエネルギーを消費している。
(よっし、威力は上々だな)
現在の鈴との差は70ぐらいで、鈴の方が有利。でも油断しなければ、まだまだ巻き返せる。
「どうだ鈴。俺はそっとやちょっとじゃ、へこたれたりしないぜ?」
俺の一言に、歯噛みしながら俺を睨みつける鈴。
「うっさいわよ……、ぜっったい、土下座して…謝らせるんだからっ……!」
全っ然、鈴の怒りは治まる気配がない。それどころか、ヒートする一方だ……。
謝れれば謝りたいのは、こっちなのに……。
「だったら、お前の気の済むまで付き合ってやる。
 俺だってお前に、言いたいことや訊きたいことは色々あるしな。
 さぁ、まだまだ試合は始まったばっかだぜ、これからが盛り上がるところだろ?」
俺は雪片と六花を構え、鈴からの攻撃に備える。
俺の動きを見て、鈴も両手のデカイ青龍刀二つを構えなおす。

さぁ、トコトンやろうぜ、鈴――!!

――――

モニタールームは、一夏の蹴りがもたらした静寂に支配されていた。
「ぶっつけ本番だったけど、見事に決まったね」
「ものの見事に“ヒーローものキック”だったな……」
そんな中で俺と拓海だけが、一夏の蹴りについて感想を述べ合っていた。
「蹴り……ましたわ…ね……」
「蹴った……なぁ……」
セシリアと箒も、モニターを見つめながら呆然とするばかりだ。
「あ……あんな戦い方って、“アリ”なんですか……?」
山田先生は目を丸くしながら、千冬さんに質問した。
「……ないワケじゃない。……が、蹴りを戦術的に取り入れることは、ISの常識を考えれば普通はしないことだ」
千冬さんの方はあくまで冷静に見える。でも、言い方が少したどたどしくも感じる。
「ISの脚部は、本来は空中での姿勢制御のための、バランサーとしての意味が大きい。
 ほかにも、PIC(パッシヴ・イナーシャル・キャンセラー)を利用したブレーキングや、上空へ向けての急発進する場合の加速、等々……。
 そうしたISの機動力の要として、脚部はあの無骨な見た目に反して繊細な機関でもある。
 蹴りはあくまで、“非常時の一手”だ。無暗に使うと、ISの機能そのものを損なう」
言葉を重ねるごとに、千冬さんの目付きが鋭くなっていく。
「その点はご心配なく、ちゃんと脚部のフォローは徹底済みです」
千冬さんの懸念に対し、拓海があっさりと覆す発言をした。
「関節部には最新式の耐ショック機構と、蒼羽技研謹製の特殊合金製フレームとマニピュレーター。脚本体にも、精密機構を保護するための最新技術を導入。空から戦車が降って来ても、壊れる心配は無いですよ」
そう言いながら、拓海は一夏のキックの映像を繰り返し再生して、データの採集に勤しんでいる。
「拓海、まさか“あのときの”一夏の弱音を、ホントに反映させたのか……!?」
箒が何か思い出したのか、拓海に問いただした。
「なんだお前たち、何か知っているのか?」
千冬さんがこちらに向き直り、俺たちに向かって状況の説明を要求してくる。
本当なら“尋ねてきた”と言いたいが、千冬さんの目つきの鋭さから、相当イラついているのが見て取れた。
拓海を除き、俺も箒もセシリアも、腫れものをこれ以上刺激したくないと、思わず押し黙る。
「あのキック機構――『耐蹴撃強化補正(キック・プロテクト)』を仕込んだのは、他ならぬ僕ですよ。一夏のリクエストに応えたんです」
拓海があっさりと、自分の犯行を認めた。
「ついでに、あの左手『エネルギー圧縮放射腕部「六花」』も、です。……というか、本来はそっちの方が本命だったんですけどね」
作業を進めつつ、悪びれる様子もなく答える拓海。
事の発端は、四日ほど前の修練でのことだった。

――――

「あぁ~~っ、もう、手ばっかり動かしてるのって、感覚的に気持ち悪いっていうか……!
 もういっそ、蹴った方が楽じゃね?」
なかなか六花の操作に慣れず、四苦八苦する一夏が弱音を吐いた。
「何を馬鹿なこと言っているんだ。拓海と修夜の苦労をいたわる気なら、少しは慣れろ!」
中々うまく六花を活用出来ずに苛立つ一夏に、箒が喝を飛ばす。
「何事も、最初は慣れですわ。わたくしも蒼い雫(ブルー・ティアーズ)のビットを操作するのは、最初はかなり戸惑いましたし」
セシリアも四苦八苦する一夏を宥める。
そして本来なら、俺はすかさず一夏に喝を入れて、修練を再開させただろう。

でも、この一夏の一言は、俺にとって青天の霹靂だった。

「どうしたんだ、二人とも?」
そしてこの衝撃は、拓海も同じだったらしい。
俺と同じように、目を丸くして凍りついていた。
そんな俺たち二人を、箒が不安げに見ていた。
「……拓海」
おもむろに俺は拓海を呼んだ。
「……もしかして、僕と答えは同じかい修夜?」
拓海も拓海で、俺の呼びかけだけで、おおよその意図を掴んでいるようだった。

そして――

「「あっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」」

二人でどちらからともなく、大声で笑ちまった。
全員が呆然とする中で、ひとしきり笑って俺も拓海を落ち着く。
「一夏」
俺は一夏に呼び掛けた。
「お前、天才かもしれないな……!!」
「…………ぇ?」
普段は口にしようと思わないことを、思わず口走っていた。
「……で、出来そうか?」
拓海に尋ねる。
「色々と問題をクリアする必要はあるけど、やるだけやってみるさ。
 ……というか、これは【是が非でも】試してみたいね……!!」
いつもの爽やかスマイルも、この時ばかりは“悪ガキモード”のギラついた顔になっていた。
「ったく、悪い顔だな、オイ」
「そいつは、お互い様だろ?」
どうやら、俺も相当悪い顔をしていたらしい。
こうして他の三人が呆然とする中、俺と拓海は白式にさらなる格闘要素を加えることを決めた。

――――

例の一件を思い出している最中、不意に千冬さんの声が聞こえ、意識をこちらに戻す。
「そういえば、あの左手は何だ。白式にあんな装備は無かったはずだ」
千冬さんの拓海へのガンの飛ばし方が、半端ないことになっていた。
あのまま、目からビームでも出そうな勢いだ……。
「アレは僕が一夏用に、蒼羽技研のスタッフと開発して、白式に受理させたものです。
 白式には射撃武装がまったくない。それだと、中距離弾幕で押してくる相手には無抵抗に終わる危険性もある。だから少しでも、一夏が使いやすいかたちにと、そう考えた結果です」
千冬さんのメンチビームに臆することなく、拓海は淀みなく、いつもの調子で説明を続ける。
「さっき鈴の衝撃砲の一撃が撃たれたとき、一夏もそのタイミングに合わせて六花を撃ち込んで、ほぼ無傷で相殺させていたんです。
 そしてそのまま、さっきの跳び蹴りに繋げた。上手いやり方だと思いますよ」
六花には“散発”という、短い射程で広範囲に衝撃波を発射する撃ち方がある。
おそらく一夏は、鈴の衝撃砲が放った強烈な一撃を、散発の“衝撃の盾”で防いだんだろう。そして地面近くにいたことが幸いし、土煙という目暗ましを利用して、あのヒーローキックという奇襲を鈴に成功させたのだ。
俺があの馬鹿鈴の立場でも、さすがにアレは俺でも避けきれる自信はあまりない。
「……よくわからないが、私の知らないところで、ずいぶんと織斑に“要らぬちょっかい”を出しているようだな……?」
ちょっと待て、もしかして千冬さん、キレてません……!?
いや、それもだが、さすがの千冬さんでも、さっきの言い方はひどくないか。
「ちょっと織斑先生、その言い方はあまりに――」
「黙っていろ、オルコット」
セシリアも、千冬さんのものの言い方に引っ掛かったようだが、ドスの利いた千冬さんの音声(おんじょう)にたじろいでしまった。
間違いなく、カンカンに怒っていらっしゃる……。
「あの……織斑先――」
「お前も黙っていろ、真耶。これは私と相沢主任の問題だ」
山田先生の制止を振り切り、依然として拓海に睨みを利かせる千冬さん。
「相変わらず、一夏への考え方が凝り固まってますね……」
「なんだと……?」
おいおい、こんな狭い場所で火花を飛ばすのはやめてくれ。
拓海もどうしたんだ、いつものお前らしくないぞ……。
画面の向こうでは一夏と鈴が、アリーナの地上フィールドで熱戦を繰り広げている。鈴が再び衝撃砲を連射状態にして牽制し、それを一夏が掻い潜りながら近付き、的確に六花を当てにいっている。当たったら透かさず雪片で切り込み、鈴もそれを必死で双天月牙で捌いている。息もつかせぬ攻防の押収だ。
まるで、この場の拓海と千冬さんの睨み合いのような……。
「前々から思っていたんです。織斑先生……いや千冬さん、あなたの一夏への“スパルタ思考”は少し度が過ぎている。もっと素直に一夏に接してあげたらどうです?」
ド直球を投げにいきやがった……!?
「公私混同とは、ずいぶんとお優しいようだな、相沢主任」
そして千冬さんも、全然怯まない……。
「なら千冬さんだったら、この戦いのために、一夏に何を教えますか?」
今度は様子見の牽制球。
「そうだな……。
 瞬時加速と、それを利用した『零落白夜』での“一撃離脱”、これだけあれば充分だろう」
千冬さんの返した返答は、なんとも千冬さんらしいものだった。
全盛期、専用機「暮桜」を駆る彼女の戦い方は、まさに今、当人が口にしたものそのものだ。
白式と同等・同質の性能を持つ暮桜も、零落白夜による一撃必殺を主軸にしたISだった。
携えるのは白式の基本武装(プリセット)の原型・『雪片』“のみ”。
一見すれば無謀とも思えるこの装備だが、千冬さんの超人的な身体能力と戦闘センス、そして篠乃之流剣術を究めきった類い稀な才能にとって、それ以上の武装は必要なかった。
敵の砲撃を華麗に交わしていき、一瞬の隙を見て烈風のように突撃し、一撃のもとに葬り去る。その誰をも魅了する戦い方は、まさに“輝く戦い(ブリュンヒルデ)”の称号に相応しい、秀麗かつ豪快なものだった。
「なるほど。では、そのお心は?」
拓海が再び牽制球を投げ、様子を探る。
「アイツは私の弟だ。一番近くで、私の戦い方を見てきた。
 あんな馬鹿でも、才能なら私に引けは取らん。私はこの戦い方を、アイツの年齢でモノにしたからな、アイツならやれるさ」
言い放った千冬さんは、それまでの怒った顔ではない、自信に満ちた笑みを浮かべた。
決して千冬さんは、一夏に不必要につらく当たってはいない。
むしろ身近な人間から見れば、“姉バカ”レベルで一夏を溺愛いると言っていい。
一夏を信じるがゆえに、自分に不必要に甘えないように、一夏に一人前の人間になって欲しいがために……。彼女はときに、傍から見てやり過ぎなぐらいに一夏を叱咤するのだ。
でもな、千冬さん。それじゃ“駄目”なんだよ、一夏には……。
「そうですか……」
その答えを聞いて、拓海は静かに息を吐いた。
この態度、拓海のヤツ……珍しく【怒って】やがるな……。
「千冬さん、【アンタ】一夏のこと、何だと思ってんだよ……!!」
……出ました、拓海の【真・説教モード】。
何だかんだ言って、拓海も千冬さんに対して“思うところ”があったらしい。
「私の生徒で、弟だ。それがどうした?」
千冬さんも、拓海に真っ向から張り合いにいく。モニタールームに張り詰める緊張は、最高潮に達していた。
「確かに、一夏の武術の才能は抜きんでている。物覚えも良い、いずれは千冬さんにも追い付くでしょう……。
 だけど、そのために“アンタそのものにする”必要なんて、どこにも無いじゃないですか!」
一瞬、千冬さんの眉がピクリと動いた。
「言っている意味がわからんな」
千冬さんは、なおも頑として強硬な姿勢を崩さない。
「そのままですよ、言葉どおりに……。
 この一ヶ月のあいだ、僕と修夜は何度も一夏の口から“千冬さんに追い付きたい”と、熱く語るのを聞かされてきました。
 そのたびに一夏を見て思ったんです、『まるでヒーローにあこがれる子供』みたいだって。
 そして千冬さん、アンタが一夏に“剣だけに集中しろ”と言い続けていることも、一夏自身から聞かされています」
この一ヶ月、特に一夏がISでの本格的な訓練を始めて以来、どうやら千冬さんも時間外で一夏にアドバイスを送っていたらしく、そのことを一夏から聞かされることが度々あった。
最初に一夏が、六花の装着を渋った原因がそこにあった。
今回の修練の少し前に、一夏も千冬さんにこっそり会いに行って、射撃武器の訓練ができないか相談したことがあったらしい。だが千冬さんの返答は、拓海が千冬さんに尋ねた“何を教えるか”と、ほとんど同じ内容だった。
「それが何だというんだ、話の矛先を逸らす気か?」
「まさか。僕が言いたいのは、一夏とあなたじゃ、まったく“別の人間”だってことです。
 あなたは一日も欠かさず、武の道をまい進し続けてきた。でも、一夏はそうじゃない。
 箒が引っ越して以来、一夏は剣道と向き合う時間が減りました。それでも、篠乃之道場と親しかった別の道場に、稽古料を格安にしてもらいながら、週一ぐらいで道場には通っていました。
 でもそれも、家計を顧みて中学の時にやめたんです、アンタを支えたい一心で……!」
この一言に、千冬さんの顔がはっきりと歪んだ。
間髪いれずに、拓海は続ける。
「だからこそ、一夏は今それを取り戻す事に躍起になっている。
 でも、一夏がつくってしまった“二年の停滞”と“三年の空白”は、そう簡単に補えるほど甘くない。それは千冬さんが一番よく分かるはずです。
 武術に関して僕は素人ですが、修夜と話し合った結果、一夏があなたの領域に達するには、現状でもあと五年は確実に必要です。空いたブランクが、そっくりそのまま一夏に還ってきているんですよ……!」
伸び盛り、育ち盛りといわれる俺たちの年代であっても、鬼神の如き千冬さんの領域に到達するには、一夏が血反吐を吐く思いをしても、およそ五年。それは一夏の潜在能力の開花時期もそうだが、何より一夏の“姉離れ”を計算に入れてのことだ。
今の一夏に必要なのは、自分の姉に認められることじゃない。
その姉とは違う、自分だけの“在り方”を見出すこと。
一夏は今、そのための一歩を歩み出している。
「なら、今まで以上の努力で、今を超えればいい……。アイツは一つのことに集中する方が向いている、それを一番分かってやれるのは――!」
「えぇ、分かっています。それを一番理解しているのは千冬さん、アンタだ。
 でも一夏は“織斑千冬”じゃない、一夏は“一夏”だ。
 一夏がどんな強さを手に入れるのか、それを選ぶのだって一夏の自由だ。
 僕と修夜は、その“可能性に掛けてみた”んです!!」
拓海は毅然と、睨み殺すような視線の千冬さんを睨み返した。
コイツのこういうときの胆力は、俺でも敵わない。
そうこうしているうちに、試合にまた動きがあった。しびれを切らした鈴が、一夏に対して二刀流での猛攻を仕掛けたのだ。さすがの一夏もこれにはタジタジになり、雪片と六花のナックルガードで必死に防御に転じている。そして隙を見て、一夏は空中へと逃げ込み、鈴もそれを追って空中の一夏に迫っていく。
「千冬さん、なんで一夏にそんなに“こだわる”んですか。
 いくら弟想いだからって、まるで一夏を縛っているみたいじゃないですか。
 これじゃまるでアンタが、【一夏を縛って安心していたい】みたいじゃないですか……。
 どうなんです千冬さん……!?」
拓海の睨む眼力が、さらに強さを増していく。
「……くだらん」
小さく吐いて捨てると、千冬さんは背中を向けてしまった。
「ともかく、この試合が終わったら、アレを取り外せ。一夏には不要だ」
ここに来て、このブラコンは拓海の熱弁をリセットしやがった……。
「承服しかねます。そもそも、一夏は僕とも充分話し合っていて、本人も納得ずくなんです。
 あなたのわがままに付き合う道理は無い……!」
拓海もまったく動じない。コイツの頑固さは、師匠でも呆れるほどだからな。
「なら賭けようじゃないか」
「……賭け、ですか」
今度は、千冬さんの方から拓海に仕掛けた。
「あぁ、この試合で一夏が勝った場合、一夏が凰に対して使った武器が“剣か武か”を。
 万一に負けた場合は、最も有効だった一撃が何かを……。
 私は当然、剣に賭ける。私が勝ったら、有無を言わさず、アレを外させる」
おいおいおい、千冬さん。それは滅茶苦茶、アンタに有利な賭けじゃねぇかよ?!
「……いいでしょう、なら僕は武に賭けます。
 僕が勝った場合には、そのときには諦めてもらいますからね」
そして拓海も全然退かねぇし!?
「大丈夫でしょうか、拓海さん……?」
セシリアが心配そうに、俺に囁きかけてきた。
「こればっかりは、マジで“運”だ……」
俺ももう、うなだれて首を振るばかりだった。
一夏の預かり知らないところで、一夏に余計な負担が増えてしまった。

頼むから、俺の精神に休息をくれ……。

――――

――IS学園海上、沿岸部

生徒たちの華やかな喧騒をよそに、今日も防衛省による巡視船が海上を監視していた。
巡視船上の監視員の双眼鏡にも、レーダーにも、何も不審なものは映らない。

今日も平穏に、IS学園への監視は続いている。

だが彼らは知らない。
学園に迫る、謎の影があることを。

それは大型の海魚ほどの大きさで、IS学園の処理下水排出口から、こっそりと忍び寄っていた。
 
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