IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第二章『凰鈴音』
第十七話『台風少女の襲来』
「ねぇねぇ、織班くん、真行寺くん、転校生の噂聞いた?」
次の日の朝、席に着くなりクラスメイトに話しかけられる俺と一夏。
入学式から数週間、そして昨日のパーティーと接する機会が多かったためか、女子たちはもう普通に俺たちに話しかけてくるようになっている。
まぁ、物珍しさは何時までも続かないのが普通だから、俺と一夏は正直助かってる。
遠巻きに見られるのは、俺達としても居心地悪かったしな……。
「転校生? 今の時期に?」
クラスメイトの言葉に、一夏はそう返す。まぁ、こいつの疑問も尤もだ。
今はまだ四月だが、時期としてはあまりにも中途半端過ぎる。しかもこのIS学園は、転入するにはかなり条件が厳しいことで有名だ。
転入の為の試験だけではなく、国の推薦がなければそう簡単に転入することは出来ない。
つまり、その噂の転校生とやらは――
「そう、なんでも中国の代表候補生なんだってさ」
「ふーん」
クラスメイトの言葉に相づちを打つ一夏。そう、可能性があるとすれば代表候補生ぐらいしかありえない。
しかし――
「それは、少しおかしな話ですわね。候補生で転入するという事は、一度入学を断ったという事なのでしょう?
どうして、今更こんな時期に……」
話が聞こえていたのか、セシリアが俺達の元に来ながらそう言葉を紡ぐ。
そう、セシリアの言う通り、普通に考えればそれもおかしな話なのだ。
代表候補生で言えば、俺のクラスではセシリアがそれに当たるが、彼女達のような存在は一度は国からIS学園の入学を薦められる。
それを受けるも断るも本人の考え次第であり、断った者の中には祖国で訓練に励む候補生もいるという話だ。
無論、途中から転入してくる候補生がいないわけでもないが、今の時期でそういうことは普通は考えられない。
転入という形をとるより、初めから入学という形で入った方が無難なのだから。
「気になるのは分かるが、このクラスに転入してくるわけではないのだろう? なら、それほど騒ぐ程のことでもあるまい」
いつの間にか箒も会話に加わりながら、そう言ってくる。
箒の言う通り、俺達のクラスに転入生が来るという話は聞いていないのだから、深く気にするのはむしろ疲れるだけだ。
「それはそうでしょうけど……」
「まぁ、同じ代表候補生のセシリアなら、気にするのも無理ないわな」
言い淀むセシリアに、俺はそう言葉を紡ぐ。
理由はどうあれ、入学間もないこの中途半端な時期に代表候補生が転入してくるのだ。同じ立場であれば、俺だって疑問に思う。
「どんな奴なんだろうな、その候補生って」
一夏がふと、その疑問を口にする。
代表候補生と言うからには、実力はセシリアと同等だと言うのは容易に想像がつく。だからこそ、純粋に気になったのだろう。
「……俺は予想できてるけどな…」
反面、俺は少しげんなりとした表情でそう言葉を紡ぐ。昨日の一件が脳裏に蘇っているが、恐らく間違いない筈だ。
「修夜さん、心当たりがあるんですの?」
「……ああ。昨日、それらしい奴に会ったからな……」
「どんな奴だよ?」
セシリアの疑問にそう答えた俺に、一夏が聞いてくる。
「……多分、すぐ分かる。なんせ、俺らの『知り合い』だからな…」
ため息をつきながら俺はそう返すが、一夏は首をかしげる。これだけの情報じゃ、普通は分からないのも無理はない。
だが、俺自身この事を素直に教えてやる義理はない。昨日の一件もあるんだ、自分から来る徒労を与えても罰は当たるまい。
まぁ、本人はそんな苦労は気にしないだろうけどな……。
「んな事より、お前は来月のクラス対抗戦のことを考えたほうがいいぞ。
ただでさえ、ここ最近のお前は基礎で躓いてて出遅れてんだ。そういう事を気にする余裕はないだろ?」
「……うっ」
俺の指摘に言葉を詰まらせる一夏。
クラス対抗戦とは読んで字の如く、クラス代表同士によるリーグマッチであり、本格的なIS学習が始まる前の実力指標を作るために行われる。
同時に、クラス単位での交流やクラスの団結を高めるためのイベントでもあるらしく、ある条件が付与されている。
「そうだよ! 織班くんに勝ってもらわないと、私たちも困るし!」
「そうそう、フリーパスのためにも!」
俺の言葉に賛同するかのように、周囲の女子たちが口々にそう言いだす。
このクラス対抗戦、学年全体のやる気を出させるために、一位のクラスには優勝商品が渡される。
今回の場合は学食デザートのフリーパスであり、甘い物が好きな女子達にとっては、是が非でも手に入れて欲しいと言う気持ちは分からなくもない。
もっとも、俺としては自分で作る方が結果として安上がりだから、差して気にしちゃいない。気掛かりがあるとすれば、その半年分のデザートを俺が作る羽目にならないかどうかだけだ。
(……場合によっては、また職員会議で提案されそうだからな…)
バイキングパーティーとなった出来事を思い出して、憂鬱になる。
フリーパスではなく、半年間優勝したクラス専任のパティシエに変更とか言われたら、俺はマジでここから逃げるぞ……。
「織斑くん、がんばってねー」
「フリーパスのためにもね!」
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」
そんな俺の考えとは裏腹に、やいのやいのと騒ぐクラスメイトたち。
「おう」
そんな彼女たちに、軽く返事を返す一夏。こいつもこいつで、一応勝つ気はあるってところか。
「――その情報、古いよ」
そんな風に考える俺の耳に、昨日も聞いたあの声が届く……。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
そこには腕を組み、片膝を立ててドアにもたれているあいつの姿があった。
「鈴……? お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
思わず一夏が相手の名前を呼ぶと、向こうは頷いて名を名乗り宣戦布告した。
その態度に格好付けているつもりなんだろうが、普段のあいつを知る俺と一夏から見れば……。
「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ」
「同感だな……。むしろ、気取った喋り方と姿にギャップがありすぎて哀れすぎるわ、馬鹿鈴」
「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタたちは!
……っていうか、誰が馬鹿鈴よ!?」
野郎二人に呆れられ、思わず“いつもの”利かん坊に戻る鈴。
「お前だお前……転入早々、なに気取ってるんだか…」
鈴の反論に、俺は溜息をつきながらそう答える。
「とりあえず、そろそろSHRの時間だから、今は教室に戻れ。
いくらお前でも、転入初日から織斑先生に叩かれたくないだろ?」
「うっ……!?」
俺の言葉に、若干顔を引きつらせる鈴。
こいつ、過去に千冬さんに叱られてから苦手意識持ってるんだよな……。
たしか転校して日も立っていない頃に、鈴は顔見知りになった俺と一夏に町の案内をさせたことがあった。
最初は俺も一夏も気前よく案内していたのだが、いつの間にか鈴が主導権握り、日が暮れるまで俺たち引きずりまわした。結果、遅くまで出歩かれた上に腹をすかして機嫌が最悪な千冬さんに、三人揃って雷を落とされた。
……思えば鈴とは、この頃から既にケンカしていた気がする。
余計な回想はここまでにしておくとして、どっちにしても、SHRの時間も近い。今ここで問答をやってれば遅かれ早かれ、千冬さんの雷が待っているのは間違いない。
「ま、またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!
それと修夜! アンタ後で覚えてなさいよ!」
鈴もそのことに気付いたのだろう、捨て台詞を吐いてそそくさと教室に戻っていった。やれやれだ……。
「全く、相変わらず嵐のような奴だな……」
人を巻き込んで騒動に発展させる才能でいえば、鈴は間違いなく台風クラスだろう。
「ところで修夜……鈴の転入について知ってたのか?」
「昨日のお前の忘れもんを取りに行った帰りに、偶然会ってな……。IS操縦者だったのを知ったのも、その時だ。
因みに、すぐに教えなかったのは、どうせここに来るだろうと思って、あえて言わなかっただけだ」
一夏の疑問に俺はそう答えた。
「一夏、修夜、今のは誰だ?」
「お二人の知り合いのようですけど、あの子とはどういう関係で――」
そんな俺たちに、箒やセシリア達が疑問を投げかけてくる。
「後で詳しく教えるから、とりあえず席に着いたほうがいいぞ。もうすぐ織斑先生が来るだろうしな」
俺は苦笑を浮かべながら言葉を紡ぎ、席に着くように促す。
その言葉に一応の納得をしたのか、それぞれの席につく女子たち。
俺はその光景を見ながら、先程から頭の片隅に引っかかった単語の意味を考えていた。
(……鈴が二組のクラス代表になったって、どういう意味だ? 一組を除いて、クラス代表はあの段階で全部決まっていたはず……)
あの試合の日、代表決定の締め切りが差し迫ってはいたが、俺達以外のクラス代表が決まっていたことは千冬さんから確認済みだ。
ならば何故、一年は変更が出来ないはずのクラス代表に、転入したばかりの鈴が就任している? おかしいにも程がある……。
そんな風に考えた俺の脳裏に、昨日の一件が蘇る。
(……待てよ。確かあの時、一緒にいた教師が“特例”がどうとか言っていたよな……)
そして、鈴に対して“憎しみ”をぶつけていた女子生徒に、その後の鈴のあの態度……。さっきの発言と関係がないはずがない。
しかし、それを鈴に直接聞いたところで、恐らくは素直に話す筈がない。だとしたら……。
「……調べてみるしか、ないよな…」
誰にも聞こえないように、俺はポツリと呟く。
胸の内に宿る、ほんの僅かな嫌な予感……それが確信であるという実感を感じながら。
――――
「待ってたわよ、一夏! 修夜!」
時刻はあっという間に過ぎて、昼休み。何時ものメンバーで食堂に向かうと、鈴が券売機の前で立ち塞がっていた。
「…………」
そんな鈴に、俺は無言で思いっきり拳骨を食らわす。
「いたっ!! いきなり何するのよ!?」
「うるさい、通行の邪魔だ。待つんだったら他の人の迷惑にならないところでやれ、馬鹿鈴」
そう言って、俺は食券を購入する。まったく、待つだけで人様に迷惑かけるようなことするか、普通……。
「だからって、いきなり叩くことないでしょ! ……って言うか、誰が馬鹿鈴よ!?」
「お前以外に誰がいるんだよ、馬鹿鈴?」
「んなっ……!? また馬鹿つったわね!?」
ぎゃーぎゃー喚く鈴に対して、俺はため息をつく。一年経つって言うのに、こいつはどうしてこう、成長が無いのやら……。
そんな俺たちを見てか、食券を購入した一夏が声を殺しながら笑っているのが見えた。
「……なんだよ、一夏?」
「いやさ……お前ら、相変わらず仲が良いなって思ってさ」
『……はぁ!?』
質問した俺に対して、とんでもない発言をしてくる空気読まず。
「おい、ふざけんなよ一夏!? 誰がこんな可愛げのない暴力女と仲が良いって言うんだよ?!」
「それはこっちの台詞よ、馬鹿修夜! って言うか、誰が暴力女よ、飛行オタク!」
「お前に決まっているだろうが! 昨日の自分の行いを振り返ってみろよ、猪娘!!」
「それはあんたが怪しい行動してたからでしょ!? 正当な行為よ、この不審者もどき!!」
「だからって人の頭目掛けて、岩ぶん投げる奴があるか!? そんなんだから暴力女言われるって気付けや、少年女!」
「なんですってぇ?!」
「やんのか、ぁあっ?!」
今にも顔同士が付きそうなほど、超至近距離で思い切りメンチを切りあう俺と鈴。
「……な、なんと言うか…」
「普段の修夜さんからはとても想像出来ない位、子供っぽいといいますか……」
「はわわ~、しゅうやんが子供になった……」
箒たちもまた、場の雰囲気についていけずにぽかんとしている。
「やっぱ、お前らって……仲が良いよな」
『ど・こ・が・だ(よ)・!・?』
そんな中で、このやり取りに唯一慣れているであろう一夏が、再び爆弾を投げてくるのであった。
だが悔しいかな、爆弾の発破で我に帰ると、周りの女子も食堂のおばちゃんも俺と鈴を呆然と見ていたことに気付く。
気まずくなった俺と鈴は、自然とそっぽを向き合い、どちらともなく座席を探し出すのだった。
――――
「……ったく、お前のせいで余計な時間をくったぜ…」
「……それはこっちの台詞よ、馬鹿修夜」
先の喧嘩から十数分後、俺たちは同じテーブルでそれぞれの食事を取っていた。
ちなみに注文したメニューはというと、俺が日替わり定食(350円)、一夏がカツ丼(330円)、箒は和膳定食(400円)、セシリアがサンドウィッチセット(360円)、本音がきつねうどん(260円)、そして鈴が醤油ラーメン(280円)と、見事に嗜好別にバラける結果となった。
「それはそうと鈴、何時日本に帰ってきたんだ? おばさんは元気か? 何時代表候補生になったんだよ?」
そんな険悪な雰囲気を物ともしない、空気読まずの織班一夏。
つ~か、さっきの喧騒を見ていて態度を変えないその図太さが、ある意味ですげぇよ、本当に。
「質問ばっかしないでよ。あんたこそ、なにIS使ってるのよ。ニュースで見たときびっくりしたじゃない」
「……よく言うぜ…」
「なんか言った……?」
俺の呟きを耳聡く聞き取る鈴。……ちっ、相変わらずの地獄耳だな…。
「何にも言ってねぇよ」
「……ふんっ」
「一夏、修夜、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」
ピリピリとした場の雰囲気に耐えかねたのか、箒が状況の説明を求めてきた。
「どう言う関係も何も、こいつとは単なる幼馴染みだよ。俺は不本意だがな……」
「あたしだって不本意よ。何が悲しくて、あんたと腐れ縁結ばなくちゃいけないのよ」
「奇遇だな。俺も同意見だよ、馬鹿鈴」
「お、お二人とも、落ち着いてください……」
再び睨み合おうとした俺たちに対して、セシリアが恐るおそると仲裁に入る。
「やれやれ……。とりあえず、一夏。幼馴染みとはどう言うことだ?」
「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。
で、中二の終わりに帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」
一夏の答えに、箒も納得が言ったように頷く。入れ違いで引っ越したのだから、鈴と面識を持っていないのは当然といえば当然だからな。
「で、こっちが箒。ほら、前に話したろ? 小学校からの幼なじみで、俺の通ってた剣術道場の娘」
「ふぅん、そうなんだ」
一夏の説明を聞いた鈴はすぐに箒をジロジロと見ている。箒は箒で、黙って見返している。
「初めまして。これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
そう言って挨拶を交わす二人。鈴は若干睨んでいる様な目付きをしていたが、箒はそれを平然と受け流していた。
彼女自身、鈴が一夏の事をどう思っているのか、直感的に理解はしているだろう。だが、再会直後ならともかく、日々の交流で心に余裕が持てた今の彼女にはその程度の牽制はあまり気にしていないようだ。
「……で、そっちの金髪とのほほんとした娘は誰よ?」
箒から目を離した鈴が、セシリアと本音に向かって不躾に言い放った。……いくらなんでも、もう少しマシな聞き方は出来ないのか、こいつは…。
「俺らのクラスメイトである、布仏本音とセシリア・オルコット代表候補生だ」
「よろしくお願いしますわ、凰さん」
「よろしく~、りんりん♪」
俺の紹介に、挨拶をするセシリアと本音。
「ちょ……、ちょっと、なによ“りんりん”って……?!」
本音の呼び方に、突然声を荒げて身を乗り出す鈴。
――あ~、そう言えばこいつ……。
「え~? だって可愛いよ~?」
「か、勘弁してよ本気で……。その呼ばれ方だけは、絶対に嫌なんだからっ……!!」
首を傾げながら言う本音に対して、睨み付けながら反論する鈴。
こいつは過去に、その出身と名前でからかわれた事が何度もあった。
元はクラスメイトが付けた何気ない愛称だったのだが、いつの世も女子を苛める男子と言うのはいるもの。
出身が中国である事と、愛称のせいでしつこくからかわれ、気の強いこいつが泣き出しそうになった事なんか片手指じゃ足りない程だ。
まぁ、それを見かける度に俺か一夏が庇い、場合によっては大立ち回りをする事もあった。
……そーいや、こいつが一夏バカになったのって、その頃だったような気がするな。
「今更気にしたって、しょうがないだろ。それと、経験者として言わせてもらうが、本音は一度決めた愛称を簡単には変えんぞ」
俺の言葉に、本音を除くメンバーがうんうんと頷いていた。
いや、実際に俺や一夏が何度か説得を試みたんだが、暖簾に腕押しと言うくらいに効き目がないため、彼女に愛称をつけられた面々は、もう訂正を申告するのを諦めている。
「……ま、まぁ、修夜がそこまで言うなら、相当なのは何となく想定できたわ。それよりさ、一夏」
ため息をつきつつ、一夏を呼ぶ鈴。
「アンタ、クラス代表なんだって?」
「ああ、成り行きでな。……って言っても、修夜が推薦してきたからなんだけどな」
「ふーん……」
鈴は俺を珍しそうに怪訝そうに見ながら、どんぶりを持ちあげ、箸を持ったままスープを一気に飲む。
つ~か、男女と呼ばれたくなかったら、作法の一つくらい省みろ。それは男の飲み方だ。
「……それで、上手く操縦できてんの?」
鈴は何もなかったように、視線を一夏に戻し、質問を続けた。
「まぁ、クラス代表を決めるためにセシリアと修夜と戦う前までは、上手いことやってたんだけど、ここしばらく不調でさ。
最近は、ここにいるみんなと一緒に、放課後に練習しているんだよ」
瞬間、鈴の動きが僅かに止まった。何やら、好からぬことを思いついたらしい。
……何考えてるのか手に取るように分かるわ。あえて言わないけどな……。
「あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」
さっきまでの素っ気ない態度から一転し、鈴の口調は急にたどたどしくなった。
澄ましてみせているが、俺からすれば、緊張の色が隠し切れていない。
鈴がこういうことを言うときは、十中八九で『一夏と二人っきりになりたい』という見え透いた魂胆がある。
何でこんなに分かりやすいんだよ、コイツは……。
「マジで? そりゃ助か――」
「却下だ、鈴」
だが、俺は一夏の言葉を遮って、鈴に対する返事を返す。
「何であんたが返答するのよ……」
鈴は再び、不機嫌そうに声を上げる。
「一夏が何も考えずに受ける事が目に見えてたからな。それと、対抗戦前から敵に手の内を見せるほど、ここにいるメンツは優しくない」
そう言って、俺は箒とセシリアを見る。二人とも、俺の真意を見抜いているのか、しっかりと頷く。
本音は……まぁ、何時も通りの雰囲気ではあるが、彼女も彼女で俺の言った言葉の意味は理解していると思う。……多分。
「凰さん、本来でしたらあなたの申し出は大変ありがたいと思いますわ。ですが、今はお互いにクラス対抗戦を控えた身……。
あなたの思惑がわたくし達の考えと違いましても、簡単に受け入れられるものではありません」
セシリアが鈴をまっすぐに見据えて言葉を放つ。普通なら一夏の訓練に、代表候補生である鈴も加わることに何の問題点も無い。
だが、今はクラス対抗戦を控えている。
その中に敵である鈴を入れる事は、一夏の戦い方を教える事と同義だ。
「それに、一夏の操縦訓練は私とセシリア、修夜が実践で教えている。
その中にお前が入ると言う事は、私達に手の内を研究される事と同じだと思うぞ?」
箒もまた、セシリアのフォローに入る。
「うっ……」
その可能性を考慮に入れてなかったと言わんばかりに、言葉に詰まる鈴。
「つ~訳だ、鈴。悪いが、クラス対抗戦が終わるまでは待っていて欲しい。それが終われば、一夏の訓練でも何でもすれば良いさ」
俺もまた、真剣な表情で鈴にそう言う。
「…………」
俺達の表情を見ながら、鈴は一瞬考え込んだ後、ため息をつきながら返事を返す。
「はぁ~……、分かったわよ。あんたがそういう表情をする時は、どう言ったって譲らないのは付き合いの長さから分かってるしね。
まったく、相変わらずの勝負馬鹿なんだから……!」
しぶしぶ納得したらしく、鈴は不機嫌な顔でため息をついた。
「こいつばかりは、性分だ。言われたところで直せねぇよ」
苦笑を浮かべながら、俺はそう返す。勝負事に関しては、流石に譲れないところはあるからな。
「それはそうとさ、鈴。気になってたんだけど、親父さんは元気にしてるか?」
少しだけ険悪になった空気を変えようとしたのか、一夏が鈴にそう聞いてくる。こう言う時、こいつの采配が偶に羨ましく感じるな……。
つか、そーいや、鈴の親父さんは中華料理屋の店長だったな。
あそこの中華は中々美味くて、俺の方でも結構研究してたっけか……今だったら、あの味に少しは追いついてる自信はあるが、どうなんだろな。
「と言ってもまあ、あの人こそ病気と無縁だよな」
「確かに、あの親父さんなら年中元気だろうな」
笑いながら言う一夏に、俺も頷きながら同意する。実際、鈴の親父さんは年に似合わず豪快な人だったのは、今でも覚えてる。
偶に自費で食いに行った時には、笑いながら奢ってくれたときが何度もあった。申し訳なくて、お金を払おうとしても、「遠慮するな」の一言で済ますんだもんなぁ……。
あの豪快さは師匠を彷彿とさせていたぞ、あの時ゃ……。
「あ……。うん、元気――だと思う」
だが、明るく話に花を咲かせる俺たちとは対照的に、鈴は表情に陰りが差し、曖昧な返事を返す。
さっきまでゴリ押しなほど勢いがあったせいか、トーンの落ち方が余計に際立っている。
目線も自然と、丼のほうに落としていた。
俺と一夏は、意外な鈴の反応に顔を見合わせた。
何かあったんだろうか……?
「そ、それよりさ一夏、今日の放課後って時間ある? あるよね。
久しぶりだし、どこか行こうよ。ほら、駅前のファミレスとかさ」
今度は鈴の方から話題の舵を切ってきた。
そのぎこちなさを見るに、親父さんのことはあまり追求しない方が良いようだ。
しかしまた、あのファミレスか……。
「残念だけど鈴、それは流石に無理だ」
俺の返事に鈴が思いっきり睨んできた。多分、邪魔してると勘ぐってるんだろうな……。
「何よ修夜。まさか放課後の約束まで制限するつもりじゃないでしょうね? というか、少しはあたしに気を利かせ……」
「いや、そうじゃなくてな……。あのファミレスは去年潰れちまって、もう無いんだよ……」
「そ、そう……なんだ」
その反応に呆れつつも理由を言うと、すぐに納得する鈴。つ~か、話は最後まで聞けっての。
「じゃ、じゃあさ一夏、学食でもいいから。積もる話もあるでしょ?」
「あ、鈴。どの道今日の放課後は……」
「今度は何なのよ!?」
俺が言おうとすると鈴はまた怒鳴る。だから、人の話は最後まで聞けって。
「拓海の奴が用があるつって、俺たちを呼んでるんだよ。
場所はアリーナって言うのもあって、ついでに訓練もするし、すぐに時間は取れないぞ?」
昼前の実戦操縦の授業後に、拓海が携帯にそうメールを寄こしていた事を思い出して、そう伝える。
鈴も鈴で、拓海との付き合いは浅いわけじゃないから、それを無視するとどうなるか位想像できるはずだ。
「うっ、拓海が先約取ってるなんて……」
案の定、少しだけ顔を青くする鈴。こいつもこいつで、拓海の説教の怖さは知っているからな……。
「……って言うか、何で拓海までここにいるのよ!?」
「俺のISのデータを取るために、学園の外部協力員として整備士やってるんだよ。
多分、今日のうちに挨拶行くんじゃねぇか?」
簡単に説明した俺の回答に対し、鈴は納得したかしないか微妙な態度でしかめ面をした。
しかし次の瞬間には、“どうでもいいか”と疑念を水に流したらしく、すぐさま表情を元に戻した。
もっと一夏以外に興味持てよ、マジで。
「まぁ、そんなわけですぐにって訳には行かないから、時間を見て……」
「じゃあ、それが終わったら行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」
人の話を最後まで聞かずに、鈴は丼を持って片付けに向かう。……三度は言わんぞ。
つか、せめて一夏に確認を取ってから行けよ……。
「なんと言いますか……」
「嵐みたいな人だったね~、りんりん」
その光景に、セシリアと本音はそれぞれの感想を呟き……。
「どうするつもりだ、一夏?」
「……待ってるしかないんだろうな、多分…」
箒の質問に、頭を抑えながら一夏は答える。そして俺は……。
「問題だけ残していきやがって、あの馬鹿は……」
――鈴の勝手な約束に対して、頭を抱えているのだった。
ページ上へ戻る