IS 〈インフィニット・ストラトス〉~可能性の翼~
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第二章『凰鈴音』
第十四話『クラス代表の決定と懐かしき転校生・前編』
前書き
遅くなりましたが、ハーメルンでの鈴編が終わったので一括投稿します
四月某日、****空港国際線の降り口に、一人の少女が立っていた。
背は小さく、髪は黄色いリボンで二つに分けて束ね、傍から見れは小学生か中学校に入りたての女の子に見える。
幸いにも今日は快晴、空港のフロアから青々とした空と滑走路を行きかう旅客機を、気持ちよく眺めることが出来た。
だが、ボストンバックを肩から下げた少女の眼に、空も滑走路も移ってはいない。
「……もうすぐ逢いに行くからね、――」
小さく独り言をこぼした少女の視線の先には、待ち兼ねていた再会の風景だけが映っていた。
春の青空の下、大陸からやってきた“第二の台風”は、間もなく一人の少年のもとへ向かおうとしていた。
――――
「では、一年一組のクラス代表は織班一夏君に決定です。あ、一繋がりで良い感じですね♪」
朝のSHR、山田先生が嬉々として喋っている。クラスの女子達も大いに賑わっている。
……そして隣にいる一夏は、呆然と周囲を見ている。
「山田先生、質問です」
しかし、直ぐに気を取り直したのか、手を上げて山田先生に声をかける一夏。
「何故修夜ではなく、俺がクラス代表になっているんでしょうか?」
そして、当然の疑問を聞いてくる。まぁ、当然と言えば当然だが……。
「ああ、それはですね……」
「俺が辞退して、お前を推薦したからだ」
答えようとする山田先生の答えを遮って、さらりと答える俺。多分、山田先生が答えたとしても……。
「何でだよ!? お前は俺やセシリアとの試合で勝ったじゃないか!?」
うん、予想通りの反応が返ってきたな。まぁ、同じ立場なら、俺だってそう言うから気持ちはわかる。
「だからだよ、一夏」
だが、俺が一夏を推薦したのにも理由がある。
「……何がだよ?」
「セシリアの実力は昨日の試合で見た通り、代表候補生として相応しい実力があるからクラス代表に適任だとは思う。
だが、彼女はさっきの謝罪の件も含めて、クラス代表に就任しないと言った。だよな、セシリア?」
「ええ。理由はどうあれ、昨日の試合で負けているのは事実ですから」
そう言って、セシリアは苦笑を浮かべる。
そう、彼女はSHR開始直後に、クラスメイト達に対して先週の事を謝罪していた。そして、クラス代表候補については、譲られた場合は就任しない旨も伝えている。
この事は、朝のうちに謝罪されていた俺や一夏達を除き、クラスメイトや山田先生はかなり驚いていたな。まぁ、クラス代表については俺も若干驚きはしたが……。
なお、セシリアが心配していたような奇異の目はなく、それどころか千冬さんが無言で拍手を送り、周りもつられて拍手の波が起きるという事態となった。その後、千冬さんがセシリアの行動を取り上げ、「お前たちも責任の取れる人間になれ」と述べ、セシリアの心配は杞憂に終わったのだった。
「んで、残ったのは俺と一夏だが、俺は昨日のお前との試合で、お前がクラス代表になったほうが良いと判断してた。
故に、昨日のうちに織班先生と山田先生に事情を説明して、辞退した」
「だから、どうしてそうなるんだよ……?」
「はっきり言うが、俺とセシリアとお前の三人の実力を比べて、お前が圧倒的に弱いからだよ。一夏」
俺の言葉に、一夏が僅かに顔をしかめたが気にしない。いずれ分かる事実だからな。
「もし仮に、お前があの時にセシリアと戦ってたとしたら、お前は確実に負けていた。
白式の零落白夜があったとしてもな」
「そんなの……!」
「やってみなくちゃわからない……確かにそうだな。
だが、試合でソニックを使った俺に対して、自分なりに勝とうとしたセシリア相手に、ISに乗って一週間のお前が勝てると思うか?」
「……それは…」
言葉に詰まり、顔を俯かせて拳を握り締める一夏。
仮に、最初の試合でセシリアの相手が一夏だったのなら、一夏にも勝機はあったかもしれない。だが、それは仮定の話だ。
実際は俺と戦い、初見のエアリオル=ソニック相手にして尚、自分の出来る限りの戦術を取って俺を追い詰めた。
慢心捨て、真剣に勝負に取り組んだ蒼き戦乙女は、最後の最後まで勝機を捨てなかった。そんな彼女を相手に、近接武装の雪片弐型しかない白式が相手になるだろうか?
答えは否……恐らく、最初は零落白夜の奇襲で大打撃を与えられるかもしれない。しかし、零落白夜の威力を知った彼女は、そこから勝つための道をすぐに見つけ出す。
この時点では白式と零落白夜の燃費の悪さを、彼女は知らない。だが、セシリアなら即座に遠距離からシールドエネルギーを削るか、近接での息もつかせぬ連撃で一夏を押すだろう。
そうなれば、再度零落白夜を使った時点で一夏の自滅、使わなかったとしても競り負ける。どう転んだとしても、あの時点で一夏が勝つ可能性は殆ど無かったのだ。
「言葉に詰まった時点でお前の負けだ、一夏。同様に、振動実体剣のみのゼファーに乗った俺を相手に自滅した時点で、お前は自分のISの特性を理解し切れていない。
だからこそ、お前は強くならないといけない」
俺の言葉に、一夏は顔を上げる。
「お前が自分のISを理解し、かつお前自身を強くするには、クラス代表になるのが現時点では得策だと俺は思う。
クラス代表ともなれば実戦経験には事欠かないし、IS操縦は実践で学んで行くのが一番の近道だからな」
そう、ISは知識も重要だが、一番の糧は実戦経験だ。実践を積む事で、操縦者とコアは経験をその身体に覚えさせていく。
一夏は確かに素質はある。だが、俺やセシリアと違って、実戦経験が少なすぎる。
それでは、幾ら専用機持ちと言えど、宝の持ち腐れにしかならない。
まして、力を手に入れた以上、弱いままでいる事はできない。才能だけでどうにかなるほど、実践もISも甘くはないんだ。
そして一夏は俺に言った、『優しさを捨てないで救えるように強くなる』と。
「……一夏、お前が本当にその『道』を歩むのなら、今のままでいて良い訳じゃない。
その力で誰かを『護る』のなら、お前自身が強くならないといけない。その為に、俺はお前を推薦したんだ。
この選択は、お前を確実に強くする……その確信があったからな」
そう言って、俺は微笑んだ。
「修夜……」
俺の言葉に、一夏は少し考えた後、真っ直ぐな意志を瞳に宿して言葉を紡ぐ。
「……わかった。お前がそこまで言うなら、頑張ってみるよ」
「おう。頑張れよ、クラス代表」
俺はそう言って、一夏と軽く拳同士をぶつける。それと同時に、千冬さんが〆る様に言葉を紡ぐ。
「纏まったようだな。では、クラス代表は織班一夏。異存は無いな?」
『はーい!』
俺と一夏を除くクラス女子全員が一丸となって返事をし、SHRは終了となった。
――――
それから幾許かの時が流れ、四月下旬。
特に何事もなく日々は過ぎ、俺は今日も今日とて授業を真面目に受けている。
「あぁ~……、疲れた~……」
夕暮れ時の風を受けながら、校門へと向かう俺と一夏と箒、そしてセシリアと本音。
「しかしまぁ、この前の一週間の特訓がものの見事にオシャカになっていた感じだったな……」
そうぼやく俺に、一夏はそんなことを言うなとテンション低めに反論した。
今思い出しても、一夏の操縦センスにはよくよくムラが多い気がする。
――――
ことの発端は、午後に入っていた『実戦操縦』の授業でのことだった。
場所は実習用グラウンド、天候は快晴。
千冬さん指導のもと、まず俺と一夏とセシリアが、先の代表決定戦でのことを踏まえて手本として引っぱり出された。
まずはISの展開。
俺はエアリオルに意識を集中し、装着したときの感覚を呼び起こす。結果は0.5秒、セシリアも同じぐらいだ。
対して、一夏は矢面に引っぱり出された緊張からなのか、いきなりキョロキョロと俺と先生二人を見まわしてくる。
うろたえる一夏を見かねて、さっそく千冬さんの一喝が入る。それ急かされてか、ようやく一夏は白式のガントレットに手を当て、装甲を展開した。記録にして0.7秒、千冬さんから容赦なく「遅い」と駄目出しがくる。ついでに箒も、ヤキモキした顔で一夏のことを睨んでいた。
続いて飛行の実践。
千冬さんの指示で、俺たちは一斉に上空50mまで飛び上がる。……が、ここでも一夏は俺とセシリアから3秒ほど遅れて到達。そのうえ、止まり損ねて1mほどオーバーしていた。地上でまごついていたのかと思いきや、再び千冬さんの駄目出しが入る、「遅い」と。先日の戦いで、今の俺が展開しているゼファーと、競り合う戦いぶりを見せていたとは思えない注意だった。
千冬さん曰く、急上昇・急下降は鋭い角錐を連想すればいいとのことだったが、こればっかりは感覚的な問題で個人差が出る。俺も最初は苦労したが、師匠の無茶のお陰(?)ですんなりと感覚を掴むことはできた。……アレはマジで死ぬと思ったぞ。
引き続き、今度は急下降。
千冬さんが地上10cmに完全停止するよう、俺たちに指示を出す。順序はセシリア、俺、一夏で行くことになった。最初はセシリア、無駄のない綺麗な急下降と完全停止を披露した。停止位置は10.2cmを記録、さすがは代表候補生だ。
続いて俺だが、拓海とのテスト運転でこの手の動きは飽きるほどやらされたため、すんなりと成功。記録は10.4cmとセシリアには及ばなかったものの、珍しく千冬さんが感心していた。
そして一夏なのだが――。
本日、この晴天の日のグランドに、たいへん遺憾ながら大穴が空く惨事が起きることとなった。そしてその事故の原因は、1年1組に所属する“男子生徒”によるもので、まったくもって遺憾ながら操縦者によるISの操縦ミスと言う間抜けな行動が原因であり、重ねがさね遺憾ながら、それは俺の幼なじみで、俺と先日に手応えのある勝負を演じた相手であり、初心者マークをぶら下げるには操縦経験でいえばもう外しはじめる段階のはずの男だった。そしてくどいようだが、遺憾ながらその様は、まるで地球侵略に来た宇宙人の生物兵器に舐めてかかり、そいつの自爆攻撃を食らって撃沈した二枚目キャラのようだった。
クラス中が呆気にとられる中、俺と千冬さんは力なくうなだれ、かぶりを振るのだった。
――――
そんなことがあったため、これからアリーナの開放時間を利用して一夏を特訓することとなった。
「まったく、一夏。何故お前は一週間もやったことを、そう簡単に忘れられるんだっ!?」
俺の歩く横で、横で箒が一夏を責める。
いつもなら割って入って治めるところだが、如何せん。今日のは一等ひどかったため、一夏にちょっと鞭を入れる気持ちで、箒を少しほったらかしにしている。
実力は間違いなくあるし、本番にもめっぽう強い。なのに、ああして矢面に立たされると、途端に一夏は変に緊張しだす。昔から、剣道の試合では全然緊張しないくせに、授業中の教科書の朗読とかの類いはガチガチに緊張する、妙な習性がコイツにはあった。
ちなみに二枚目しがった代償として、一夏が空けた直径5mほどのクレーターは、一夏ひとりが実習時間を潰して埋めることになった。一夏は俺やセシリア、見ていた箒やクラスのみんなに救いを求めようとしたが、セシリアは他の女子に操縦のコツ尋ねられてそこに掛かり、箒は情けない一夏の顔を見るや頑として首を振ってその場を去り、俺はと言うと少し助け船を出そうとしたところを千冬さんに止められた。
その小言を続ける箒に、ブツブツと言い訳する一夏。
その後ろでも、テンション低めでうなだれるセシリアがため息をついていた。
これも、原因は同じ時間帯にあった。
一夏がグラウンドにクレーターを空けるという珍事をやらかしたものの、空中での操作がひとしきり終了すると、今度は武器の展開を見せることになった。
まずは俺が実践。一番イメージしやすいストライクファングを右手にイメージし、現出する。シルフィに頼めば手っ取り早いのだが、今はあくまで授業の一環、とりあえず自力でやってみる。結果は0.4秒とまずます。もっと早くなかったかと千冬さんに訊かれたが、普段はシルフィの補助を受けていると正直に話すと、ならあの妖精に頼らないようになれと要求してくるのだった。……内部通信でシルフィが、思いっきり千冬さんに舌を出したような声がしたので、あとで誤解を解くのが大変そうだ……。
続いて一夏なのだが、ここでも上手くイメージできないのか、雪片二型の輪郭が出現して実体化するのに2.5秒という結果になった。……たしか、俺と戦ったときはもっと早かったよな?
最後にセシリアだが、右手に大型レーザーライフル『スターライトmkⅢ』をすばやく展開し、記録は0.2秒をマーク。ここまでは良かったのだが、次の瞬間に千冬さんからの駄目出しが飛んできた。よく見るとセシリアは、スターライトの銃口を思いっきり一夏に向けており、彼女の右手側にいた一夏も驚いて後ずさりしていた。
そこから千冬さんによる辛辣ともいえる追い打ちに遭い、その方がイメージしやすいのだと弁明するセシリアだったが、取りつく島もなく千冬さんに“直せ”と押し切られてしまったのだった。
《まったく、あの人なんだっていうんだよっ!!》
いつの間にか具象化していたシルフィは、俺の肩の上でへそを曲げていた。
「そう言うなよ。千冬さんも、あくまで俺たち生徒を強くしようとして言ったことだろうし。
それに事実、お前に頼りっぱなしでいざ何かあったときに、俺自身も対応出来ておいたほうが身のためだしな」
すると、さっきまでしょげていたセシリアが、ずいと俺の肩にいるシルフィに向けて顔を寄せてきた。
「あ……、あの……、これは……?」
「……そういえば、お前に紹介するのは初めてだったか。俺のISの操縦を補助してくれている“AI”のシルフィだ。
ちなみに、この姿はホログラフィーだから、実体がある訳じゃ……」
「よ……妖精さん……ですの……!?」
あの、セシリアさん……?
「いや、だからエアリオルのAIでホログラフィ……」
「か……、可愛らしいですわ!!!」
全然、人の話なんて聞いちゃいなかった。
黄色い声を上げるセシリアの眼は、もうなんて言うか子供のようにキラキラと輝いていた。
こんな無邪気なセシリア、前代未聞である……。
「お…お話とか、出来るんですか…!?」
異様なテンションのハジケっぷりに、説教モードの箒も、反省モードの一夏も思わずセシリアに注目する。
そんなことなどお構いなしに、セシリアはシルフィに興味深々だ。
《ま……マスター、この人怖い~~~!!》
思わず反対の肩に逃げたシルフィを見て、セシリアは思わず寂しそうな顔を浮かべる。まるで蝶を観察していて逃げられた子供である。
「イギリスって、魔法の国だもんな……」
一夏のぼやきを耳にして、俺もはたと思い出す。
イギリスは産業革命以降、急激に頭角を現した列強国である。
だがその一方で、実はファンタジーもオカルトも大好きな、日本に負けず劣らずの“不思議の国”なのだ。
外国産のファンタジー小説の多くはイギリスを源流とするものが多く、エルフ、ホビット、アーサー王とエクスカリバー、魔法使い、妖精伝承、ストーンサークル、都市伝説、その他エトセトラエトセトラ……、とファンタジー関連には枚挙にいとまがない。
おそらくセシリアも、そういう“不思議大好きイギリス人”の血が騒いだのだろう。警戒するシルフィに目を輝かせながら、おいでおいてと小さく手招きを繰り返す。
そんなセシリアが少しおかしくなり、俺は思わず小さく笑い声を洩らした。
「シルフィ、ごめんだけど、少しセシリアに付き合ってくれないか?」
《え……、えぇ~~~…?!》
至極不満そうなシルフィだったが、念押しに頼むと言うと、渋々だがセシリアの居る方へと向かった。
《え……っと、ボク、エアリオルのサポートAIのシルフィっていうの。……よ……よろしく…ね……?》
「わ……わ……、わたくし……!」
《知ってる、セシリア・オルコットさんだよね。マスターとはいろいろあったけど、今は仲良しなんだよね?》
「え……、ぁ……、えぇ?」
シルフィに話しかけられ興奮気味だったセシリアだったが、シルフィの発言に驚きと戸惑いの表情を見せた。
まぁ、セシリアは知らないだろが、シルフィはあの試合以来……って、ちょっと待てよ。
「いろいろ……あった……?」
そしてセシリアは、何かを思い出したのか、急に固まってしまった。
――あれ、何か今変なものを踏んだような気が……って、あ。
あああああああああっ!?
あった、一つと言わずに二つもあったっ!!
あれ、セシリア、ちょっとなんか、顔が蒼くなっているような……、具合でも悪いのか……?
……って、違うちがう、なんとか弁明しておかないとぉっ!!
「あ~……、実はな……、さっきも言った通り、コイツはエアリオルのサポートAIでさ……。
そのぉ~……エアリオルが待機状態でも、シルフィだけは外界からの情報を常に取得しているわけで……」
まずい、今更気がついたがこれはもしかすると気まずい……!
「……みてましたの?」
《……え?》
あ――。
「もしかして……、保健室でのことっっ……?!」
震える声で、『あのとき』のことを確認してきたセシリア。
…………しまった、バレた。
俺もさっきまで失念していたが、あの時のケンカはコイツに筒抜けだった――?!
「なになに、保健室って、何のことなんだ……???」
ぅをおぉいっ、おりむーぅぅぅッ!?
こんなところで、そのことをほじくり返すんじゃないっ!!
そんなことしたら、間違いなく、俺の命がマッハで消えそうなんですけどぉ?!
ちょっと、お嬢様……。
何そんなに震えてらっしゃるんですか、耳も真っ赤じゃないですか。なんだか頭から湯気上がっている感じですけど、コレェ?!
どうする、俺……!?
このままだと、この場でスターライトmkⅢで消し炭にされてもおかしくないぞっ?!
「なぁなぁ、保健室で何があったんだよ~…???」
引 っ 込 め 、一夏!!
今はテメェに付き合ってられるほど、気楽な状態じゃねえぇぇっ?!
くそぉ、かくなる上はあの時の“念力ツーカー”を信じるしかないっ!!
シルフィ、言うなよ、絶対に言うなよっ?!
俺の念波を受信しろ、『ごまかすんだ』っ、シルフィィィイッッ!
《うん、全部アタシの記録に残ってるよ?》
――――――――――。
…………あの、セシリアさん、何すかその手は……?
それ、レーザーブレードっすよね?
うわぁ、すっごいスマートな展開の仕方だ~。それなら千冬さんからも、満点もらえそうっすよ~~…?
でも、なんで、そんな、ヤヴァイものを、ここで展開していらっしゃるんで……?
ほら、非常時以外でのISの展開は校則で、厳しく制限されているじゃあないっすか…?
だから、その……、ここは……穏便……に……
『……にます』(英語)
……はい?
『そのISを壊してっ、わたくしも死にますうううぅぅ~~~~っっ!!!!』(英語)
「一夏っ、箒っ、本音っ、セシリアを取り押さえてくれええぇぇぇえっっ!!!」
その後10分しばらく、俺は泣きながら狂乱するセシリアと『死のゲーム』で共に汗と涙と鼻水を流し、ようやく落ち着いたセシリアに地面を額に擦りつけて土下座することで、なんとか許してもらったのだった。
なお、あとでシルフィに何故あっさりばらしたかを問い詰めたところ、河豚のようなふくれっ面で《正直に言っただけだもん》とシラを切られてしまった。ついでに“念力ツーカー”も、シルフィの様子から成功していたっぽい。
シルフィに対して、何かまずいことをしたんだろうか、俺……。
――――
夕方、時刻は16時に差し掛かろうというところだった。
国際空港に降り立ったあの少女は、独りIS学園の本校舎の周辺を彷徨っていた。
話では、急な来訪で送迎や案内に回せる人間がおらず、メールに説明されたルートを頼りに、少女は独力で学園に辿り着いたのだった。
西日が照らす校舎を見まわしながら、少女は総合受付の窓口を探していた。
メールでは17時には受付が終了するとあったため、彼女の中で徐々に焦りが募りはじめる。
ふと、何やら騒がしい声がしたので後ろを振り返ってみる。
見るとそこには、金髪の美少女がなにやら泣きわめきながら“男子生徒”を追い回しているという、漫画のコメディシーンを彷彿とさせる珍妙な光景が展開されていた。
(なにあれ……)
呆れてすぐさまその場を去ろうとした少女だったが、状況の『別の』異常に気付いて立ち止った。
(……って、なんでここに“男”が居るワケ?!)
IS学園に入学できるのは、【ISに一定の基準以上の適性を持つ女子だけ】である。
その『少女たちの花園』に、どういう訳か学園の制服を着た“男”が、普通に学生生活を送っているのだ。
(――そんな、まさか……!?)
少女の脳裏に、学園を訪れる前に聞かされた情報が甦る。
<日本から、ISの適性を持つ男子が“2人も”現れた>
一人は正直、憶えていなかった。……というか、少女にとってはどうでもよかった。
問題だったのは、最初に聞かされた方の名前だった。
それは少女にとって、自分の“帰る家”に等しい存在の名前だった。
ふと見ると、追いかけっこをする二人を追う“もう一組の男女”が眼に映った。
「……一……夏……?」
少女は、見つけた。
自分の求めてやまない“帰る家”を、かつての『約束』を果たすべき“連理の枝の片割れ”を――。
思わず、大きな声でその名を呼ぼうと息を吸いかけた……そのとき。
少女の眼に付いたのは、自分の片割れに妙に馴れ馴れしい“どこぞの馬の骨”だった。
背丈はそこそこ、見目は凛々しく髪は黒、健康的なスタイルのよさ、認めたくはないがなかなかの美人である。ゆえに癪に障った。
だが見ていてもっとも癪に障ったのは、馬の骨の“胸の大きさ”だった。
制服の上着に無理やり押し込んでいるような、はち切れんばかりに豊満な胸。それが自分の片割れに馴れ馴れしくするさまに、怒りのボルテージは一気に上昇していく。そして、その馬の骨に愛想良くふるまう片割れの態度に、彼女の怒りはますますヒートアップした。
(な……、なによあれっ、あんなのが良いっていうのっ!?)
湧きあがる怒りに顔は歪み、少女は思わず“自分のIS”に展開命令を発しそうになる。
しかし――
「そこのあなた、何をしているの?」
不意に、学園の職員と思しき女性に声をかけれる。
「その制服はこの学園のものじゃないけれど、転入生か何かかしら?」
今すぐにでも、ふしだらな真似をする片割れと、それを馬鹿デカイ胸で誘惑したに違いない馬の骨を叩きのめしに行きたかった。
行くたいのは山々だが、ここで下手をやらかして本国に突っ返されるのは“本末転倒”である。
歯がみしつつもぐっと怒りを抑え、少女は平静を装って職員に向き直った。
「はい、本日付で転校してきました。中華人民共和国・代表候補生の……」
「あぁ、あなたが……。ごめんなさいね、誰もお迎えにいけない状態で、わざわざ一人で来てもらって……」
申し訳なさそうに、少女に謝罪する女性職員。
(わざとらしいわよ、そんな言い訳。馬鹿じゃないの……!)
少女の機嫌は現在、少女史上かつてないほどに悪かった。
「別に大丈夫でしたよ。道中は暇せずに、いろいろと見物できましたから……」
それでもそれが態度に出ないよう、なんとか平静を保つよう心掛ける。
「そう、ならよかったんだけど……」
(はぁ? 良いワケないじゃない。どの面下げて言ってのよ、この女……)
丁寧かつ親和的に応対する職員を尻目に、少女の内心はどんどん荒んでいった。
「それより、総合受付の窓口を探しているのですけど、ご案内していただけませんか?」
さっさと用事を済ませて、明日のための準備に取り掛かろう――。内心で毒づいていたことで、怒りへの意識も薄らぎ、少女は目標を本来の方向へと切り替える。
(いいわ、明日がある。明日になったら、全部――)
「えぇ、もちろん構わないわ。さぁ、付いてきて下さい」
職員は総合受付のある場所へと、少女を先導していく。
不意に少女が振り返ったとき、そこに片割れの姿も、馬の骨の胸も消えていた。
――――
「はい、これにて手続き終了です。こちらが注文されていた制服と、通学カバンになります。教科書については……」
少女はいくつかの書類の記入欄への記述と署名を終え、事務職員から諸説明を聞いていた。
同じ作業の繰り返しで途中から辟易しはじめ、やっと終わった今はヤマもオチもない説明に疲れかけていた。
事務職員の話を片耳で記憶しつつ、もう一方の意識は“自分の片割れ”である【織斑一夏】へと向けられていた。
(一夏、元気そうだったな……。それに……『カッコよく』…なってた…かな……)
少女は、西日の中で目にした一夏の姿を思い起こし、胸をときめかせていた。
――自分のことは、ちゃんと覚えてくれているだろうか。
――“あの頃”のように、また賑やかな日常を始めることが出来るだろうか。
――あの人は自分と交わした【約束】を、ちゃんと覚えてくれているだろうか。
不安と期待の入り混じる複雑な心が、思わず自分の欲求を動かした。
「あの……」
「――にはそれから……って、何か質問かい?」
少し緊張しながらも、自分の欲する答えを求め、少女は言葉を紡ぎだす。
「今年は……って、たしか……“はじめての男子生徒”が、入学してきたんですよね……?」
「あぁ~~、織斑一夏君だね。たしか……1組の、クラス代表になってなかったっけ?」
「クラス……なに……?」
「『クラス代表』――まぁ、学級委員みたいなものかな。
そのクラスの代表として、授業やイベント、クラス間の問題解決の際に、ISでの競技戦も行うんだ。
基本的には、そのクラスで一番強い人がなるのが通例で……」
少女はそれを聞いて胸を躍らせた。
“自分の一夏”は、知らないあいだにクラスの代表になれるほど、“さらに強く”なっていた。
改めて少女は、一夏への想いを貫いて正解だったと確信した。
それと同時に、引っ掛かる言葉を見つけ出した。
(……え、でも……今…、『1組』って……?)
残念なことに、少女の編入するクラスは『2組』だった。
せっかくの一夏と触れ合える時間が減ったことに、今しがた少女は気がついたのだ。
気がつくと同時に、言いようのない焦燥感が少女を襲った。
ここでもたついていては、あの“スイカの妖怪”に一夏がかどわかされままになる。
いや、そのままならまだしも、きっと“ふしだらな関係”に持ち込んで、一夏を堕落させようとするに違いない。
それだけは絶対に、あってはならない。
「――でもあのイギリス代表候補生と、もう一人の男子生徒の戦いはすごかったな~。
三年生のクラス対抗戦もかくやという、ハイレベルな白熱した試合で……」
何か方法は無いか、必死に思考を巡らせる。
職員の長話など、少女の耳にはもう一音も入ってきていなかった。
凝縮した密度の時間の中で、少女はふとある作戦を考えつく。
「あの、クラス代表って、いつ決まったんですか?」
「――特に、あの終盤の展開は……って、…え、代表?
それならもう、期日までに全クラスから申請が終わって決定したよ?」
出鼻をくじかれた。
だがその程度の障害など、少女にとっては、本国での“地獄の日々”に比べれば容易い壁だった。
「あの~~、代表って、『強い人』がなるのが、通例なんですよね~~?」
少し猫なで声で、澄まし顔を作って事務職員に視線を合わせる。
少女の胸中は今、政略を巡らす司馬仲達の気分を得ていた。
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