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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~慟哭と隔絶の狂想曲~
  少年と女性

「そう、レン君って言うんだ」

テーブルを挟んでレンの真向かいに座った女性は、そんな言葉とともに微笑んだ。

本当によく笑う女性である。というか、それ以外の表情を襲われているとき以外見ていないような気がする。ブルーの髪も相まって、ハッとするような笑顔だ。

初めから待ち構えていたように飛んできたNPC店員に、メニュー内に並んであった名前を頭から端まで容赦なく全て注文した。さすがに女性の唇の端が引き攣る。

それを、ざまぁみろ、という思いとともにレンはずぞぞーと水の入ったグラスを傾けた。

それから、椅子の背もたれに思いっきり重心をかけて椅子ごと自分の身体を後ろに傾ける。

天井に設置された油塗れの白色灯が、ぼんやりとしたレンの意識に拍車をかけていた。

向かいで相も変わらずニコニコ笑いを崩さない女性を一瞥してから、レンは一つだけ肺の底から大きなため息をついた。

どーしたの?レン君、と声をかけてくる女性をガン無視してから、レンは大いなる疑問を胸中で静かに呟いた。呟かざるには、いられなかった。

どーしてこんなことに、と。










あれから小一時間が経過していた。

一杯オゴるよ、という言葉とともに、リータと名乗った女性に半ば引きずられるように、アインクラッド第十八層主街区【デラクール】の中に引っ張り込まれたレンは、そのまま【INN】という看板がぶら下がっている安いパブの中に連れ込まれていた。

テンガロンハットにリボルバー片手のガンマンが出てきそうなテーマの【デラクール】の中に入った途端、レンはどうしようもなく己の足が重くなることを感じた。

行き交う人々

談笑する人々

横切る人々

命を持たないはずのNPCですら、自分に嫌悪と侮蔑の視線を投げ掛けてきているように感じた。

殺人《鬼》としての――――《鬼》としての自分に。

強張る手足。

のどが干上がった。

街のBGMと相まって、やかましいぐらいに響く喧騒も遠のく。

そんな状態のレンに、矢車草(リータ)と名乗った女性はもう一度ほころぶような笑みと言葉を投げ掛けた。

どうしたの?早く行こうよ、と。

その言葉にほだされた訳ではない。断じて違う…………と思う。

ただその言葉は、硬直して冷たくなっていたレンの心に春のそよ風のように暖かく吹き込んできたのを感じた。

がやがやとした喧騒が戻り、静かに耳朶を打つ。強張っていた手足は、いつの間にか動くようになっていた。のどは渇いていたが、気になるほどでもなかった。否、なくなった。

だからなのだろうか。

先ほどから繋げられた手。それを振り解いてさっさと逃げ出すことは、レンにとっては呼吸よりも簡単なことだった。

だけど、できない。いや、できないと言うよりは――――したくない。

思い出したくもないあの出来事。アインクラッド第二十五層ボス攻略戦で起こった悲劇。

一匹の黒猫が命を落とした、別れの惨劇。

「……………………………」

ぎゅっ、と。

レンは首元に巻きつく漆黒のマフラーをいっそう巻きつけた。

別に寒かったわけじゃない。ただ、ただ思い出してしまったからだ。こんな、血に塗れた一人の少年を助けた、あの子猫のことを。

辛かっただろう。

苦しかっただろう。

痛かっただろう。

憎んだだろう。

だけど、だけれど、それら全てを吐き出す黒猫は、もういない。

―――そっか。あの時以来なんだ。こうやって、誰かに触れ合ったのは。

そして、他者から《敵意》や《殺意》以外の感情を向けられたのも、ずいぶんと久々のような気がする。

血や刃が飛び交う戦場の中に身を投じていたからこそ、少年は戸惑う。

心の奥底で疼く、この奇妙なモノは何なのだろう、と。

人はそれを様々な名称で呼ぶかもしれない。

ある人はそれを愛情と言い

ある人はそれを飢えと言い

ある人はそれを恋心と言う。

名称は人それぞれだろうが、しかし十人に訊いて十人が共通して言う答えが一つあるだろう。

その感情は、決して悪いものではない、と。

しかし、そのことをこの少年は分からない。

鈍いから、鈍感だから、解からない。

自分に何が起こっているのか、自分はどうしたいのか、自分はどうすればいいか。

何一つ分からない。










――――でそれでね、ってお姉さんの話聞いてる?」

ぼんやりとした思考の海に潜っていたレンは、ハスキーな声とともに現実へと引き戻された。声の発生源はもちろん、向かいに座る女性だ。

あぁ、と咄嗟に生返事を返すと、見透かされたのか思いっきり下唇を突き出された。

「聞いてなかったんでしょ」

「い、いやそんなことは」

「ふっふ~んだ。お姉さんはお見通しですよー」

うーむ、とレンは思わず唸った。

久し振り過ぎて、どういう会話をしたもんか見当もつかない。

逃げ場を求めて卓上に並べられているはずの様々な料理を見たが、いつの間に食べたのやらあらかた片付けられてしまっていた。どうやら、半自動操縦状態だった自分が食べてしまったらしい。

こんな局面でも、きっちり食い意地の張っている己の肉体がちょっぴり恨めしい。どうせならついでに眼前の問題にも対処して欲しいところだ。

だがそんなことを言ったって身体が返事をしてくれる訳もなく、代わりに腹の辺りから満足そうな音が聞こえてきた。

リータはしばらく、慌てふためくレンを余裕綽々の表情で見ていたが、無罪放免する気になったのか笑みを浮かべて言った。

「まぁいいわ。それじゃ、部屋に行こっか」

「は?部屋?」

何だろうそれは。

ここに泊まるつもりなど、レンには一切なかった。最前線級の殺人者(レッド)達と言えば、かなり少ないとはいえゼロではない。PKKが自分よりも強いレッド達に復讐されるなど笑い話を通り越して滑稽なだけだ。

半ば放浪状態で最前線を離れたとはいえ、レベル的数値だけは合わせておきたいというのが人の心だ。

だからレンは、適当な所でこの女性からトンズラし、最前線近くの階層でのレベリングをするつもりだったのだ。眠りたい時には、そこら辺の安全地帯の中で寝袋に潜り込めば良い。

しかし、レンの心にはまたしてもあの正体不明な感情が再臨していた。

―――まぁ、夜の狩りは集中力がすぐに切れるからね、うん。

半分宿泊することへの言い訳のように胸中で呟いた後、レンは何が面白いのかずーっとニコニコ笑っているリータに向かって言葉を紡いだ。

「ん、わかった」

次いで、椅子を立ってチェックインをすべく、カウンターの方向へ足を向かわせようとすると。

「あ、レン君。チェックインなら大丈夫だよ。お姉さんがしといたから」

本人かパーティーメンバーしかできないチェックインをどうやってしたのか。普段のレンだったら、コンマ一秒でその恐ろしい答えに行き着いていたのであろうが、しかしなにぶん今夕食をたらふく食べた後、すぐに眠ることができるという充実した事実は、普段から身を削るような戦場の中に身を置いている少年には充分過ぎた。

またも生返事を返しつつ階段を覚束ない足取りで上り、「おやすみ~♪」という言葉とともに隣の部屋に消えていくリータの青髪を見届けた後、己が部屋のノブを回した。

安い割には結構広々としている部屋を一気に横切り、ベッドに勢いよくダイブする。

新品で清潔なシーツの匂いを嗅ぎ、早速下りてくる目蓋を懸命にこじ開けながら手を伸ばしてベッド脇の壁をタッチする。

ポーン、という電子音とともに出現したウインドウ。

その中の照明ボタンを押しながら、レンの意識はもうすでに夢の世界へと旅立とうとしていた。

薄れていく意識。

部屋が、建物が、暖かな温もりを提供して来るのを感じる。

―――たまにはこーゆーのもいいかな…………。

そんなことを思いながらだったから、レンは突如として静寂の中に割り込んできた声に通常通りの反応を返すことができなかった。

「おやすみ、レン君」

「ふぁ~い、おや……すみ…………」

……………………………………………………………………………………………あれ?

と、頭の片隅がささやかな疑問を提出するが、レンの意識はもはや九割がた刈り取られていた。
 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「そーいや前回見落としてたけど、これって時系列的にいつごろの話なの?」
なべさん「あ~、これね。うーんとね、さんざん予告とか告知めいたことしてたから読者様方の一部層はご存知かと思いますが、これって要するに主人公くんが殺人をやめたキッカケについて語ってやろうじゃねぇのっていう短編というか番外編なんだよね」
レン「うん。まずはお前の視点が良くわかんないよ、どんな高みだ」
なべさん「(無視)だから当然《災禍の鎧》編より前になるから…………シリカ編と《クロ》編の間くらいかな」
レン「…………アバウトすぎね?」
なべさん「……うん」
レン「………………はい、自作キャラ、感想を送ってきてください」
なべさん「あ、今新発見」
レン「なんだよ」
なべさん「キャラが伽羅って変換された!こんな字使った覚えないのに!」
レン「どーでもいー……」
──To be continued──  
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