TRICKSTER
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第一部
湖の畔で会いました
興味本位で手を出したVRMMOの名は、ソードアート・オンライン。
わたしはゲームを殆どして無かったけど、学校はそのことで盛り上がっている生徒が多かったから、そんなに面白いのかなぁ……と思い、行列が出来ている店に並んだら最後の1つを手に入れることが出来た。
まあ、媒体であるナーヴギアが無かったからそれも買って、家に帰った後説明書をパラパラと読み、インストールしてサービス開始日を待ち、その当日。
他にやることはなかったから、サービス開始時刻5分前にナーヴギアをセットしてベッドに転がっていた。
サイトで調べたりなんかは全くしていなかったから、どんなゲームなのかも全く知らないけど、それはそれで楽しいかなと思っている間に、サービス開始時刻になり、ソードアート・オンラインに入る為の言葉を紡いだ。
アバターと言う、仮想現実での自分を作ることになったけど、ナーヴギアのキャ……キャティ……なんたらをした時に自分の体を触ってデータ、なのか? を送ったから、それをそのまま使うことにした。
長い黒髪をポニーテールに纏めていて、目は閉じられているけど黒。凹凸は少ないけど……まぁ、細い方ではあると思われるかも知れない体。それがわたし。
仮想とは言え現実を謳うなら、やっぱりその中でも自分で居たいと思った。
名前は、小学生の時に少しだけ仲の良かった子が付けてくれたあだ名、アンナにした。
それなりには、気に入っている。
そんなこんなで始まったソードアート・オンラインだけど、中に入った瞬間、わたしは驚いた。
どう見ても現実としか思えない風景が、どこまでも続いていたから。
5分程して我に返り、とにかく走ってみようと思った。
どうしてかは、未だに分からない。
とにかく走って、気付けばフィールドに出ていた。
そこでまた驚いて、でも今度はそんな暇をゲームが与えてくれず、目の前に青い猪が出てきて、青い足を蹴って威嚇していた。
どこまでも仮想とは思えない現実に、わたしは驚かされてばかりだった。
ぼんやり猪を眺めていると、ソイツは勢い良く突進してきて、わたしはソレを右に軽くステップを踏んで回避し、胴体を蹴り上げた。
返って来る衝撃までもがリアルで、その感覚がわたしの気分を昂ぶらせたんだと思う。
猪を殴りまくっていた。
今にして思えば、とんだイカレ野郎だったよね……武器を買うこともしないで、素手でモンスター蔓延るフィールドに出てたんだから。
まぁ、そんなこんなで猪を倒したわたしは、昂ぶった気分のまま周辺のモンスターを狩りまくった。
攻撃を喰らった時は、その痛みの再現度に気絶するんじゃないかと思ったけど、気合でカバーした。
そして、ソレは――わたしに起こっているバグだった。
夕方頃になり、休憩がてら一度出ようかなと思い、そこでログアウトの仕方を覚えてない自分に気付いた。
これからは説明書をちゃんと読もう。
そう思いながら、入った時にいた街に戻ろうとした時。
鐘の音が鳴り響き、次の瞬間には最初の街、だと思う所の広場にいた。
次から次へとプレイヤーが光に包まれながら現れて、広場はあっと言う間にプレイヤーで埋まった。
あんなにいるとは思ってなかったわたしは以下略。
騒いでいたプレイヤー達は、空が赤く塗り潰された所で静まり返った。
空からどろどろとした液状の物が落ちてきて、巨大な人の形を取ったソレは、このゲームのことを色々話した。
難しいことが分からなかったその時のわたしに分かったのは、ゲームで死ねば現実でも死ぬということだけ。
確かに、と妙に納得した。
最初のフィールドに出て来るモンスターの攻撃を受けた時に感じた痛みも、現実のソレと変わり無かったんだから、もっと大きなモンスターの攻撃をもろに受けてしまったら、仮想の痛みはショックとなって……難しいことは分からないけど、なんかこう……なんかなるのかも知れない。うん。
巨人はプレゼントをどうこう言うと、空に吸い込まれていった。
後に広がっていたのは、夕焼けに染まった茜色の空。
なにか大騒ぎしている群集。
あちこちで同じ様な光が発生していた。
プレゼントってなんだろうと思い、どうやってメニューを出せば良いのか分からないわたしは、隣の女の子を観察してみた。
すると、右手を上から下にこう、シュッと振っていた。
なにか半透明の青いやつが出てきたから、わたしも真似をしてやってみた。
出てきた時は思わず、おぉ、なんて声が出てしまっていた。
アイテムの所をとりあえずタッチすると、横に小さい四角が出てきて、そこに漢字で書かれている物があった。
手鏡。
それをタッチすると、いきなり目の前に鏡が出てきて、取り損ねたソレは地面に落下。
呆気なく砕けて、モンスターが消えた時と同じようにして消えた。
項垂れていると、隣の女の子が声を掛けてくれた。
「あの、だいじょうぶですか?」
なんとか、と答えて、女の子を見ると、さっき見た時と姿が変わっている様な気がした。
金色だった髪が長い銀色になっていて、紅かった瞳も青……と言うより、蒼? になっていた。
そのことを聞いてみると、どうにもわたしが壊してしまった手鏡が原因だったらしい。
キャティうんたらした時、簡単に言えば現実の姿に戻す効果があったみたいだ。
それならどの道わたしには意味なかったんだ、良かったぁ……と、安堵の息を吐き、教えてくれた女の子にお礼を言って、とりあえず何処か行ってみようと広場を出た。
ソードアート・オンライン正式サービス開始当日。
仮想現実は、参加者にとっての現実へと姿を変えた。
デスゲーム、と呼ばれる世界に変わってから、数ヶ月。
その時のことを思い出していたわたしは、第27層の迷宮にある安全エリアで何をするでもなく座っていた。
暫くそうした後、腰を上げて先に進む。
今のレベルは45で、この迷宮なら余程油断しない限り殺られることは無い。
何より、背中の相棒の存在が一番大きい。
柄から刀身まで全て白いこの長刀、名前は銘無し。
銘が無いと書いて、ななし、と読むらしい。開発者も読めない人がいるかも知れないと思ったのか、括弧で読み方が書かれていた。
結構早い段階で手に入れた武器で、刀スキルは手に入れていたからずっと使っている。武具店を経営しているリズベットに強化してもらったりもしているから、今は結構強くなってる。
そう言えば、初めて強化した時リズが言ってたっけ……SAOに武器を強化するシステムは存在しないわ、って。でも、モノは試しと言うことで、持っていた材料と一緒に打ってもらうと出来たんだよね。他のもどうなのか試そうってことになって、結局銘無ししか強化できなかったけど……どうしてだろ?
可笑しいことは、まだある。攻撃を受けても、本来は不快でしかないみたいだけど、わたしは打撃を喰らえば鈍い痛みを感じるし、刃物で斬られたら鋭い痛みを感じる。現実のソレと遜色無い程に。最初はそういう仕様なんだって、疑いもしてなかったけど……。
多分、バグって言う奴だと思う。でも、ログアウトが出来ない今は、直すことも出来ないよね。
まぁ、このバグのお陰で回避には自信があるけど。
なんてことを考えながら進んでいると、前方に5人組みを見つけた。
壁を見ていて、そこが開いた所を見ると隠し部屋だと思うけど……あそこは。
「そこの人たちー! その部屋、トラップがあるよー!」
できるだけ大きな声で言うと、黒髪の少年と紫っぽい髪の少女がわたしを見た。
でも3人には聞こえなかったのかも知れない。
中に入ってしまっていた。
全力で駆け出し、中に入った2人に続いて扉が閉まるギリギリで駆け込む。
3人の姿は、どこにも無かった。
「いやっ……!」
「っ! うぁああああああ!!」
きっと、ギルドの仲間だったんだ。
少女は膝を着き、少年は叫びながら敵を薙ぎ倒している。
銘無しを抜くと同時に、背後から襲い掛かってきた2体のゴーレムを胴から叩き斬り、回転しながら振り回して周囲の敵を一掃。
少女を抱えて跳躍する。
今の少年に何を言っても、きっと聞こえない。
仲間が目の前で殺られたんだもん。わたしも平然としていることは出来ない。
とにかく、今はここを出ないと。
周りが見えていない少年から距離を取り、少女を守りながらゴーレム達を倒していく。
剣技を連発する少年と共にモンスターを片付けた後、2人を連れて部屋を出る。
転移結晶を取り出し、とりあえず22層へ。
コードが働く街の中なら、今の2人がここにいても危険なことは起こらない……でも、関わった訳だし、一応まだいるかな。
「……くそ」
「うっ、みん、な、ぐす」
うん。思いたくないけど、このまま放置していおいたら何かしでかしてしまうかも知れないし。
アイテム欄からポーションを実体化(流石にもう落としたりはしない)させて、口から流し込む。
視界に表示されているHPバーを見ると、ゆっくり右に向かっている。
やっぱり守りながらって言うのは難しい……何度も攻撃が掠っちゃった。
もう少しで完全に回復するという所で、少年が口を開いた。
「オレの所為で……」
「キリト……うぁ」
少年の名はキリトと言うらしく、少女は少年に力なく抱きついた。
その背中に腕を回し、互いの体を密着させる少年と少女。
これなら大丈夫だね。
というか、わたし邪魔者でしかないじゃん。
そんな訳で、気付かれない様にそぉ~……っと、その場を後にする。
ま、なんとかするでしょ、あの2人なら。
姿が見えなくなった所で、フレンドリストからリリアを選択。
銀の髪と蒼い瞳の、広場で声を掛けてくれた彼女だ。
今は、ソロの剣士としてその名を轟かせている。
久しぶりに会いたいなぁって思ったけど、都合って物があるし、やっぱり止めておいた。
よし、前線に戻ろう。
さぁ~て、一気に飛んで~……デスゲームが始まって2年が経過しましたー!
…………いや、別におめでたいことでもないんだけどね~……。
とりあえず、大人しく釣りを楽しむことにしよう。
「きょうっはなっにっがつっれるっかな~。ふふ~んのふ~――うあっはい!?」
油断し切っている所で竿が90度とまでは行かないけど、気持ち的にそれ位行ったかと思うくらい強い力に引っ張られた。
変な声でちゃったよ……良かった、周りに誰も居なくて……って……。
「安心! してる! 場合じゃ~~~~~ないよおおぉおおおお!! 引き摺り込まれる! 引き摺り込まれて得たいの知れない何かに食べられる! そんな死に方はいやあああああぁああどっせい!!」
な~んかわたし、この2年で結構逞しくなった気がするな~……現実の体は衰える一方なのに不思議。まぁ、仮想現実だから間違ってもないとは思うけどね? 鏡を落としたって言っても、全く弄ってないこのアバターは現実のわたしと変わりない訳だし…………それはそうとして、何この、竜? 洒落にならない大きさの生物がじっとわたしを見てるんだけど。そう思いたくないけど、明らかに目が合っちゃうんだもん、絶対わたしのこと見てるよこの子。え? なに、ボスかなんかなの? 22層ってそんなのが出るとか言う話あったっけ? のんびり暮らすには打ってつけ、とか言われたから来たのにキリくん騙した? わたしのこと騙した? 今度街で会ったら出会い頭に斬っても良い? て言うか斬るから。さっちんは斬らないけどキリくんは斬るから。うんもう決めた。
「――――――よし。逃げよう。それじゃっ!」
竿を手放し180度反転。別れと共に駆け出そうとした瞬間、襟首をむんずと掴まれエアウォークすることになった。
………………………………。
「いやあああああ! 放してはなしてハナシテ! わたし美味しくないの! アバターに味なんて設定されてないの! そう信じたいの! いくら何でも茅場がそこまでするとは思いたくないの! ――あれ? でも可能性大なんじゃ……? ないよね? そんなことないよね? うああ~~……なんかやってそうな気がしてきちゃったよ~」
だってデスゲームなんて考える人だもん。人を食べて成長するって言う設定の魔物が居ても可笑しく無いもの。古城の吸血鬼とか血を吸った分だけ強くなるもの。ていうか単純に何か食べれば強くなるもの! この子はきっと湖の魚じゃ満足できなくなったからわたしを食べようとしてるんだもの!
「ひゃっ…………あ、あれ?」
「ぐあう~。くぅ~ん」
「え? え? なに? どういうこと? え?」
子犬の様な声を出しながら鼻先で本当に軽くつついてくる竜に、わたし、アンナは唯々困惑していたのでした。
どういうことなの~~~~~!!?
「くぅ~ん」
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