科学と魔術の交差
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3章
「残念だったな」
「くっ…」
今日もまた一本も入れることができずに日付が変わる。
千冬の課題が始まってすでに三日。
言われた通り奇襲、不意打ち、夜討ち… なんでもやった。
ISと銃以外なら何でも使用可だというのならと、死なない程度に毒も盛った。しかし、それはなぜか巡り巡って私の食事に… 何故だ!?
エミヤシロウは基地内の一部を除いて自由に動けるよう教官が手配した。無論、抗議は聞き入れられなかった。理由? それは教官だからに決まっているだろう。
とにかく、奴は基地内の蔵書室にいることが多い。基本的には今まで読んでいなかった本を読み漁っている。
何度もその時を狙った。気配を完全に殺し、殺さない程度に重傷を負わせることを目的とした。
「ふっ」
「!?」
一瞬で投げられ極められ意識を刈られる。
気がつけば奴は何事もなかったかのようにそこにいて本を読んでいた。
ある時は――――
見つからん。
どこにいるというのだ。モニターにも映らん。外に出た様子もない。
くそっ、今日こそ仕留めてやろうと――― 肩を誰かが叩いている。なんだ、今は奴を…
後ろに、いた。
奴は私を見つけてからずっと背後にいたそうだ。
少なくとも数時間は。即ち、私が尾行に気がつかなかった時間でもある。
私の中で何かが崩れた気がした。
期限の一週間の最終日。
私は… 一度も、唯の一度も掠り傷すらつけること叶わず負け続けた。
手こずらせることも… 一度もっ…!
「…協力してほしい」
恥を忍んでシュヴァルツェ・ハーゼの隊員達に頼む。
「このままでは織斑教官が穢されていく。あの男に… エミヤシロウに…!」
それだけは防がなければいけない。
だが、私一人ではどうすることもできなかった。
「それに。このままでは教官は極東の地へ帰ってしまう。あの地に何もない。この場所こそが教官にふさわしいのだ。教官はこの課題をクリアできれば私の望むことを聞き入れ衛くれる。その場合はドイツの地に残ってもらうつもりだ。
エミヤシロウを排除するのに、協力してほしい」
隊員達は一様に動揺する。
確かにエミヤシロウは脅威だ。教官と戦い勝利するその実力――――いや、あれは教官が手を抜いているのだ。
でなければ教官が負けるはずがない。
「隊長、よろしいでしょうか」
「なんだ」
クラリッサは分かってくれるはずだ。
奴を排除する必要性を。
「それは隊長自身の為ではないのですか?」
一瞬、頭が真っ白になった気がした。
クラリッサは何を言ったんだ?
「それは隊長自身の為ではないのですか?
確かにエミヤシロウは脅威でしょう。男だろうと何だろうと我が隊を全滅させ、ISすらも打倒した彼の力はまぎれもなく本物。確かに不審な点はいたる所にありますが、ですが、隊長のように穢されるという意見には賛同しかねます。
何を持って穢しているのか、それは私にはわかりかねます。
加え、極東の地に帰国してしまうのは我が国にとって痛手でしょう。残っていただきたい気持ちはわかりますが、それは教官の気持ち一つ次第です。残した家族がいると聞きます。それを蔑にしてまで教官はこの地に残るでしょうか」
何を言っている?
エミヤシロウは教官に害悪だ。それがどうしてわからない。
教官に相応しいのはこの地だ。ドイツだ。我が軍だ。家族? 教官の栄光を怪我した憎い男のことか。あのような男などどうでもいいはずだ。
「命令ですか。それならば私共はそれに従います」
そうだ、命令だ。それで私は――――何を得る?
教官? 強さ? 何を得るのだろうか。
何を迷う必要がある。ここで命令だと言ってしまえばこの課題は解決できるはずだ。
何故、それが言えない。
「命令でないのでしたら、私は辞退させて頂きます。
エミヤシロウには恨みなどはありません。私の未熟から倒されたのですから」
失礼します、とクラリッサは敬礼して去った。
他の隊員も同様に。
そうか―――――やはり頼れるのは自分自身の力だけか。
「千冬はISを使うなと言っていたはずだが?」
ラウラは何も答えない。
その眼はただ、エミヤシロウを排除するという意思だけを灯した黒く―――冷たい氷のようだった。
「わざわざ練兵場にまで来たのは正解だったか。重火器を中で発砲されてはかなわん」
危機的状況にもかかわらずエミヤシロウは挑発するような笑みを絶やさない。
だが、ラウラにはそれに反応するだけの余裕も感情もなかった。
レールカノンがエミヤシロウを倒さんと撃たれる。
しかし、それを悠々と避けて見せた。
「中々怖いものだな。しかし、まだまだ甘い」
ワイヤーブレードも使って追い詰めようするが、簡単に避けられていく。レールカノンも使いどころを得ない。
AICは前回のことがある。注意して使おうにもあの時のように反撃されてはどうしても後手に回る。
しかし、どれだけ攻撃されてもエミヤシロウは反撃をしない。
余裕さえ見えるが、それでも反撃をしない。
「何故攻めない」
「攻める余裕があるとでも? ISに生身で立ち向かうなど狂気の沙汰だ。避けるだけで精一杯だ。
このままでは死んでしまうかもしれん。そろそろやめないか?」
やめるつもりなどさらさらない。
今日は教官が何故かいないのだ。ならばこのチャンスを逃す手は無い。この男を後でどんなことになろうとも排除してしまえばいい。
十数分。エミヤシロウは避け続けた。
しかし、傷が完全に癒えていないのか完全なる隙ができ、その隙をAICで捉えられる。
ラウラは前回のことを考慮し、AICを維持しつつも周囲を警戒する。
「む、このままでは拙いか」
ようやく自身の状況を理解したのか。
しかし、もう遅い。
「このまま叩きつければ――――」
警告音。
数瞬の後、機体が大きく揺れる。
「やれやれ…」
何が起こったか、ラウラにはわからなかった。
エミヤシロウは何もしていないのは分かっている。以前のように何かが飛来してきたのではなく… 撃たれた。
誰に。そうだ、誰に撃たれたのかが重要だ。
ここでようやく視界が広くなったかのようにラウラには周囲が見えた。
周囲には武装した兵が複数いた。
「一体なぜ…」
『これはやむを得ないのだ、ボーデヴィッヒ大尉。
その男はこの基地に侵入し、なんらかの情報を得たに違いない。それを釈放などと… あの日本人は何を言っているのか』
エミヤシロウに銃を向けていた男がそこにはいた。確か階級は…中佐か。
その表情が私は嫌いだ。私達の隊を見下したような視線も、教官を侮辱したことも。その感情はエミヤシロウよりも上かもしれない。
それに、こいつは私もろとも攻撃した。
『あぁ、すまんな大尉。当たってしまったよ』
『何が当たっただ! 邪魔をするな!』
『邪魔などではない。君に協力してやろうというだけだ。その男が邪魔なんだろう? だったら私に協力… いや共闘したまえ。それで解決だ』
男は頼んでもいないのにべらべらと語りだした。
もしもエミヤシロウが何かの情報を掴んでいた場合は上官の責任になりかねないこと、面倒なことになるぐらいだったら情報を聞き出すこともなく殺してしまえばいい。どうせ国籍もない存在のない人間だからと。
『さぁ大尉。その男を握りつぶしてくれ。それで終わる』
…それは一本取ったということになるのだろうか。
この状況で私はそんなことを考えていた。
教官の命を破り、ISを使用し、銃どころからレールカノンすら使った。なのに倒せない。悠々と避けられ、恐らくは前と同様にAICも抜けれるだろうに。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
命を握られながらエミヤシロウは口を開いた。
「君は隊の人間を呼べ。これは軍内部の“反乱”だ」
一瞬だった。
握られていた身体は一瞬ですり抜け、遮蔽物の方へと走り抜ける。
『何をしている! くそっ、撃て! 撃ち殺せ!』
銃弾がエミヤシロウに向けて放たれるがそれは一切掠ることもなく奴を遮蔽物まで走らせてしまう。
兵が周辺を包囲していく。
…私は何がしたいのだろう。
エミヤシロウは隊の者を呼べと言った。確かにこれは反乱… 反乱なんだろうか。
上官の言うことは気に入らないのは確かだが、言っていることは間違いでもない。
私も軍人だ。上官の命令には従わねばならない。先ほどのように私が隊の者に命令だと言えばエミヤシロウは… 倒せたのだろうか。
認めたくはないが奴の実力は一級品だろう。
教官を組み手で倒したのも頷ける。私では運よく掠る程度が限界だろう。教官と同レベルであるのならISを使ったとしても勝てるわけがない。
私が勝てるはずがなかったんだ。
教官の悪い冗談だったんだ。
私の感情に呼応するようにISが待機形態に戻ってしまう。
私は何もできない。上官が出てきている以上、私は協力はするかもしれないがエミヤシロウを助けるということはできない。
教官の課題はクリアしたい。しかし、あいつは強い。私よりも高みにいる奴をどう倒せというのだ。
諦めるしかない。
諦める?
その言葉が私の中で反芻される。
諦めたのは、教官が来る前の私ではないか。
教官が来る前までは何もできない唯の不良品。それを変えてくれたのが織斑教官だった。
訓練に次ぐ訓練。厳しかった、辛かった。でも自信に繋がった、世界を変えた、自分を変えてくれた。
努力は報われる。例えどれだけ時間がかかったとしても今までのように、そしてこれからも諦めない限りは!
邪魔なのは…
『全員招集!』
ISを通して通信。
通信先は――――
『練兵場にて中佐殿が反乱を起こされた!
私は先にこれの制圧にかかり、シュヴァルツェ・ハーゼ総員でこの反乱を阻止しろ! 隊はクラリッサが率いて到着次第制圧に掛れ!』
まずは邪魔者を排除してからだ!
中佐は隊が到着する前にはラウラによって気絶させられ、他の兵はラウラの介入に気がついたエミヤシロウによって、シュヴァルツェ・ハーゼの迅速な戦闘によって全滅。
この騒動が終わり、中佐達を連行する時に千冬がどこからともなく現れる。
「ほう、中々大事になってしまったな」
「企てた本人が何を言う」
この反乱… いや、中佐の独断による行動は千冬によって誘導させられたものだ。
エミヤシロウのこれからに対して釈放を上層部に勧めたのは千冬だが、中佐を含め幾人かは良い顔をしなかった。死人に口無し、殺してしまえば何も心配することがないと。
さすがにこの意見は却下されたが、ラウラのような試験管ベビーのこともある。エミヤシロウ本人は知らなかったが、もしも他の国などに知られればドイツはどうなっていたことだろうか。
その心配は一切なかったわけだが、不安に駆られた思考は加速する。
千冬はこれを抑えるためにこれまではエミヤシロウから離れることはなかった。しかし、いよいよ面倒… いや、抑えられる限界を迎え、いっそのことあぶりだしてしまおうという結論に至った。
「いいではないか。貴様にしてみれば命の危険が多少なりとも少なくなったわけだ」
「多少、か」
「多少だ。む、傷が開いたか?」
エミヤシロウの服に僅かに赤いシミ。
「そのようだ。まだ完治しないとは、やれやれ、情けない身体だ」
「少しは身体を労われ。常人なら半年はベットの上だぞ」
「人間離れしているのは理解している。包帯を換えてくる」
そう言ってエミヤシロウは医務室に向かって行った。
「さて、ラウラ。奴から一本は奪えたか?」
「いいえ…」
期限は今日中だが、この騒動ではそうもいかないだろう。
中佐をやったのは自分で、それに率いられた兵たちはシュヴァルツェ・ハーゼが制圧。ISを出してはいないが、聴取が今日中にあるだろう。
「時間はまだあるぞ。まだやっていない手段で一本取ってみろ」
ではな、と千冬は何も言わなかった。
ラウラはエミヤシロウにISを使ったことを咎められると思ったのだが。
「隊長」
その声はクラリッサだった。
「なぜ、隊長は我々を呼んだのですか?」
それはクラリッサだけではなく隊の全員の疑問だった。
ラウラはISを所持している。反乱は問題行動。これを制圧するためにISを使用したのであればラウラ一人で十分すぎる。隊を全員招集する必要性はどこにもない。
「ISも使用せずに制圧したのは見事です。エミヤシロウも同様ですが…
ですが、ISを使用すれば我々を呼ばずともより迅速にできたはずです」
今までがそうだった。
ラウラは隊の人間と行動を共にするのは作戦や訓練のみだ。千冬の存在があってこそこれまで続いてきた。
「確かにISを使えば簡単だった。だが… それでは…」
「それでは?」
珍しく言葉が途切れる。
だが、ラウラは小さく声を絞り出した。
「それではエミヤシロウに負けている」
「もうすでに負けていますが…」
それは思わず出てしまった言葉だった。
確かに負けているのは事実だがこの発言はラウラの琴線に触れてしまったかもしれないとクラリッサは考えたが…
「…たくなかった」
「はい?」
小さな声でよく聞こえなかった。
それにラウラはクラリッサ達の方を向いていなかったのもあって声がよく聞き取れなかった。
「エミヤシロウに、負けたくなかった」
頬を少しだけ赤らめ、まるで年相応の少女のようだった。
しかも理由は負けず嫌いが原因。
隊は心を何かに撃ち抜かれた気がした。
より顔を赤くしたラウラは全員に向き直り、声を張った。
「私はこれよりエミヤシロウに奇襲を仕掛ける!
そして、これは命令ではない。だが、参加してもらいたい。
織斑教官と同等の実力の持ち主である奴との戦闘訓練は実力の向上に繋がると私は考える!
我らは負けた! あの夜手負いの奴に負けた! 何故負けた? 油断、ISがあるという慢心、男だからということもあるかもしれない。だがそれ以上に我らの訓練が足りていない! 実力が足りない!
…織斑教官にご指導していただいたが我らはまだまだ弱い。より強くなるにはご指導していただく必要があるが、それだけではない。
私達が努力し訓練し強くなることが必要だ。強くなるという向上心がより必要だ。
私は弱い。一人ではエミヤシロウに掠り傷一つ負わせることもできない。だが、隊の力をもってすればそれも可能なはずだ」
一度、間を置いて呼吸を整える。
赤くなった顔を今は真剣身を帯びて普段のラウラに戻っているかのようだった。
だが、何かが違う。
「…協力、してほしい」
言葉は足りないだろう。一瞬で自信がなくなったかのように俯いて、凛とした空気は消えてしまう。
だが、隊には一つの共通の思いがあった。
ラウラに協力を要請されるのは訓練以外では初めてだ。訓練でも隊を頼ることは少ない。それが今、隊に協力してほしいと言った。
命令ではない。
しかし、それがどうしたというのか。
ラウラに頼られたことが皆、嬉しかった。
これを口にすればラウラは動揺し意味を得ない言葉で否定するだろう。
だから、いつも通り。でも、少しだけ違うシュヴァルツェ・ハーゼで動くのだ。
「隊長」
「…なんだクラリッサ」
いつものような空気ではないが… それでいい。
このまま続ければいつもの―――いや、少し違うラウラ・ボーデヴィッヒになるのだから。
「作戦の指示を」
隊列を揃え姿勢を整える。
その様子にラウラは一瞬、呆然としたが表情を改め、告げる。
「作戦はない」
その言葉に不安や迷いはない。
ただ自信を持って。
「袋叩きだ!」
この日、エミヤシロウはドイツの地でウサギの恐ろしさを知ることとなる。
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