フェアリーテイルの終わり方
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七幕 羽根がなくてもいいですか?
4幕
前書き
妖精 と 凍て乙女
ポケットの中でGHSが振動している。
この膠着状態で通話に出るわけにもいかない。ジュードはユリウスとの睨み合いを維持し、着信のバイブレーションを無視した。
そんな状態が何分続いたのか、GHSが留守電に切り替わった。
『もしもし、ジュード? バランだけど。今どこ? マズイんだよ。マキちゃんが君の試作源霊匣、持ち出しちゃったんだ。オマケにセルシウスの化石もなくなっててさ。とにかくコレ聞いたら折り返し連絡くれよ。じゃねっ』
電話が切れた。
ジュードは途方に暮れた。今の案件はすぐにでも自分が駆けつけねばならない。しかしフェイやユリウスを放っては行けない。
「どう――したの?」
「――、ユリウスさん。確かバランさんと友達でしたよね」
「……意外と意地が悪いな、君は」
ユリウスが銃にセーフティをかけて懐に戻した。
フェイはジュードの白衣を引っ張って、どういうことかを尋ねた。
「僕とユリウスさんの共通の知り合いが困ってるってこと」
「フェイの件はバランのほうが片付いてからだ」
「わたし、ジュードのとこにいたいよ」
「――片付くまでに心変わりしてくれることを祈るよ」
フェイはジュードとユリウスに付いて、列車でヘリオボーグへ向かった。
ユリウスはGHSが使えないのでは、とジュードは危惧していたが、ユリウスは何事もないようにGHSで切符を買った。彼曰く、「機械いじりは得意なんだ」とか。
列車の中では、ジュードとユリウスが互いを牽制していて、フェイには居心地が悪かった。
研究所内にはさすがにユリウスを同伴しては入れないので、彼は適当に隠れていると言って去った。諦めてくれる気はさらさらないようだった。
「大丈夫。フェイが行きたくないって言うなら、絶対にユリウスさんには渡さないから」
ジュードが肩に手を置いてそう言ってくれたので、フェイは少し安堵した。
ジュードと研究所に駆け込んで、エレベーターに乗った。学生服姿のフェイにぎょっとする職員ともすれ違ったが、構う余裕はなかった。
エレベーターに乗った時点で、フェイは異変を感じていた。
「これ知ってる。去年。まだ〈温室〉にいた時。ヘリオボーグのデンキがいっぺんに消えちゃったことがあったの。その時に感じた。大精霊だけど大精霊じゃないモノがムリヤリ起きようとした感じ」
「やっぱりセルシウスの化石……マキさん……っ」
エレベーターを降りて、実験室に走った。実験室に着くと、ジュードが認証器に職員IDを当ててドアを開いた。フェイはジュードの後ろに付いて実験室に飛び込んだ。
そこにはフェイの常識にない光景があった。
赤黒い磁場に囚われ呻き声を上げる氷の大精霊。それを見守る女性と、男が二人。フェイ自身も知る、観察対象を観る目をしている。
何よりフェイが受け入れがたかったのは、氷の大精霊セルシウスが、女性の前にある小さな機械のせいで悶え苦しむ姿だった。
(だって精霊はイジワルで、人間がキライで、人間みたいにイタがったり苦しがったりしない生き物なのに)
「ジュード!」
「バランさん、状況は」
「見ての通り。試作源霊匣で大精霊セルシウスを制御しようとして、この有様。ここまでやったら強制的に装置を停めるほうが危ない。しょうがないから結果が出るまで見守りに徹してるわけ」
装置が小爆発を起こした。磁場から解放されたセルシウスは、胸を押さえて荒い息をする。
『またか……また私を縛り付けるというのか。こんな機械で、無理やりに!』
顔を上げたセルシウスは、正面で立ち尽くすマキに向けて寒波を放った。
フェイは迷わず間に飛び込み、マキを襲った冷気を光の籠で弾き返した。
「わたしの前で人間をいじめないで!」
薄紅の隻眼がフェイを訝しげに見つめ、そして見開かれた。
『〈妖精〉……お前が? 純エレンピオス人なのに霊力野が退化しなかった人間?』
フェイは答えず次の術式の準備に入っていた。この精霊が後ろの女性に害成すモノなら、フェイはそれを阻まなければ。それが、霊力野を持ったエレンピオス人であるフェイがすべきこと。分史世界のニ・アケリアで、フェイが見つけた答えの一つだった。
緊張していると、ジュードがフェイの前に立ち、セルシウスの前に立ちはだかった。
(わたしは算譜法が使えるのに、ジュード、わたしを守ってくれるんだ)
「フェイ、マキさんを向こうに」
「うん」
フェイはセルシウスに背を向け、マキの両肩を押して男たちがいるほうへと歩き出した。蒼白なマキを、バランと呼ばれた男に預けた。
後書き
バランさんナイスタイミング。
前作でもユリウスとバランの交友関係を取り上げましたが、カナンの地の単語を知っているくらいにバランはユリウスと親しいのですから、こういう仲裁?もありかと思いまして。
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