科学と魔術の交差
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1章
前書き
10章前後まで内容な前のままです。
田舎者でした。
ある静かな夜だった。
何気なく空を眺めていれば月を遮る何か。
最初こそ戦闘機か何かかと思うがそれはないだろう。この空域を飛べる戦闘機は限られているし、ましてやこんな時間に飛んでいる馬鹿はいないだろう。偵察にしてもお粗末だ。
それに、落ちている。
加えて確実に戦闘機らしからぬ影。いうなれば人のような…
そんな考えを遮るように警報が鳴り響く。
そうか、と納得。
あの落下物に対しての警報なんだろう。
月が雲に隠れ、月光を遮られた暗闇を集団が走り抜ける。
「教官」
「ラウラ、これはどういうことだ」
「わかりません。唐突に上空に反応がでましたので…」
ドイツ軍も把握しきれぬ、か。
だとすればどこかの国の偵察、とも考えたが、だとすればこれほどお粗末なものは無い。姿の見えぬ戦闘機だったとしても、そこから落ちてくるなど阿呆だ。
落下地点には… 何もなかった。
いや、それはおかしい。確かにクレーターのようなものはあるし、足跡のような痕跡も見受けられる。確実に人がいたのは確実だ。
ならばどこに…
私は、この時一つの疑問点を見落としていた。
「スパイの可能性を考えて総員警戒! クラリッサはIS展開の準備もしておけ!」
「了解しました」
可能性としては落ちてきた誰かがIS操縦者かもしれない。
だとすれば森の中のこのクレーターはいささかおかしい。こんな侵入しましたという様な証拠を残す必要はない。よほどの馬鹿でない限りは。
それに…
「ラウラ」
「はい、血の匂いがします」
微かに香る鉄の匂い、生臭い不快な臭い。確実に軽傷程度ではこの濃さの匂いは無理だろう。
目撃した誰かを殺したか… あるいは自らの血か。
「発見! 動く―――」
声が途絶える。
「…クラリッサ」
ラウラの掛け声にクラリッサがISを起動。
間違いではない。発見した者が音もなくやられた。手負いにしろ何にしろ慎重になって悪いことは無い。
「教官は下がっていてください」
ここまで来たものの、ここはドイツ軍に任せる方がいいと判断し、後ろに下がる。
「聞こえているか。ここはドイツ軍の管理地だ。すでにこちらに危害を加えて逃れらはしないが、投降するのならば手荒なまねはしない。
ISもある。投降しろ。さもなくば…」
一分。その間、何かが動く気配は無かった。
「…死んでも後悔するな」
ワイヤーブレードを射出。それを横薙ぎに振るって木々を倒し隠れる場所をなくしていく。クラリッサがその後ろから射撃体勢。
―――――何かが動いた
生身。ISを身にまとっていない。
「ラウラ」
「善処します」
殺さないようにはする、か。
はたして、そうできるかどうか…
暗がりから出てきた… 恐らく男。かなりやる。無駄がない動き、射線の見切り、かなりの腕前だろう。
だが、さすがにIS相手では無理がある。ゴム弾の銃撃にさらされ、徐々にこちらの間合いに入ってきている。
「―――っ!?」
突如として動きが止まる。
AIC、慣性停止結界。これに捕まれば終わりだろう。
私ならば… いや、もしもの話は必要ないか。初見で見切れる奴がいたら素直にほめてやろう。
「――――」
背筋が冷える。
なんだ、奴は何を言った? 何だこの空気は…
「離れろっ!」
咄嗟にラウラに叫ぶ。
だが、あいつはこの空気を分かっていない。確実に何かをもらう。
そう思考すると同時に飛来音がする。
「くっ!」
数と勢いを持って放たれた何かはシールドエネルギーを削り、不意の反撃に集中力を乱してAICを解いてしまう。
「隊長! 各員撃てぇ!」
シュヴァルツェ・ハーゼの隊員が男に向かって発砲。
こちらは実弾だ。ここまで敵意を向けられ、攻撃されては捕縛という手段は取らないだろう。運が悪かったと思って諦めてもらうしかない。成仏しろよ。
発砲音と共に誰とも知らぬ男に冥福を祈った。
しかし。
金属音が立て続けに響く。
火花で見えた光景に、唖然とする。
男は持っていた剣で銃弾を弾いて見せた。それも多角度からの銃弾をだ。
ISを持つ二人には二人にはその光景が見えたらしく、驚愕を隠せない。
その隙を、見逃しはしなかった。
「くあっ!?」
「かっ…!?」
苦悶。声に遅れること数瞬、ISはその起動を終了した。
絶対防御。操縦者の命を守るために発動するそれが発動したのだろう。だが、それが一瞬か。私の眼にとてつもない速さで何かが飛んだ気がしたが…
シュヴァルツェ・ハーゼの隊員が全滅するまで、さほど時間はかからなかった。
男はIS二人を倒し、追われることよりもここにとどまりこちらを動けなくするという判断をしたようだ。
ラウラは辛うじて立ち上がったが左肩を抑え、クラリッサは動かない。触診した限りでは命に別条はなさそうだ。確実に骨は折れているだろうが。
「さて、まだやるか?」
「…」
この空間で私以外に傷を負っていない者はいない。男も然りだ。
「さすがにここまでやられて逃がすわけにはいかんのでな」
念のためと持って来ていた刀に手をかける。
月光が雲を抜けて降り注ぐ。
照らされた男は… 血濡れの騎士だった。
その手には何も握っていない。だが、滴る血は途切れることを知らない。
ここまでの戦闘でよくも倒れなかったものだ。ずっと出血があったとすれば動いていたことも含めて出血多量で死にかねん。
銀髪すら血に染め、紅い外套は赤黒く、鷹のように鋭い眼はこちらを射抜かんとするように。
だが、こちらにもこちらの事情がある。
「腕の一本は覚悟してもらおう」
――――男はこちらを馬鹿にするように笑った。
結果だけを言わせてもらおう。
私が勝った。いや、私の勝利は必然だったか。
男はすでに満身創痍。どんな手品を使ったかは知らないが、一瞬で二振りの剣を構えた。
私が踏み込み、居合の要領で刀を抜く。
男が防ぎ、カウンターを狙うだろう――――と思われたが…
すでに限界を迎えた男の身体は力なく私の刀に切り裂かれた。
幸い、剣が軌道を変えたことによって浅くも深くもない程度の傷にとどまったわけだが。
問題は出血の方だった。
男は生死の境を彷徨ったことだろう。私の刀傷を抜きにしても… いや、止めを刺したのは私か。
止めを刺そうとしたラウラ達を止め、ドイツ軍の治療施設に搬送。
現在は集中治療室で銃を構えた奴らに囲まれて生死の境で寝苦しさを覚えていることだろう。
男は、身分を記すものは何一つ持っていなかった。
その身一つ、持っていたのは白と黒の剣だけ。私の刀をもってしても刃こぼれ一つせず、むしろ葉が欠けたのはこちらだった。
かなりの業物と見受けられたが、今は厳重にドイツ軍に保管されている。
それにしても時代錯誤な格好だ。
紅い外套、胸から肩にかけての鎧、そして剣。
銃すら持っていなかったのに絶対防御を発動させた何かをあの男は持っているはずだが、何も持っていない。剣が二つだけだ。その剣は確実にISではないし、鍛えられた物だということははっきりしている。
さて、そろそろ二週間だが目を覚ましてもらわないと面倒になってきたな。
主に私が質問したいことがあるというのにここまで寝られてしまうとつまらない。
平手の一発でも食らわしてやれば起きるのだろうか?
あぁ、忘れていたが奴の怪我は銃によるものだとわかった。シュヴァルツェ・ハーゼの者ではないが、全部で5発。背、胸、足に確認された。
よくもあそこまで動けたものだと感心するが、呆れはそれ以上だ。
「教官」
扉の向こうから声が聞こえた。ラウラか、今日はすでに訓練は終わったのだが、また個別に訓練か。
「何だ」
「奴が目を覚ましました」
『ここがどこだかわかるか』
私が到着した時には軍の上層部だろう男がベッドに横たわる無抵抗な男に銃を向けていた。
『…言葉からしてドイツか。
それにしても時代は変わったな。今のドイツではあいさつで銃を向けるのが主流か? それともあんたの個人的な趣味か? だったら好まないものが多くいることだろうかやめることをお勧めししよう』
ふん、状況だけは理解しているようだ。
茹でたタコのように赤くハゲ頭輝くお偉いさんは引き金に指をかけた。
『そのぐらいでいいでしょう。もしかしたらスパイかもしれないというのになにも情報を聞き出さないまま殺すのは何も得る物がない』
『…そうだな。命拾いしたな黄色人種が』
む? ということはこの男は東洋人か。
だが、それよりも。
『聞き捨てなりませんね。それは私が彼と同じ東洋系の生まれと知っての発言でしょうか』
『…ふん』
それ以上何も言うことなく、ハゲは治療室を出て行った。
「最近の中年はすぐに堪忍袋の緒が切れるのかね?」
「さぁな。…日本人か、貴様」
「そうだ」
「名は」
「人に名を訪ねる時は自分からと習わなかったか?」
後ろで銃に手をかける音がしたが、手を上げて静止させる。
「織斑千冬だ」
私が名をすぐに名乗ったのが意外だったのか、小さく男は笑った。
「私はエミヤシロウという」
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