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最高のタイガース=プレイヤー

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第三章


第三章

「流せばいいんだな」
「そういうことや。わかってるやないか」
 そう言ってバースに対して微笑んでみせた。
「それがわかったらファールも減るし」
「ヒットもホームランも増える」
「今のうちは打って勝つチームや」
 この時はそうだった。例外的に投手陣が今一つ頼りにならない状況だったのである。
「だからな。打つんや」
「わかった、掛布」
 バースは彼の言葉に大きく頷いた。
「僕達でやるか」
「優勝か?」
「うん、阪神はずっと優勝していないんだったな」
「そうやな。そういえばな」
 掛布はバースの言葉に思い出したように言った。そうすると言葉がしみじみとなるのであった。
「二十一年やからなあ」
「長いな、本当に」
 バースはその二十一年という言葉に途方もないものを感じていた。言葉でなら一言である。しかしそこにあるものは途方もなく長いものであるのだ。
「それは」
「チャンスもあったけれど結局はあかんかった」
 昭和四十八年はあまりにも有名である。最終戦甲子園出よりによって巨人に対して惨敗して優勝を逃した。これに激怒したファンが大暴れしたというのは二十一世紀まで伝わっている。
「どうしてもな」
「けれど今度こそ優勝したい」
 バースは言う。
「僕達が打って」
「そうやな。何かわしも本気になってきたわ」
 バースの言葉を聞くうちに掛布もその気になってきた。今までは実際のところ優勝できるとは思っていなかったのだ。ところが。バースと話をしているうちにそれが変わってきたのである。これも全てバースのおかげであった。
「じゃあやるか」
「やろう、皆で」
 バースはにこりと笑って言う。髭だらけの顔でその体格のせいか実際よりも大きく見える。その姿での笑みだが彼の笑みは不思議と人を惹きつけるものがあるのだ。
「優勝を」
「そやな」
 彼等はこの時優勝を誓った。甲子園の風に。それを誓わせたのはバースであり阪神の選手であった。彼は何もかも阪神の選手になっていたのだ。
「なあバース」
 そのバースにいつも親しく声をかけるのは阪神の中においてとりわけ阪神を愛している男川藤幸三であった。阪神の誇る好漢であり代打の切り札である。
「今日は何処行くんや?」
「いい飲み場所をまた紹介してくれるんだね」
「その通りや。わしはそういうのは何でも知っとるからな」
 その人なつっこい笑みでバースに言う。四角くいかつい顔立ちで風を切って歩いているのだがそれでもその姿には妙な粋と格好よさがあるのである。それが川藤という男なのだ。
「そやな、神戸牛でも食いに行くか」
「いいね、それ」
 バースは神戸牛と聞いて笑顔になる。彼の大好物なのだ。
「じゃあ焼肉なんだね」
「そや、ステーキは高いからな」
 この時代はステーキはまだ結構な値段がした。もっとも今安くなったのはその神戸牛が出回っているからでなく輸入肉のせいであるが。
「それを食いに行こうか」
「川藤はそういうのを色々と知っているんだね。特に甲子園の周りで」
「ここがわしの家みたいなもんやからな」
 そうバースに応えて言う。
「そら色々と知っとるわ」
「ここが全部川藤の家なんだ」
「そういうもんやっちゅうこっちゃ」
 またバースに告げる。
「阪神が好きやから。色々知ることができたんや」
「阪神が好きだから」
「バースも阪神好きやろ」
 ここで不意にバースに尋ねてきた。
「このチームが」
「うん」
 そしてバースは川藤のその問いに素直に答えるのであった。ストレートにはストレートといった感じであった。
「球場もいいしそれに」
「それに?ファンか」
「うん、彼等が一番好きだよ」
 そう川藤に答えるのであった。
「あの凄い応援が。あんなのはアメリカにもないよ」
「そやろな。ここのファンは特別や」
 川藤はバースのその言葉に目を細めさせた。彼が何よりもわかっていることだからだ。
「だからわしはここにずっといたい」
「ずっとなんだね」
「今まで色々見てきたで。けれどその中で」
 またバースを見る。目がさらに温かくなっていた。
「御前は完全に阪神の選手になってるな」
「僕は阪神の選手だけれど」
 川藤の今の言葉に少しキョトンとした顔になった。
「もう。それなのに?」
「ちゃうちゃう、わしが言うのは本当の意味でや」
 また温かい声でバースに言うのだった。
「バースはほんまの阪神の選手や。もう助っ人やあらへん」
 こうまで言う。助っ人はあくまで助っ人、だがバースは阪神の選手になっていると。そうバースに対して述べたのである。
「御前巨人をやっつけるとするやろ。どうする?」
「それは決まっているよ」
 バースは何を今更といった顔で彼に応えた。
「真っ先に行ってやっつけるよ。巨人だけはね」
「そういうことや」
 川藤は今の言葉に大いに頷くのであった。彼が言いたいのはそれなのだ。
「巨人をやっつけるのは阪神にとって永遠の仕事や」
「そうだね」
 これは今でも変わることがない。関西では巨人ファンには一言で言うと人権がない。甲子園の一塁側で巨人を応援するということは死を意味する。
「そこで真っ先に行くのが阪神の選手なんや」
「そういうことだったんだ」
「バース、御前がいてくれてええわ」
 川藤はまた温かい目になった。そうしてまたバースに語る。
「御前と一緒に最高の酒が飲みたいな」
「じゃあ今からだね」
「今からだけとちゃうで」
 これが川藤の本音であった。
「これからも。それからもや」
「僕も川藤と一緒に飲みたいよ」
 バースもそれに応えて言うのだった。
 
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