月見草
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第四章
第四章
「わしみたいな老いぼれでいいんかいな」
だがその話は本当だった。楽点は彼にと言ってきたのだ。
信じられなかったがそれでも受けることにした。そうして。
楽天の監督になりまずはこの弱小球団を必死に育てた。負けて負けて負けまくったがそれでも彼は指揮を執り続けたのであった。
「わしに相応しい球団や」
またここで自嘲して言った。
「弱いわ。ほんま弱い」
こう言うのである。
しかしだった。こうも言うのだった。
「西本さんはその弱い球団を強くしたんやな」
また西本のことを思うのだった。
「そやったら。やってみよかわしも」
東北の地でその弱小球団を率いて戦い続けた。選手達もファン達もその彼を見て応援し続けた。そしてその最後の試合で。
楽天はクライマックスシリーズで日本ハムに敗れ優勝はならなかった。野村はここでベンチを去ろうとした。
「ほなこれで終わりや」
こう言ってである。
「今度も厄介払いやしな」
そのまま去ろうとした。しかしだった。
「待って下さい」
「監督、まだですよ」
その彼の背中に声をかける者がいた。
「まだありますよ」
「残って下さい」
「何や?」
後ろを振り向くとだった。そこには選手達がいた。彼等は微笑んで野村に声をかけてきたのだ。
野村はその彼等に対して問い返した。怪訝な顔になって。
「わしは負けたんや。それでこれで終わりや」
退任は既に決まっていた。だから去ろうというのだ。しかしその彼を選手達は飛び止めたのである。
「そやから。これで」
「最後にやることがありますよ」
「というか俺達にさせて下さい」
「御前等にかいな」
さらに怪訝な顔になる。選手達はその彼を連れ出してきた。それはグラウンドだった。
「よし、やるか!」
「ああ、胴上げだ!」
「監督を胴上げしろ!」
そう言って一斉に胴上げする。そこに日本ハムの選手達も加わる。
「今まで有り難うございました!」
「お疲れ様でした!」
こう言って彼を胴上げするのである。
「これで本当に終わりですけれど」
「監督は最高の野球人でした!」
「最高かいな」
野村は胴上げをする彼等の言葉を受けて呟いた。
「わしがこんな胴上げしてもらってるんやな」
胴上げされる中で思うのだった。
「二つのチームからか。これは」
あの野球人のことを思い浮かべずにはいられなかった。
「西本さんと同じやな。最高の花道や」
このことを思わずにはいられなかった。
「その花道を歩いて去れるなんて。わしは幸せ者やな」
こうして彼はユニフォームを脱いだ。その次の日だった。西本がまた彼の前に来た。そうしてここでも彼を誘うのだった。
「どや、いこか」
「そうしましょか」
二人で微笑み合ってそのうえでまた二人で店に入った。この日は寿司だった。やはり酒は飲まずにカウンターで並んで寿司を食べている。
「どや。言う通りになったな」
「あのことでっか」
「そや。わしの言う通りになったやろ」
微笑んで野村に言ってきたのだ。彼の隣に座ったうえで。
「最高の花道やったやろ」
「何でこんな終わりになるんやって思ってますわ」
野村は笑って西本に言葉を返した。
「わしみたいなモンは石持て追われるのが関の山なんですが」
「だからそれはちゃうんや」
西本も笑って言う。
「御前はああいう花道を送るべきやったんや。それでや」
「そうなんでっか」
「そや。御前はそれだけの野球人やった」
そうして。こうも彼に告げた。
「人間やったんや」
「何か。すんまへんな」
野村は西本の今の言葉にほろりとなった。だが涙は見せずに述べたのだった。
「わしのことをずっと気にかけてくれて」
「気にすることはないわ。じゃあ次は何食う?」
「ほなトロでもいきますか」
「そうやな。じゃあわしもそれをもらおうか」
二人はそれぞれ同じものを注文した。そうして並んで寿司を楽しむ。最高の花道を飾った月見草は今静かに笑って不世出の闘将と共にいた。最高の野球人同士として。
月見草 完
2009・11・4
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