魚屋繁盛
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第九章
「この子はな」
「何処がだ、俺にそっくりだろうが」
「この眉は俺だよ」
「口元は俺だよ」
男の赤ちゃんを前にして言い合うのだった、その二人を見て。
準也も麻琴もだ、呆れて言うのだった。
「おい、折角の初孫に何なんだよ」
「ここでも喧嘩するの?」
「全く、これで仲がよくなるって思ってたけれどな」
「全然じゃない」
「うるせえ、こいつとだけは出来るかよ」
「仲良く?馬鹿言ってんじゃねえよ」
これが二人の返答だった、孫から一時顔を離して子供達に言う。
「何があってもな」
「そんなの有り得ねえからな」
「天地がひっくり返ってもな」
「スワローズが十連覇してもな」
二人共ヤクルトファンだ、ただし神宮球場でも顔を見合わせればいつも一塁側で大喧嘩をするので九条の人達からは嫌がられている。
「あるから」
「出来る訳ねえだろ」
「本当に困った親父達だな」
「どうしたものかしら」
「うるせえ、とにかくな」
「こいつは俺達の孫だからな」
二人はここでこう準也と麻琴に告げた。
「立派な魚屋にするからな」
「二つの店をしょって立つまでにな」
「二つの店を一人でか」
「切り盛りしろっていうのね」
「それかもう一人孫をくれ」
「いいな」
こんなことも言う二人だった。
「店を一つずつ譲るからな」
「女でもだからな」
そうするというのだ。
「じゃあいいな」
「それで」
「勝手に話を決めるなよ」
「子供は望んで得られるものじゃないから」
「そんなの毎日励め」
「神様にお願いしろ」
子供達の反論に無茶な暴論で返す二人だった。
「いいな、じゃあな」
「こいつは俺達が仕込んでやる」
「日本で最高の魚屋にしてやるからな」
「楽しみにしてろよ」
こうまだ名前も決まっていない初孫に言う彼等だった、そして。
その二人を見てだ、準也は麻琴にぽつりと言った。
「ひょっとして親父達ってな」
「みたいね」
麻琴もだ、初孫を見ている自分達の父を見つつ準也に応えた。
「喧嘩する程なのね」
「そうみたいね」
「いつもいつも言い合って喧嘩ばかりしていてもな」
「実は相性いいのね」
「本当に嫌いなら口も聞かないからな」
「そうよね」
実は二人共なのだ、本当に嫌いな相手とは口も聞かない。口をへの字にして顔を背けるのだ。人間的に腐ったタイプが嫌いで器用ではない二人だから顔にも行動にも出るのだ。
「じゃあ俺達が何とかしなくてもな」
「変わらないのね」
「これからもな」
「こんな感じなのね」
「おい、手前の名前は鰹だ」
「いや、鱒だ」
二人は今度は孫の名前を勝手に言い出した。
「いい名前だろ、美味いぞ」
「この魚の名前にしてやるからな」
「おい、勝手にそんな名前にするなよ」
「そんな変な名前駄目よ」
準也と麻琴は今の二人の言葉に顔を顰めさせて言い返した。
「名前は俺達で決めるからな」
「そんな名前付けないでよ」
「名前は勉だよ」
「それにするから」
「おう、若松さんの名前か」
「ならいいぜ」
二人もその名前で納得した。
「じゃあそれでいいぜ」
「それじゃあな」
二人もこれで納得した、何はともあれ二人はこれ以上はないまでに強い絆を手に入れた。しかしそれはもう既にあったのだとだ、準也と麻琴は気付いたのだった。
そのうえでだ、こう言うのだった。
「おかしな努力もしちまったけれどな」
「ハッピーエンドみたいね」
「ああ、じゃあこれからもな」
「魚屋さんやっていこうね」
準也と麻琴はお互いの顔を見て微笑む、その前ではそれぞれの女房に呆れながらもまだ言い合う二人がいた、本当に相変わらずの二人だった。
魚屋繁盛 完
2013・9・28
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