ゴッホ
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第三章
やはり誰もが奇妙なものを観る目で絵を観てこう言うのだった。
「おかしな絵だ」
「こんな絵誰が描いたんだ」
「こんな絵を家に飾っても自慢出来ない」
「綺麗じゃないな」
「子供が描いたのか?」
「絵の具をこれでもかと使って」
「どんなセンスをしているんだ」
こう言うのだった、誰もが。
そして売れない。全く売れなかった。
だがゴッホはそれでも描き続ける、その中で彼のかつての絵、ごく普通の人物画や風景画をアトリエの端に見付けて今日もアトリエに来たテオにこう言った。
「昔はこんな絵も描いていたね」
「兄さんの昔の絵だね」
「うん、描いていたよ」
「けれど今の兄さんの絵は」
「浮世絵、あれは凄かった」
日本の絵だ、ゴッホはテオにその浮世絵のことを熱い声で語った。
「あれを観て僕は変わった」
「凄い色使いだったね」
「あれでいいんだ」
浮世絵の色使い、それでだというのだ。
「型にはまってはいけないんだ、絵も」
「それで兄さんも描き方を変えたね」
「絵の具もちまちまと使うんじゃない」
それもだというのだ。
「思いきりだ」
「そうして描く時間も」
「そうだよ、時間をかけないんだ」
それもだというのだ。
「一気に描くんだ」
「それが兄さんだね」
「速度も大事なんだよ」
描くそれもだというのだ。
「芸術は立ち止まっていては駄目だから」
「だから兄さんは描いて描いてだね」
「そうだよ」
まさにそれがだ、ゴッホの絵だった。芸術だった。
「僕は立ち止まらない、そして型も嫌いだから」
「そうした絵を素早くだね」
「見ているんだ」
テオに言った、この言葉を。
「僕の芸術はきっと永遠に名前が残るよ」
「まさにヴィンセントになるんだね」
ここでテオは彼の名前を言ってみせた。
「そうだね」
「そうだよ、僕はそうなるんだ」
即ち勝利者にというのだ。
「必ずね」
「じゃあ兄さん、描いていってね」
テオは今も兄の理解者であった、今も兄に優しい笑顔を向けている。
「僕はその兄さんをいつも見ているから」
「それじゃあね」
ゴッホは弟の言葉を受けてただひたすら描き続けた。そしてその名声が遂に一部から出て来たのだった。
「いい絵だ」
「荒削りだが素晴らしい」
「この色使いは斬新だ」
「それに筆の使い方も」
「こんなに絵の具を使う画家ははじめて観た」
「この画家はいい」
「こんな画家がいたのか」
これまでとは全く逆の評価が出て来ていた。
「この画家はこれから世に出る」
「私達は鬼才を見つけた」
「ヴィンセント=ゴッホは素晴らしい」
「彼の絵はこれから素晴らしい評価を受けるぞ」
こうした評価が遂に出て来たのだった、しかし。
この評価が出た時からすぐにだった、ゴッホはこの世からいなくなってしまった。彼はその評価を聞くことが出来なかったのだ。すんでのところで。
そして彼を追う様にして弟のテオも世を去った、兄が気にかけた病のせいだと言われている。
今二人は共に並んで眠っている。その二つの白い小さな墓標の前に今若い美術学者が弟子である学生にこう話していた。
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