ストッパー

第五章

　これが彼のデビューであった。次の試合でもまた次の試合でも打たれ。マスコミの評価は一変した。このままでは当初囁かれていた開幕一軍も危ない状況だった。しかし打たれた大塚はそれを意識することなく自信に満ちた態度を崩していなかった。練習も相変わらず一人黙々と行っていた。
　その彼が球場のブルペンで一人投げていた。そこに一人の男がやって来た。
「コーチ」　
　大塚は投球を止めて彼に顔を向けた。安武はまずは何も言わず彼のところにやって来てそれから静かに口を開いた。
「別に焦ってはいないみたいだな」
「焦る！？何でですか」
　平然と答えてみせてきた。
「俺が焦る必要ないじゃないですか」
「打たれてもか」
「ええ」
　返事の調子は変わらない。
「全くですよ。悪いところはありませんから」
「そうだな。コントロールもよかった」
　安武がまず言ったのはそこであった。
「それに速度も変化球もよかった」
「何処も悪いところはなかったですよ」
「しかし打たれた」
　そのうえでこのことを話に出してみせたのだった。
「これは否定できないな」
「ええ、それはね」
　答えはするがそれでも平然としたものだった。
「打たれましたよ」
「何故かわかるか」
　また問うてきた。
「御前が打たれた原因は」
「気合で負けていたつもりもないですよ」
「それもなかった」
　安武はこのことも認めてみせた。
「しかしだ」
「しかし」
「御前は打たれた。何故かというとな」
「何かあるんですか」
「勉強だ」
　出してきた言葉はそれであった。
「御前は相手のことを勉強していなかった」
「！？どういうことですか」
「御前は自分のことはよくわかっている」
　このことをはっきりと教えた。これはもうわかっていることだった。
「しかしだ」
「しかし？」
「他のことはわかっていないんだ」
「他のこと！？」
「そうだ。野球は相手があってするものだな」
「ええ」
　安武の言葉に対して頷く。その顔をじっと見据えながら。
「そんなの言うまでもないじゃないですか」
「言うまでもない。それでもな」
「そこに何かあるんですね」
「相手の癖や傾向、そういったものは調べたら」
「！？いえ」
　その問いには怪訝な顔になって首を横に振るのだった。
「したことありませんよ、そんなこと」
「だからだ。駄目だったんだ」
　あらためてこのことを言ってきた。
「御前はな。打たれたんだ」
「相手のことをですか」
「そうだ。相手の癖やパターンや苦手なポイントを調べる」
　安武は真剣な顔でそのことを教える。
「それをするとしないのとで全く違うんだ」
「そうだったんですか」
「だから御前は打たれた」
　声がきつくなる。
「これまでな。そうだったんだよ」
「俺の力が足りなかったんじゃなかったんですね」
「力だけじゃ駄目なんだよ」
　また言ってみせる。
「野球ってやつはな。特にストッパーはな」
「じゃあそれさえ覚えれば俺は完璧なストッパーになれるんですね」
「なれるか？」
　そのことを彼に問うた。