フェアリーテイルの終わり方
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
六幕 張子のトリコロジー
13幕
「ルドガー……俺を信じてくれ」
ルドガーには答えられない。クランスピア社のエージェントになった以上、上司の命令には逆らえない。
だが本音では、ユリウスを捕まえたくない。ユリウスが潔白だとルドガーは誰より知っている――信じろと言われるまでもなく、ルドガーは兄を信じているから。
「ルドガー、どうしたの? イタイの?」
フェイが腕に縋りつく。苦悩が顔に出たからかもしれない。父と思って甘えていいと言った矢先にこの体たらくで、フェイを不安にさせている。
逆らってはいけない。けれども従いたくもない。仕事に私情を挟んではいけないと頭では分かっているのに。
「――あのひとたちのせい」
「え?」
声はひどく暗く、低かった。
フェイはルドガーを離れ、リドウとユリウスのちょうど対角線上に立った。
「さっきの世界で分かったの。お姉ちゃんをキズつける人を、わたし、許せないと思ってるんだって。お姉ちゃんの時とおんなじで、ルドガーをキズつける人を、わたし、許せないみたいなの」
パチッ。フェイの近くに紫電が閃く。フェイを中心に静電気が生じ始める。
「あなたは『何をする』ひと? あなたは『ルドガーをどうする』ひと? ルドガーのイヤがることをさせる人? もしそうなら、」
赤い眼光がユリウスを、リドウを、順に射抜いた。
「わたし、あなたたちをやっつけなくちゃ」
静電気が紫電に変わった。フェイを囲んで小さな落雷が多発する。今は極小だが、これが編み合わさりニ・アケリアに落ちでもしたら――
「うそ……詠唱もなしにこんな威力!?」
「これがかの〈妖精〉の力ねえ……っ、確かに並みの軍隊じゃ勝てそうにないな」
まずい。ここでルドガーが出遅れれば、フェイに〈妖精〉の力を使わせてしまう。人からバケモノ呼ばわりされる力を。
(俺は、『何をする』人間だ?)
ルドガー・ウィル・クルスニクは、紆余曲折あったが今はクランスピア社の社員で、分史対策室のエージェント。エージェントの任務は分史世界を破壊し、正史世界の魂のエネルギー枯渇を防ぐこと。同時にカナンの地に辿り着くための〈道標〉および〈道標〉を持ち帰れる〈鍵〉を探索する。
ほんの数週間前までは兄の仕事だった。今はルドガーの責務で、ユリウスは責務を妨害する者。
ルドガーはユリウスとリドウにそれぞれ目をやる。
この渦中にあってもニヤつきを隠さずルドガーの答え待ちのリドウ。
黙して語らず、信じてほしいとだけ訴えたユリウス。
ルドガーは襟に留めたクランスピアの社章バッジを指先で強く握り、深く呼吸し――剣を抜いてユリウスに突きつけた。
「ル、ドガー」
「――フェイ! 〈力〉は使うな。俺は大丈夫だから」
きょとんとふり返ったフェイの周りから、雷が消えた。
ルドガーは改めてユリウスに向き直った。
「兄さん。今の俺はエージェントだ。ずっと憧れてたユリウスと、同じ仕事だ。ユリウスと俺の立場が逆でも、ユリウスはエージェントとしてこの判断をすると思う。それが俺の知ってるユリウスだ。だから俺もそうした。……俺みたいな半人前じゃ、そうする以外に思いつかなかった」
驚きに染まっていたユリウスの面が、ふっと自嘲に切り替わった。ユリウスはひどく疲れた様子だった。
「お前に恥ずかしくないよう、理想の兄でいようとしたのが裏目に出たな……」
ノーマルエージェントが両脇からユリウスに警杖を突きつける。ユリウスの手に黒匣(ジン)製の手枷が嵌められ、連行されていく。自分で選んだ結果とはいえ、直視に堪えなかった。
「ダイジョウブ? ルドガー、イタイ顔」
フェイが腕に縋ってルドガーを見上げてくる。ルドガーはとっさに笑顔を作った。
「平気だよ」
「じゃあ、セツナイの?」
「切ない? 俺が?」
「レイアが言った。どこもケガしてなくても、ココがツラくなるの、セツナイって言うんだって。セツナイはイタくないけど、レイアの『セツナイ』見てて、なんかイヤだったの。だからルドガーもそうだったらどうしようって……」
ルドガーは今度、本心から笑んだ。8歳のエルよりフェイのほうが何倍も幼く、物を知らない。
世間知らず、箱入り娘、と片付けるのは簡単だ。だが、ルドガーはそうしたくない。この子は感性を表現する術を教えられなかっただけだ。きっと語彙や表情が増えれば、歳相応の内面に育つ。
(って、これじゃ本当に俺がこの子の父親みたいじゃないか)
フェイは小首を傾げてルドガーを見上げてくる。
(まあ、それも悪くないか)
ページ上へ戻る