ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
本編
第35話 肩の力を抜こう。ぬこぬこ?
こんにちは。ギルバートです。とうとう使い魔を召喚してしまいました。マギ見解では使い魔のルーンには、主に対する敵意を消し去る効果があると考えています。この見解が正しければ、主が使い魔に嫌われる事をしても、場合によっては使い魔はそれを主に表現出来ないと言う事になります。
原作でその最悪の例が、神の頭脳・ミョズニトニルンのシェフィールドです。彼女の場合は主であるジョゼフに、女として好意を持ってしまったのが悲劇の始まりと言えます。人間は往々にして“好きな相手だからこそ許せない”と言う事があります。それを敵意として消されてしまっては、心の中にぽっかりと大きな穴が空いてしまいます。その穴を埋めるのが、元々持っていた好意です。結果、主に持つ好意が大きくなり、また許せない事が……。この繰り返しで、彼女の心は壊れてしまったのでしょう。やがて、ルーンで打ち消せる限界を超え……。
恐らくそこに例外はありません。それはルイズ達も、一歩間違えば悲劇が起こると言う事です。マギ見解が正しければと付きますが、私は自分が虚無でない事に心の底から“良かった”と思いました。
たった今召喚したばかりの黒猫を見ながら、暢気にそんな事を考えていました。しかし、更に深い思考に落ちそうになった時、それは起こりました。
「黙ってないで、何か言ったらどうじゃ」
あれ? 女の人の声? 何処から? 発生源は黒ねk……無いって。認めたくなかった私は、思わず周囲を確認してしまいました。しかし、それらしい人影はありません。
「たわけ。目の前に居るじゃろう」
気のせいじゃありませんでした。契約もしていないのに、この黒猫喋ってます。
「返事くらいしたらどうじゃ?」
今の所、周囲に人の気配はありません。しかし、何時人が来ても不思議ではない場所です。契約もしていないのに喋る猫。知られれば、アカデミーに攫われて……。
「汝!! いい加減吾の……ムグゥ」
暫く呆気にとられていましたが、思考がアカデミーに至ってからの行動は早かったです。速攻で黒猫を捕獲し、口を押さえこれ以上喋れない様にします。
「日光浴も終わったし、そろそろ“暖かい”部屋に戻りましょう」
黒猫は私の突然の行動に驚いたのか、少し暴れましたが私が口にした“暖かい”と言う言葉に、大人しくなりました。日光が当たって風が無いと言っても冬の屋外です。“暖かい”と言う言葉は、この黒猫にとってかなり魅力的だったのでしょう。
私は黒猫を抱き上げる際、小さく「今は喋らないでください」と耳打ちをしておきます。その際黒猫は、僅かにですが頷いてくれました。
黒猫を抱き上げ歩き出すと、私はすぐに幸せのあまり顔が綻びました。
だってこの子。細くシャープな体つきなのに、毛並みが物凄く綺麗で柔らかいのです。
……もふもふです。
……もふもふの、もっふもふなのです。
ああ……堪りません。この美人ヌコさん完璧です♪ 最高です♪
ふわふわのもこもこです~~~~♪
幸せのあまり頬が緩んで、顔が勝手にニコニコと笑い出してしまいました。そんな私は傍から見ると、物凄い不気味に見えるのかもしれません。部屋に戻る途中で何人かとすれ違いましたが、硬直した上に驚いた様な表情で私の顔を凝視するのです。その様子に「見せ物じゃないぞ!!」と言ってやりたくなりましたが、今の私は機嫌が良いので見なかった事にしてあげます。
注 年相応に笑うギルバートを見て、物凄く驚いているだけです。しかも、黒猫と言う小動物付き。周りから見ると、同一人物に見えません。これも普段の行いと言えるでしょう。
引き続き幸せに浸りながら歩き、肉球に思いを馳せていた所で部屋に到着しました。黒猫をベットの上に降ろし、扉にロックと部屋にサイレントの魔法を掛け、盗み聞き出来ない様にします。
「これで準備完了です」
私はそう言いながら机から椅子を運んで、ベットの前に座りました。
「聞き耳は封じたので、もう喋っても大丈夫ですよ」
「何故? と、聞いての良いのかの」
まあ、当然の質問ですね。
「この国には、珍しい生き物を調べるのが好きな人達がいるのですよ」
「……ほう。それで?」
「知られると、捕まる可能性があります。そうで無くとも、引き渡せと五月蠅いです」
猫の表情は良く分かりませんが、瞳孔の動きと尾の様子で何となく解ります。……少し、怒ってますね。
「ほう。……で、引き渡されたら如何なるのじゃ」
「体中調べられます」
「それから?」
不機嫌度少しアップですね。
「サンプルを取られます。毛とか血とかですね」
「それから?」
不機嫌度更にアップ。
「得体の知れない薬を飲まされると思います」
「なるほど」
……尻尾が膨らんでますね。逆に喧嘩売りに行きそうな勢いです。
「最後に解剖されて、ホルマリン漬けにされます」
「……かいぼー? ほる……ま…………」
何だかキョトンとしています。(めがっさ可愛いです)しかしこの様子では、言葉の意味は知っていても、頭で理解出来ていない様です。
「腹を裂かれて、内臓を取り出されて……頭の中身も」
「や 止めぬか!!」
どうやら本気で怯えているようです。耳を畳み、プルプル震えています。
……やっぱり可愛いです。
「バレ無ければ大丈夫ですよ。但しバレたら、庇い切れる保証はありませんよ。昔の話ですが、韻竜が居ると言う噂だけで竜が乱獲されましたし」
「竜が乱獲!?」
ちなみに、この話はただの噂です。尤も本当に聞こえるのが、アカデミークオリティなのです。幻獣の最上位と言われる竜を引き合いに出せば、早々無謀な事はしないでしょう。黒猫は頭を低くし、ガタガタと震えだしました。
あれ? そう言えば、まだ黒猫の名前を聞いていません。黒猫は「吾等が……」やら「い……竜が……」とブツブツと言っていましたが、この話題は終了です。
「バレなければ大丈夫です」
「そうじゃな」
黒猫は私の言葉で、少し落ち着いた様です。
「話は変わりますが、私の名前はギルバート・アストレア・ド・ドリュアスです。黒猫さんの名前は何ですか?」
「…………」
そこで沈黙が返って来るとは思いませんでした。しかも、何やら重苦しい何かが……。名前聞くのが地雷と言うのは、あんまりだと思うのは私だけでしょうか?
暫く何も言えずにいると、ようやく黒猫が口を開きました。
「……名など無い」
「……え?」
「名など無いと言ったのじゃ!! 吾が生きた悠久の時の中で、吾の名を呼ぶ物など存在せぬ!!」
「そう です か」
黒猫が下を向いて黙ってしまったので、再び重苦しい沈黙がこの場を支配します。……まあ、こう言う時に言う言葉は、昔から決まっていますね。
「なら、今決めてしまいましょう」
もしこれが更なる地雷だったら、もう私は立ち直れません。
……少しだけ待つと、黒猫は僅かに頷きました。私は内心の胸をなでおろします。
黒猫は顔を上げ、私の目を真直ぐ見つめて来ました。私も黒猫の目を真直ぐ見つめ返し、その名前を模索します。通常猫は“見る=警戒する=敵意あり”と、繋がります。(注 マギ見解)しかしこの黒猫は、只管に真直ぐに私と視線を交わしました。そこから出てきた答えは、当然のごとく“猫らしくない”でした。その所為で真っ先に浮かんできた猫っぽい名前が、私の中で全て却下されます。おかげ様で、良い名前が全く浮かびません。
私がうんうん唸り始めると、黒猫は目を細めました。無言のプレッシャーが……。
「そうですね。……クロと言うのは如何でしょう?」
「黒猫じゃからクロか? ……安直じゃの」
様子から察するに、お気に召さなかった様です。
「そもそも、まだ契約してなかろう。吾の事を把握もしておらぬのに、名前など決められるはずもなかろう」
「それは“さっさとコントラクト・サーヴァントしろ”と、言う事でしょうか?」
「それが目的で、吾を呼び出したのじゃろう」
黒猫の言葉に、私は何も言い返す事が出来ませんでした。
言い訳にしかなりませんが、これ程高度な知能を持ち言葉を解する存在が召喚されるとは、微塵も思っていなかったのです。そして何より不味かったのが、言葉を交わし会話をしてしまった事です。私の中に黒猫に対する友情の様な物が、今までの会話で出来てしまいました。
使い魔とはメイジにとって、友人と奴隷の中間の様な物と私は考えています。友人寄りか奴隷寄りかは、主であるメイジの胸先三寸です。しかし私にとって使い魔は、完全な奴隷にはなっても、完全な友人にはならないと考えます。それはメイジが使い魔に、一方的に命令を強いる事が“出来る”からです。私にその心算が無くとも、“出来る”事が問題なのです。しかもルーンによる好意と言う形で……。
私はこの短い会話で、黒猫と純粋な友人関係を望んでしまいました。
……そう。サモン・サーヴァントで呼び出した事を、後悔する位に。
「汝……急に頭を抱えて如何したのじゃ?」
黒猫が、心配そうに話しかけて来ました。その気遣いが、私の心を更に追い詰めます。
ここは何かしらの理由を付けて、コントラクト・サーヴァントをしない方向に話を持って行くしかありませんね。……たとえそれが、私の愚かしい自己満足だとしてもです。
そう考えた私は、口を開きました。
「すみません。少し思う所がありまして……」
「ほう。悩みか? 相談に乗っても良いぞ」
「いえ、大した事ではありません。それよりも、コントラクト・サーヴァントについてですが、今直ぐで無くとも良いでしょうか?」
黒猫が首を傾げます。……うぅ、可愛い。
「何故じゃ?」
「私は常々、使い魔の召喚と契約が不公平と考えて来ました。メイジ側はくじを引く様な物なので、ある意味自業自得です。どのような存在が召喚されても、文句は言えません。しかし使い魔側は、突然目の前にゲートが現れて、使い魔になるかの選択を迫られるのです。そこに主を選ぶ余地は、……ありません」
「?……何故じゃ? 互いに選ぶ事が出来ぬのじゃ。ならば召喚に応じるか応じないかを、選べるだけで十分と思うが?」
「そこですよ。召喚者はリスクが殆ど無いのに対し、召喚される側は全てを捨てるか選択させられます。リスクに対して、与えられる情報が少な過ぎると思うのです」
黒猫が考える様な仕草を見せます。……考えるヌコ。萌死にしそうです。
「吾が思うに、ゲートに召喚者の雰囲気……イメージの様な物が映されておると感じる。吾ら獣にとっては、それで十分と思うがの」
……それは新事実です。原作でそんな表記は、全くありませんでした。しかし、ここで引き下がる訳には行きません。……たとえそれが、私の独り善がりであってもです。
「そうですか。しかしこの短時間で、それが絶対的事実と言いきれますか?」
「ぬぬ……。確かに言い切れんの」
良し。ここで畳みかけます。
「そこで先程の提案に戻ります。コントラクト・サーヴァントせずに、私と一緒に居てくれませんか? もちろんその間の衣食住は保証します。そちらから見れば、私が主として相応しいか判別する機会が出来るだけです」
「……そう言う事なら良かろう。吾にとって不都合など無いからの」
……何故か詐欺師になった気分です。まあ、良いか。こちらにリスクはあっても、黒猫側にリスクはありませんから。このままずるずると、トリステイン魔法学院の使い魔召喚の儀まで引っ張れば良いだけです。本当に縁があるなら、その時にもう一度この子が召喚されるでしょう。
この時私は、気軽にそう考えていました。
……それが後に、とんでもない事になるとも知らずに。
黒猫との出会いから、一晩明けました。私は黒猫と一晩中話をし、結局一睡も出来ませんでした。黒猫の正体を聞いた時には、正直引きました。いえ……ドン引きしました。ラインメイジの私に、如何してそんな高位の存在を呼び出せるか不思議でたまりません。そこで自分の力を確認したところ、なんとトライアングルメイジになっていました。何時の間にと思い、良く思い出してみると……。
……裸コート。……何故?
首を左右に振り、もう一度落ち着いて思い出してみました。
しかし、唯一出て来たのが……裸コート万歳!!
私の頭の中に残ってる記憶は、ただそれだけでした。私はこの事実に頭を抱え、悶絶する羽目になりました。そんな私を慰めてくれたのは、黒猫……いえ、ティアでした。
黒猫の話を聞き、思いついたのがこのティアと言う名前でした。由来を話した時の黒猫の反応は、正直面白いの一言です。まあ、結局この名前を気に言ってくれた様なので、私的には問題無しです。
それよりも、もう朝食の時間ですね。
「ティア。そろそろ朝食の時間ですよ」
「うむ。では朝食の後に、吾は一眠りするとしようかの」
羨ましいです。朝食の後の私には、流下盤《錬金》地獄が待っているのに。
「主よ。如何したのじゃ? 不満そうな顔をしおって」
「私は朝食を食べたら仕事です」
「ぬ……それはすまんの。吾の身は猫じゃ。自由にさせてもらおう」
くぅ。……本当に羨ましいです。
「なら餌も残飯で良いですね」
「……主よ。吾は待遇改善を要求する」
私は余裕の笑みを浮かべました。しかしティアの方が、一枚上手だった様です。
「主は吾の事が嫌いなのか?」
ぐぅ……まるで私が苛めている様な雰囲気が。
「……解りました。撤回します」
私の返事に、ティアは嬉しそうに尻尾を立てます。やはりティアの方が、一枚も二枚も上手ですね。伊達に歳くっていません。
「主よ。何か失礼な事を考えたか?」
私は曖昧に首を横に振ると、ティアを抱き上げ朝食へと向かいました。
ティアを召喚してから、明日で1週間になります。最初はなかなか馴染めず、周囲から浮いた存在と書いていたティアですが、3日もすれば慣れて可愛がられるようになりました。周りの認識でティアは、私の飼い猫と言う事になっています。当初私の飼い猫と言う立場は、あまり良く無いと思ったのですが、ティアの話ではそうでもない様です。
曰く、ティアが来てから私が無理しなくなった。
曰く、ティアが来てから私の物腰が柔らかくなった。
曰く、ティアが来てから私が年相応に笑うようになった。
全てティア情報ですが、自分が思っているほど周りからのイメージは良く無かった様です。私の心に余裕が無かった証拠ですね。反省です。しかし、それがティアを受け入れる下地になったと言うのだから、世の中何が幸いするか分かりません。
取りあえず年相応云々は良いとして、物腰についてはこれから注意です。無理の方は今更ですが、もう少し意識しようと思いました。まあ、人間すぐに変れれば苦労しませんが……。
と言う訳で人生に余裕を持つ為に、休みの日くらい満喫しようと考えました。それにはやはり、お出かけが一番です。この話を相談した所、ドナが異常に喜びました。なんでも「ようやく護衛らしい仕事が出来る」との事です。クリフの事ばかり気にしていて、ドナの事を全く見ていなかった事に今更ながら反省です。
「取りあえず明日の虚無の曜日は、ドゥネンとオースヘムの町に行きます。日帰りで行ける所では、そこ位しかないでしょうから。ガリア国境が近いので、護衛のドナは一応注意しておいてください」
ドゥネンは、オースヘム領のガリア国境沿いにある漁村です。オースヘムの町は、その名の通りオースヘム領の中心地で、ガリアとオースヘム・ブルーヘントの物流を繋ぐ貿易町です。(さびれていて都市と言えないばかりか、下手をすれば村です)魔の森解決前は、軍事物資の輸送中継地としてそこそこ賑わっていました。これからは塩の輸送中継地として活躍が期待されます。オースヘムは辺境で、土地だけは広いので他にも村はありますが、どれも寒村ばかりで見れる所はありません。これからの発展に期待ですね。
「はい!!」
ドナが嬉しそうに返事をしました。よっぽど雑用と監視に、嫌気がさしていたのですね。ごめんなさい。
最初は領民に混乱を与えないように、こっそり行く心算でした。しかしそれには「他の部署の人間の手を煩わせる」と言われて、却下されてしまいました。特にアンリから、泣きが入りました。(変装用具一式と、各部署への連絡的な意味で)まあ、前日に言われても無理な物は無理ですね。
しかしこれで、お出かけでは無く視察に化けましたね。まあ、良いか。
と言う訳で、ドナのマンティコアでドゥネン村にやって来ました。マンティコアを村の外に待機させ、村に入ると当然のごとく奇異の目で見られました。
「注目されていますね」
私の呟きにドナが頷き、ティアが目で肯定しました。
「ギルバート様。やはりその格好が問題と……」
ドナが、言いにくそうに指摘して来ました。そんなに変でしょうか? 一部例外を除いて、貴族としては普通の格好をしています。その例外が、お腹に付けた自作の特大ウエストポーチです。中には、カンガルーよろしくティアを入れています。時々顔を出す姿が……。もう、有袋類万歳です。
……トリップしている場合じゃないですね。
「取りあえず村長に挨拶してから、村の様子を見させてもらって、お土産に新鮮な魚でも買って行きましょうか」
「……そうですね」
ドナの返事を確認して、適当な村人に村長宅を教えてもらおうとした所で、ティアが袋越しに私のお腹をフニフニ押している事に気付きました。視線を落とすと袋から首だけ出して、めっさ期待のまなざしを向けるティアの姿が……。なんか、涎が垂れている様な気がするのは気のせいでしょうか?
「解りました。ティアの分も買ってあげます」
約束すると、ティアは満足そうに私のお腹に顔をこすり付けます。
「あの……貴族様」
不意に話しかけられ、声のした方を確認すると一人の老人が居ました。
「私は、ドゥネン村を預かっている村長のロロと言います」
「ドリュアス家嫡子、ギルバート・ド・ドリュアスだ」
あっ……村長固まっています。
「私は塩田設置の責任者をしている。塩田の設置作業が一段落したので、後学の為付近の領民達の生活を見ておこうと思い、こうして見て回っている所だ」
「は はぁ」
村長。早く再起動してください。
「と言う訳で、この村の生活を見せてもらいたい。案内を頼めるか?」
「は はい!! ご案内します!!」
村長はガチガチになっていますね。まともな話が聞けるか、心配になってしまいます。そんな村長に案内されて、村の主要施設を紹介してもらいます。畑・井戸と手押しポンプ・屯田兵詰所兼寺子屋・漁港と魚の加工場の順でした。私の心配とは裏腹に、二つ目の井戸と手押しポンプを紹介してもらう時に、村長は落ち着いていました。しかし、気になる事があります。
「村長」
「はい」
「村民達なのだが、女子供ばかりなのは何故だ?」
「出稼ぎに出ているのです」
出稼ぎと言う言葉に一瞬考えてしまいましたが、すぐに思い当たる事がありました。
「ああ。オースヘムとフラーケニッセを繋ぐ街道を造る為の人員か。村の男手が不足していないか?」
「大丈夫です。屯田兵として来てくれた方達が、色々と良くしてくれていますので」
村長は迷い無く答えてくれました。屯田兵は上手く機能している様ですね。と言うか、色々と本末転倒の様な気もしますが……。いや、恐らく逆ですね。街道の方の人員に好条件を付けた所為で、男手がそちらに取られてしまうから、村の男手不足を解消する為に屯田兵を使ったと言う訳ですか。
私は一度大きく頷くと、村長に聞きました。
「村の方で、何か懸念事項や不安な事は無いか?」
村長は思い出すようなそぶりを見せます。そして、何か思い至った様に口を開きました。
「そうですね。最近物価の方が、上がって来ているのが心配です」
なるほど。確かにそれは心配ですね。
「魔の森解決にともない、ガリアが物資の通行税を上げたからだ。街道が完成すれば、物価は落ち着いて元に戻る。心配はいらない」
「そうですか。それは良かった」
村長が嬉しそうに頷きました。
「他には何かあるか?」
「……いえ。これと言ってありません。傭兵崩れが来ても屯田兵の方が追い払ってくれましたし、マギ商会のおかげで悪い商人の被害にあう事もありません」
「寺子屋の方はどうだ?」
「あっ……はい。子供達に読み書き計算を教えると言うので、最初は驚きました。しかし良く考えてみれば、我々も色々と便利になりましたし、体格に恵まれない子でも努力次第で良い仕事に着ける様になったと言う事ですから。今は感謝しております」
村長が頭を下げたので、言葉に私は小さく頷きました。村長は更に言葉を続けます。
「藁編みの仕事や街道工事で現金収入を得られましたし、村で作った物を高く買ってくれるマギ商会の方達も居ます。本当に、良い時代になった物です」
村長は嬉しそうに話していますが、実際はそうでもありません。読み書き計算が出来ると言う事は、“奴隷としての品質が高い”と言う事です。必然的に奴隷商達は、新ドリュアス領内の子供を買おうとするでしょう。下手をすれば、ドリュアス領産の奴隷がブランドになるかもしれません。そうなれば、強引な手を使う奴隷商も出て来ます。……取りあえず奴隷の売買は、ブリミル教の教義で(一応)禁止されているので、それを利用して警備を固める方向で対応するしかありません。
せっかく育ってきた人材を、奴隷商に奪われては堪りません。断固阻止です。
話も一通り済みましたし、視察の内容もこれまでですね。
「そうか。参考になった。……ところで、部下達の土産として鮮魚を買って行きたいのだが可能か?」
「はい。可能です。こちらへ……」
村長に案内された場所は、魚の加工場の裏でした。そこには木箱と樽が、いくつか積んであります。一番上の木箱から、魚の尾がはみ出していました。木箱の中身を確認すると……。
おお、鰹です。たたきやカルパッチョにすると美味しそうですね。でも今は旬じゃないかな。こっちは……少なくともマギ知識に無い魚ですね。これは怖くて買えないかな。おっ……あっちには4サント位の小海老もあります。油でカラッと揚げて、塩を振ったら美味しそうです。こっちは、鱈か……久しぶりにムニエルを食べたいな。鰤もありますね。刺身に塩焼き……照り焼きは材料的に無理かな。
木箱の方は、ちゃんと締めて血抜きした魚が収められている様です。樽の方は……生きた魚ですね。このまま樽ごと輸送するのでしょうか? ……末端価格が、馬鹿みたいに高そうです。
魚の加工場を見ると、作業員が魚を開いていました。干物でも作るのかな? ……樽の方は良いとして、木箱の方は全部干物にするのでしょうか? 鰹等の大型の魚は、干物に向かないと思うのですが。
「木箱の魚は如何するのだ?」
私は隣に居る村長に聞きました。
「一応このまま出荷されます。生のままだと腐るので、出回るのはこの村とオースヘムの町位ですね」
締めて血抜き済みの魚なら、《固定化》で保存が効きます。まあ、そんな事位でメイジを雇うと、魚の値段が数百倍に跳ね上がります。しかし、私が買うとなると話が別です。……と言うか、ティアさん落ち着いてください。ちゃんと買ってあげるから。
「ならば、木箱の方の魚を買おう」
「えっ!! 樽の方の魚では無いのですか?」
……ん? ああ、なるほど。貴族が喜ぶのは、生きた新鮮な魚と言う訳ですね。そう思うのも無理ありません。
「《固定化》を使えば、木箱の方の魚で十分だ。樽の方だと荷物になるからな」
「そうですか」
取りあえず買うのは、小海老と鱈それに鰤ですね。鰹は旬じゃないしな……。待てよ。鰹で、鰹節作れないかな。必要な物は確か、鍋・スモーク缶・燻製用チップ・砂糖・青カビ……は流石に無理か。でも、やって出来ない事は無いです。そうなると昆布も欲しいですね。昆布の存在は以前確認したので、後でアンリに調達を依頼するだけです。
「では、すぐに準備させます。領主さまのご子息が、こちらの木箱の魚全てお買い上げだ」
あれ? いつの間にか、木箱の魚を全部買う事になってる? まあ、良いか。鰹が7尾・小海老40尾余・鱈が3尾・鰤が4尾・謎の魚5尾……食べ切れない分は、家に送り付ければ良いか。どうせ《固定化》かけるし悪くなる事は無いでしょう。
魚の料金は、いきなり来たお詫びも含め色を付けて払っておきました。村長は遠慮しましたが、そこは“貴族の顔を立てろ”と言う事で納得してもらいました。
買った魚と小海老に《固定化》を掛けると、木箱を重ねて《錬金》の木溶接でひと塊りにします。そしてレビテーション《浮遊》で、浮かせて引っ張りました。村長に別れの挨拶をし、村人から見えない所まで移動したら、バラして魔法の道具袋にしまいます。……機密保持(魔法の道具袋)の為とは言え、面倒くさいです。
次のオースヘムの町ですが、思ったほど寂れていませんでした。しかし、基本的にドゥネン村と変わりません。規模は小さい町位ですが、防壁は無しです。男が出稼ぎで殆ど留守にしていて、それを補う様に屯田兵が働いていました。数人マギ商会以外の商人を見かけましたが、どの商人も商売にならないと言っています。まあ、それも仕方が無いですね。マギ商会は領地活性化の為に、領内では儲け無しで商売やってますから。
目新しい物も無く、食指が動く様な商品も特に無かったので、案内してくれた衛兵にお礼を言ってそのまま塩田に帰りました。
謎の魚の正体が気になりますが、私は怖くて料理出来ません。塩田の厨房は当番制で、まだ正式なコックを雇っていないので仕方が無いです。なので最悪家まで持って帰って、家のコックに料理してもらいましょう。
取りあえず今夜は、ブリの刺身と塩焼きです。あと、エビのカリカリ揚げ。……明日は鱈のムニエルかな。鰹節は、明日以降にユックリやれば良いでしょう。
食生活が豊かな事は良い事です。
……コラ!! ティア!! 厨房に入って来ると食事抜きですよ!!
後書き
ご意見ご感想お待ちしております。
ページ上へ戻る