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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十章 イーヴァルディの勇者
  エピローグ エルフからの問い

 
前書き
 第十章これにて終了。

 次回から第十一章が始まります。

 あの二人が登場します。 

 
 ガタガタと揺れる中、荷馬車の硬い御車台に一人座った士郎は振り返り、幌の下で寝息を立てているルイズたちの姿を見る。タバサとタバサの母親を救出した後、士郎たちはアーハンブラ城に置かれていた一台の馬車に乗り逃げ出したのだった。最初は何やら興奮した口調で言い合っていたルイズとキュルケだが、疲れが出たのだろう、何時しか言葉は寝息へと変わっていた。予定ではゲルマニアのキュルケの実家であるツェルプストーの領地を通り、トリステインに帰国することになっている。
 士郎は夜の明かりが遮られる幌の下、闇の中眠るルイズたちの中に混じるタバサの母親に目を向ける。

 ……エルフの薬、か。

 タバサが寄り添って眠る相手。タバサの母親は、エルフの手による薬により心を無くしており、目を覚ませば暴れる可能性があることから、兵隊に使用した薬の余りを利用して眠らせていた。タバサの母親が、エルフの薬により心をなくしているということを士郎が知ったのは、『エルフのビダーシャル』を逃がした(・・・・)後であった。

 もし、先に知っていれば……。
 いや、知っていたとしても……。

 目を閉じ、小さく首を左右に振った士郎は顔を前に戻す。
 顔を上げ、星が輝く夜空を見る。
 と、

「―――隣り、座るわよ」

 ギシリと音を立て、小さな影が士郎の横に現れた。荷台から現れた影は、士郎が何か言う前に手綱を握る士郎の横に腰掛けると、同じく夜空を見上げた。

「……すまないな、巻き込んでしまって」
「あに言ってんのよ……それは、わたしのセリフよ」

 御車台に座る二つの影の間には、少しの隙間があった。

「何も……出来なかった……ただ……見てただけ……やっぱりわたしは……」
「そんなことはない。ルイズがいてくれて助かった」

 夜空を見上げたまま、士郎は横に座るルイズの頭にぽんっ、と手を置いた。
 置かれた手に擦り寄るように、ルイズは頭を動かす。

「んっ……ほんと?」
「ああ。本当だ」

 ルイズは御車台に置いた尻をずらし、士郎に近付く。

「……それでも、わたしは力になりたかったな」
「…………そう、か」

 くしゃりと、ルイズの髪を混ぜる士郎。

「すまない、な」

 頭に乗せられた手に自身の手を乗せたルイズは、顔を伏せ小さく呟く。

「…………弱いな……わたし」
「……………………………………」

 何かを言おうと口を開いたが、しかし何も言わず士郎は口を閉じた。ルイズの頭の上に置いた手の平にさらりと髪が触れる感触を感じ、同時に横腹にとすん、と軽い衝撃を受け士郎は顔をそこに向ける。
 そこには、横腹に桃色の頭を預けたルイズの姿があった。ルイズは目を閉じ、小さな吐息を口から漏らしていた。
 士郎は空になった手の平を動かし、再度ルイズの頭に手を置く。
 サラリとした髪に指を絡ませ、士郎は背を曲げ、頭上を仰ぐ。
 瞳には満点の星空が映っている筈であるが、士郎はそれを見てはいない。
 見ているものは、ほんの数時間前の光景。
 それはエルフを退け、タバサの母親をアーハンブラ城から連れ出そうとした時のことだった。
 ルイズたちから士郎は休憩しててと言われ、一人脱出のための足を探すかと辺りを散策していた時のことであった。



 ―――ビダーシャルが現れたのは。



 ビダーシャルの姿は、まるで野盗に襲われた旅人のようにボロボロであった。
 だが、足はしっかりと大地を踏みしめ、士郎を強い視線で見つめていた。そこには先程の戦闘で負っただろう怪我を感じさせなかった。
 また、そこには戦闘中に見せた憎しみ、怒り―――そして戦意もなかった。

『―――続きをやるつもりか?』
『……分からない貴様ではない筈だ』

 ビダーシャルの物言いに、士郎は腰のデルフリンガーに伸ばしかけた手を止めた。

『それでは、何の用だ?』
『……一つだけ、貴様に聞きたいことがある』

 離れた位置に立つビダーシャルは、顔を伏せ、微かに震える声で問いかけてくる。
 
『……聞きたいこと?』
『貴様は―――』

 
 


 ―――夢を……見ている……

 ……夢でしかありえない……光景……。

 ラグドリアンの湖畔。
 オルレアン屋敷。
 その中庭、テーブルを囲み、今は亡き父と、心を無くした母が、楽しげに、幸せそうに笑っていた。
 笑いながら、父と母は自分を見つめている。母が街で自ら選び買ってきてくれた人形に、『イーヴァルディの勇者』を読んであげているわたしを。
 笑顔を浮かべ、朗らかな声で読むわたしを……。
 もう、決して戻ってはこない光景……。
 父はもう、いない……。
 あんな笑顔を浮かべる母も、もう、いないから……。
 屋敷から執事のペルスランが近づいてくると、客人の到来を告げた。母の許可を受け、ペルスランが客人を中庭に連れてくる。
 学院の仲間たちが中庭に向かって歩いてくる。
 ルイズとキュルケは、互いに何かを言い合っている。そんな二人の後ろで、ロングビルがからかうような笑みを浮かべて更に二人を煽っていた。少し離れた位置で、ギーシュとマリコルヌが手に花束を持ち、所在無さ気に辺りを見渡している。
 タバサの目の前にまで来ると、キュルケとタバサが競い合うように手に持った紙包みを差し出した。その様子に笑いながら、タバサは二人が差し出す紙包みを受け取る。紙包みの中には、たくさんのお菓子が詰め込まれていた。
 タバサがお菓子を掴み口の中に入れる。口を動かしていると、後ろに立つロングビルが、懐から取り出した髪飾りをタバサの髪に差す。髪に差された髪飾りに手を当て、ロングビルを見上げたタバサの額に軽くキスすると、ロングビルは軽く手を振りながらぎゃあぎゃあと言い合いを始めたキュルケとルイズの中に向かって歩き出した。
 タバサは笑う。
 朗らかに、楽しげに笑った。
 涙を流しながら笑った。
 空から大切な使い魔―――シルフィードが降りてくると、ぺろりと頬を流れる涙を舐め上げた。

「……ありがとう」

 様々な思いを込めて、タバサはシルフィードの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細め、きゅいきゅいと鳴くシルフィードに頬を寄せるタバサ。
 カサリと芝生を踏む音を耳に、タバサが顔を上げると、そこには士郎の姿があった。
 ゆっくりと近づいてきた士郎は、タバサの目の前で足を止めると、足を曲げ、タバサと視線を合わせる。

「遅くなってしまったな」

 優しく笑いかけてくる士郎に、タバサは顔を伏せると小さく顔を横に振る。

 ゆっくりと顔を上げ、士郎を見るタバサ。

『イーヴァルディの勇者』が手からすべり落ち、芝生の上にとすん、と、落ちた。
 


 ―――……父は、もういない……母の心が、戻ってくる気配も……ない……



 でも……。



 ―――笑顔は……ある……



 どこまでも、どこまでも暖かく、柔らかな夢の中、タバサは幸せそうに微笑んでいた。

 
 
 






 




 揺れる御車台に座り、身体を揺らしながら、士郎は星空を仰ぎながら思い返す。

 エルフのビダーシャルが口にした問いを。




『―――貴様は知っているか?』





『―――『抑止力』という存在を』






 
 

 
後書き
 感想ご指摘お願いします。

 ……あの二人……っていうかその中の一人がかなりのチートで……あれ? 士郎いらなくね?

 ……が、頑張ります。 
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