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やはり俺達の青春ラブコメは間違っている。

作者:殻野空穂
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第四章
  名前が気になった彼は眠気に身を任せ怒りを覚える。

 俺は今日も学校に行く。
 何もしたくないけれど、それが普通であり、不変であり、作業のような単純で退屈なものだという認識は変わらない。今日も学校に行く。勉強したものが何の役に立つかも既に分からないけれど。
 分からないから止めてしまうけれど。

 辺りを眺めるとそこには沢山の建築物や、それに被さるような青空が在った。
 これが千葉の空である。まあそんなに愛着はないけれど……。俺ここには越してきたから。
 俺は千葉が嫌いなのだ。何しろ俺がこうなったのも千葉の中学校だったから。田舎で細々と暮らしたかったなあ。孤独で居たかったなあ。――ま、どうでもいいや……。

 本当にどうでもいい
 この材木座くんと並んで歩く状況を除いたら……。

 何でだ!俺のステルススキルはどこへ行ったの?それともこの異常なキモ……しつこさが俺のスキルをブレイクしてるの?イマジンブレ○カーなの?お願いだからさっさと学園都市に行ってください。そして勝手に不幸してろ。

「な、なあ……桐山氏。その、あの……昨日のしょ小説、読んでくれたのか?」
 ギブアップして寝た、とは言いづらい。一応読んだところまでで感想を言ってやるか……。

「女の子の服が破れたことは評価してやる」
「お、おう……」
 何だそのリアクション……。
 思ったんだけどリアクションって、リ・アクションって書くと何かかっこよくね?
 ――Re・Action!!!

「ほ、他には……」
「特にない」
「はぶっぅ!!!」
 ドガシャア!と大きな音をたてて地面に倒れる材木坂くん。
 地面にめり込んだかと思ったのに……。
 ところで、今の状況を悲観的に考えうるに、端から見れば彼は独り言をベラベラと誰もいない空間に喋り、独りでに地面に伏せるおかしい人に映るだろう。
 何かちょっと悪いことをしたなあ……。まあ向こうの自業自得だけど。
 仕方ないから次はちゃんと読んであげるなんて……お、思ってないんだからねっ!いやマジで思ってないからマジで。
 まあ、もう、どーでもいーや。どーでも。
 何かが起こらないし何かを起こさない。全てが平坦だし曖昧だし歩き出す足もない。
 地に足が着かないから、何もアクションを起こさない。故にリアクションもない。
 つまり俺は平和を求める良識ある善き正直者ということになるな……。まったく、俺がこんなに良いやつだとは気づかなかったぜ。自分を一番知らぬは自分ってな。くだらねえ。
 くだらなすぎてくだらなすぎてくだらなすぎてくだらなすぎてくだらなすぎてくだらない。
 堪えられない。耐えられない。ずっと絶えない。絶えられない。

 ひんやりとも温かみも感じられない無機物なゴムみたいに鞣された掌を額に当てる。ちっとも冷たくなかったから余計に苛立ちを覚え、汗が手に付き汚れたことにまた腹が立ちもう何も言わなかった。
 帰りたい。いや帰りたくない。動きたくない。体が怠かった。
 気が滅入る。
 千葉の町並みがぐらぐら揺れて、気分も悪くなり、立ち眩んで立ち竦み両手を膝に置き立ち往生した。
 まるで別の惑星から帰還したかのように重力に体が折られていた。
 やっぱり俺はここに居るべきじゃないのかもしれない……。世界がそもそも違うのだ。
 すると、息を切らす俺に誰かが近づいてくる音がした。
「……うす」
「……………………………………………………………ああ」
 比企谷八幡だ。どうやらこのコースはお気に入りらしい。何せあんまり人が通らないからな!
「やけに反応うすいじゃねーかよ……。まあこれがお前の本心の反応ってとこか」
「……いや、今日は疲れてるだけだ。最近は元気に活動する健康優良児だからな……クソッ」
「健康優良児は外に出てもそんな死にそうな顔はしねーよ」
「死にそうゆーなコラ」
「わりぃ遅かったか……ぼっちだと物言うタイミングが掴めなくってよ」
「何をどう見て手遅れだと吐かすんだ……。お前タイミングがっちり掴め過ぎだろ?ホントにぼっちなの?」
「それは聞き捨てならねぇな……。俺は自分に友達がいないだとかいった自意識だけはかなり高いと自覚している!」
「そんな恥ずかしいことを誇らしげに宣う奴を俺はお前以外に見たことがないよ比企谷」
「お前も友達いないから比較対象いないだろうが。お前の中学校、数学の授業で標本調査について教えなかったの?元にする資料、もとい友達少なすぎるでしょう?」
 比企谷はボケにボケ切って何もかもを回収すらせず呟いた。まあ、こう言う会話も悪くないんじゃないかな?楽しいじゃないか。人とか評価とかそう言うの忘れてみようか。本当に悪くないよ。実に悪くない。
 比企谷はそれきり黙って「じゃ……お先」と言って自転車に股がって行って、そんな時間はまったく長続きしなかったけれど。……まあ、いい。
 それにしても流石はぼっち。立ち漕ぎは風が気持ちいいね。気だるい千葉の潮風も、彼には心地よかろう。それと三点リーダが多い。
 一方俺は一人で歩いていった。足下は覚束ない。
 また一人でいた。さっき早々に行ってしまった比企谷に向かって足の生えた肉弾が猛進して行った気がするが気のせいだろう。俺は間違いなく刺し違えなく独りだった。刺し違えなく孤独感に貫かれてしまっていた。
 だが、そんな虚しさも既に自分の体の芯に溶け込んで、今では穴も塞がって見えなくなって、中は空洞だらけだ。
 初めて焼いたホットケーキみたいにブツブツの気泡だらけの醜い僕は、今日も、この街にいた。

 ――この街で、焦げ付いていた。
 全てが丸々ひっくり返っちゃくれないだろうか?それこそべちゃべちゃのホットケーキを……。
 まだ焼け切ってない未熟な面を、また違う温度でフライパンに焦げ付かせて。
 それきり掴まえてほしい。できれば、焦げた面はフォークで削いで、腐った僕はナイフで殺いで……君のその小さな桃色の唇で、ゆっくり全部噛み砕いて……。こんなの全部呑み込んで、消してしまってください。
 ああ、どうやらこの緩い風で俺の頭はやられてしまったらしい。
 こんなだから千葉の街はあまり好きじゃない……。
 ところで、総武校ってクーラー有ったっけ?少し、この頭を冷やしたいと思った。
 再び手を額に当ててみると、その腕は千葉の風に曝されて、やっぱり少しだけぬるい。

 僕にはまだ自分でも不明な点が多い。
 それは記憶が曖昧だからだとか、そう言うわけもあるんだけれど、
 とにかく、今は歩き出さなくちゃいけない。

             ×        ×        ×

 昼休み。今日も教室では喧騒が巻き起こっていた。
 『無囲色』とか言う良くできた「後でのたうち回るランキング」があったら俺史ぶっちぎりの中二病ワードで自らを語らせてもらっている身としては、やはり興味を持たないざるをえない。
 ギャーギャーと血走って盛った猿みたいな奇声をあげているが、それを聞いた他人がどう思うかなど考えもしないのだろうこのギャーギャーギャーと血走って盛った猿どもが。
 うるさいんだよ。
 いい加減にしてくれ。迷惑だ。
 君らはバカだから分からないかも知れないが、君らが意識してないだけでこのクラスの中にも君たちにとって『他人』である人間もたくさんいるんだ。その中には君らを迷惑に思ってるやつもいる。
 だから理解できないんだそんな中で人目を無視して騒ぐ、その神経が。
 いったい全体どういう教育を受けてきたんだ。黙れ。このキチガイどもが。本当におかしいぞ。
 だから場をわきまえようか。君らの回りにいるのは決して友達とか言う馴れ合いの関係者だけじゃない。《他人》だ。君らと違ってまともな教育を受けたであろう真っ当な人間の邪魔をするんじゃない。
 そういうわけなんでリア充は帰ってどうぞ――。

「おい桐山。ギラギラと殺気だって目が血走った狂気に盛った人みたいな顔してるぞ、猿」
「ごめん比企谷……一発ぶん殴るぞ?」
 だってこいつ、いきなり現れたくせに酷くね?なんだよ「人みたいな顔してるぞ」って。まるで俺が人じゃないみたいな言い方じゃねえか。おまけに最後の「……猿」という一言で俺が猿畜生として扱われたと確信できちゃったよ。つまりこれは名誉毀損であり道徳の教科書で言うところの「心へのパンチ」。すなわちぶん殴ったところでそれは正当防衛なんですねわかります。と、言うわけで、鋭く踏み込みコンパクトに拳を突き出す――狙いは避けにくく致命傷になりやすい肝臓っ!

「死に晒せやぁっ!――………………ポス」
「………」くっ、ククッ――。

 もやしごときに笑われた……。(おとこ)としての俺が息してないだろこれ。
 早々に屈辱を味わってしまった。ちょっとだけ男泣きしちゃう。しくしくメソメソエッサッサー。
 でん○ゃらすじーさんネタなんて分かるわけねえだろ俺……。やっぱり俺はセンスがマイナーな人間なのかもしれない(現実逃避。
 ちょっと待て、なんだよ「……………ポス」って!
 言うまでもなく答えは運動不足だった。

「ちぃっ!覚えてやがれっ!」
「……いやいや、噛ませ犬臭すごすぎだろ」
「噛ませ犬臭とか言うな。……何か獣臭そうだろうが」
 俺が白々しい目で対応すると、比企谷もすこし怖じ気づいた様子で後退りする。
 彼は誤魔化すように話題を振ってきた。
「ところでお前材木座の書いたあれ、ちゃんと読んだか?」
「ああ……あれね。ありきたりな学園バトルものと胸の奥にわだかまりを覚える単語にはすこし気後れしたけど、まあ途中までは読んださ」
 内容は大まかに言うと日本の京都あたりを舞台にし、夜の闇と静けさの中で秘密組織前世の記憶を持った能力者たちが暗躍し、それをどこにでもいる普通の少年だった主人公が秘められた力に目覚めて、ばったばったと薙ぎ倒していく一大ギャグコ……一大スペクタルである。
 最後までは読まなかったものの内容はだいたい把握できた。
「へー、意外だな」
「ほら、俺は自分個人の考えと仕事とをキチンと割りきれる人間だから」
「へー」
 こいつ話聞く気ぜんぜんねえだろ。
 さすがに呆れるはー。
 まあ、こんくらいのやる気のなさが丁度いい。だいたいこいつもちゃんと読んで来てるみたいだし……割りきってんのは同じかもしれないや。
 あー、どうでもいいけど潮風きもちいぃぃいいい!さいこーに気だるい。変なテンションになるレベル。
 心ん中で地の文がだんだん乱雑になってってくから、もう眠くて目も、開けられなくなる。
 すごく、眠い。……安っぽい感情表現。
 比企谷も何にもしゃべらない。俺は静かに瞼を伏せて、今日も窓際で、温かく、気だるい――昼休みを、
過ごして――その瞬間カーン、と高い、硬質な金属音がした。窓の外からしてきたのは分かるが、外のどこからしたのかが分からない。ただ言えることは目を開けてしまったということだ。
 ガタリと音がしたのを見ると、一人の女子生徒が席に着いたところだった。
 青い……青みがかかった黒髪の、女の子だった。
 どうでもいい。どうでもいいと思った。何も思ってないつもりだった。
 けれどその女の子のことしか今は見えてなかった。眠気が増した。悪くないと思った。
 ああ、綺麗な青い髪だ。綺麗な肌色だ。綺麗な、綺麗な景色だ。
 安っぽい感情表現の中で、僕は初めて、他人(ひと)の名前を気にした。

「あー、こんなところにいたー!やっはろーヒッキー、それからおはよーう桐山くん!?」
 俺の安っぽい純情な感情を一気に掻き消すようなもっとうるさいのが来た。
 言うまでもなく、それは由比ヶ浜結衣だった。
「!?の中にある?の意味が俺は非常に気になる。一応言っとくけど、名前、合ってるから」
 俺が蛇足(ではないかも知れない)を付け加えると、比企谷も間髪入れず問い返す。

「つーかその挨拶、なに?」
「俺がおはよーうなら、比企谷がやっはろー、である理由は?」
「こんなところに……って俺たちフツーに窓際に居たんですが?」
「そんなに存在薄いですかね……」
「コイツと一緒にされるのはちょっと不服が――」

 俺たち二人の追撃に由比ヶ浜結衣は困惑し、終いには「なにコイツらめんどくせえ……」といった顔をした。まあ、気が置けないという意味では良いことかもしれないが、内心が顔に出すぎだと思った。
 その後、由比ヶ浜はリア充グループに呼ばれて去っていき、何のグループにも属していなかったぼっち二人は、また窓際で眠気に身を委ねていた。ふと、あの席に目をやる。
 青い髪をした女子生徒はもうその席にはいなかった。
 俺はずっと寂しい机と空っぽの椅子を見ていた。
 妙に涼しかった。気だるい潮風が教室の中に入り込み、僕の虚しさという虚しさを晒していった。
 まあ、どうでもいいや。俺が困る訳じゃない。ただ、名前だけが気になった。

 目を閉じると、もう開かなかった。
 目を覚ますと、もう五時限目が始まっており、授業は移動教室で行っていたようで、まわりには誰一人としてそこにいなかった。ただ、怒りが湧いた。俺は次こそ比企谷に目にものを見せてやるつもりで、静かに、ひっそりと腕を鍛えだした。

 それから青みがかった黒髪をした女の子の名前が川崎沙希だと知ったのは、もう少し先のことである。

              ×       ×       ×

 時間は早すぎるくらいに過ぎ、遅すぎる停滞した俺たちは相変わらず窓際にいた。
 やれ部活だ。やれアイスだ。やれサーティーワンだ。あーしチョコが良い、と皆が教室から出ていく。帰りのHRも終わり、辺りは喧騒に包まれながらも徐々に徐々にとその静けさを増していった。
 やがて、教室には二人のぼっちと一人のオタクが残された。最悪すぎるメンツなんですがこれは……。
 これはあれですわ。大人が子供に目隠しして『しっ!見ちゃダメ』って注意するあれですわ。
 非常に、非常にむさ苦しい。
 特に一番端っこのでっかい巨大巨漢THE・イモクザの威圧感が半端じゃない。

「ぬぅぅうん……ぬうぅぅんん」
「……ひっ!」
 なんか唸り出したんだがおい比企谷……。
 どうでもいいけど(うな)るって漢字的にも(ひね)るに似てるよね。
 例文:おい材木座がなんか(ひね)り出したんだが。――うん、これは気持ち悪い。
 思ったんだけど(ひね)り出す、って語感的に()り出すにも似て――(自主規制。
 まあこれは流石に「うん、これは○○――」みたいなネタにできないくらいダイレクトにうん、これは――。
「比企谷頼む、奴を黙らせろ……」
 さすがの俺も至近距離でのこの唸り声は聞くに耐えないので、比企谷にお任せしてみた。
 俺はすがるような目で比企谷を見つめる。
 そして、そこはさすが比企谷。一つ頷いてすぐにザイモク座を説得した。
「材木座、……メッ!」
「ぬぅ、主がそう言うのなら……わ、わかった」
「うわぁ気持ちの悪い意志疎通だナー」
 どうでも良いけど材木座君の体型ってザ○に似てるね。膨れて出っ張った腹の辺りに○ク・マシンガンでも仕込んでそう。
 これからは材木製ザクくんって呼ぼうかな(大嘘――「やっはろー!」

「………《沈黙》」
「あ、あれ?やっはろー?」
「………《沈黙》」
 ――そう。答えはいつも「………《沈黙》」!
 沈黙のカードはいつでも我々(ぼっち)のそばにある。困ったときは使うんだ!特に雪ノ下ル――。
「こら!無視しないの!」
 ――ルートでは非常に役立つぞ♪と続けようとしたところでお邪魔が入った。
 何だよ折角ゲームの攻略情報を今一度確認しようとしていたのに……。え?もう古い?あれはキャラゲー?
 それにしてもその手のゲーム買わない人には謎過ぎるだろこのネタ。――少し自重……。

「はいはい。やっはろー由比ヶ浜さん、それじゃバッファロー」
「やっはろーにバイバイを繋げようとして完全に別単語だ!て、いうか帰ろうとしない!」
 そして桐山くんにはセンスの欠片もない!――と、何だか酷い言われようである。
 良いじゃないか「バッファロー」。皆で流行らせようゼー。
 まあ俺らには流行らせる皆が居ないんですがね……。

「まったく桐山くんはホントに変わらないと言うかブレないと言うか、ブレッブレなのが桐山くんでそれが何時も変わらずブレないと言うか……」
「……」
 核心を突いてきやがる……。
 ブレまくりな、俺。それは俺がキャラを作らないからだ。
 ブレまくって当然だ。何しろ核が無いんだから。
 核が無いんだから、確も無し。見えなければ分かることだ。

「それじゃあ、あたしゆきのん呼んでから部室に行くから、先に行ってて!……ヒッキーも遅刻しちゃダメだぞ☆」
「お、おう……!」
「……もう行っちゃうのかよ」
 ホントに何しに来たんだ……。俺はつい白々しい目になってしまう。
 意図せずだったが……《無囲色》が発動した。
 《無囲色》。僕がそう呼ぶそれは、周囲への興味を失う事で、一部の感覚器官の機能を欠落させたり、劣化させることもできる便利能力。まあ、完全には制御できないから、うっかりすると脳までもが機能停止して死ぬかもしれない。そこまで言ったら無囲色ではなく、それはもう《無意識》だ。
 主に視力の色素認識能力に支障がでるからこその《無囲色》なのである。
 ――次は耳。聴力を失っていく。これはもう性格云々ではなく、人間としての劣化。生物としての退化に他ならない。僕はもう救いようがないのだと、そう思わせる。

 俺はそんな劣化した目で由比ヶ浜結衣だけにピントを合わせていた。
 ピント……それは己の世界感の共有と言えただろう。

 由比ヶ浜結衣。彼女だけを見つめると分かることがある。
 それは、視線の先……。無囲色を持ってしても浮かび上がってくる人物像。
 何となく察してはいたけれど、まさかね……。
 
 僕はずっと由比ヶ浜にクッキーをあげたいと思わせた人物が気になっていたが、どうやら見当がついた。
 そもそも由比ヶ浜はずっと気にしていたので、これは言うまでもないのだが――。
 静けさの穴に潜んだ濁った眼。しかし、そんな彼は到底のものには有せない魅力が確かにあるだろう。


 ……比企谷八幡。それはお前だ。

 そう静かに告げると、俺は視界を元の場所に移し映した。
 《聴力》も元に戻る。しかし、一番肝心なところが元に戻らない。
 見えても仕方がない。聞こえても仕方がない。

 そもそも失えるものが僕に必要であるわけが無いのだった。
 俺。それから自分を鈍感に装った男は、速足で部室へと向かった。
 こいつも俺も、今現在だけは何にも考えちゃいない。

 こいつといると、脳も何時しか消えそうだ……。
 ――って言うか材木座はどこにいるの?

 完全にスルーしていた。おおよそ由比ヶ浜が来たから気配を殺して置物のように佇んでいた、と言った所だろう。
 置いてけぼりにしたのは迂闊であったが同情はしない。自業自得だ。

             ×      ×      ×

 そこには静けさがあった。
 比企谷八幡と俺しか存在しない異質な空間。あんまり静かすぎるのでひょっとしたら皆死んだんじゃないかとも思わせるが、そう思った途端に外から野球のボールをバットで打った小気味のいい音がするから現実ってのは理不尽だと思う。思った途端に変わった途端に起こった途端に(くつがえ)す。
 仮に現実が擬人化したらぜったい性格悪くてぼっちだろ……。

「……はあ」
 ため息も吐きたくなる。

「……う、うんっ……」
 気まずそうな態度で咳払うやつがいる。
 確かに彼は気まずいかもしれない。何よりお互いぼっちだし、その上相手から見たら俺は先生によく連れてかれて何やら心配されている気を遣わないといけない人に映るだろうから、自ずと気まずさの念を禁じ得ない。
 でも僕はぜんぜん気まずくないです!(ドヤァ。
 俺はおもむろに制服のポケットからポケモンを取りだし、開く……ちょっと、待て。
 ポケモン(ゲーム)と表記しないとこれはなかなかスプラッターな感じに……。
 なので一応補足しておくが決してポケモン(生物)の開きではない。開いたのは言うまでもなくDoS lite、通称ドーエスである。いつも思うんだがドーエス ライトって軽めのプレイの事なのだろうか。だとしたら次世代機の機種名はドーエス ヘビーで、文字通り重めのプレイが世界中で繋がりながら楽しめるんですねわかります。他会社で発売されたゲーム機に付属しているシェア機能はそういう伏線なんですねこれもわかります。
 気軽に配信することで人それぞれのプレイをみんなが視聴する。それが繋がるという新しいソーシャルネットワー(ry。

「桐山くん、何一人で唸ってるの?――はっ!?もしや哲学!?」
「………」
 もう来たのかよ。随分早かったじゃないか……。
 すこし比企谷と喋る時間が、正直ほしかったのだが。

 しかし、よくよく考えると話すことなど大して無かったので、まあ……良しとしよう。
 今日は依頼があって、奉仕部はそれを解決するための、それだけの部活なのだから。なのだから考える時間も、一緒にいる時間も十分にある。
 構うもんか。全ては順調だ――。
 僕はあくまでも十全で、続くだけの完全だ。
 どうでもいいから、もう……続けよう。黙って続けよう。

「それじゃあご託はいいから、感想を述べ合おう。一応聞いておくけど、ちゃんと小説は読んできただろうな?」
 俺は腕を組み、二人に目をやる。
 一人は腐った眼差しで俺を見て、さも当然であるかのような態度で鞄から紙の束を抜き出す。
 もう一人は女で、慌ただしい慌てふためいた態度で「マジでこんなのしっかり読んできたの?え、もしかして二人は真面目?」とでも言いたげな眼差しを向けた。こいつ読んでねえよ……。
 どこか楽しげだったのは奉仕部を楽しいお喋りをする集まりだと思っているからだろう。まあ、普段はみな読書忙しく、挙句、部員の散髪に休日を費やすような体たらくだから、仕方がないとも言える。
 こんな無気力な活き活きとしない部活は廃部でOK!さらには帰宅部代表として全力疾走ならぬ全力失踪をするまである。帰宅するだけで行方不明になり得るとか俺はどんだけ孤独なんだよ。

 まあ今さら過ぎるけれども。
 俺は退屈そうに手に持った紙をおもむろに広げ、まじまじと眺める。
 すると雪ノ下が遅れて現れ、言う。

「さあ、手っ取り早く感想を述べ合うわよ」
 そう言われた瞬間、張り詰めた緊張感が走る。……主に材木座から。

「材木座くん……落ち着け、正直でも悪いようにはしないから。多分コイツら君をナチュラルな(てい)で叩きに来るから、俺は君をフォローしていく。至らない点も有るかもしれないがな」
 俺はすでに感想(と言って良いのか疑問に思うほど薄っぺらいものだったが)を伝えているので、今回ばかりは徹底的にフォローしてやる。なにぶん彼女らはこう言った《ライトノベル》風の小説に免疫がないため、指摘にも少なからず誤りが生じると考えたためである。非常に面倒だが、これも大切なことだろう。
 まず初めに感想を述べるのは由比ヶ浜だった。

 しかし、窓辺に肘をつく俺の背後にいるであろう彼女は一向にしゃべろうとしない。振り返って見れば、何やら慌ただしく、「――カッ」と目を見開き、少々それを血走らせながら小説の束をばらりばらりと捲っていた。俺はため息を吐き、呆れ顔でこっちを見る比企谷に相槌を一つすると、声をかける。

「由比ヶ浜さん……読んだところまでで良いから、早くしてくれ……」
 そもそも君の感想にはそれほど期待していなかった。
 それより僕は彼女にひどい事を思ってしまったのだが、奉仕部の依頼に彼女って必要か?お手伝いさんみたいな感じで依頼人に粗茶を出す程度で良いんじゃないだろうか?
 口には出さぬけれども!よく考えたら俺も奉仕部に必ずしも必要とは言い切れぬけれども!
 つーか奉仕部自体が、必要かと問われれば「う~ん」だけども!言っててすごく空しいけれども!?

「………」

 しかしながら事実だった。
 奉仕部は限りなく純粋に近く不必要だった。ってか今さらだった。ここは病棟でした。
 それも精神病院だと思われる。どこぞのホラーゲームよろしく、うっかり人体実験が始まって俺がビデオカメラ片手に潜入することになるかも知れない。目をどんよりと腐らせたゾンビまがいの精神異常者なんて勝てる気がしないはおろか、触ったら一気にゲームオーバーまである。
 なんて恐ろしい。

「……あ、そろそろ言っていい?」
「………」
「お、お~い。桐山くん?」
「……え、あ。俺?もちろん良いよ?」
 やっばい……!話聞いてなかった。
 PCゲームの話はいったん置いて、と。

 それよりギャルゲーの(はなし)しません?ギャルゲーの話!最近の私のヒットは「いますぐお兄ちゃんにお姉ちゃんって――「桐山くん?なにを急に振り向き直したの!?目をきりっとさせてちょっとキ……いや何でもないのっ!(;゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \」。

 で、でた~!急会話割り込み奴~!俺が「いますぐお兄ちゃんにお姉ちゃんって言わなければならなくなったこの崩壊した家庭を駆逐したい!」について熱く語ろうとしていたと言うのに!
 それと安易に顔文字を使うな。
 ……あと俺の「」に割り込むのやめろください。超読みづらいです。読者に厳し過ぎ……――待てっ!俺は今なにを言おうと!
 今俺、メタい何かを!
 とにかくすっげぇ睨まれてるんでちゃんと話聞こうか、俺!

「……あたし喋ってもいい?」
「す、すいません。お、お願いします……!」
 ヤンデル由比ヶ浜とツンドラ雪ノ下コンビからの目が痛すぎる。何この視線のリンチ……俺が危ない人だったら感じちゃうよ。ドキドキ。

「感じてんじゃねえよ……!」
 比企谷お前エスパーさんなの?ってかこの学校の主に奉仕部、エスパー属性多すぎるだろ。ゴーストタイプが来たら全滅じゃね?ポケ〇ンセンターどこだよ。キ〇ぐすりなんか買う金ねーぞ。
 そして、たぶん僕はゴーストタイプなので今すぐ自宅にシャドーダイブしたい。
 それなら帰宅はおろか、同時に奉仕部エスパータイプ勢にもれなく「こうかはばつぐんだ!」のダメージを与えて戦闘不能にすることもできる。これはもう俺がやるしかないのか……?

「考えるな!――感じろ!」
「さらっと快楽におぼれる宣言すんな……この歩く18禁が」
 酷いこと言うなあ……。
 つーか俺を18禁の代名詞みたいに語る意味が分からない。なぜ下ネタ吐くとそう言われなくちゃいけないのか。どちらかと言えば俺は18禁という、言わば禁止条例に真っ向から反抗しているので、18禁ではなく18解。――そして反抗というのは主にこの小説の「年齢制限無し的」に考えてである。本来ならせめて15禁にするべきなのである。――という声が隣の教室から聞こえた気がしたのだが、少し疲れているのだろうか……。

「二人とも喋り始めないでよっ!材……くんがかわいそうだと思わないの?」
「はぐぅうっ!」――バタン。
「ほら!急に倒れちゃうし!」
 と、由比ヶ浜は少々ひき意味に言う。
 俺も間髪入れない。
「百パーセントお前の過失じゃねーか!」
 名前を覚えてもらえない辛さは俺がよく知ってる。……俺でさえ最初は狂いそうだった。と言うか、もうとっくに狂い切ってしまっているのかも知れない。
 もはや内接、隣接、溶接さえされたその異常に鈍感になってしまうほど……。

 いや。さっきも言ったように、今は考えなくていい。感じなんてしなくていい。
 やはり変わらない。少なくとも今は何もするべきではない。

 さっきから雪ノ下の視線がやけに冷たく、ひどく痛いこともあるし。
「じゃあ言うよ……」
 オサレ系イケメンならぬクサレ系ぼっち共が黙ったのを満足気に眺め、由比ヶ浜は食い気味に話し出した。
 一体彼女の口からどんな言葉が飛び出すだろうかなど、俺はまったく予想してはいなかったし、気の利いた感想を期待してはいなかったけれど、彼女が口にしたのは、それはなかなかのものだった。

「難しい漢字たくさん知ってるね!」
「はぶばっ!」――バタン。びくんびくん……。
 うわあ……エグい動きするなぁ。キモッ……。さすが高2にもなって中二病を引きずっているぼっちだけある。それにしてもこの学校エリートぼっちが二人もいるってすごいな。一瞬吐き溜めなのかと思ってしまった。
 ってか事実吐き溜めだった。主に八幡のスペック的に考えて。こいつマジスペッククラッシャー。フラグクラッシャーばりに質が悪いだろ。しかもそのせいでフラグまで順調に破壊してるし。フラグ、所謂ラブコメ要素など彼の前では塵に等しい。ってか比企谷自身がすでに塵。……主に社会的に考えて。
 それとスペッククラッシャーの行きつく先は十中八九十くらい惨めなので、フラグが折られた後はプライドめった切りである。
 言いたくはないが、今の材木座的に考えて。いや、考えなくても惨めに思うけど……。—―さあ、材木座のココロを柔く傷つけたところで、そろそろ俺は疲労しつつも材木座を気遣う。
「まあ、難しい漢字を知っていて損はない。それに難しい漢字を知らなそうな由比ヶ浜さんの口から出た言葉だ。自分のすべての評価だと思わなくてもいいだろ」
 俺がそう材木座に告げると、材木座はすがるような目でこちらにスイスイと寄ってきて、俺の手をひし、と握った。すごい汗かいてて超べたべたしてる。お前ファ〇マのフライドチキンか何かなの?
「き、桐山殿!桐山殿!なんとありがたいお言葉ァ!……この旅路、我と共に歩まぬ気はないか?」
「過剰になつくな!」
 そして歩まんわ!
 面倒な奴だよ……まったくさあ!
 けど、まあ……持ち直したってのは、良いことだ。無意味にあきらめる必要性はない。
 少しだけ気分が良くなっているのを、自分でも感じた。
 ――そう、ここまでは順調だった……。

「けれどいくら漢字を知っていたって、その使い方が正しくなければ意味がないわ……!まず文法よ。あなた、『てにをは』って知ってる?」
「はぶらっちゃあ!」――バタン。ビクンビクン。ゴロゴロゴロ。
「なんて事してくれたんだぁ!」
 もうやだこの子!俺の努力が水の泡だ!……鬼!悪魔!雪ノ下!……あ、これ本名だった。てへっ☆
 さっきから大人しくなってたのは一言で全部ぶち壊す機会でも窺っていたのか……。
「大事なのは文章力じゃない……。物語の構成力だ!」
「その構成力はどうなんだよ……」
「比企谷ァ……!てめぇ」
 面倒が増えたぞ。それ、ちょっとフォローし切れないところあるんだよ……。
 ……クソッ!もうこの役やめたい。
 材木座はメンタルが豆腐だし、まわりはその豆腐をがつがつ崩しに行ってるこの状況。いじめなのかよ……。そんなぐちゃぐちゃな冷奴、醤油かけてもまずそう。
ちなみに豆腐って字は腐るって漢字を使うのが印象を悪くするという考えがあるらしくて、飲食店では豆富と表記してあるって知ってた?俺はあまり飯屋に行かないから知らなかった。
話がそれてしまったが、簡潔に今の状態を考えてみるともうあとがないことが見え見えである。
フォローの余地がない。ツイッターだったらブロックするレベル。
まあ、すでに現実からミュートされてるけどな……。

「お前らさ、もうちょっといいところ探す努力しない?」
「愚問だぞ、桐山。それはいいところがある見込みがないと使えない」
「さらっと結論言うなよ。帰るぞ」
言うと俺はキッと比企谷を睨みつける。
「いやその脅し文句はおかしい」
「帰って欲しくなければ金を払え」
「おかしさ増したぞ!」
比企谷が嫌そうな顔でツッコミをいれると間髪入れずに雪ノ下が鬱陶しいといった様子で呆れ半分諦め半分でため息を吐いた。彼女は前髪から覗くその小さなおでこに手のひらを当て首を振ると、こっちを見る。

「話が飛びすぎよ。そんなに集中が続かないなら今日の活動はあなた達の最期よ」
ええ……殺されてしまうのですか?
どうかやめろください。お願いします何でもしますからァ!

「ん?今何でもするって……」
だから比企谷、お前はエスパーなのかよって……。

「まあ、とにかく最後に比企谷が締めてくれよ」
もうフォローする気起きないから勝手にして?
一体何を言うのかはわからないけど、きっと……。

「材木座」
「ヌッ?」

きっと、慈悲はない……。

「で、あれってなんのパクリ?」
材木座は音もなく倒れた。痙攣している。
今にも失禁しかねない勢い。やめろ。

俺達は帰りの支度を始めた。
材木座は依然として肩を落とし、夕陽の中をとぼとぼと歩いている。
感想を述べた所で、依頼は解決された。
問題を解いても、点数は増えない。
時間が進んでいくのみだった。

「で、材木座くん。これからどうするの?」
そう言いかけているのに、あとの一言がこもって出てこない、

材木座には小説家になる才能などおそらくない。
諦めるなら、早い方がいい。だが、彼は違った。

「また、読んでくれるか?」
「え……?」
何を言っているんだろうと思った。
聞き違いだと思いたかった。
けれど、彼は、彼の言葉は僕の忘れ物によく似ていた。

「ボロクソ言われたのは、確かに辛いし、もう消えてしまおうかとも思った。けど」

僕はなんだか情けなさすら感じてしまうのだった。
どうだろうか。僕は、彼のように、

「けど、読んでもらえて、やっぱり嬉しいよ」
喜びを感じて生きているだろうか。
自分が分からなくなっていく気がしてしまった。

雪ノ下は少し呆れているように見える。
由比ヶ浜は少し疲れた顔を見せる。
比企谷もため息を吐く。

けど、皆も仕方がなさそうな顔をして、

「ああ、読むよ」
その返答に迷いはなかった。

「そうか……ありがとう!」
材木座の笑顔だった。
眩しかった。
少し、羨ましかった。ほんの少し。

ほんの少し、僕の心に傷がついた。
目を瞑って深呼吸をしてから、僕も応えた。
「暇があればな」
暇しかないけどな。
「ありがとう、桐山殿」
また眩しさを感じた。

感謝。
それはきっと、されることも、することも僕にとって刺激的なものだろう。
そして、久しく忘れていたものでもあったと思う。

それが、ここに来て、変わっている。
感謝すること、そしてされること。
人間の暖かさを僕はまた思い出し始めていた。

さて、この夕日は、この記憶は、変わらず悠久の過去になるか、それとも、生きることの希望となるのか、そんなことに僕は興味があるわけでもなかった。
 
 

 
後書き
このタイトルをつけた理由がどうしても思い出せない 
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