ガチョウの物語
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第三章
第三章
そんな大きなガチョウは相変わらず森の笑いもので彼だけが全く意に介していませんでした。けれどある日。森の嫌われ者の狼がこのガチョウを狙ったのです。
「おい、向こう行こうぜ」
「ああ」
皆狼の姿を見てそそくさと姿を消します。彼は森一番の乱暴者でそのうえいつもお腹を空かしているのです。その彼がたまたま大きなガチョウを見掛けました。
「んっ!?あいつは」
「兄弟、今度は何処行く?」
「葡萄を食べに行くでごわすよ」
兄弟達と一緒に歩いています。その中であれこれ話しながら先に進んでいます。当然狼が彼を見たことは全く気付いていません。
「それでいいでごわすな」
「そうだね。葡萄もそろそろ季節だし」
「いいかな」
「おいどんが全部取ってあげるでごわす」
こう兄弟達に言います。
「この身体で」
「飛べないのに?」
「どうやって?」
あまりにも大きいので飛ぶこともできないのです。つくづく本当にガチョウなのかと疑ってしまいます。しかも今もモンローウォークです。
「おいどんが身体をぶつけて葡萄を落として」
「それじゃあ葡萄が落ちて潰れてしまうじゃない」
「駄目だよ、それ」
「だからその前に地面に枯れ葉を一杯敷いておくでごわす」
ここでガチョウはこう兄弟達に言うのでした。
「枯れ葉を。一杯」
「枯れ葉!?」
「どうしてそんなのを?」
「枯れ葉を一杯置けば柔らかいでごわすな」
兄弟達に尋ねます。
「だから。そこに落ちても」
「ああ、そうか」
「葡萄は大丈夫だ」
「そういうことでごわす。これは他の果物にも使えるでごわすよ」
「そうだな、これいいな」
「御前頭いいな」
「ただ思いついただけでごわす」
兄弟達から褒められても別に自慢する様子もありません。
「それだけでごわす」
「いや、それでもな」
「なあ。凄いよ」
そんな話をしながら葡萄の木に向かっていました。誰も木陰から狼が狙っていることには気付いていません。
狼が狙っているのは大きなガチョウでした。その揺れまくっているお尻を見ています。
「あれを食ってやるか」
狙いをそれに定めました。
「大きいし食いでがありそうだ。なら」
早速身構えて身体を縮み込ませてから思いきり飛び掛ります。兄弟達もここでやっと気付くのでした。
「おい、逃げろ!」
「危ないぞ!」
一斉に散開してお互いに声を掛け合います。けれど大きなガチョウだけはそのままのペースで歩いています。全く動じていません。
「御前、危ないって!」
「食われるぞ!」
「よし、もらった!」
狼もまた飛び掛りつつ会心の声をあげます。
「尻が昼飯だぜ!」
このまま食べられると思いました。ところが。
お尻に噛み付いたまではよかったのですがその弾力の前に思いきり跳ね返されました。それで跳ね返った衝撃で後ろの木に頭を打って見事ノックダウンでした。
「やられた・・・・・・」
「お、おい」
狼がのされてしまったのを見て。兄弟達はあんぐりです。それぞれその嘴を大きく開けて翼を上下に激しく振っています。
「狼倒したよな」
「ああ、倒した」
その倒れた狼を見ての言葉です。
「あの狼を」
「凄くないか?」
「凄いなんてものじゃないだろ」
言いながらやがて大きなガチョウを見ます。今狼をのした彼を。今までとは全く違った目で。
「あいつ・・・・・・」
「本当に」
この日から兄弟達が彼を見る目は変りました。そして森の皆の目も。今まで笑いものにしていたのが完全に変わって尊敬すらしています。
「もう笑いものにできないよな」
「それどころかだよ」
口々に言います。
「あいつがはじめて狼をのしたんだよ」
「立派だよな」
「ああ、全くだ」
この日を境にこのお笑いものだったガチョウ君は森の英雄になりました。けれど彼は今までと全く変わらない態度で歩くのもあの大きなお尻を振ってのモンローウォークです。本当に平然としています。
そんな彼と一緒に歩いていてお父さんもお母さんも兄弟達も彼に声をかけます。
「御前、変わらないんだな」
「あんなことしても」
「おいどんは何もしていないでごわす」
平然とした顔と態度で述べます。
「ただ。向こうが勝手に吹っ飛んだだけです」
「それだけか」
「そう、それだけでごわす。おいどんが誇る理由は何もござらん」
「御前やっぱり凄いよ」
「凄いなんてものじゃないよ」
そんな彼の言葉を聞いてまた兄弟達は彼の周りで言います。
「大物だよな」
「全く」
「皆と同じガチョウでごわすよ」
けれどそんな周りの声にも関わらずガチョウの様子はそのままです。何があってもいつものガチョウでした。モンローウォークもそのままです。
ガチョウの物語 完
2008・9・9
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