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カンピオーネ!5人”の”神殺し

作者:芳奈
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ルリム・シャイコースとの戦い Ⅳ

 
前書き
今回の話は、ちょっと嫌いな人がいるかもしれません。キャラ崩壊してるwとかがあるかもしれません。ですが、基本的には修正の予定はありません。ご了承ください。 

 
「どうしたんだ?アンタから通信してくるなんて。」

『僕だってたまには空気を読むこともあるのさ。君が彼女に会いにいくというなら、伝えなきゃいけない事があってね。』

 祐里の場所に走る護堂は、ドクターと通信していた。ドクターに何度か命を救われている護堂だが、船の中で通称『恋のキューピッド大作戦』と呼ばれているあの事件から、一切の敬語を使わなくなっていた。
 確かに、腕はいいし命を救われているが、尊敬出来るかと言われれば不可能だ。およそ常人には理解できない言動と行動を起こすマッドサイエンティストに対する気遣いなど不要である。

「伝えなきゃいけないこと?」

『・・・鈴蘭は、どうにかして彼女を元に戻す気でいるらしいけど・・・』

 ―――不可能だよ―――と。

 普段の喧しさとかけ離れた、理性を感じさせる静かな声で、彼は最悪の言葉を口にした。

「なっ・・・!?」

神の雫(エリクシール)ですら、彼女の怪我を治しただけだった。彼女の体は、既に人間の肉体じゃない。極寒の大地でないと生きていけない・・・例えるなら、『幻獣種』のような存在として、生まれ変わってしまったんだ。』

「それを何とか・・・!」

『不可能だ。少なくとも、私の技術ではね。出来るとすれば、肉体を丸ごと取り替えるくらいかな?鈴蘭と協力して新しい肉体を用意して、脳みそを移し替えれば可能かも知れないね。』

「・・・!」

 脳みそを入れ替える。そんな、マッドサイエンティストならではの狂気じみた提案。それを反射的に怒鳴りつけようとした護堂は、辛うじて口を閉じた。

(・・・これを否定するなら、代わりの案を出さなきゃいけない!人道に反するとか、そういう下らない(・・・・)反論は今はいい!・・・・・・何が、一番彼女の為になるのか。それを考えろ!)

 もし、体を入れ替えて彼女が救われるなら。それを、彼女が了承するのなら、その方法が一番いいのだ。体を元に戻すことが出来ないのだから。
 こういう考えが即座に出来る時点で、彼が普通の高校生(入学式がまだなので、正確には中学生)とは呼べない存在へと変わっている証拠だった。
 既に、彼自体が『カンピオーネ』などという超常の存在へと変わってしまった故に、彼は無意識に、『人外になることはそう可笑しな話ではない』と考えてしまっていたのだ。
 冷静に考えれば、人外へと変質することは、十分に可笑しなことだと分かるだろう。・・・しかし、彼自身、この体質のせいで苦労などしていない。
 
 地球上に存在する、どんな金属よりも硬い骨。
 しなやかで力があり、千切れにくい筋肉。
 人喰い虎に肉を喰い千切られても我慢出来るほどに痛みに対する耐性もあり、尚且つ怪我の治りが異常なほど早い。

 これの何処に、不都合があるというのか?『人とは違う』者になるだけだ。例え、自分の身体が人間のモノではなくなったとしても、一生この場所から逃げられない肉体よりはずっとマシなハズである・・・と、彼は無意識に感じていた。

 例え人間と呼べない生き物になるとしても、『自分らしく生き』、尚且つ『生き残ること』を最優先に考えられる日本人など、一体どのくらいいるだろうか?

 ・・・しかし、この方法には問題がある。

『成功率は、5%ってところだから、オススメはしないがね。』

「・・・やっぱりか。」

 例えドクターとリッチ、そして鈴蘭が協力したとしても、体を丸ごと入れ替えるなんて芸当が、ホイホイ出来る訳がない。沙穂のように、全身を機械化するという方法も残されているが、そちらの成功率も似たようなものである。
 沙穂の場合、既に死んでいたから無茶な改造ができたのであって、生きている祐里が肉体改造に耐えられるかどうかなど、所詮は運に任せるしかないのだ。

「他には・・・本当に方法はないのか?」

 苦い思いを飲み込み、護堂は質問した。今は落ち込んでいる場合ではない、と自分を諌めながら。

『あとはもう、そういう権能を手に入れるしかないだろうね。例えば、『時間回帰』、『権能破壊』、『権能による権能の上書き』。こういった類の権能を手に入れるしかないと思うよ。』

 本当は、他にも方法がある。それも、ほぼ確実に成功する方法が。・・・それは、存在を司る神、マリアクレセルに依頼することだ。
 ・・・しかし、鈴蘭たちが神殺しとなったあの戦いの時、彼女たちは言われている。もう二度と、このようなことはしないと。
 頼まれたからといって、前言を撤回するような神ではないのをドクターは知っている。一度決めたことは、絶対に曲げないのだ。だからこそ、最初からこの選択肢を外していた。

「権能・・・か。」

 人によって、まつろわぬ神を倒した時に手に入る権能は変わってくる。そんな不確実な物に頼っていたら、一体何年・・・いや、何十年掛かってしまうのだろうか?

 ・・・いや、しかし・・・・・・

「ドクター。話がある。」








「・・・・・・私は、どうするべきなのでしょう。」

 鈴蘭に連れてこられた、小さな診療所。当然、ここも凍りついていたが、鈴蘭が権能で創り出したフカフカのベッドに、祐里は寝かされていた。つい今しがた、意識を取り戻したばかりである。
 ・・・建物ごと凍りついている時点で、診療所に入る必要性など欠片も存在しないのだが、そこは気分と言うやつだ。怪我をした人間を運ぶなら病院、という固定概念があった為に、咄嗟にここを選んだにすぎない。

「・・・ッ!」

 彼女は、体を蝕む幻痛に顔をしかめた。身体自体は、鈴蘭が口移しで飲ませた神の雫(エリクシール)によって完治しているが、全身が溶ける(・・・・・・)という異常な体験をした彼女の肉体は、その痛みを鮮明に覚えてしまっているのだ。
 元々、怪我をすることなど殆どない生活を送っていた為に、痛みには耐性がない。むしろ、常人では発狂してしまうほどの痛みを味わいながらも、そうはならなかった強靭な精神力を称えるべきなのだろう。

 そんな彼女は、立ち上がる元気もないまま、ベッドの上で今後の事を考え続ける。

「・・・何か、お手伝い出来ることはあるでしょうか・・・?」

 これほどの恐怖を味わって、それでも尚、自分に出来ることを探し続ける。並みの魔術師にも出来ないようなことを、戦闘能力の全くない彼女は、当たり前のようにやっていた。

 ・・・殺された人たちの仇を討ちたい、という気持ちもあったが。

「・・・あの方は、無事でしょうか・・・?」

 彼女が思い出すのは、自分が壊れてしまいそうになったあの瞬間に、まるで物語の主人公のように助けに来てくれた少年だ。

 新しい神殺し。羅刹の君。

 彼女が、存在すら知らなかったカンピオーネは、彼女の危機に突然現れた。・・・あと、ほんの少し早く来てくれれば、という思いもあるが、過ぎたことをグチグチ言っても仕方がない。
 ほんの数日前に神殺しとなったばかりだという彼は、先輩である筈の【聖魔王】にサポートされ、まつろわぬルリム・シャイコースと戦い始めたのだ。

 何故、先輩である鈴蘭率いる【伊織魔殺商会】が戦わないのかは、祐里にはわからない。彼女の体は、ルリム・シャイコースによって狂気の権能の効果が及ばないように変質させられているため、クトゥルフの神々が人を狂わせる権能を持つことを、そもそも認識していない(もっとも、『自覚出来ない狂気を生み出す権能』なのだから、ルクレチア・ゾラくらいのレベルの実力者でなければ気がつけないのだが)。

「・・・・・・無事でいてください。」

「おう。キミも無事だったみたいだな。」

「!?」

 独り言に返答された祐里は、慌ててドアを見る。元々半開きになっていた扉から、護堂が顔を見せていた。

「あ・・・!」

「いや、無理して動かなくていい。大変な目にあったんだろ?休んどけ。」

「いえ、羅刹の君を前にして、御挨拶もしないなど・・・!」

 そう言って姿勢を正そうとする祐里だが、護堂は首を振って拒否した。

「止めてくれ。俺はそんなことされる人間じゃない。自分と同い年くらいの美少女に頭を下げられて、普通に振る舞えるような度胸のある奴じゃないんだ俺は。」

「しかし・・・。」

「ハァ・・・。なら命令だ。そんな硬い挨拶なんかいらない。止めてくれ。」

「・・・分かりました。」

 渋々祐里が頷いたのを見て安堵する護堂。彼も内心では相当焦っていたのだ。

 神殺しとなって、鈴蘭の船で散々美女・美少女を見てきたとはいえ(【伊織魔殺商会】のメイドたちは、何故かほぼ全員が一流モデル並みの美女ばかり)、祐里はその中でも最上級の容姿である。そんな彼女から感じられたのは、『感謝』の他には『疑念』や『畏怖』といったマイナスな感情。ここ数日で、自分たち神殺しやまつろわぬ神がどれだけ規格外な力を有しているかは理解したし、アリスに歴代の神殺し(同類)悪の所業(度を過ぎた行動)を教えられているので、怯えられるのは仕方ないと言えるだろうが・・・

「俺は、先輩たちみたいに迷惑な存在じゃないぞ。無礼な態度を取ったーとか言って暴れるようなことはしないから、普通に話してくれ。」

(俺は、平和主義者だし。ここまで怯えられると落ち込むぞ流石に)

 平和主義者・・・と言ってもいいのだろうか?まぁ、いいのだろう。話が通じる相手には、話し合いで解決しようとする気持ちを持ってはいるし。・・・一応は。
 話が通じない相手や、コチラの要求を飲まない相手には、やはり力づくで飲ませるだろうが。

「俺は草薙護堂っていうんだ。・・・名前は?」

「祐里。・・・万里谷祐理ござ・・・です。草薙王。」

「護堂。護堂でいいよ。俺も祐里って呼ぶから。」

「は・・・はい。それでは・・・草薙さん、と。」

 半ば護堂に強引に押し切られ、祐里は彼のことを護堂さん、と呼ぶことになった。

 それから、護堂と祐里は少しのあいだ話し合った。具体的には、この数日で護堂が何をしてきたか。何故、鈴蘭たちが戦わず、新人の護堂が戦っているのか。それらの理由をだ。

 話終わった後の祐里は、驚きの連続で感情が追いついていない様子である。

「・・・では、人に狂気をもたらす権能があるために、護堂さんが戦っている、と・・・!?」

「そうだな。あの人たちだって、本当なら新人になんか戦わせたくないだろうさ。・・・・・・若干一名は、ベッドの上で縛り付けられながら、俺のことを凄く羨ましそうに見ていたし・・・。」

 沙穂のことである。

 それはともかく、祐里は今の話を聞いて、奇跡とも呼べる内容の連続に頭が痛くなった。

「・・・つまり、護堂さんがいなければ・・・最悪の場合、狂気に犯されて暴れまわるカンピオーネが四人も生まれていたということに・・・。」

 いや、既に【剣の王】サルバトーレ・ドニがこの権能の犠牲になったし、長引けば最古参の神殺しサーシャ・デヤンスタール・ヴォバンもやってくるだろう。犠牲者は増える可能性がある。

 もしも、祖父の知り合いに返す為に”神堕としの魔道書”などという、最上級神器を持つ護堂が日本から来ていなければ。

 そもそも、護堂が”神堕としの魔道書”に主として認められていなければ。

 護堂が、まつろわぬナイアーラトテップと接触し、その権能の一部を奪っていなければ。

 護堂が、神々と戦う恐怖に負けずにナイアーラトテップと戦い、勝利していなければ。

 これらの連続した奇跡がなければ。この中のどれか一つが欠けていても、護堂の代わりに様々なカンピオーネが戦っていただろう。・・・そして、ナイアーラトテップとクトゥグアと戦っているうちに、正気をなくしていたかも知れない。そこから始まるのは・・・地獄だ。

 特に、【聖魔王】名古屋河鈴蘭はマズイ。あのカンピオーネは、尽きることのない膨大な呪力と再生能力を持ち、遠近中距離全てに対応し、更には空間転移という規格外の能力を持つカンピオーネだ。
 世界中どこにでも瞬時に現れ、暴れまわり、自分の身が危険になれば転移で逃げることも出来る。重傷を負わせても次の瞬間には再生し、呪力(燃料)切れを待とうにもそれは有り得ない。
 毒ガスや爆弾を作成すれば広域破壊も容易といった、敵に回ればこれ以上ないくらいに厄介な相手なのである。

 更に言えば。

 世界でも一部の者たちしか知らないが、彼女は元々、権能などなくても、神々を圧倒出来る実力の持ち主なのである。心臓を貫かれても死なないほどの不死性すら持っている彼女に、どんな方法を使えば勝利出来るというのだろうか?

 正直言って、規格外揃いのカンピオーネ連中から見ても、更に異端。たった一つの権能しか持っていない新人の分際で、熟練の神殺しを圧倒出来る能力の持ち主なのだ。

 大げさかも知れないが。世界滅亡の危機である。

 それを護堂に説明すると、彼も顔を青ざめさせた。

「・・・おいおい、それ程の力を持ってるのかよあの人たちは。」

「ええ。あの方たちがいるので、日本は今、爆薬庫とか、核兵器所持国より危険な国とか、【魔界】とか言われて恐れられています。古くからの術師の家系でも、逃げ出す人たちが多くいましたし。」

「おいおい・・・。」

 事ここに至って、ようやく自分の重要さを正しく認識した護堂。彼と同じく狂気の権能を無効化出来る、【冥王】ジョン・プルートー・スミスは療養中で動けない。護堂が負ければ、後は彼女たちが動くしかないだろう。彼は正しく救世主。破滅に繋がるかも知れない未来を、回避出来る存在なのだ。

「・・・こりゃ、負けられないな。」

「・・・。」

 まつろわぬルリム・シャイコースがまだ生きていることを教えてもらっている祐里は、護堂の横顔を見つめた。彼の表情は何だろう?一体、どんな気持ちでいるのだろう、と。

(憎悪、苛立ち・・・でも、好奇心や期待もある・・・?)

 やはり、なってからまだ数日といえど、彼もまた神殺しの一員なのだ、と彼女は思った。神と戦い、打倒出来る事が嬉しいのだ。命をチップにする最悪の賭け事。その高揚感がたまらないのだ。彼は気がついていないかもしれないが、血に飢えた獣のような獰猛さを醸し出していた。

 PiPi!PiPi!PiPi!

 甲高い音が、彼女の思考を遮った。音の出処は、彼の首元。そこに付けられた、注意して見なければ気がつけないほど小型の機械だ。

「通信か。」

『護堂君ー。彼女とは会えた?』

 護堂が通信を始めると、聞こえてきたのは女の声だった。祐里も知っている。【伊織魔殺商会】が送ってきたPRビデオに出演していた女性。今、世界で最も有名な女性。

 【聖魔王】名古屋河鈴蘭。その超大物が、通信してきているのだ。

「大丈夫なんですか?ダウンしたって聞きましたけど。」

『あ~大丈夫大丈夫。私結構頑丈だから。気分は悪いけど、ドクターとリッチさんが手を尽くしてくれているしね。ただ、流石にそっちに行くのは無理かなぁ。・・・で、ちょっと時間が無いから単刀直入に。・・・・・・時間切れ。私たちの持つ監視衛星が、そちらの状況を捉える事が出来た。ルリム・シャイコースは怪我を治し終わったよ。今、君たちを探している。』

「アンタたち、人工衛星まで持ってるのかよ!?」

 ルリム・シャイコースよりもそっちのほうが衝撃的だった護堂は叫んだ。SFじみた魔術関係者だとは思っていたが、まさかこれほどとは。

『まぁ、金も資金もあるんだから、やりたいことは全部やっとかないとね!・・・あぁ、安心して。普段は使っていないからプライバシーの侵害もないし、漫画みたいに広域破壊兵器を搭載とかしていないから。アレは周囲への被害が凄くなるしなぁ・・・、』

 まるで思い出すかのような鈴蘭の遠い声。実は、隔離世で対神様用兵器の試作品の実験をしたことがあるのだが、周囲数キロメートル全てが吹き飛ぶという威力の兵器を作ってしまって、計画は中止になったのである。
 まつろわぬ神を確実に殺そうと思うなら、それ程の威力を用意しなければならなかったのだ(因みに、魔術的な加工は施されているため、神にもダメージを与えられる)。
 そも計画の名は、『まつろわぬ神自動虐殺計画』というふざけたものだった。

「監視衛星打ち上げる事がやりたいことって・・・アンタは何をしたいんだ・・・。」

『え~!楽しそうじゃない?』

「楽しくねえよ!宇宙飛行士とかなら兎も角、監視衛星に憧れる女性ってなんだよ!?」

 叫ぶ護堂。彼女の行動に呆れた彼は、言葉遣いが怪しくなった。

『まぁ、馬鹿話もこれくらいにして。』

 護堂の叫びを聞かなかったことにして、緩んだ空気を鈴蘭が正した。

『護堂君。ドクターから聞いた。・・・・・・やるなら、今のうちだよ。』

「・・・ッ!」

 先ほどとは打って変わって真面目な翔輝の声に、護堂も息を呑む。

『君がやろうとしていることは、その子の今後の人生を大きく左右する。・・・だけど。』

 そこで息を吸って、

『君が本当にそうしたいと思ったのなら、私たちに相談なんてする必要はない。私たちには打つ手がないしね。その子と話をして、その子が了承するのなら、君はその力を行使するべき。・・・君は、既にカンピオーネだ。人道とか、そういうのは一切気にしなくていい。誰に縛られることもなく、誰の命令を受けることもない王者なんだから。』

「・・・王者。」

『その子と話をするべきだよ。既にあまり時間はない。後回しにして、君がもし、ルリム・シャイコースとの戦いで死んでしまったらどうするの?その時その子は、永久にその場所で生きることになるんだよ?』

「・・・そう、ですね。」

 絶対に勝てるという保証はない。もしかすれば死ぬかも知れない。だからこそ、やれることは全てやるべきだ。
 後悔など残すな。『帰ってきたらやる』なんて死亡フラグはいらない。

『・・・幸運を祈るよ。』

「・・・はい。」

 通信を切る。

 ゆっくりと深呼吸をして、祐里に向き合う護堂。今までの会話を聞いて、自分に関係のあることなのだと知っている祐里は、冷や汗をかきながら唾を飲み込んだ。

「・・・・・・鈴蘭さんたちには、祐里を助ける手段がない。」

「・・・ッ!」

 覚悟していたことだった。しかし、言葉にされるとこうも辛いとは。永久に一人になるかも知れないという恐怖が、彼女の心を満たそうとしていた。

 ・・・しかし。

「だけど、俺は・・・多分、祐里のことを救う事が出来る。」

「・・・・・・!」

 祐里は賢い娘だ。ここで呑気に喜ぶことなど出来ない。・・・何のデメリットもなしなら、護堂が既に力を行使しているだろうからである。これまでの会話から、彼の性格はある程度推測出来ている。彼は、困った人がいれば放っては置けないという、お人好しの部分がある。祐里を元に戻す事が出来るなら、迷わずその方法を使うはず。

 ・・・つまり、護堂が使うか迷っているその手段とは、それなりの悪影響があるということだ。

「俺は、まつろわぬクトゥグアを倒している。その時に得た権能が・・・まだ名前もついていないんだけど、あるんだ。」

 クトゥグアを倒した後、彼には新しい権能が宿っていた。・・・が、その権能の内容ゆえに、この権能は使わない、と決めていたのだ。
 だからこそ、『どんな権能を得たのかは分からない』とまで嘘をついて、鈴蘭たちに教えなかった。

 【炎の王国(フレイム・キングダム)】。

 後にアリスによって付けられた名前である。

 この権能は、人を眷属に変化させる権能。《炎》、《支配》などを司るクトゥグアから奪った権能なので、この権能の影響を受けた人間は、炎の精(The Fire Vampires)として、新たに新生する。

 効果として、全身を炎に転化させる事が可能になり、力量としては神獣程度の力を得る。不死ではないが不老となり、永久に老いることがない。ここまで見れば、人間をやめることと引換にしても魅力的な権能なのだが―――

 ―――やはり問題がある。

 対象となる人物が、護堂に永遠の忠誠を誓うことが発動条件となる。更にキスも条件として含まれており、実質女性限定の権能である。更に言えば、眷属となった後に護堂が死んだ場合、どうなるのかが不明なのだ。最悪の場合、護堂が死んだ瞬間、祐里も道連れになって死ぬ、という可能性もある。そういう意味では、この権能を使わずに、この土地で他の解決方法を待つのも一つの手段かも知れない。
 この他にも、多少の不都合があるんじゃないだろうか、と護堂の直感が囁いている。

「き、キス・・・ですか・・・!?」

「ああ・・・。だから、封印しておこうと思ったんだ。誰にも知らせないようにしようって。」

「・・・///」

 赤面。護堂と祐里は、顔を向けあったまま黙ってしまう。いやいやキスが問題なのかよ!と思った人もいるだろう。だが、護堂と道連れに死ぬかもしれないというリスクよりも、ファーストキスを捧げるかどうかのほうが、今の祐里にとっては重要なのである。

(こんなに大事な話なら、もっと早く話してくれれば・・・)

 と、一瞬恨みがましく思ったが、次の瞬間には考えを改めた。

(・・・でも、護堂さんがどういう方なのか分からなければ、決断も出来ないですし・・・)

 最悪、命を失うかもしれないリスクを背負っているのだ。軽々しく決断は出来ない。だからこそ時間が必要だが、護堂の人となりを知ることも大事だ。なにせ、権能を発動すれば、護堂と一生を共にするのだ。それはつまり、結婚することと同義なわけで。

「~~~ッ///!」

 護堂との結婚生活。それを妄想して祐里は更に顔を赤く染める。イヤイヤをするように首を振り、そして気がついた。

(・・・私、護堂さんとの未来に、不安を感じていません・・・)

 恥ずかしいから躊躇ってはいるが、それは嫌だからではない。少なくとも今の時点で、彼に嫌悪感などを抱いていないことは確かだった。

「・・・祐里、大丈夫か?」

 様子がおかしい祐里を見て、護堂が心配している。

(・・・護堂さんも、不安なんですね・・・)

 自分の選択で、祐里の命が失われるかもしれない。平然としているように見えるが、護堂の内心は荒れまくっている。人一人の命を背負っているのだ、当然だろう。

(それなのに、そんな様子は殆ど見せずに、私の心配をしてくれている・・・)

 本当なら、彼だって叫びたいほどの気持ちを抱えているはず。だが、祐里を不安がらせるわけには行かないと、それを必死に我慢しているのだ。
 ・・・なんて優しい人だろう、と祐里は思った。

 そして、決断した。

「・・・護堂さん。決心、しました。」

「・・・ッ!」

「・・・お願い、します。」

 スッと、祐里は静かに目蓋を閉じる。少しだけ顔を上に向け、護堂の目線へと合わせた。

「・・・いいんだな?」

「・・・女性にこれ以上言わせるのは、酷いと思いませんか・・・?」

「・・・・・・そう、だな。」

 護堂の纏う気配が変化した。類稀なる霊視の能力を持つ祐里には、目を瞑っていても、それが強大な《炎》、《太陽》と《支配》を司る神の権能だということが分かる。

「我、炎を統べる者。我、焔を司る者!・・・祐里。例え世界全てを敵に回しても!例え全ての神様を敵に回してでも!俺と共に生きると誓えるか!?」

「・・・誓います。私、万里谷 祐理は、草薙護堂と永遠を共にすることを誓います。」

 二人の唇が、重なった。

「・・・んぅウウウウウウウウウウウウウ!?」

 轟!と膨大な呪力が放出された。それらは散ることなく、炎の粒子へと変換されて祐里の肉体へと吸い込まれていく。

 激痛が走る。ルリム・シャイコースに体を変質させられた時は感じなかった痛みを感じた。というのも、一度人外に変質させられた身体を上書きしているのだから、当然なのだが。

「ん!ンウウ!ンああああああああああああ!?」

 篭った声が響く。身体に走る激痛に耐えられず唇を離そうとしても、護堂の唇はそれを許さない。決して逃がしはしてくれない。舌と舌が絡み合い、涎が口の端から流れ落ちるが、二人はそんなこと気にしていない。

 ガリガリと。

 痛みに耐えかね、爪を立てる祐里が、護堂の首筋を引っ掻いている。華奢な身体とはいえ、人外に変質している最中の彼女の力はそれなりに強い。護堂の首筋からは、幾筋もの血液が流れ落ち、祐里の指へと絡まる。

「・・・んぅ!・・・んぁ!」

 段々と、彼女の身体の痛みが治まって来る。そして、彼女の瞳から、一筋の涙が溢れた。

「・・・ん。」

「・・・ぁ・・・。」

 それを見た護堂が舐めとる。その行為によって更に祐里の体温が高まり、顔が赤くなる。そして、それを隠すかのように、護堂へとキスの続きをねだった。

「んっ!」

 彼も、拒否などしない。今はこの愛おしい娘を抱き続けたい、とそう思っていたから。

「・・・んぁ・・・・・・・・・。」

「ん・・・。」

 何分間そうして貪り続けていただろうか。身体の痛みが完全に消えて、呼吸が苦しくなった所で、彼らはようやく唇同士を離す。

 ツーッ、と二人の間に銀色の橋が架かり、広がって落ちた。

『はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。』

 祐里の姿が、若干だが変化していた。

 亜麻色の鮮やかな長い長髪はそのままだが、瑠璃色だった瞳は、透き通った朱色となっている。更に、衣服が十二単(じゅうにひとえ)と羽衣に変化しており、正に平安の美しき佳人とでも言うべき姿となっていた。

「・・・護堂、さん・・・。」

「・・・祐里。」

 その姿を見て、護堂の中に熱い衝動が渦巻く。・・・が、

『!?』

 そんなことをやっていられるような状況では無くなってしまった。

『出てこい神殺し!先ほどの続きといこうではないか!!!』

「・・・来たな。」

「・・・護堂さん。」

「いいから。祐里はここで待っててくれ。」

 ポンポンと。最初に会った時のように、優しく彼女の頭を撫でていく護堂。その動作に安心し、祐里は頷いた。

「・・・はい。お帰りを、お待ちしております。」

 これから、まつろわぬ神と神殺しの第二ラウンドが始まる。 
 

 
後書き
・・・疲れた。
今回の話は、本当に難産でした。祐里を眷属にするのは最初から決まっていたんですよ。ただ、そこまでの過程がね。ぶっちゃけ、どうやって眷属にさせるのかが難しくて。祐里が、ちょっとチョロすぎるように見えるかも。
・・・っていうか、私はこの作品について常々思っていたんですよ。

キス成分が足りないって!!!
カンピオーネ!と言ったらキスでしょう。皆さんもそう思いませんか?なのに、この作品のキスって何回?未遂を入れても、これで三回くらいじゃないですか?しかも、全部淡白なんですよ。
というわけで、今回は濃厚(笑い)なキスシーンに挑戦してみたくなったわけです。

三月になったら、ダクソ2が発売になりますので、更新がむっちゃ遅くなると思います。それまでにクトゥルフ編を終わらせて、論理回路も更新したいですね。

PS タイトルで、ⅣにしなきゃいけなかったのをⅢにしてたので修正しました。 
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