季節の変わり目
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目覚めたら
昨日のことが嘘のように感じる。何が、昨日起きたのか。いっそこれが夢だったら、と願った。けれど朝起きて、これが夢ではないことは分かっていた。朝食を食べて、歯を磨いて、洗顔をして、病院へ向かう用意をした。私はショルダーバッグを肩に掛け、家を出た。
病室に入ったら、ヒカルの家族と藤崎さんがベッドを囲んで丸椅子に座っていた。
「藤原さん」
ヒカルのお父さんとお母さんは一礼して「まだ目覚めないんです」とヒカルの寝顔を見て心底力尽きた様子で言った。
「あれからもう丸一日経ってるっていうのに・・・」
私はベッドに歩いていき、ヒカルを見た。昨日と同じで、死んだようにヒカルは横たわったままだった。金色の前髪は横に流れ、目を閉じたヒカルは少しだけ幼く見えた。気のせいか、悲しそうな顔をしている。
「ヒカル」
私が呼びかけてもヒカルは寝息をたてるだけだった。
「何で、ヒカル起きないんだろう」
藤崎さんはヒカルのすぐ傍に近づいて、ヒカルの寝顔をずっと見ていた。彼女の瞳に少しずつ涙が浮かんでいる。前に聞いたことがある。彼女はヒカルのことが好きだったと。何故、こんなことになってしまったんだろう。しばらくして、私はヒカルの睫毛がぴくりと動いたのに気づいた。
「おばさん、今ヒカル・・・」
藤崎さんの声につられるようにヒカルの瞼はゆっくり開いていった。その様子を私たちは無言で眺めていた。私は導かれるようにヒカルのベッドのすぐ横に移動した。まずヒカルは天井を数秒眺めて、藤崎さんのほうに向いた。彼女の頬には一筋の涙が流れていた。
「何で、泣いてんだよ、お前」
ヒカルのお母さんは涙を拭って「ヒカル、本当に良かった」と布団に顔を埋めた。ヒカルのお父さんは
「先生に知らせてくる」と走って病室を出ていった。
「ここ、どこ?」
「病院よ。あんた倒れたのよ」
「え、何で倒れたの」
嫌な予感がする。私はヒカルが話すのにしっかり耳を傾けた。
「何でって・・・あんた覚えてないの?」
ヒカルの両親や医者には「突然倒れた」とだけ言ってある。それ以外に言いようがなかった。自分が恥ずかしかった。今、ヒカルと目が合った。彼は私を見て何も言わず母親のほうへ視線を戻した。
今・・・ヒカル、私に気づいた?
「藤原さんも、来てくれたのよ」
残酷な声が私に届いてきた。
「誰、藤原さんって」
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