戦国異伝
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第百四十八話 伊勢長島攻めその十五
「わかりましたね」
「はい、わかりました」
「それでは」
「お父様がお帰りになられたら」
その時はどうするか、長政はそうした話もした。
「その時は美味しいご馳走を皆で食べましょうね」
「お母様、いいですか?」
娘達の中で最も年長で背の高い茶々が市に問うてきた。
「茶々は不思議に思うことがあります」
「不思議に思うこと?」
「お祖父様の傍にいた二人ですが」
言うのはこのことだった、彼等のことであった。
「あの二人の服はどうして違ったのですか?」
「違ったとは」
「普通お坊様は黒ですね」
茶々は子供らしいあどけない声で市に話していく。
「そうですよね」
「はい、そうですよ」
「けれどあの二人の服は違いました」
「黒だったではありませんか、いえ」
ここでだ、市も気付いた。彼等の法衣の色は。
「あれは」
「本当に真っ暗の」
「そうですね、あの色は」
茶々は子供なのでその色をどう言うべきかわからない。しかし市は気付いてそのえうでこの色を言った。
「闇です」
「闇?」
「そうした色もあるのです」
「色ではなくて」
「はい、闇の色もです」
それもあるというのだ。
「そうした色も」
「そうなのですか」
「あの二人の僧侶は延暦寺から来たといいますが」
「それがどうかしたのですか?」
「母も気付きました」
市は確かな顔で一番上の娘に告げた、屈んでその目線は娘と同じ高さにしている。
「あることに」
「そうなんですか」
「ではお部屋に入りましょう」
子供達にはこう言う、そしてだった。
市は子供達を休ませてから一人になり文を書いた、そのうえで織田家から来ている者に伝えるのだった。
「この文を兄上に」
「殿にですか」
「おそらく兄上なら」
ここからは勘だ、しかし市の勘は兄に匹敵するものだ。その勘から言うのだった。
「もう長島を平定され近江に向かっておられます」
「この国にですか」
「しかも与三殿をお助けに」
向かっているというのだ。
「ですからここは」
「与三殿の方に向かえばよいのですね」
「そうして下さい」
こう相手に告げるのだった。
「わかりましたね」
「それでは」
「一つ尋ねます、僧侶の方の法衣はどの色ですか?」
「黒では?」
織田家から来た者、彼はすぐにこう答えた。
「それでは」
「それは延暦寺も同じですね」
「無論です、むしろ」
「延暦寺ならですね」
「あれだけの寺、それを崩すとは思えませぬ」
法衣は黒、この決まりをだというのだ。
「本願寺は一気の時は灰色になりますが」
「それでも僧侶の方は黒ですね」
「それは変わりません」
下の服は灰色でも袈裟や法衣の色は決まっているのだ、それでなのだ。
「しかしそれが何か」
「いえ、確認しただけです」
「確認ですか」
「それだけです」
あくまでだ、それだけだというのだ。市はここでは言葉には出さなかった。
「それではそのことは」
「わかりました」
彼jは多くは聞かなかった、そうしてだった。
市から授けられた文を届けに出た、しかし市はその文に大事なことを書いた。それは彼女が気付いたことであった。
第百四十八話 完
2013・8・10
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