時のK−City
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第三章
第三章
「けどどうするよ」
ベースのノッポがいつもの喫茶店でたべっている時に話を切り出した。
「他のバンドにいちゃ無理だろう」
「いや、俺はそうは思わねえ」
リーダーは何時になく強引な声でそう答えた。
「ここはやるしかないだろう」
「どうする気だよ」
「引き抜く。うちには何としてもあいつが必要なんだ」
「引き抜くねえ」
髭がそれを聞いて話に加わってきた。
「問題はあいつがウンと言うかだな」
「言わせてやるさ」
リーダーは手に持っていた煙草の火を消してこう言った。
「何としてもな」
「何としてもかよ」
「あいつがどうしても欲しいんだよ。その為には多少強引なことやってもいい」
「強引に、か」
「そうさ。何かいい考えあるか」
「そういうことなら俺に任せてくれよ」
髭が身を乗り出してきた。
「昔からそういうことは得意だからな」
「やれるか」
「じゃあ俺も入るわ」
僕も入ることにした。
「御前一人じゃしんどいだろうからな」
「悪いな」
「俺も行くか」
リーダーも加わった。
「頼めるか」
「言いだしっぺがやらなきゃまずいだろ。けど何があってもあいつうちに引き入れるぞ」
「ああ」
こうして僕達三人で引き抜きにかかることにした。まずはワゴンを用意してあいつが来る場所に向かった。
「そろそろかな」
僕はワゴンの中でリーダーと一緒にいた。その中であいつを待っていた。
時間になった。すると髭がこっちにやって来た。
「来たぜ」
「よし」
「行くか」
僕達は頷き合ってワゴンを出た。そして待ち構えた。暫くして本当に奴が来た。今だと思った。
「行くぜ」
リーダーが僕と髭に声をかけてきた。
「よし」
「ああ」
僕達はそれに頷いた。そしてあいつに声をかけた。
「よう」
「あ、はい」
外見は僕達と似たようだが何処かぼうっとしている感じだった。ノッポよりもまだ呑気な感じのする奴だった。こうして見ると本当にバンドをやってるのかとさえ思えてくる。
「ちょっと話したいことがあるんだけどよ」
リーダーが先陣をきってこう切り出してきた。
「俺にですか?」
「ああ、ちょっといいかな」
「つっても俺後でバンドのメンバーと打ち合わせがありますし」
「まあそんなこと言わずに」
リーダーも僕ももうかなり顔が知れていた。この久留米じゃ知らない奴はいない程だ。当然こいつも僕達のことは知っていた。だから謙遜しているのだ。
「いいから」
「メンバーにはこっちから話しておくよ」
「けど」
「そう言わずにな」
「ラーメンおごってやるからよ」
話をしておくのもラーメンをおごってやるのも嘘だった。僕達はとにかくこいつを誘い出すことしか考えてはいなかった。後はどうしても僕達に引き込むつもりだった。
何だかんだと言ってワゴンの中に入れた。半ば押し込む形で発進すると山の奥に入った。自衛隊も来ないような場所だ。久留米は中途半端に都会なのでこんな場所もあるのだ。
「おい」
まずは僕がすごんでみせた。
「御前俺達のグループに入れ」
「えっ!?」
こいつはそれを聞いて思わず驚きの声をあげた。
「そっちのグループにですか」
「そうだ」
リーダーもすごんでいた。
「今俺達ドラム探していてな。だから入れよ」
「けど俺今自分のバンドに入ってますし。入れませんよ」
「そんなの関係ねえんだよ。御前は俺達のバンドに入るしかないんだからな」
「そんな勝手な」
当然と言えば当然だがそれを拒否してきた。
「それじゃあ引き抜きじゃないですか」
「そうだよ、引き抜きだよ」
リーダーは悪びれずにこう答えた。
「御前の腕を見込んで言ってるんだ。来いよ」
「けどそんな」
「嫌だってのかよ」
髭も入ってきた。こういう時にこうした一見怖い顔が役に立つ。
「それだったらこっちにも考えがあるんだけれどな」
「考え」
「おうよ。御前ここが何処だかわかってるんだろうな」
辺りを親指で指しながら言った。
「山の中だよな。もし断ればどうなるかわかってるだろうな」
「まさか」
「そのまさかだ。なあ」
「ああ」
「道具も持って来てるしな」
ここで僕とリーダーがスコップとロープを取り出してきた。
「入ればいいんだよ。けどな」
「断った時は・・・・・・。わかってるだろうな」
「山に埋めてやるぞ」
三人でこうすごんでやった。すると顔が真っ青になった。その時の顔は今でも覚えている。
「わ、わかりましたよ」
あいつは震える声でこう答えた。
「入りますよ、入ればいいんでしょ」
「やっとわかったか」
「ドラムですよね、じゃあそれでいいですから」
「おう」
「わかってくれて嬉しいぜ。それじゃあ御前は今日からうちのメンバーだ。いいな」
「はい」
こうしてこいつもメンバーにまった。これでやっと僕達のバンドが完成した。
それから色々なコンテストに参加したがどれも大成功だった。そして僕達のところに遂に会社から話がやって来た。契約して欲しいというものだった。
僕はそれを聞いた時思わず飛び上がりそうになった。待ちに待っていたメジャーデビューだから当然だった。しかしここで問題があった。
「あの二人どうする?」
僕とリーダー、髭、ノッポはもう高校は卒業していた。ノッポは大学に進学し、僕達は働いていた。丁度白も高校を卒業し大学に進んでいた。けれど弟とドラムはまだ高校生だったのだ。
「あいつ等も一緒じゃないとまずいだろ」
「そうだな」
「東京の学校に行かせるってのはどうだ?」
僕達年長組四人は毎日そんな話をするようになった。
「東京の高校ってなあ」
「堀越とかによ」
「あれは女の子だけだろ、行くのは」
髭がそう言った。
「男はそうそう行けないんじゃなかったのか」
「ジャニーズのタレントは行ってるぜ」
「俺達ジャニーズじゃないしよ」
この時はまだジャニーズといってもマッチやトシちゃんだった。トシちゃんは確か高校を卒業していたと思う。しぶガキ隊が出ていた頃だっただろうか。
「事務所も許しちゃくれんだろ、そんなの」
「じゃあどうするよ」
ノッポが聞いてきた。
「中退させるわけにもいかんだろ」
「流石にそれはな」
僕がそれに答えた。
「親父も反対してるしな。高校だけは出ろって」
「そりゃそうだな」
「東京も駄目だし。どうするよ」
「待つか」
ここでリーダーがこう言った。
「待つって?」
「ここに残るんだよ、二人が卒業するまでな。どうだ」
「何かなあ」
髭がそれを聞いてぼやいた。
「それだと時間かからねえか」
「ほんの少しの間だろ」
リーダーはそれに対して反論した。
「大した時間じゃねえよ、そんなの」
「そういえばそうか」
髭もそれを聞いて納得した。
「一年もないしな」
「まあそういうことだ。それ位なら我慢できるだろ?」
「ああ」
「じゃあそれでいいな。とりあえずは二人の卒業を待つ」
「よし」
「東京へ行くのはそれからだ。それでいいな」
「それでいくか」
「じゃあそれまではここにいようぜ。最後の名残にな」
こうして僕達は二人の卒業を待つことにした。それから暫くの間は働いたり学校に通いながらバンドを続けていた。思えばそれが僕達とこの街との最後の時間であった。
時間はあっという間に過ぎていった。そして二人は卒業した。遂にこの時が来たと思った。
「来たぜ」
駅に電車が来た。これに乗ればもう後はない。東京に行くだけだ。
リーダーがまず乗った。それから僕達が乗る。七人全員が乗り席に着くと扉が閉まった。電車はゆっくりと動きはじめた。
「これからどうなるかな」
「そんなの決まってるじゃねえか」
不安が胸をよぎった時リーダーがこう言った。
「日本一のバンドになるんだよ。それ以外に何があるんだ」
「そうか」
「そうだよな」
その一言で僕達は救われた。皆気持ちが明るくなった。
「もうこれで帰らないけどな、この街には」
「ああ」
「最後の別れだ。よく見ておこうぜ」
僕達が今まで歌っていた店が見えてきた。赤や青、緑のネオンで飾られた看板が見える。思えばあの店でいつも歌っていた。けれどもうすぐ閉店の時間だ。
「あ・・・・・・」
ネオンが消えた。急にだ。そして真っ暗になってしまった。
「消えたな」
「消えちまったな」
僕達はその時に心だけじゃなく目でもわかった。もうこの街でやることはないのだと。これからは別の街で歌うということが。
「さよならだ」
最後にリーダーが言った。
「この街にも。そして俺達の子供の頃にもな」
「全部な」
電車は速度を速めていった。僕達は一秒ごとに久留米から離れていく。過去から。これからは七人で歌うんだ。そう誓いながらさっきまでネオンが輝いていた場所を見つめていた。
時のK−City 完
2005・9・3
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