魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
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第2章 『ネコは三月を』
第30話 『それはあなたです』
――――試験開始 0分 in eyewall
自分の攻撃を受けるのであれば、もう少し強く、もう少し早く、次撃を行なえばよく、攻撃を避けるのであれば、さらに加減をすればよい。
フェイトはそう考えていた。
彼女は今まで執務官として現場調査や情報収集が多く、シャリオに手助けをしてもらってはいるものの、だからといって戦闘が多いとは限らず、少ない。
それに、六課へ出向してからも自分から向かっていくような戦闘は少なく、指導がそのほとんどを占めていた。
これより、特に相手の実力が知れない場合、初撃を重要視するのは当然といえば当然であった。触れること事態が危険という人物でもない。
「0」
彼女は振りかぶり、一気に間合いを詰め――一般局員が認識できる速さ――ハーケンフォームで体重を乗せながら相手の頭上から振り下ろす。
「……へ?」
音が耳に届くとともに、自分の視線は下のほうにいるなのはたちを捉えていた。こちら見ているシグナムを目が合う。そして、フェイト自身がそうであるように、モニター越しで見ている人たちも、目を見開いていた。
(何がおきたの!?)
だが、模擬戦をしている人と模擬戦を見ている人とは観点が違う。前者は当惑で後者は驚きである。
フェイトは彼が予想外の行動を起こしたため、認識できず、一瞬何が起こったのかわからなかったのだ。体勢を立て直し、彼を真正面から見ると、攻撃する前と変わらない自然体の構えである。
もう一度、今度は見逃さないように重心を僅かに傾け、ハーケンを振り上げる。
ハーケンが頂点に達し振り下ろそうとした瞬間、彼が動いた。
コタロウも和傘を振り上げ、これからフェイトが描くハーケンの軌道上を僅かに外れた位置に平行に添え、ハーケンが軌道を通り過ぎようとしたときに和傘をその腹に当てて、軌道をずらし、自身に当たるのを防ぐ。
この時の魔力で覆われたハーケンと傘が擦れる音をフェイトは初撃で聴いたのだ。魔力同士の擦れる音は荒い鑢のような乱暴な音ではなく、涼やかで根元から先にかけて音程の変わる鉄琴よりも滑らかな音色がした。
(これは想定してなかったな)
最近は確実な防御をエリオたちに教えていたため、このような防御方法があったことをすっかり忘れていた。いや、聞いたことはあるが、実際見たことがあるのは初めてかもしれない、とフェイトは思う。
(――それならっ!)
上からではなく、横から攻めようとハーケンを握りなおし、横一閃に薙ぐ。
彼はフェイトの初動では動かず、薙ごうと刃が向かおうとしたときに動き、ハーケンと傘を擦り合わせ軌道をずらした。
ハーケンは彼の頭上を斜めに通り、振り終えたフェイトは右腕が左目を隠すような残身をする形になる。
自分の攻撃があたる感触はある。しかし、擦れる音とともに軌道をずらされ、空振る姿勢を残して相手を見据えるかたちで終わる。そして、相手は攻撃が逸れたのを見届けてから自然体に戻る。
二撃、初撃もあわせると三撃、見事に自分の攻撃は受け流された。
純粋に驚くが、それよりも心に息吹くものがあるのをフェイトはまだ自覚できずにいた。
(次は……)
と、正面からではなく、彼の横に移動してみると彼はそれに合わせて彼女の正面を向くように動く。ただ、位置は動かない。
それではと横に移動しながら視線をコタロウに向けず、払うように腕を振ると、腕が別の意思を持ったように上に弾かれた。いや、弾かれても反動は腕には響いてはこず、もともと自分が上へ払おうとしたかのように違和感が無い。
力強さより、速さを重視したほうが良いかもしれないと、攻撃に意識せずに戦術を練る。
その間、絶えず振り下ろし、振り上げ、右払い、左払いと攻めてみるが、全て音を奏でながら軌道をずらされ、当たらなかった。
(……うん! まずは……)
フェイトは自分が口を僅かに緩めていることに自覚はなく、自身の速度を上げ始めた。
魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第30話 『それはあなたです』
――――試験開始 0~5分 out eyewall
フェイトの初撃があまりにも綺麗に逸らされたのを見て、特に新人たちは目を見開いた。なのはたちも多少驚く。
二撃目も同様にコタロウが受け流したのを見て、それが偶々でないことを自覚させた。
彼はそういうスタンスなのだと。
「なのは隊長」
「……何、八神部隊長?」
「なのは隊長だけやないねんけどけど、戦術、主に接近戦においてはそちらの方が詳しいはずや、分かったことがあれば、念話でもええ、考えずに口に出してほしい」
はやては彼が避けるわけでなく、バリアで受けることもしなかったことで、これから予測される、不明事項をなるべく無くそうと全員に呼びかけた。
了解ですと全員は頷く
フェイトは彼との距離を保ちながら周囲を回り、攻撃を繰り出すがどれも初撃と同じように受け流されていた。
「フェイトの戦術、決まったみたいだな」
「うん」
ヴィータの言葉になのはが頷き、フェイトは彼と距離をとる。
彼女のマントが揺れる。肩幅にあわせてハーケンを握り締め、左足を後ろに前のめりになり、
「はァッ!」
初撃よりは倍以上の速さで突っ込んでいった。大きく振りかぶり、
「……まずはパワーよりもスピード――」
「それで、正面からじゃなく、背……は?」
フェイトが振りかぶった位置から消える前に彼は後ろを向いた。
遅れて彼女の姿が消え、彼の背後――正面に出現する。
彼女の体勢は振りかぶった状態であらわれるが、彼がこちらを向いているので目を大きく見開く。そのまま背後を狙おうとしていたのに、正面から受ける形になるのだ。魔力の擦る音が聴こえ、軌道を逸らされる。また、フェイトは屋上にいる彼女たちのほうへ視線が向く。
「ネコさんが背後からの攻撃を読んでたってこと?」
「……ううん。それ、違う」
モニター越しから見るのをやめたティアナに、スバルにしては珍しく抑揚が無く、首を横に振る。因みにスバルもモニターは見ていない。
「ネコさんが動いたのはフェイト隊長が消える少し前……」
「だからっ――」
「消えるってことは残像なんだよ。つまり、消える前にはフェイト隊長はそこにいなくて……」
まさか。とティアナは息をのむ。
「……フェイトさんに合わせて動いたってこと?」
スバルは頷く。
つまり、残像に騙されること無く、彼は動いただけだとスバルは言葉を漏らす。視界の認識がコタロウとは違うことを自覚する。
「多分、エリオもそう見えてるはず……ね? エリオ?」
「あ、はい。でも、残像は残ってますよ?」
「それは私も。普段接近戦で慣れてるんだと思う」
上空ではその間も彼女はフェイントをかけつつ、彼の背後から攻撃しようとしているが、彼の正面を攻撃するかたちに終わる。
気付けば彼女の行動が執着ともとれる時間が経過していた。
だが、
「……なのは隊長、フェイト隊長はまだ手加減しとるんか? なんや、そうは見えへんのやけど」
「うん。全力じゃないけど、かなり本気でやってる」
見上げるなのはの目が、どのように見えているのかは分からないが、はやての目にはフェイトが2人、3人で彼を囲っているように見え、目が追いつかない。なにより、戦っている2人はぶつかり合って競り合うことが無いのだ。全てフェイトの振り抜きで終わる。
――――試験開始 5分 in eyewall
フェイトはまたコタロウの背後を狙おうとするが、正面から上から下へ受け流されたのを最後に再び彼から距離をとった。
「……はぁ……はぁ」
「…………」
フェイトの呼吸が乱れ始めたのに対し、コタロウの呼吸は乱れていない。
(もう、一度ッ!)
この一撃を最後にしようと今日一番の速さで間合いを詰め、彼の背後に回り込む。
今度は移動し終わった後も、
(よしっ!)
彼の背中がフェイトには見えた。彼女は既に振り下ろすだけの状態であり、そのまま彼の右肩に狙いをつけ、振り下ろす。
『――なっ!』
降りぬいたとき、彼女の予想としては左足のほうを抜けて終わるはずなのに、実際は右足のさらに外側へ抜けていた。
今まで彼に逸らされるたびに聴こえた擦れる音が振り抜いた今になって耳に響く。
すぐに彼へ視線を向けるが、相手は正面は向いておらず背後のままだ。ただ、傘だけが『ちょっと一息形態――槍のように長い野天傘』になっており、ハーケンが今通過した軌道上に添えられてあった。
コタロウはゆっくりとフェイトの方を向き、傘を元の状態へ戻す。彼女の視線はそのまま彼の目を合わせる位置にあったが、相手がバイザーをしていたのでそれは叶わない。
(凄い! 正面、背後関係ないんだ。 それならっ!)
バイザーに何か秘密があるのかと考える余裕は彼女には無く、即座に彼と距離をとった。
中距離より近く、近距離よりも遠い位置まで移動する。
そこで改めて彼の姿を広くみると、彼の持つ傘が異様な光を帯びていることに気付いた。
――――試験開始 5~8分 out eyewall
「なァ、何かアイツの傘、光ってねェ?」
「……そうだな」
それは屋上にいるヴィータたちにも見えているようで、シグナムも頷く。
「傘にフェイトさんの魔力が移動しているんです」
「はァ!? じゃあ、あの傘、フェイトの魔力奪ってるのか?」
「いえ、奪っているのではなく、移動してるんです」
奪うと移動は違う事をシャリオは言及する。
彼女はモニターで魔力反応を見ていたのでフェイトの魔力がコタロウに移動している経過をみていたのだ。
全員がシャリオの方を向くなか、キャロが口を開く。
「エリオ君」
「なに、キャロ?」
「あれ、もしかして、『擦過現象』じゃないかな?」
「……あ」
彼女の予測に、エリオは保護施設や訓練校の基礎カリキュラムでその用語が出てきたことを思い出した。スバルたちもキャロの言葉に反応し、言葉を漏らす。
「なるほど、『擦過現象』ね」
「……初めて見た、かも」
なるほど。と2人は感心するが、ヴィータをシグナムはなんだとシャリオを見る。
「『擦過現象』、もう少し詳しく言うのであれば、『魔力異相差間の擦過行為による素子自由化、及び相平衡を利用した魔力素子遷移現象』ですね」
フェイトは自身の周りに魔力弾を複数出現させていた。
「一方の魔力量が極端に大きく、もう一方が極端に小さい場合で、且つ大きいほうの魔力結合力が小さいほうに比べ弱い場合、擦過――互いを擦り合わせたときに発生する現象です。簡単に言いますと、高さの違う砂山を同じ高さにしようとする現象といえばいいでしょうか」
一般的に、結合した魔力は衝突すれば必ずその箇所は破壊され、魔力素子は制御を離れ自由素子となる。生成した防御壁が攻撃を受ければ常に同じ強度は保てず、その分弱体化するものだ。
そして、この時相互間に極端な魔力差が発生する場合、束一的性質と呼ばれる相平衡――安定を求めて均一を保とうとする現象――により魔力素子が小さいほうに遷移するのである。
これは衝突を連続で繰り返す、つまり擦過を行なうことによって発生するため、一般的には『擦過現象』として呼ばれ、より専門になるとシャリオが話したように『魔力異相差間の擦過行為による素子自由化、及び相平衡を利用した魔力素子遷移現象』と少し長ったらしい呼び方になる。さらに、そこで制御を行なえば魔力素子は雲散することなく他人の魔力を相手の制御下におけることが可能だ。
「そんなの、今まで見たこと無ェぞ」
「……あるわけありませんよ。単純に魔導師ランクではなく、魔力量の比較でいうと、Aクラスでさえ相手はEまたはFクラスの方ぐらいでなければ発生しない現象なんですから。それ以上でしたらDくらいの差が無ければそんな現象は起こりません」
『…………』
ヴィータとシグナムは黙りこむ。
現在、フォワードメンバーの中にそれほど魔力量の低い人間はいない。全員魔力量は高く、将来性のある人材を集めているのだ。低い人間はいないと言ってもいい。
「……ゼロレンジ」
彼の防御方法を見て、思い出したようになのはが言葉をこぼした。
「なんやの、それ?」
「あ、うん。一般的にクロスレンジ――ショートレンジも含む――とミドルレンジ、ロングレンジのうちのどれか、あるいはそのいくつかを専門とする魔導師になるんだけど、それはある一定の魔力を持つ人しか魔導師になれないという現在の適正基準が出来てからなんだ。でも、その基準が出来る前はどんなに魔力量が低くても魔導師になれたから、その人たちが戦える領域があったの……」
前置きとして、先輩に聞いた話であるとなのはは付け加える。
「それがゼロレンジ。クロスレンジよりも相手に近く、まるで触れてしまいそうな距離のことなんだ。そのなかでも特に優れた人は『擦過現象』を巧みに使う『アドヴァンスドグレイザー』って呼ばれて、魔力量差を実力差をせず、相手を圧倒することができたみたい、なんだけど……」
「なんやけど?」
はやてはなのはを見て訝しみ、
(……魔力量差を実力差としない?)
ティアナは拳を握り、クロスミラージュに目を落とす。その代わり、
「うん。でも――」
『すり抜けた!?』
上空で何が起こったのかを彼女たちは見逃した。
――――試験開始 8分~11分 in eyewall
フェイトはコタロウが何をしたのかを一挙一動として見逃さなかった。
自分が放った複数の魔力弾は相手に全弾命中させるためのものではなく、散弾のように広範囲を想定したもので、相手が移動するなり、傘を開くなりの回避行動をとるだろうと彼女は考えていた。
しかし、彼の取った行動はそのどちらでもなく、
(自分に当たるものだけ、軌道を逸らした)
弾幕のなかで自分に当たるものだけに傘の先端を当て、進行方向を変えたのだ。魔力弾は彼の身体すれすれを吹き抜けていった。
遠目から見れば弾幕の中をすり抜けたように見える。
(ふ、ふ。それなら、左右同時なら、どう?)
まだ、彼女は自分が微笑んでいることに気付いていない。
心地よい疲労を感じながら、今度は先程より倍近い魔力弾を生成する。
空は晴れ、太陽が地を照らしているのに、彼女の周りは自身の魔力弾でそれよりも明るい。彼女はそのそれぞれに意思を送り、彼に向かって撃ち放った。左右に別れ、加速し、彼に向かうのをフェイトは見届け、戦術を練ろうとするが、
(……駄目だ。攻めたい!)
寒気に近い振るえが身体に走ると、一度大きく彼と距離をとり、叫んでいた。
「ザンバーフォーム!」
ソニックムーヴも惜しむことなく2度唱え、離れた距離を助走距離として加速度をつけ、彼に突っ込んでいった。フェイトは彼にザンバー――剣――を突き刺す構えである。
コタロウは傘を伸ばしその中心を握り横にして胸元におく。
(長さは準備運動で見たとおり自在なんだ)
彼の身長の3倍はある長さだ。彼女はさらに加速し距離を詰める。
そして、彼は魔力弾が自分に着弾するよりも先に、
(傘の撓りを利用して撓ませて、当たる弾だけ擦らせた!?)
三方向の攻撃がほぼ同時であれば、自分から先に当たるのだけ対処すればよいかのごとく、先端と柄の部分で弾だけ先に軌道を変える。
その後、瞬時に傘を折りたたみ、ザンバーと地面に対して垂直に前に出し、接触する瞬間に手首を巻き込みながら身体を回転し、剣の腹を撫で、フェイト諸共後ろへ受け流す。左右から彼を襲う魔力弾は彼女とも交差するかたちになるが、彼女は身を翻してよける。
(傘の伸縮は自身の間合いの調整なんだ)
通り過ぎた後、フェイトは彼のほうを振り返ると、傘がまた一段を輝きを帯びていた。
頬を汗が伝い呼吸が徐々に荒く鼓動も跳ね上がるが、気だるさはなく、心地よい。
[フェイトちゃん、今のはさすがに……]
なのはから念話が入る。明らかに危険性ある行動だとフェイトは言葉遣いから判断できた。
しかし、
[……ごめん、なのは。今は、集中したいんだ]
彼女の言葉を押しのけた。屋上には一切目を向けない。
コタロウと間合いを詰め、一撃、二撃と剣を振るい、接近戦を繰り広げながら魔力弾を放ち、自身もその弾幕の中に侵入し、さらに剣を振るう。そして、距離をおいてはまた攻めるとったことを繰り返し続けた。
彼は傘の長さを自由に変えて、彼女の軌道を擦りながら逸らしていく。
精神はますます研ぎ澄まされ、自分たちを見ている人たちはもとより、空の景色も分からなくなるほど視界が狭まり、対象がコタロウだけに絞られていった。ただ、周囲を飛び交う自分の魔力弾は手に取るように分かり、軌道修正したりなとでして彼に向かわせる。
また彼女は彼から距離をとり、呼吸を整えながらカートリッジを3ロード。足元に魔法陣をひき、魔力を練り上げる。魔力が変換され激しい稲妻を周囲に呼び起こし、コタロウに手を翳すと、そこに照準と砲口の役割を果たすリングが二重三重に出現し、手のひらに自身とロード分の魔力が収束していく。相手の姿が霞むほどだ。
その後、
「プ、ラズマ……スマッシャーーーッ!!」
コタロウに向けて砲撃を撃ち放った。
――――試験開始 9~14分 out eyewall
フェイトがコタロウに向かって左右から攻めるように魔力弾を放つ。
シグナムは先程のフェイトの斬撃や正面からの弾幕にとった彼の行動を見て、
「当たるものだけ、軌道を逸らす、か」
「バリアやフィールドを使わず、使う防御壁はシールドのみ。しかも、接触時に接触箇所だけ展開して擦る」
ヴィータと揃って片眉を吊り上げるが、フェイトからこぼれる微笑みをみて、自分が拳を握っていることに自覚はあった。
一つは武者震いであり、もう一つは、
(……しかし、まぁ)
何故断ってしまったのかという後悔である。
今まで、魔力量の大きさはその人の実力とほぼ比例し、魔力量が少なくとも、雰囲気からその人の実力を判断できた。だが、彼の場合、そのどれにも当てはまらず、とても戦う人間には見えない。
まさか、戦いの面でも彼に驚かされるとは思わなかったのだ。
(……うゥム)
上空を見上げながら腕を組み、左右の魔力弾がコタロウに迫るのを見ながら、仕方がないとシグナムは首を振る。次回強制的にこちらから迫ってみるかと考えを無理やり完結させて、ひとまずフェイトに自己投影することによって後悔を軽減する作業に写ることにした。
(私の場合は左右の魔力弾だけの様子見は……やはり、そうするだろうな!)
フェイトは少し彼から距離をおき、速度魔法をかけて突撃していった。
しかし、彼はその三方向からの攻撃を左右の魔力弾から捌き、その後、正面の彼女を接触すれすれで受け流す。
「いくらなんでも危険すぎるよ」
なのはが言葉をこぼしていた。
[フェイトちゃん、今のはさすがに……]
[……ごめん、なのは。今は、集中したいんだ]
と、全員に響く念話で謝りながらも姿勢を変えず微笑む彼女を見て、シグナムも口元を吊り上げる。
すぐにフェイトは魔力弾を放ちながら彼に迫り、接近戦を繰り返していた。彼女特有の電光以外にも頬を伝い、髪を走る汗が舞い、輝いていた。また、コタロウの傘も輝きを増す。
一度距離を置き、また接近戦。また離れてと繰り返すたびに速度は増し、彼女の中で練り上げられる魔力量も増え、磨かれていく。その度にシグナムは武者震いを覚え、隣にいるヴィータでさえ、魔力が練り上げられていくのを感じる。
それは先ほど注意したなのはやスバルも同じであった。
『(……引き込まれるな)』
まるで台風の目に引き込まれるように、2人の戦いから目が離せなくなる。
いや、
(本当の台風の目はアイツか)
襲い来る連激による連激を何事もなかったように受け流し、呼吸を乱れず佇むコタロウこそがその中心であるとシグナムは首肯する。
「なぁ、コタロウさん疲れへんのかなぁ?」
そうはやてが言葉を漏らすのも当然である。
「ただでさえ、酸素欠乏状態なんやろ? おかしないか?」
シャリオがモニターを覗き込む限り、接近戦だからか、欠乏状態なのは彼の頭部だけに狭まっている。そうであっても呼吸を行なうのは頭部であるので、依然として酸素が欠乏しているのは変わらないが。
「疲労を感じない人はいません。ただ、普段から気圧を低く過ごしているせいか、酸素摂取能力が格段に高く、心臓の筋肉が発達しているからだと思います」
「身体能力が高いということか?」
「はい。そうとも言えますが、単純に筋力があるとか体力がただ高いというわけではありません。一般的に人の心拍数は1分間に60~70。多くて80と言ったところでしょうか。ですが、コタロウさんの場合、模擬戦開始時で心拍数が1分間で約20回――」
シャマルの言葉に、はやては聞き間違いかと片眉を上げた。彼女はシャリオの気圧変化の驚きで体温などのモニターを見ていなかったのだ。シャマルだけが身体に関わるモニターを見ていた。
「現在で多くて40前後を保ち続けています。気圧を低くしてもコタロウさんに異変がないのは、それらが影響しているのでしょう。呼吸回数も極端に少ないです。これは1年やそこらで身につくものではありません」
平地での訓練や実戦では酸素摂取能力は身に付きづらく、高山を想定した気圧の低い場所での長時間行動で身に付き、強靭な心臓は平地でも身に付くが、高山に比べればそれほどでもない。
医務官として人体に詳しいシャマルは、これほどまで環境に依存しない瞬発力と持久力を兼ねた人間を見たことがなかった。現在、管理局にいる人たちは、そのほとんどが平地での訓練で、身に付く体力しか持ち合わせていないのだ。しかも、戦闘を主としない人間がそれを身に付けているということにさらに驚く。
彼の発言からするに、高高度対策であるということは間違いない。そう思うと、フェイトが彼への質問時に考えたであろう言葉が頭をかすめる。
(コタロウさん、貴方は一体どんな環境で過ごしてきたのですか?)
彼が機械士で、出向がほとんどである限り、過ごしてきた環境が一カ所で無いことは分かっていた。だが、それでもトラガホルン夫妻が以前こぼしていた、劣悪な環境というものはどういうところなのかが気になってしまう。人間関係だけでなく、環境そのものに。
ただ、それは決して聞かないと心に決めていた。
(貴方なら、聞けば答えてしまいそう)
あの夫婦だから話すというものではなく、単純に『質問したから答えた』という結果に終わるのが、シャマルはなんだか怖かったからだ。
彼に近づけば近づくほどそれが分かってしまう。リインは分からないが、少なくともヴィータはその考えに至っているだろうと彼女は思いながら、今はそれを考えるべきではないと考えを改め、頭を振ってモニターを見なおした。
『…………』
上空にいるフェイトは彼から距離を置き、出現させた魔力弾を使い果たして、肩を大きく上下させて呼吸をしていた。
左手にバルディッシュを持ち、右手のひらを顔に当て、ぐいと汗を拭う。しかし、辛そうな表情はうかがえず、微笑みがこぼれている。そして、バルディッシュをスタンバイフォームに戻して、両サイドの髪留めをほどいた。
なのはたちはどうしたのだろうかとおもうなか、彼女はツインテイルをやめ、後ろで1つに結いあげた。ふるふると頭を振って乱れないことを確認する。
(そこまでか)
戦っている最中、極稀に髪の毛が煩いと思うときがある。おそらくフェイトはその状態に陥ったのだろうと、シグナムは彼女のポニーテイルに目を細め顔を緩めた。
次に彼女はカートリッジを3ロードして、魔方陣を足元に引き、スタンバイフォームを解除したハーケンフォームの状態で相手に手を翳す。
『砲撃!?』
数名の言葉が重なり、
「プ、ラズマ……スマッシャーーーッ!!」
それは撃ちだされた。
コタロウは、砲撃が打ち出されたと同時に右足を引き、腰を低く突く構えをとり、今までフェイトから移動してきた魔力を瞬時に練り上げる。そして、不規則な輝きを放っていたものから、鈍く落ち着いた光を傘に纏わせ、
「――ムゥッ!」
砲撃に向かって突き抜いた。
2つの光が接触しようとした瞬間、フェイトの撃ちだした砲撃がぐにゃりと曲がり、彼の左肩、首元すれすれをかすめることなく通過する。
『……は?』
傘は光を失って、模擬戦開始時の通常の傘に戻る。
「……はぁ……傘を開いて、対応すると……はぁ、思ったのに……」
それだけ言うと、また彼女はバルディッシュをザンバーフォームに変え、魔力弾をまた複数生成した後、コタロウに切り込んでいった。
「……そうか、干渉だ!」
「干渉?」
思い出したようにシャリオが声を上げる。
「はい。フェイトさんが打ち出した砲撃に対し、コタロウさんは今まで遷移してきた相手の魔力素子で傘の周りを砲撃を同じ魔力結合を施し、砲撃と同じ速度で撃ち抜くことで干渉、つまり相手の砲撃の『波』に同様の『波』を与えて、歪ませたんです。本当はコタロウさんのほうも歪むんですが、手に持っている分、力で押さえつけて反動を相手に返したんでしょうね」
「そんなこと、可能なんか?」
「目にしたと思いますが、可能です。ただ、それは相手と同類の魔力、同様の魔力結合、加えて同速でないと発生し得ません」
さらに、とシャリオは続ける。
「この、言うなれば『砲撃干渉』は、理論上だれでも可能です」
教本にしか載っていない、あるいは部屋の中で行なう実験くらいにしか見たことの無い現象がこれだけ広い空間で行われたことに、シャリオは興奮を隠しきれない様子だった。それは当初抱いていた、傘と彼自身の秘密を打ち消す程である。
「片や攻戦一方、片や防戦一方だからできるのでしょうね」
彼女は声を漏らす。
確かに、一方が攻撃に徹し、もう一方が防御に徹する。お互いが1つのことしか考えないが故にできるものだとシャリオは考える。攻める人にとって防御を考えないことは一つの利点とも言えた。
そうシャリオが考えるなか、はやてとヴィータは彼女の言葉に思い当たる節があった。
――「わかりません。少なくとも、私はジャンとロビンに勝ったことはありません」
――「ネコはいつも防戦一方だもんな」
ホテル・アグスタでのオークションの護衛任務でコタロウとトラガホルン夫妻たちとのやり取りだ。
『(もしかしてあの2人、守ることしか教えてないんじゃ……)』
勝ったことがないというのは、同時に負けたこともなくて、防戦一方というのは攻撃を教えてない、あるいはコタロウ自身が攻撃することを拒んだのではないか。と思わずにはいられなかった。
『戦うことで大切な人を守る』というのは聞いたことがあるが、純粋に守る技術だけに特化した人物を見たことがない。
彼女たちがよく知るユーノ・スクライアでさえ、バインド等の敵の拘束する魔法を持っている。多分、ホテル・アグスタで捕え損ねた人物との攻防戦は誰かの助言と独自で考えての行動だったのだろう。普通のワイヤーを使用して拘束したと彼は言っていた。
――「でも初めてね。ネコが実戦をしたなんて」
――「ああ、そうだな。少なくとも出会ってからは」
――「え、うん。うん? そ、か。いや、思い出したよ。初めてだ、僕。模擬戦以外で人と戦ったの」
――『快挙だ』
だからあの時、そんな会話をしていたのだ。それにデバイスである傘を使わずに戦ったのは今日話したところからも考えることができる。
「あれだけの戦い――いや、守りか。あれだけの守りができて、細かい魔力制御、アタシら顔負けの身体能力をもっているのに。魔力量が低すぎて正規の武装局員じゃないから、デバイス使った戦闘は緊急時以外規定違反? なんだそれ?」
フェイトの息をつかせない魔力弾の応酬と剣による連激を、傘の形態を変えて柔軟に対応し、彼女の体力を削ぎ落としていくコタロウ。しかも、彼は最小限の動きであるため、体力消耗は僅かで相手の魔力を擦り取る。
(魔力量の低い人間が魔道師になれないのをこんなに不毛に感じたのは初めてだな)
そんな彼を見ながらヴィータは戦いたい反面、狼狽して眉を動かす。なんとも複雑な気分であった。
だが、その雨のように2人の間に降り注ぐ魔力弾のうち、その1つがおかしな軌跡を描いていることに気が付く。
なのはもそれに気付いた。
「フェイトちゃん、気付いてない!」
それはフェイトの背後の死角を捉え、そこからコタロウを狙っている。今までもフェイトの背後からの魔力弾による攻撃はあったが、かなり早い段階で彼女は避けて対応していた。
今回はその動作を取ろうとする気配がない。
体力消耗による集中力の低下で、想像以上に自分の体力が削られていることに気付いていないのだろう。精神力で戦っているといってもいい。
なのはは瞬時に念話で呼びかけようとするが、呼び掛けることで逆に集中力が切れてしまう可能性があり、躊躇してしまった。彼女、いや2人の周りにはなのはでさえ訓練に使用したことの無いくらいの魔力弾が飛び交っている。
その一瞬の戸惑いで、魔力弾はフェイトのすぐ背後まで迫ってきていた。
『……え?』
――――試験終了 6分~5分前 in eyewall
(…………)
プラズマスマッシャーを撃ってからか、それともそれ以前からだろうか。フェイトは考えることを止めて、純粋に戦いを、彼が自分の攻撃を受けるわけでなく擦り続けるのを楽しんでいる。
髪を結びかえたことに意識はない。
「……はぁ、ングッ……はぁッ!」
ぶつかり合うことを彼はさせてくれない。フェイントが通用しない。自分の動きを見逃さない。位置を移動してかわすということをしない。
それに加えて魔力弾を狙っているのにそれも身体を張って避けることはせず、自分に当たらないように軌道をかえるのだ。
上斜めからの斬りつけるが、角度を変えられ当たらない。反して再度斬りつけても同様だ。だが、当たらないことに対しての焦れる衝動はない。
そして、この時、残り時間が僅かであることに気付かなければ、自分の体力が既に尽きかけていることにもフェイトは気付かなかった。
だから、今までなら気付いていた背後にある魔力弾に気付かなかったのは、意外ではなく当然であった。
上下左右から魔力弾を先行させながら正面からフェイトはぎらりとコタロウを睥睨し、重心を下げ、斬り込む。
その時、今までの傾向として、傘を伸ばして魔力弾の軌道を変え、自分の振り下ろす剣に即座に対応するが、
(……えっ!? 当たっ……た?)
その挙動はなく、相手の左腰、右肩、左目上――バイザーが砕ける――右足に当たり、
(――ッ!! 止められない!)
我に返り、自分の剣を止めようとするが、寸止めする位置に剣はなく、相手の左肩から右腰骨まで思い切り振り抜いた。
コタロウはその間、自分に当たる魔力弾をものともせず、フェイトの左肩に傘をのせるだけに執着し、彼女が剣を振り抜いた瞬間、自分に引きこむようにして身体を入れ替える。
身体が入れ替わる瞬間、フェイトは今まで自分がいた場所に魔力弾が迫っていたことを知り、それを彼は小回りのきく折りたたみの傘で弾を逸らした。
「あの、すみま――」
「集中力を、切らせないで下さい」
砕けたバイザーから片目だけ覗かせ、彼女を見据える。
その目で、はたと気付いた彼女は急いで周囲を飛び交う魔力弾を再び制御させようと意識を集中させるが、疲労からか、今の今まで制御が取れていたのに、魔力の制御が取れない。
体中に気だるさが襲いかかる。完全に集中力が切れ、今まで忘れていた疲労が一気に押し寄せる。
その証拠に、
「あの!」
魔力弾を抑えることができず彼に迫り、逸らすかたちで終わる。
フェイトはぐらりと飛行でさえ危うくなる。
「危険です。近付かないでください」
「でも!」
なのはとヴィータが向かってきたが、それを制止させる。
コタロウは傘を口にくわえ、崩れ落ちそうなフェイトを抱きとめ、
[私の腰元に掴まっていてください]
[……え、あの]
[掴まっていてください]
[は、はい]
彼女が力を振り絞りながら腰にしがみつくのを確認して、傘を握る。
「残り約5分で試験を中止し、ひとまず危険回避行動訓練に移行します」
彼はフェイトに見向きすることなく、また押し寄せる魔力弾を逸らし、傘を構えた。
そこで改めてフェイトは周囲を見回し、先ほどまで制御のとれていた魔力弾をみると、それらが自分を狙っているようで、
(この弾幕のなか、コタロウさんは私の攻撃を受け続けてたんだ)
ぶるりと身体が震える。視界が広がり意識を外に向けると、今まで自分が起こしていた空間に少し恐怖するほどだ。疲れがなければ何のことはないが、今の自分の状態を考えると、そう思ってしまう。
「寒いのですか?」
「あ、いや――」
「傘、自浄後剥離、ブランケット、色彩ダーク・アンド・シルバーチェック」
コタロウは生地と骨を分割させると傘を咥え、右手で生地を器用にフェイトのマントの下に滑り込ませた。
「マントよりは防寒効果があると思われます。すぐ済みますから、もう少々お待ちください」
集中力が切れ、体力も無くなり、魔力弾が制御できないのも合わさって、申し訳なさでいっぱいになりながらフェイトはコタロウを見上げたとき、
「――上昇から頂点へ」
ぼそりと彼の口から漏れたのを聞く。
すると、下から覗き込んだからか、模擬戦では見ることのなかった両目がよく見えた。バイザーは丁度半分壊れ、そこから光が差し左目だけを照らす。瞼は開かれ、瞳も僅かに小さくなり、少なくともいつもの寝ぼけ眼ではない引き込まれそうな真剣な目つきだ。
「ロード数9」
傘が「かち」とダイヤルを回すような音が9回鳴り、僅かに回転するが薬莢は排出されず、コタロウではなく傘の魔力量が跳ね上がる。さらに呼応してフェイトが抱きついている羽織りが9つに割れ、彼の踵ほどまで伸びた。
魔力反応は当然周りにいるなのはたちにも感知できたが、一番近くにいるフェイトが何よりもそれを感じ取れた。
「『九 尾 の 猫形式』
――――試験中止 0分~3分 out and in eyewall
和傘に生地はなく、骨組みがよく見えた。
その骨組みである36本の親骨は使用者の身長の5、6倍まで伸び、3本ずつ三つ編みに12本の束になる。次に傘の先端が伸び、束になったうちの3本がそれを中心に編み込まれていった。
その後、ネコの尻尾のようにぐねぐねと縦横無尽に空間を這う。
さらにヴィータはコタロウの羽織の文字が変化し始めたことに気が付いた。
『困った時の機械ネコ
ネコは尻尾に語りかけ
尻尾はネコにのみ命を告げる
其れは天の如く九つ成り
中央鈞天
東方蒼天 西方昊天 南方炎天 北方玄天
東北方変天 西北方幽天 西南方朱天 東南方陽天
そして天はネコに微笑む
常にかわらぬ貴方の親友より……』
言葉が増え二重にぐるりと猫のマークを囲い、その猫の尻尾も九つに分かれ、先端が稲妻のような『かぎしっぽ』となっていた。
「テスタロッサ・ハラオウン執務官」
「……はい」
「今この時より、危険回避まで貴女を全力でお守りいたします」
「……は、はい!」
フェイトがコタロウを見たことに対し、彼は一度も目を合わせず、周囲の魔力弾を炯眼し鞭を振り上げる。
『――っ!?』
周りは彼ら2人が瞬時にして弾幕の外に出たように見えた。
だが、それは違い、
「魔力弾が動いた!?」
位置、座標が動いたのはコタロウたちではなく、周囲の魔力弾だったのだ。その証拠にフェイトの髪も靡いてなければ、彼の羽織も靡いていない。
「高町一等空尉、テスタロッサ・ハラオウン執務官をよろしくお願いします」
「は、はい!」
なのはは急いで寝ぼけ眼のコタロウに近づき、酷く疲労しているフェイトに肩を貸し、彼から受け取る。
「直ぐに離れてください。全弾に触発をかけたので一斉に襲いかかってくるでしょう」
「でしたら、私のシールドで」
「それでは、この『九天鞭』の動作確認ができません」
九つに割れた鞭と羽織の端がうねうねと動きはためく。
コタロウは彼女が離れないことに首を傾げ、カラコロと自分自ら彼女から距離を置き、襲い来る弾幕のほうを向く。
とりあえずなのはは、彼より今自分が抱えているフェイトを優先し、ヴィータに合図を送ってシャマルのほうへ降りていくことにした。
その後、コタロウは向かってくる五十、六十では収まりのきかない弾幕を当たる当たらないにかかわらず、自分を通過するたびに全て擦らせ、魔力を削り取り、弾が存在を保てるまで縮小、自壊させて、その場を収めた。
フェイトがぼんやりと見るコタロウのその姿は、弾幕の中を静かに舞っているようであった。
△▽△▽△▽△▽△▽
階段を降りるように、カランコロンと下駄の音を奏でながら彼はなのはたちのいる屋上に着地すると、すぐにフェイトはよたよたと立ち上がり口を開く。
「す、すみま、せん、でした!」
「構いません。こちらのほうこそ、試験に助力していただきありがとうございました」
息をつきながら、丁寧にお辞儀をする彼女にお辞儀で返し、フェイトががくんと膝から落ちそうになるのをなのはとシグナムに支えられ、すぐに救護室へ運ぼうする。エリオやキャロも彼女たちに付き添い、その後をスバルやティアナがついて行く。
そして、全員が隊舎へ戻ろうとするなか、シャマルは寝ぼけ眼の男に口を結んで、腕を組んで仁王立ちをしていた。それを見て、歩みをとめるものがちらほらいる。
「コタロウさん!」
「はい」
どうやら、先ほどの自分を省みない行動にかなりご立腹のようである。
「もっと自分を大切にしてください!」
「大切にしていますが? 死ぬのは私も困ります」
「あの、いや、そうではなくてですね……」
彼にとっては死ぬか死なないかが重要だという。
シャマルはコタロウにさらに注意しようとするが、よく考えればフェイトも、いや、彼女のほうが自分の疲労を考えない無茶な行動をとっている。そう、そちらのほうこそ注意しなければならない対象だ。彼はそれを助け、守ったにすぎない。
そう考えると、怒りよりも仕様がないという気持ちのほうが大きくなり、彼女は肩の力が抜けてしまった。
「もう、いいです。もう少し、自分に気を遣ってください」
「わかりました」
「それで、コタロウさんは身体、大丈夫なんですか?」
極度に疲労したフェイトも心配であるが、彼も当然心配なのだ。しかし、そこでシャマルは先ほどの模擬戦を振り返る。
(あれ? フェイトちゃんは疲労してるけど、コタロウさんは……)
きょとんと彼女はまだバリアジャケットのままであるコタロウの身体全体をみる。
顔にかかるバイザーは割れて片目だけ垣間見え、胸元は傷は付いていないものの、僅かに焼け焦げた跡が斜めに走っていた。
疲労があったとはいえ、速度が乗り切ったフェイトの全力の一撃をなにも防御することなく彼は受け切ったのだ。もしかしたら、余計な力が抜けた分、切れ味が上がっていたかもしれない。
シャマルは自分で言っておきながら、バリアジャケットが傘と同じ生地を使用していたとしても無事なはずがないと思うと、身体が硬直した。
だから、
「ダメです」
と言った後、自分が彼の手で押しのけられ、前のめりに膝を曲げず、ばたりと倒れる彼を見た時、激しく動揺した。
目をぐるぐるさせながら、はやてたちの方を向く。
「い、い、い、医者ぁ~~~~!!」
へたりと座り込んで訴えかけるシャマルに対して、全員が揃って『それはあなたです』と言葉を投げかけるのには、コタロウが無造作に倒れたこともあり、一時の間を要した。
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