誰が為に球は飛ぶ
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焦がれる夏
弐拾弐 弱者の戦法
第二十二話
「おう、善さん!こんな熱い所に居て大丈夫ですかぁ!?」
「なぁーに、これだけを楽しみに無駄に生きてたんだ!これくらい何ともない!」
バックネット裏、いつも通りビデオカメラとノートパソコン、スピードガンを持ち込んで試合開始に備える律子の近くに、老人の群れが陣取っていた。よれよれになった白い野球帽を被り、老人特有の、大きくがなり立てるような声で話す。
律子は顔をしかめた。こういう老人は苦手である。
「いやー、七月も終わりになってまだ野球が見れるいうのは久しぶりだな!」
「16年ぶりだと!あの若い監督、ようやりますよ!去年来て、今年もうベスト4ですから!」
「あと二つだよ!甲子園!」
「ワシに来年はないかもしれんからな!この夏に行ってもらおうか!」
「いやいや、福ちゃんはあと10年はいけるんじゃない!?」
「それはキツいぜ、だっはっは!!」
律子は小さく舌打ちして、その集団から目を逸らした。県営球場の内野席は満員近くなってきている。そして、さっきの老人達と同じ、白い野球帽を被った人の姿が目立つ。その野球帽の中心には特徴的に凹凸がついた字体の「M」の文字。
今日の準決勝の相手、武蔵野の関係者である。
グランドに目を移すと、武蔵野のシートノックが始まった。アイボリーの地に、胸にはエンジ色の「MUSASHINO」の文字、アンダーシャツは白。品の良い早稲田テイストのユニフォームの選手達が、グランドで白球を追う。
武蔵野の応援席から、「北辰斜めに」が響き渡る。重厚なその旋律に合わせて、武蔵野OBは一斉に立ち上がり右手を大きく振って誇らしげに歌う。
(思った以上に厄介な相手かもしれないわね。ウチの選手達が、状況をどう捉えるかにもよるけど。)
律子はフン、と鼻を鳴らした。
ネルフ
(遊)青葉
(二)相田
(左)日向
(中)剣崎
(右)鈴原
(捕)渚
(一)多摩
(投)碇
(三)浅利
武蔵野
(遊)中林 右右
(右)大野 右左
(二)川口 右右
(捕)梅本 右右
(一)西島 右左
(三)大多和 右左
(左)柳井 右右
(中)大西 左左
(投)小暮 右左
ーーーーーーーーーーーーーー
「うらぁ!」
武蔵野のエース・小暮が小さな体を大きく使った投球フォームで、声を上げながら投げ込む。
打席の日向は、その球威に詰まってフライを打ち上げる。
「オーラーイ」
捕手の梅本が悠々落下点に入り、手を上げる。
そのミットの中に白球は吸い込まれ、一回の表ネルフ学園の攻撃が終わる。
「「「いいぞ!いいぞ!こ ぐ れ!!」」」
応援席からの声援が、ベンチに帰ってくる小暮を出迎える。小暮は不機嫌そうな、獰猛な顔つきを崩さない。梅本のハイタッチにも無愛想に応じる。
「今日の小暮も良いな〜」
「1年秋からずっとエースで投げさした甲斐があるってもんだなァ」
内野席のOBからも声が漏れる。
一球ごとに声を上げ、打者に果敢に攻め込むケンカ投法。これが小暮涼太のピッチング。
「言う事は一つ!一本のフライより一本のゴロ!それだけだ!」
「「「オウ!!」」」
円陣での、時田の言葉に全員が強く頷いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
叩きつけたようなゴロが三塁線に飛ぶ。
サードの敬太は思い切って前にダッシュし、ショートバウンドでゴロをすくい上げ、ワンステップ踏んで一塁へ投げる。
バッターランナーの中林は、猛然と頭から一塁に滑り込んだ。敬太の送球より、一瞬中林の手がベースに達するのが早かった。
「セーフ!」
審判の手が横に広がるのを確認すると、中林は拳を握りしめて喜びを表した。アイボリーのユニフォームは、黒土にまみれ泥々である。
回は4回裏。試合は小暮と真司の投げ合いの様相を呈していた。武蔵野は中林のこの内野安打で初めてのランナーとなる。
「ごめん、碇」
「いや、今のプレーにミスは無いよ。このままの守備でよろしく。」
謝る敬太にマウンド上の真司が微笑む。
事実、3回までにセーフティバントを含め3つのサードゴロを捌いた敬太はよく守っていた。
異常なのは武蔵野打線の方である。
ここまでの打球は二つの三振を除き全てがゴロ。そのうち、きわどいタイミングの4つのゴロでヘッドスライディングを敢行していた。
足の速い選手も多く、一塁への執着心がギラギラと透けて見える。
真司の前に、快音を飛ばしている訳ではないが、アウト一つ一つでジワジワとプレッシャーを与えてきていた。
「「(打てよ!)おおのーっ!
(頼むぞ!)おおのーっ!
(武蔵野かっとばせー!)ゴーゴーゴー!!」」
初めてのランナーに、武蔵野応援席も意気上がる。学ラン姿の応援団が手を叩き、「大進撃」のマーチに盛り上がる。
二番の大野は送りバント。
キッチリ決め、一死二塁となる。
(…よしよし、お前の二番起用は正解だった)
武蔵野ベンチでは、時田が満足げに頷いている。武蔵野はこの大会、打順やスタメンを入れ替えながら戦ってきた。大野は前の試合の活躍でスタメンに抜擢された、背番号18の選手である。
背番号二桁をつけた、本来控えの選手も調子次第で起用し、まさに総力戦体制だ。
「キーン!」
三番打者の川口が、今度こそ真司の球を捉えて快音を響かせた。正真正銘のヒットの打球が、横っ飛びした青葉の横を抜けてセンターへと転がる。
(川口さんナイス!)
二塁ランナーの中林は一気にホームを陥れようと、自慢の快足を飛ばす。しかし、ベースコーチの制止に遭って、三塁ベースを回った所で踏みとどまった。センターの剣崎から矢のような送球がホームまで帰ってきていた。これでは本塁突入は不可能だ。
(…100m11秒台の中林でも帰ってこれねぇくらい、外野が浅く守ってた。舐められてんなー。絶対外野オーバーなんて打ってこねぇってか。)
苦笑いしながら、四番打者の梅本が打席に入る。一死一、三塁。絶好の先制のチャンスである。
「梅本ォー!打てよォー!」
「武蔵野の四番の力見せてやれー!」
バックネット裏のOB達から声援が飛ぶ。
「「(せーのでハイ!)オイ!
(もーいっかい!)オイ!
(それいけぶちかませ!)ゴーゴーゴー!
打て打て打て打てうっめっもと!
かっとばっせかっとばっせうっめっもと!」」
応援席は「コンバットマーチ」に揺れ、学ラン応援団が拳を突いて気合いを入れる。
真司はこのピンチ、ボール球から入って様子を見る。梅本も慎重に球を選び、2-1のバッティングカウントが出来上がった。
「「それホームラン!ホームラン!
そーれそーれそーれそれそれ
梅本かっとばせーオー!!」」
過熱する自軍応援団のコンバットマーチに、梅本は(ホームランたぁ、そらぁご無体な…)と苦笑した。
(本来四番に座るべきは川口で、俺の打率は六番の大多和以下だってのに。身長が178あったから四番に置いとかれてるだけで……)
時田の出すサインに頷き、梅本は構える。
その構えは、スタンスが広く、ソフトボール選手のように無駄なくスイングする構え。
武蔵野打線の打者は殆どが同じ打ち方をしていた。コンパクトに、ゴロを叩く打ち方。
真司がセットポジションに入り、ゆっくりボールを持ってから、クイックモーションで投げ込む。梅本はバットを横に倒した。三塁から、中林がホームに突進する。
スクイズバント。真司の投球は低めのボール球だったが、バットが届かない所ではない。梅本が確実に一塁側に転がし、その間に中林がホームベースに滑り込む。
(……でも俺たちの野球にゃ、打順は関係ねぇかんな。)
難なく、作戦は成功する。
梅本は一塁に走りながら、笑顔を浮かべていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
(先制された……)
真司はマウンドで汗を拭った。
武蔵野応援団が大騒ぎで校歌を歌っているのが聞こえる。古めかしく格調ある、良い校歌だ。
(データでは分かっていたけど、全員がひたむきに同じ事を一生懸命やる……武蔵野打線は手強い。)
大きく深呼吸し、五番打者の西島に立ち向かう。内角高めを盛んに突き、仕上げはアウトコースのスプリッターで三振にとった。
「よしっ」
小さく拳を握りしめて、颯爽とベンチに帰って行った。
ーーーーーーーーーーーーーー
(また、絞り出したような一点か)
小暮は、最小失点に抑えてベンチに帰っていく真司を睨みつける。穏和な表情の真司と、闘志剥き出しの小暮とでは好対照だ。
(守り抜いてやる)
小暮は猛然と、自分の居場所、マウンドへと駆けていった。
後書き
武蔵野打線のイメージは、テレビで見た広島新庄の打線からとりました。
名将に率いられ、手堅くコツコツとした野球をするチームでした。
この春に甲子園に出るそうです。期待しています。
自分自身進学校の出身なので、武蔵野パートは
ネルフよりも武蔵野中心で話が進んでいきそう。
それだと面白くないのですが。
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