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前略、空の上より

作者:月下美人
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第五話「人間界」

 
前書き

遅れまして、申し訳ありません。
 

 


 それは、RG‐Ⅰ騒動が終わってすぐのことだった。


 曇り一つない晴天が続く日々。相変わらずシナプスは平和な日常を送っていた。


 俺は街外れにある、とある家の前に来ていた。


 手をメガホン代わりにして声を張り上げる。


「ダイダロスー! いるー?」


 木の上に小さなログハウスが建っているこの家は研究者ダイダロスの家兼研究室だ。外観はどこにでもある小さな木造建築だが、空間歪曲装置で内部の空間を弄っているため、家のなかは案外広かったりする。


「アルくん?」


 扉を開けてダイダロスが姿を見せた。


 すらりとした肢体は病人のような色白の肌。腰まで届くストレートの髪に目を覆うほど伸びた前髪。飾り気のない純白の衣を纏ったダイダロスはこちらを見下ろしながら首を傾げた。


 生来、彼女は体の弱く家から出ることが滅多にない。日の光を浴びることが無いためか肌はもの凄く色白で、一日の大半をベッドの上で過ごしている。


 病弱――なのだろうが、無茶な運動をしなければ命に関わる問題でもないらしい。寝ながらでも研究と開発が出来るようにと、ベッドの周りをモニターとコンソールで囲んでいるのを目にしたのは記憶に新しい。


「どうしたの?」


「ちょっと報告しに来ました! ということで、入っても?」


「え、ええ、いいけど……」


「じゃあ、お邪魔しまーす」


 勢いにまかせて困惑気味のダイダロスの横を通り、家にお邪魔する。


 家のなかは木造の外観を裏切り近代的な作りになっている。フローリングのような床に~性の壁。立体スクリーンがそこらかしこに浮かび上がっている。


 玄関を入ってすぐがダイニングキッチン、その奥が寝室兼研究室だ。食事中だったのかリビングにはスープを始めとした料理が並んでいた。恐らくオレガノたちが作った料理だろう。空人の女性の半数以上は料理が作れないのだが、ダイダロスも例に漏れない。食事はすべてオレガノたちエンジェロイドが作ってくれるのだからそれも当然だ。


「それで、今日はどうしたの? 報告に来たって……」


「うん、ちょっくら下界に行ってくるわ」


「へ?」


 きょとんとした目で見つめ返すダイダロス。実際は前髪で隠れて見えないが驚いている様子からして、目を真ん丸にしていることだろう。


「いやー、シナプスに居るのもいいんだけどさ、なんかここって刺激が少ないんだよね。っていうことで、人間界に行ってみようかなーと。あそこって色々と面白いものがあるし」


「ダウナーの……ということは、アルくんも【眠り仔】で?」


【眠り仔】というのはシナプスの各所の施設に設置されている装置だ。揺り籠のような形をしているため【眠り仔】との名前がついている。


 この【眠り仔】は空人の精神を抽出してそれを元に依り代となる身体を具現化、人間界へ転送する装置だ。


 人間界とここシナプスは実は別々の次元に存在しており、相互に観測は可能だが干渉は出来ない。なにせ互いに異次元にあるのだから。


 とある研究者は人間界に異常なほどの興味を示し、どうにか干渉できないかを模索した。その結果、判明したのは不可能という現実だった。


 次元断層――次元の壁は生命体では超えることができないのだ。


 それでも諦めきれなかったその研究者はある抜け道を見つけ出す。


『生身で行こうとするから駄目なんだ! 我々が見る「夢」と彼らが住まう世界の座標を合致させることが出来れば、あるいは……』


 その発想をもとに完成したのが、精神抽出転換装置【眠り仔】。空人たちが見る「夢」と人間界の座標を自動適合させて、身体情報をもとに瓜二つの身体を具現化しそこに精神を転送する。


 これを使い人間界に向かった空人たちの数は三百人。皆、未知の世界に興味津々なのだろう。


 ちなみに【眠り仔】には皮下浸透型栄養供給装置や生命維持装置も内蔵されており、さらには汚物を自動で分解処理する機能もある。また、定期的にオレガノたちが巡回して世話をしてくれるため、二十四時間、三六五日エンドレスで眠っていても身体に支障は来さない。


 人間界はシナプスと比べて文明レベルが著しく下回る。そのため翼のない彼らを【地蟲(ダウナー)】と呼び蔑む者も多い。そういった自分が空人であることに誇りを持った者たちはシナプスに残り、人間界に現を抜かしている空人を【堕人(ロウナー)】と称し差別している。


 ――どこの世界もつまらない見栄というのは存在しているようだ。


「でも、アルくんって【眠り仔】嫌ってたよね? あんな揺り籠に入ってられるかーって」


 そう、俺は【眠り仔】の使用を良しとしなかった。だって、なにが悲しくてこの歳でオレガノたちにお世話されなきゃならんのだ。平気で下の処理もされるんだぞ!


「おう、だから思ったのよ。装置が無ければ一から作ればいいんじゃなーい! ってな」


 無ければ作ればいい。ということで。一昔シナプスで流行ったダイブゲームを元に生身で人間界に行き来できる装置を開発したのだ。これには俺も苦労した。RG‐Ⅰの作製なんて目じゃなかったね。


 ちなみにダイブゲームというのは人間たちの夢に潜入するゲームだ。【眠り仔】のような大掛かりな機器ではなく持ち運びができるサイズの機会で操作が可能なのが利点。また、ダイブゲーム中は夢を見ている人間と接触しても向こうは起きたら覚えていないという点がある。さらには元が夢のため、夢の中の物を持ち帰っても瞬く間に霧散する。


「このダイブゲームを改良して、さらに独自のプログラムを加えることで次元断層に穴を開けることが成功したのよ! 人一人が通れるくらいの小さい穴だけど」


 次元の壁という隔たりに僅かな穴を開けることに成功した俺は生身で人間界に赴くことが成功したのだ! ……理論上は。


「すごいじゃない! それを公表すれば――」


「あー、ダメダメ。ここには人間を蔑む輩がウヨウヨしてるんだぜ? そんな奴らに生身で向こうに行く術が見つかりましたって言ってみ。アイツら息巻いて人間たちを根絶やしに行くぞ?【眠り仔】だとシナプスの機器を持って行くことができないからな」


 シナプスには素粒子変換装置を始めとした人知を超えた機器がいくつも存在する。その代表的なのはエンジェロイドだ。昔はエンジェロイドたちを向かわせて人間たちを虐殺していたが、自分の手で行えると知れば、アイツらのことだ。狂喜乱舞するに違いない。


「それは……そうね。確かにアルくんの言う通りだわ」


「だろ? つーことで、ちょっくら実験も兼ねて人間界に行ってくるわ」


「ちょっと待って! えっ、もしかして今から行くの!?」


「そりゃそうだろ。思い立ったが吉ってな。んじゃ、そういうことだから!」


 しゅたっ、と敬礼のように手を上げて用件を済ませ、呆然としているダイダロスを背に家を飛び出た。


 自宅に戻り装置の最終点検に取り掛かる。とはいっても数分で済む程度のチェックだが。


 装置を弄っているとイカロスたちが研究室にやって来た。


 一人で行くのも味気ないので誰か行かないかと誘ってみたところ、エンジェロイド娘たち全員が手を上げた。


「えへへ、マスターと一緒に人間界に行けるなんて、楽しみね!」


「でもニンフ、ダウナーのいる世界なんてなんか嫌な感じじゃない?」


「ちょっとアストレア! そんなこと言うとマスターに起こられるわよ」


 ニンフとアストレアが言い合いながら後に続く。その後ろではタナトスとイカロスが仲良く会話を弾ませていた。


「イカロスちゃんは人間界に行ったことがあるのよね?」


「はい……」


「楽しみだわ~。私は言ったことが無いから。話には聞いていたけど、どんなところかしらね~?」


 いつものメイド服姿のタナトスが頬に手を当ててポワポワと思いを馳せる。ここまで浮かれているのも珍しいな。


「人間界か……。行ったことはあるけど、あの時はこうしてゆっくりするなんて考えられなかったからなぁ」


「だね。なんか不思議な感じ。マスターや皆とこうして和気藹々として行くなんて」


 弁当箱を手にしたハーピー姉妹がしみじみと呟く。確かに、エンジェロイドたちが人間界に向かうとしたら、やれ人間を殺せだの、やれ国を滅ぼせだのといった物騒な命令だからな。こうして純粋に楽しむために向かうのは初めてのことだろう。


 ほのぼのとした雰囲気は物見遊山に行く観光客だ。あながち間違いではないけれども。


 研究室に設置された次元転送装置【アダムス】の前に立った俺は背後を振り返る。


「今から人間界に向かうけど、心の準備はいいな!?」


『おーッ!』


「人間界に行ってバカスカ遊ぶぞー!」


『おお――ッッ!』


 ノリの良いニンフやアストレア、ハーピー姉妹に控えめなイカロスまでもが空気を読んで拳を天に突き出す。その様子をタナトスがニコニコと笑顔で見守っていた。


【アダムス】は直径二メートルのリング型のゲートとなっており、ゲートの脇には座標を設定するための機器がコードで繋がれている。つい先ほど入力を済ませたばかりの機器は緑色のランプを点滅させながら、今か今かと俺の指示を待っていた。


「んじゃあ、起動っと」


 ボタンを押し【アダムス】を起動させる。


 一瞬ゲートに紫電が走るとゲートの中央部が青白く発光し始めた。次第に光の渦を巻きながら全体へと広がって行く。


 青白い光の奔流が緩やかな渦となったのを確認した俺は満足げに吐息を零した。


「よし、ちゃんと安定しているな」


「あのマスター。向こうに着いたらどうやってシナプスに戻るんですか?」


 鋭いニンフの質問にそういえばと他のエンジェロイドたちも頷き出す。


「ああ、それなら大丈夫。一度設定した座標は解除しない限りセットされっ放しだから、コイツで簡易遠隔操作すればいつでもゲートを起動できるのさ」


 左手の中指に嵌めた指輪を見せる。これを使えばいつでもゲートを起動することができるため行き来もバッチリだ。ただ、欠点があるとすれば、座標の再設定はこの【アダムス】に繋がれている機器を使わないと出来ないため、決められた場所にしかゲートを開けない。


 ちなみに、座標の設定場所は原作『そらのおとしもの』の舞台である空美町だ。


 もしかしたら、原作の主人公である桜井智樹に会えるかもしれんな。


「よぅしっ! じゃあ、行くか!」


『はいっ!』


 六人のエンジェロイドを引き連れ、意気揚々とゲートを潜る。


 こうして俺たちは、人間界へと赴いた。

 
 

 
後書き
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