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ソードアート・オンライン~剣の世界の魔法使い~

作者:神話巡り
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第Ⅰ章:剣の世界の魔法使い
  キリトとアスナ

 《ソードアート・オンライン》には、『目覚ましアラーム』機能はあっても、一発で目を覚まさせたり、一瞬で眠りにいざなうような機能はない。脳に直接干渉しているのだから、それくらいできるのではないだろうかと思うのだが……。

 シェリーナは重い瞼をこすりながら、アインクラッド第四十七層主街区の《転移門》をくぐった。降り立った先は中世ヨーロッパ風の街並みが広がる、アインクラッド第七十四層……現在の最前線の主街区だ。最前線ということもあってか、早朝にも関わらず多くのプレイヤーが行き来していた。
 
 シェリーナが一歩踏み出したところで、どん!と音を立ててプレイヤーにぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい!!」
「い、いや。こちらこそごめん。ボーっとしてたら人が出てきたことに気付かなかった」

 どうやら悪漢ではなさそうだった。もう一度謝ろうと、顔をあげたシェリーナは、そこにあった相手の顔を見て驚愕にさけんだ。

「き……キリトさん!?」
「え?……その声、もしかしてシェリーナ?」

 長めの黒い髪。黒い瞳。どこか中性的な顔つき。少女かと見まがうほど線の細い体を、漆黒のロングコートで覆っている。背中に背負った片手用直剣(ワンハンデッドロングソード)の色も黒。

 全身黒尽くめのこのプレイヤーこそ、かの《黒の剣士》キリトだった。

「びっくりしたぁ。久しぶりだな、シェリーナ」
「はい。お久しぶりです、キリトさん」

 もしこの時、フードに隠されたシェリーナの表情を読み取ることができたものがいたら、普段の彼女からは想像ができないほどゆるみきった表情の彼女を拝むことができただろう。

「シェリーナはどうして最前線に?攻略に参加してくれるのか?」
「ごめんなさい……。今日はクエスト解決に来ただけなんです。キリトさんは?」
「俺か?俺は……その……昨日成り行きでアスナとパーティー組むことになっちゃってさ」
「アスナさんですか……」

 シェリーナの気分が一気にトーンダウン。

 アスナ。《閃光》アスナ。攻略組最強のギルド《血盟騎士団(Knights of Blood)副団長(サブリーダー)。アインクラッド五指に入るほどの美少女で、全プレイヤー中最速といっても過言ではないほどの攻撃速度を誇る細剣(レイピア)使いだ。

 彼女がキリトに思いを寄せているのは、誰の眼から見ても明らかすぎるほど明らかだった。むしろ気付いていないキリトの方がおかしい(大体そんなものである)。

 そういえば昨日エギルの所にアイテムを売りに行ったとき(結局アイテムは売らなかったが)、キリトがアスナにS級食材を料理してもらいに行った、と言う話を聞いた。たぶんその時の出来事なのだろう。

「で、その当人を待ってるんだが……どうした、シェリーナ。具合でも悪いのか?」
「い、いえ……なんでも、ありません……」

 暗い声に気付かれないようにできるだけ明るい声を出そうとしたが、どうにもうまくいかない。

 昨日はエギルにあれほど否定したが、シェリーナはキリトが好きだった。きっかけになった話はまた後日。

 アスナは強力な恋のライバルである。シェリーナのようないまや無名のプレイヤーより、アスナの方がよっぽどキリトにふさわしい。それでも。それでも譲れない想いというモノは確かに存在する。

 だけれども、シェリーナは公平な人間だ。それに、キリトの幸せが一番である。今はキリトが暇な時間が縮まることを願うのみだ。

「それより、アスナさん早く来るといいですね」
「ああ……」

 直後。後方の転移門が激しく発光。甲高い悲鳴が響いた。

「きゃぁああああああ!!よけてぇ――――!!」

 反射的に飛びずさるシェリーナ。しかしキリトは反応し切れずに、直後上空から飛来した物体に押しつぶされた。

「ふぎゅむ!?」
「きゃぁあああ!?キリトさん――――!!」

 下敷きにされたキリト。シェリーナの悲鳴。

 キリトは上に乗っかった物体を押しのけようと、右手でそれをおした。直後―――――

「や!?や―――――――――!!」

 再びの甲高い悲鳴。激しいインパクト光と、《犯罪防止(アンチクリミナル)コード圏内》であることを示す紫色のウィンドウがまたたいた。

「のわぁ!?」
「キリトさん!!」

 キリトに駆け寄るシェリーナ。キリトを吹き飛ばした当人――――《閃光》アスナは、胸の前で両手を交差し、羞恥と怒りで真っ赤に上気した顔でキリトを睨み付けていた。

 そして……その瞬間。シェリーナは、何が起こったのか悟った。

「あ、アスナさん、なんて羨ま……じゃなくて、なんてことするんですかキリトさん!!」
「え、ええ!?」

 右手をとじたり開いたりしていたキリトは、張り付いたような笑顔と共に、

「や、やぁ……おはよう、アスナ」

 と声をかけた。アスナが余計に殺気立つ。あの表情は腰のレイピアを抜くか抜くまいか迷っている表情に違いない……。

 しかし次の瞬間、後ろの転移門が光り輝くと同時にアスナはあわててキリトの後ろに隠れた。ぴったりと密着する二人に何か黒いものを感じなくもないが、今はそれどころではなさそうだ。

 転移門から表れたのは、神経質そうな顔の、KoBの制服に身を包んだ男だった。三白眼気味の眼で周囲を見渡すと、キリトの後ろのアスナを見て困ったように声を発した。

「あ、アスナ様!勝手に外出などされては困ります!」

 さ、様……とシェリーナは内心絶句した。常に顔を隠しているシェリーナと違って、アスナはその美貌からか男女ともに熱烈な人気がある。ファンクラブの中には、崇拝に近い形で彼女を支持する熱狂的な者もいるというから、この男もその一人なのだろう。

「許可はとったわよ!っていうか、何で朝っぱらから私の家の前に張り込んでるのよクラディール!!」
「ふっふっふ……こんなこともあろうかと、私、二週間ほど前からアスナ様のご自宅の監視を……」
「……それ、団長の指示じゃないわよね?」

 うわ、ストーカー……と再び内心絶句。恋敵だということも忘れて、アスナさんも大変だなぁ、という感想を抱いた。同時に顔を見せて歩いてなくてよかった、とも。現在自分の素顔を知っているプレイヤーは、知っている限りで五人だけだ。内1人は当然キリト、1人はエギルだ。

「さぁ、本部に戻りますよ」

 クラディールと呼ばれた男が、ぬっと差し出したその手を、キリトががしっとつかんだ。

「悪いな。あんたのところの副団長様は、今日は俺の貸切なんだ」
「「(なん……だと)!?」」
「な、なんだと、このガキィ……」

 ちなみに真ん中の心の声はシェリーナとアスナによるものである。

「ふざけるな!!貴様の様なガキに!アスナ様の護衛が務まるかぁ!!私は栄えある血盟騎士団の……」
「あんたよりはましに勤まるよ」

 キリトが堂々と言い放つ。これが、クラディールの切れる寸前だった堪忍袋の緒を斬ってしまったようだ。妙に静かな声でクラディールは呟いた。

「ガキィ……そこまで言うなら見せてもらおうじゃねぇか……」

 クラディールが自身のウィンドウを操作する。まさか、デュエル申請……。

 キリトの眼が見開かれる。どうやらそのようだ。シェリーナは、「まってください」と声をあげていた。

「私にやらせてください。キリトさんのお手を煩わせるまでもありません」
「おい、シェリーナ……」
「あぁん?……テメェ……いいだろう。やってやる」

 クラディールはターゲットをキリトからシェリーナに移行した。シェリーナの視界に『クラディールからデュエルを申し込まれました』とのメッセージが浮かぶ。迷わず【受諾】を押すと、両者の間にカウントが現れた。

「ご覧くださいアスナ様!!私がこの者より優れていることをご覧に入れましょう!そしてその生意気な黒ずくめのガキもうち倒し、私こそが護衛にふさわしいことを証明して見せますぞ!!」

 クラディールは仰々しく、腰の両手剣を抜きはらう。一流ギルドのメンバーだけあって、それなりに豪華な装飾の施された剣だ。だが、それは見かけだけのこと。装飾が華美な剣は、基本的に中がスカスカだ。特にクラディールのもつ剣からは、強者の持つ剣としての気配が全く漂ってこない。

 シェリーナは一つ嘆息すると、簡易ポーチから一本の《投剣(スローイング・ピック)》を取り出し、それを構える。

「ガキィ……ふざけてやがるのか……」
「いいえ。お前を倒すにはこれで十分という意思表示です」
「ふざ……ふざけるな!!俺は血盟騎士団だぞ!!」

 【デュエル!!】の文字がひらめくと同時に、クラディールは走り出した。ソードスキルが起動。両手剣用ソードスキル、《テンペスト》。両手剣用の突き技でも強力なスキルの一つだ。対して何の動作も起こさないシェリーナに、クラディールは勝利を確信し、隠しきれない笑みを浮かべる。

 そして、次の瞬間――――――


 きん、という澄んだ音と共に、クラディールの両手剣がはるか後方に吹き飛んでいた。

「な……!?」

 そして顔をあげたクラディールの首元に、ピックが添えられている。

「これで一突きすれば、お前のライフは吹き飛ぶでしょうね」
「く……くそっ!!ありえねぇ……」

 シェリーナはフードの中で微笑み、答える。

「このピックは《リユシィの魔晶》でできています。《アシュレィの秘石》と対になる魔石……その威力は、血盟騎士団なら知っているはずですが?」

 クラディールが驚愕に目を見開く。《リユシィの魔晶》は、《アシュレイの秘石》と同じS級インゴット。このアイテム、およびこのアイテムから作られた武器は、フロアボスの武器に匹敵する硬度を手に入れる。ピック一本でも、クラディールのやわな剣程度なら吹き飛ばすことができる。

「畜生……っ!」 

 クラディールは小さく「降参する(アイ・リザイン)」と呟くと、後ろを振り向き、

「くそっ!有りえねぇ!!そうだ、こんなガキにおもりしてもらってんだ、テメェの実力もたかが知れてらぁ!!」

 クラディールは再びデュエル申請を、今度はキリトに送った。

 しかし。

「馬鹿、な……」
「武器を変えてやり直すならいいけど……もういいんじゃないかな」

 キリトの片手剣が、クラディールの剣を真っ二つにへし折ったのだ。クラディールの剣は外面だけの弱小アイテム。それに対し、キリトの持つ片手剣《エリュシデータ》は、アインクラッド第五十層のフロアボスからドロップした《魔剣》。アインクラッド最強クラスの剣の一本だ。

 それほどのプライオリティの差があるのだ。たとえソードスキル発動中といえども、脆弱な横っ腹を叩くだけで、クラディールの剣は簡単に真っ二つに折れた。

 クラディールはシェリーナ達を修羅の形相で睨み付けると、

「貴様ら……殺す……絶対に殺すぞ……!!」

 とぞっとするような声を立てて、転移門に入って行った。

「やれるものならやって見なさい」

 シェリーナの声が、小さくこぼれた。 
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