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チャイナ=タウン

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第二章


第二章

 食べてみて思ったことは他の店のそれよりも美味かったことだ。俺の舌に合っていた。店を出た時こう思った。また来よう、と。そして俺はそれからちゅこちょここの店に来た。そして何時しか店のこの少女と知り合いになった。
「また来られたんですね」
「うん」
 顔馴染みになると笑顔も送ってくれるようになった。屈託のない明るい笑顔だった。
「美味しいからね」
  それが第一の理由だった。しかしやがて他の理由も出来てきた。そちらの方がメインになるのに左程時間はかからなかったと思う。
 何度目かここに来た時であった。俺は彼女に声をかけた。
「ねえ」
「はい」
 彼女は俺に応えた。
「今度よかったら」
「はい」
 言いながら考えていた。間違っても横浜スタジアムとは言えない。
「少し外に行かない?一緒に」
「外に」
「うん。ここにずっと住んでいるんだろう?」
「ええ」
 彼女はただたどしい日本語で答えた。
「留学してから。親戚の家に住み込んで」
「そうだったんだ」
 予想通りだった。おそらくこの店もその親戚か知り合いの経営している店なのだろう。中国ではよくある話である。
「忙しい?」
 俺は再び尋ねた。
「忙しかったらいいけれど」
「ええと」
 彼女はそう問われて考え込んだ。
「水曜ならお店が休みだし。学校が終われば」
「じゃあその時で。待ち合わせ場所は」
「横浜スタジアムの前なら」
 ここで彼女はこう提案してきた。それを聞いて俺は驚かざるにはいられなかった。
「えっ!?」
「あそこなら近いし。いいでしょ」
「それはそうだけれど」
「何かあったの?」
「い、いや」
 今さっきあそこは駄目だろうと考えていたのは秘密だ。彼女は俺が横浜ファンだということは知らない筈だ。だから俺が何故驚いているのかはわからない。
「じゃあそれでいいよ。僕は」
「よかった」
 彼女はそれを聞いて微笑んだ。
「じゃあ水曜ね。楽しみにしてるわ」
「うん」
 こうしてデートの約束自体は簡単に進んだ。俺は水曜になるまでが待ち遠しかった記憶がある。そして遂に水曜となった。
 俺は学校が終わると身支度を整えすぐにスタジアムの前に向かった。そこにはまだ誰もいなかった。
「早く来すぎたかな」
 時計を見ると約束の時間より早かった。お湯を湧かせる位の時間があった。
「待つか」
 寒い。風が急に吹いてきた。それが木の葉を散らす。否が応でも冬を感じずにはいられなかった。
 十分程経ったであろうか。中華街の入口から一人の少女がやって来た。
「おっ」
 見れば彼女だった。普段の赤い中華風のウェイトレス姿とはうって変わった格好であった。こげ茶色のセーターに上に白い上着を羽織り、黒っぽい丈の長いスカートを履いている。地味だがよく似合っていた。そして黒いおさげの髪をほどいて後ろにたらしている。波がかった髪がよく似合っていた。
「お待たせ」
「いや、今来たばかりだから」
「有り難う」
 彼女はそれを聞いてこう言った。
「優しいのね、日本の男の人って」
「そうかな」
 俺はそう言って誤魔化した。だが俺がここで待っていたのはお見通しらしい。
鋭いようだ。
「で、何処に行くの?」
「関内に行こうよ」 
 あそこの商店街は気に入っている。彼女も知っていると思いそう提案した。さて、どうなるか。俺は彼女の動向を注視した。これで成功したかどうかがわかる。
「いいわね」
 彼女はそう答えて微笑んだ。
「あそこならいいわ」
「よかった」
 俺はそれを聞いて素直に微笑んだ。
「じゃあ行こうか」
「ええ」
 俺はタクシーを呼び止めようとした。だが彼女はそれを制した。
「それは必要ないわ」
「何で?」
「歩いていけばいいじゃない。歩いていける距離だし」
「いいの?」
 確かに歩いていける距離だが女の子には少しつらいではないかと思いタクシーを呼んだのだったが。どうやらそれはいらぬお節介だったらしい。
「それにお話もできるし」
「あ、そうか」
 これには納得した。俺はそれに従い彼女と二人で歩いて関内に向かった。 この時手を繋ごうかと思った。しかしそれは図々しいと思ったので止めておいた。そして歩きはじめた。話をしながら。
「ふうん、台湾出身なんだ」
「ええ」
 彼女は答えた。
「高雄のね。ここと同じ港町よ」
「そうなんだ」
 台湾には行ったことがない。だから高雄がどんな街かは知らなかった。
「横浜は綺麗だけれど高雄は違うわ。人が多くて」
「ふうん」
「けれどいい街よ。活気があって。一度来てみたらいいわ」
「そうさせてもらうよ」
 俺はそう答えた。
「その時は案内してくれる?」
「いいわよ」
 彼女はそう切り返してきた。
「けれど条件があるわ」
「条件」
「ええ」
 彼女は答えた。
「今のデートで楽しませてよね。台湾の女の子は厳しいわよ」
「畏まりました、娘々」
「お願いするわ」
 台湾の女の子は気が強いとは聞いていた。だがここまではっきり言われるとは思わなかった。だがそれがかえって俺の好みに合った。
 今度は野球の話になっていた。横浜スタジアムの前で待ち合わせをしたからそれも当然だったかも知れない。だが俺は今一つ乗り気ではなかった。横浜の今シーズンのことを思うと乗れる筈もなかった。
「野球は嫌い?」
 それを察したかこう尋ねてきた。
「い、いや」
 俺はそれを慌てて否定した。
「高校まで野球部だったし」
 これは事実だ。
「今もよく観ているよ」
「なら好きなのね」
「ああ」
「けれどその割に乗り気じゃないみたいね」
「ちょっとね」
 俺はここで苦笑いを作った。
 
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