魔法科高校の神童生
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Episode19:誘拐
前書き
みなさま、明けましておめでとうございます!!今年も、魔法科高校の神童生をよろしくお願いします!
さてさて、新年一発目の投稿ですが…いきなり原作無視してしまいます(笑)
「ただいまー」
「お帰りなさい隼人」
高校から帰宅すると、居間にはいつもの姉さんではなく母さんがいた。そのことに新鮮さを感じながら、俺は手を洗いに洗面所へ向かった。
姉さんは再び魔法大学の研修でしばらく家を空けている。いつもならここで俺が九十九家の代理当主を務めることになっているが、今日から二ヶ月間は先日帰ってきた父さんが、代理当主の座に就いている。俺としては余計な仕事が増えないから嬉しい限りだ。
「そうだ隼人、櫂が後で話があるから書斎に来るように、って言ってたわよ」
「ん、わかった」
父さんが俺に話?一体なんだろうか。あ、もしかしたらこの間のテレビ電話で言ってたお土産かな。それは楽しみだ。
「父さん、入るよ?」
「隼人か?いいぞ」
九十九家には、無断で入ってはならない部屋が二つある。それは、父さんの書斎であるこの部屋と、地下室の最奥の部屋であった。姉さんはそのどちらにも入ったことがあるらしいのだが、地下室の話しだけはしてくれなかった。俺もこの年になったのだから、その地下室が絶対に人道的に良いものではないことは理解していた。だから待っている。父さんが俺を認めてあの部屋へ入れてくれるのを。ちなみに、父さんの書斎へ入るのもこれが初めてだったりする。
若干緊張しながら入室の許可を得た俺は、意を決して木製の扉を開いた。ギィ、と音を立てて開かれた部屋の中、その空間は、俺が想像していたのよりもずっと狭かった。いや、部屋中に整頓されている本のせいでそう感じるのか、きっと後者なんだろうな、と思い俺はなにやらこちらに背を向けて机上で作業をしている父さんに近づいた。
「ちょっと今手が離せないから、そこで待っていてくれないか?」
「ん、わかったよ」
取り敢えず手持ち無沙汰になった俺は、初めて入った父の書斎をぐるりと眺めてみた。四畳半ほどの部屋に、扉と窓が一つずつ、向かい合うように設計されている。窓の前に大きめのデスクがあって、その他の周囲は全部本棚で埋まっていた。
しかも、その本棚に収まっている本は全て魔法関連だった。最新の魔法情報から、古代魔法について、果ては大昔、まだ現在のように魔法が技術体系化されておらず、『超能力』と呼ばれていた時代についての資料も見受けられた。
「…隼人」
「ん?」
作業が終わったのか、父さんは俺の名前を呼んで振り返った。
「お前に土産を持って帰ってくるって前に言ったよな?」
やっぱりお土産の話か。一体なんだろう、結構色んな国を回ってたりしてたらしいから皆目見当もつかないや。
「これだ」
そう言って、ひょいと放られた黒い物体を俺は右手でキャッチした。
「これは、短剣…?」
受け取ったお土産は、真っ黒くてなんの装飾もない、まるで『斬る』ためだけに作られたような短剣だった。
「ああ。俺の知り合いに腕のいい鍛冶屋がいてな、旅行ついでにそいつの所に寄って、打ってもらった」
鍛冶屋の知り合いなんて、この時代ぜんぜんいないのではないだろうか。
父さんの少し可笑しな人脈に苦笑いしながら、俺は妙に柄の短い短剣をマジマジと見ていた。
「その剣はな、握って振るために作られたわけじゃないんだ」
「へ?それ剣じゃなくない?」
振るために作られたわけじゃない剣。ううむ、矛盾している。
「それは投擲剣と言ってな、用は投擲ナイフと同じだ」
「ああ!そういうことねー」
なるほど、だからこんなにも柄が短いのか。んー、投擲剣か…
「これって、電気伝導性はどうなんだろ?」
「さあ、詳しいことは分からないがセラの戦い方を見て作られたらしいからな、多分電流くらいは流れるんじゃないか?」
なんとも適当な説明だ。でもまあ、流石に父さんでも製鉄は詳しくないのか。父さんでも知らないことがあるって、なんか不思議だな。
「ん、ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
取り敢えず、この短剣の使い方はあとでゆっくり考えることにしよう。
父さんから納刀するケースを受け取って納める。
「ああ、あと、これも渡しておく」
そう言って手渡されたのは、一丁の拳銃だった。すべてが黒で作られている、美しいハンドガンはズシリと重かった。そして、俺の手にとてもよく馴染んだ。
銃。それは、殺すために作られた凶器だ。魔法とは違い、手加減はできない。引き金を引くだけで人の命を簡単に奪えるもの。先ほどの短剣のように、ただ一つの目的のために、「殺す」ためだけに作られたものだった。
「訓練時代に隼人が使っていた銃だ。更にあの時より改造して、より軽くしておいた」
「……ベレッタ…」
ベレッタM92F。これは、俺が九十九家の暗殺者となるために訓練を始めたときに使っていた銃であり、初任務以来父さんに預けていたものだった。
これを父さんが再び俺に渡すということは、父さんが俺を認めたということを意味していた。
「『殺し』を嫌うお前にコイツを預ける意味、分かるよな?」
「…うん。俺は、コイツでナニカを守るために使うよ」
俺は暗殺者なのに殺しが嫌いだ。だけど殺しは守ることに繋がる。俺は、そういった殺ししかしない。仲間を守る。自分を守る。情報を守る。そのためだけに、俺はコイツを使う。
「ん、ならいい。がんばれ」
「うん」
甘いと言われるかもしれない。でも、それがなんだ。甘くたっていいじゃないか。弱さがない人間なんていない。その弱さを、なにか他ので補えばいいのだから。
まあ、俺はまだその『他の』を見つけられてないんだけどね。
夜、晩御飯を食べて入浴を済ませた後、俺は昼間にもらった短剣の使い方を考えていた。
「投擲剣かー…んー、いまの俺の武装はワイヤーとそれに付随するリールとベレッタ……」
投擲剣なのだから、投げるのは当たり前。けど、投げたら拾うまで代えが効かなくなっちゃうな。投げたあとすぐに回収できるようにしたいけど、わざわざ魔法は使いたくはないな。
「んー…ん?ああ!ワイヤーあるじゃん!」
そうだよそうだよ、ワイヤーの先端に短剣をくくりつけて、固定。うん、投げて刺せるし拘束できるし引っ張れば返ってくる。完璧だね。
「よっしぃ!なんかうまくいってテンション上がってきた!っとと電話?」
思わず立ち上がってガッツポーズをした時、デスクの上に置いてあった端末がペカペカと点滅し始めた。起動させてみると、それはほのかからの電話だった。
ちなみに、ほのかと雫とはちゃっかり入学式の日にアドレスを交換していた。
「はーい隼人だ『九十九さんっ!』よ…っててて、耳痛い…そんな慌ててどうしたの?」
電話越しのほのかはいつも以上に慌てていた。息も荒いし、声も大きくて耳が痛い…なにか運動でもしてたのかな?
しかし俺のそんな余裕は、次のほのかの言葉に崩された。
「雫がっ、攫われたんですっ!」
「……は?」
ほのかから電話があったあと、俺は急いで寝巻きから私服に着替えて適当なパーカーを羽織って家を出た。父さん達に事情を話す時間すらもどかしく、俺は静止を促す母さんを振り切って夜の道を駆けていた。公の場での理由なき魔法の使用は罪に問われるらしいけど、そんなもの知ったことか。誰かが、バレなきゃ犯罪じゃないって言ってたしね。
いつかの襲撃のときみたいに減重と移動の術式を駆使きて民家の屋根から屋根へ飛び移っては走り去る。
ほのかから送られてきた雫が誘拐されたであろう場所の位置情報を頼りに、俺は歯を食いしばって走り続けた。
「ほのか!」
「あ、九十九さん!」
走り続けて約15分。辿り着いた場所は郊外の廃ビル、というより、俺が過去に壊した『ブランシュ』の補助部隊が拠点にしていた雑居ビルだった。
俺の言葉に振り返ったほのかの表情は今にも泣きそうで、それが事態の深刻さを物語っていた。
「雫は、このビルの中に?」
「はい。絶対にいます」
見ると、ほのかの格好はまだ制服のままだった。大方、放課後に遊んでたところを狙われたか。
「ほのか、一つ聞いていいかい?」
取り敢えず、シルバー・フィストを手に嵌めながは俺はほのかを見据えた。
「なんですか?」
「雫が攫われた理由はわかる?」
もし、雫とほのかが二人でいたのなら、なぜ雫だけ攫われてほのかが攫われなかったのか。俺は、それが気になった。
「あの、雫の家ってすごく裕福なんです」
「なるほどね、OK分かったよ」
雫の家が裕福、それだけで犯人達の狙いは分かった。金目当ての誘拐か。まったく、雫になにか凄い秘密でもあるかと思ったけど勘違いだったようだね。
「さて、俺はこれからあのビルに突入する。ほのかはそこで待っていてくれ。あと、なるべく警察含める第三者の立ち入りを警戒しておいてくれるかな?」
「は、はい!お願いします!」
ほのかの声を背に、俺は再びあの雑居ビルに踏み込ーーーもうとした。
「あ、あのっ!」
「ぐへっ」
しかし入り口の直前でほのかに顔を隠すためにしていたマフラーの端を掴まれてみっともない声をあげてしまった。てか苦しい。
「ああ、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫だけど…急に引き留めてどうしたの?俺今結構カッコ良く乗り込もうとしてたんだけど」
出鼻を挫かれた。とはいえなにか言いたいことがあるのだろう。俺は何度も謝るほのかを宥めながら言葉を待った。
「あの、雫を攫った人達は拳銃とか持ってたんですけど大丈夫なんですか?」
「ああ、なるほど。心配いらないよ、いざとなったら全力で魔法使うしね」
嘘だった。てか、俺が全力を出したらここら一体の物質という物質が消え失せてしまう。
それは自信過剰でもなんでもなくて、一度魔法を暴走させた時に実際にあったことだ。
「……それじゃ、行ってくる」
まだ不安そうな表情を浮かべているほのかの頭をポンポンと撫で、俺はビルの内部へと侵入した。
四階建てになっているこの雑居ビルは、つい先週までブランシュの補助部隊が使用していたこともあってかそれほど荒れてはいなかった。ただ、あの日侵入したときよりも、空間中に漂う酒の匂いが強くなっているように隼人には感じれた。
先週消し去った入り口のドアは消えたままで、流石に開けっ放しのドアがある一階には敵はいないようだった。
「…さて、雫はどこにいるのかな?」
首に巻いたマフラーで顔半分を覆いながら、隼人は頭上を振り仰いだ。
途端に見える極彩色の世界。活性化されたサイオンが、隼人に敵の人数や配置された場所を教えていた。
「ほのかはうまいとこにいるな…丁度死角になってる」
残念ながら隼人が見えたのは一つ上の階の様子だけだったが、隼人にはそれで十分だった。
「階段登ったすぐに二人、部屋のちょうど中間に一人、次の階へ続く階段に一人か」
合計四人。敵の総数がどれだけいるか隼人にはわからないが、ただ人質をとって引き篭もるような臆病組織にしては人数が多かった。
「…さて、行くか」
右太腿に括り付けたホルスターにベレッタを押し込んで、隼人は音を立てないように階段を登り始めた。
数十段登って小さな踊り場に出たとき、隼人は雑談を交わす二人の男を見た。手には両者ともアサルトライフルを装備している。
(…アサルトライフル?なんで、こんな大したこともない組織がそんなものを)
裏社会に出れば拳銃やライフルなどといった銃器は比較的簡単に手に入れられる。そういった物の管理をしている九十九家の代理当主である櫂が言っているから間違いではないのだろう。ならば、初っ端に接触するであろう二人がアサルトライフルを所持しているということは、敵にも相応の装備があると見てよかった。
(意外と、厄介かもしれないねッ!)
心の中で呟いた言葉の語尾に力を込めて、隼人は未だ下品な笑い声を上げる二人の隙をついて一気に階段を駆け上った。
「なっ、誰だ!?」
足音を隠すことをやめたため敵に気づかれたようだが、自己加速した隼人は圧倒的に速かった。咄嗟の出来事で叫ぶだけでなにもできない敵の顔を鷲掴みにして頭から地面に叩きつける。
「う、うわぁぁぁッがァッ!?」
仲間がやられたことに錯乱してか、男は出鱈目にアサルトライフルの引き金を引いた。だが、大した狙いも定めずに撃たれても、隼人に当たるはずもなく、銃弾の合間を縫って伸びてきたワイヤーが男の首を絞めた。
「うるさい喚くな、そして動くな」
素早く男との距離を詰めた隼人は、男を無理やり立たせて背後から首筋に短剣をあてがった。
向かい合うのは敵三人。次の階に繋がる階段付近にいた二人はアサルトライフルを装備していたが、もう一人中央にいた男は無手だった。
「こいつを殺されたくなかったら持ってる銃を捨てーーっ!?」
男を人質にとり、相手の無力化を計る隼人だったが、どうやら敵の仲間意識は薄かったようだ。
味方が人質にとられているというのに構わずライフルを乱射してくる敵に隼人は舌打ちを漏らし、男を無理やり引っ張って近くの壁に隠れた。
「使えない、ねっ!」
取り敢えず暴れられても困るため人質として使えなくなった男は隼人の手刀によって意識を刈り取られた。
気絶し、グッタリした男を床に寝かせて、隼人は壁の向こうの様子を窺った。先ほどまでの銃弾が発射される音は止み、向こうも隼人の出方を窺っているようだった。
(ライフルを持ってる二人より、あの無手の男が気になるな…)
隼人が気にしていたのは一発で致命傷を与えてくるライフル使いではなく、中央に立つ、隼人が侵入してきても眉一つ動かさなかった男だ。
(恐らくは魔法師…それに結構戦闘慣れしてるか、厄介だね)
嘆息して、隼人は懐から漆黒の短剣を取り出した。それをワイヤーの先に括り付け、頭上に投擲した。櫂の知り合いが打ったその短剣は、コンクリートで作られた天井に突き刺さった。
敵の注意が頭上に向いたのを確認。自己加速を行った隼人は素早く壁から飛び出し、ベレッタの引き金を二度引いた。ベレッタはダブルアクションとなっているため、わざわざ一発ずつハンマーを起こさなくていいため、速射、連射に向いている。
隼人の右手に懐かしい衝撃が響き、それぞれ射出された9mmの弾丸はアサルトライフルを構える二人の肩を正確に撃ち抜いた。
実の所、訓練時代の隼人は魔法よりもこういったハンドガンの扱いのほうが長けていた。的を狙えば真ん中に百発百中。その様子を見ていた櫂ですら驚きを禁じ得なかったほどだ。それは、3年のブランクがあっても変わらなかった。
一瞬で二人を無力化した隼人は、残る最警戒人物と正面で向かい合った。相手が魔法師とはいえ、それが厄介だったのは周りにライフルを構える二人がいたからだ。一体一ならば、大した脅威ではない。相手が、相当な手練れでなければ。
「ハァッ!」
雷帝で筋力を底上げした隼人は一息で彼我の距離を詰めるとそのまま右拳を振り抜いた。だがその拳は空を切り、魔法師であろう男は隼人の体を蹴って後方へ飛んだ。だが、そう簡単に距離をとらせる隼人ではなかった。蹴られた反動で二人の距離が空いて行く中、隼人は男に向かって左腕を振った。そこから、いつの間にか回収していた短剣付きのワイヤーが伸び男を縛り上げる。
「終わりだ!」
グン、と慣性に抗う力が男に加わった。隼人が、男を捕縛したワイヤーを自分に向かって引っ張っていたのだ。それを理解して慌てて起動式を構築しようとするも一歩遅かった。
隼人の右拳が、男の左頬を穿った。
「ふぅ…」
吹き飛んでいく男からワイヤーを外し、隼人は次の階段へと向かった。
「…こんなもんかな」
パンパンと手を払う隼人の目の前には、気絶した男が三人と、無惨にもバラバラに破壊されたアサルトライフルが転がっていた。雫が囚われているであろう雑居ビルの三階は恐らく最も手薄な場所であった。アサルトライフルで武装した男が三人。勿論、隼人の的ではない。一人目をワイヤーで拘束し自己加速で素早く二人目の背後に回りこんで意識を奪うと、ライフルを構える三人目に向け移動と加速の術式を掛けた短剣を投擲。軽くコンクリートの壁を貫くであろう威力を孕むそれは、ライフルを銃口から斬り進み、男の肩口に深々と突き刺さって止まった。そのまま隼人は肩の痛みに悶える男から短剣を抜き取り手刀で意識を奪うと、残る拘束された一人目を鳩尾への強烈な正拳突きで昏倒させた。
「さて、残るは最上階だけど…いないね」
世界の心眼で頭上の様子を視た隼人は溜息を漏らしていた。雫がこの雑居ビルにいるのは、見張っていたほのかが言うのだから間違いないのだろう。だとしたら、人質含む残りの犯人は、
「屋上、ね…何を企んでるのか知らないけど厄介なことになる前に早めに行ったほうがいいか」
ベレッタの残弾を確認して、隼人は素早く四階へと上った。
やはりそこには人の姿はなく、代わりに屋上へ続くであろう梯子の先にある、普段蓋の役割をしているマンホールが外されていた。
「…これまた随分と端っこにいるな、強襲は無理か」
世界の心眼で屋上の様子を視た隼人は、観念したように呟いて雷帝を発動した。人の反応は六名。そのうち、一番真ん中にいるのが雫と見てよさそうだった。だが、敵の隙をつくには少々厄介な場所にいるため、隼人は奇襲を諦めた。そして、梯子を使うことなくジャンプで一気に屋上に到達する。
「…へえ、結構な護衛連れてるじゃないの」
嘆息交じりに呟いた隼人の目の前には、手を後ろで縛られた雫を抑える黒づくめの男に、それを守るように立つ如何にもな格好をしたボディガード四人だった。その六人は、固まって屋上の隅にいた。どうやら雫は気絶しているようだが、目立った外傷はない。
隼人の姿を認めた護衛四人が、戦闘態勢をとる。どうやらそれなりに訓練を受けているようで、袖口からナイフを取り出す動作に淀みは見られなかった。
だが、隼人が注目したのはそこではなかった。
「……おかしいと思ってたんだよね。下にいた奴らの腕は大したことないのに、武装だけは一丁前のことに」
護衛たちから、殺気が溢れ出した。隼人のセリフから只者ではないということを理解したのだろう。
「アンタらなんだろう?ソイツらに、武器を流したのは」
護衛からの返答は、言葉では帰ってこなかった。代わりに突進してくる一人の男。
先陣を切るだけあって、度胸とそれに見合う技量はあるようだが…
「ガフッ!?」
190以上もあるであろう長身の男が宙を舞った。驚く他の護衛達の視界の先には、拳を振り上げた隼人の姿。
雷帝により筋力が強化された隼人の強烈なアッパーカットが護衛の男の一人を沈めていた。
「困るんだよねえ、九十九家に黙って、そういう横流しされるの」
隼人のこのセリフで、護衛の男達は目の前にいる少年が何者なのかを悟った。
だが、それは現状を変えることにはならなかった。
それに、気づくのが遅すぎた。
男達が相手にしているのは、裏世界で武器の流通を管理している九十九家であり、そして、どんな人間でも抹殺する、掃除屋でもあったことに。
「フッ!」
隼人の拳が、驚愕で構えが解けた中央の男の顎を捉え意識を飛ばした。続いて投擲された短剣が、左の男の腕に刺さる。腕を貫く痛みで我に返って慌てて態勢を整えようとして、男は短剣に括り付けられていたワイヤーに気づいた。
「インライト」
「ガッぁぁぁぁぁ!?」
隼人からワイヤーを伝って迸った高電圧の電流が男を焼いた。だが、殺すには至っておらず、感電して男は意識を失って硬い地面に倒れこんだ。
「……!」
「くっ!」
隼人のベレッタと、護衛の男の持つアサルトライフルが互いの標的に照準を合わせていた。
しばらく睨み合う二人。先に動いたのは隼人だった。一瞬で照準を男の頭部からライフルを握る左手に変えると、引き金を一度。乾いた音と衝撃が響き、男は負傷した左手を押さえるためにライフルを取り零した。それが、致命的な隙になった。たった一歩で10m以上あった距離を詰めると、隼人は手刀で男の意識を刈り取った。
倒れ伏した四人の護衛を順に一瞥して、隼人は最後に黒づくめの男を見た。
「さて、アンタが雇った護衛はご覧の有様なのだが…」
視線に、まだ続けるか?という問いを乗せて男を睨む。隼人から発せられる圧倒的な威圧感に、男の全身から脂汗が吹き出した。
『作戦失敗』と『死』。二つを覚悟した男の耳に、ずっと待ち望んでいた音が聞こえたのは自身の首筋にナイフを触れさせた直後だった。
「っ、ヘリ!?」
激しい突風が屋上を襲う。顔を腕で覆う隼人を他所に、男は歓喜に満ちた顔でゆっくりと降下してくるヘリコプターを見上げていた。
(くそっ、こんなに大規模な組織だったのか!?)
隼人は、敵をずっと元となる小規模組織が中大組織に護衛の依頼を頼んだありがちなパターンだと思い込んでいた。だが、その実態は違った。
最初から敵は一つの組織。更に、ヘリコプターをも所有している大組織だったのだ。
「くそっ、待て!」
気づいたときには、既に黒づくめの男は雫を抱えてヘリに乗り込んでいた。そして、ヘリはそのまま仲間の男達を拾うことをせず上空へ逃れ始めた。
「このっ、待ちやがれ!」
叫び、隼人は場所を考えずヘリを落とそうと加重魔法、その中でも姉のスバルの奥の手とも言っていい魔法を発動した。領域干渉歪重空間。精度はスバルのものより数段落ちているが、それでも飛行する機械を落とすには十分だった。グングン高度が下がっていく機体。だが、それは唐突に終わりを迎えた。
「ぐっ!?」
足元に倒れていた護衛の一人が、隼人の太ももにナイフを突き立てていた。鋭い痛みのせいで集中力が途切れ、歪重空間は崩れ去った。
加重がなくなった機体はすぐにバランスを取り戻し、隼人から遠ざかっていく。
「邪魔だッ!」
未だ尚ナイフを深く刺しこんでくる男を蹴り飛ばし、痛む脚を押さえて隼人は屋上から飛び降りた。すぐに減重、減速の術式が発動し、隼人の体はゆっくりと地面に降り立った。
「…ハメられた…!!」
隼人の拳が、ビルを揺らした。力任せに殴りつけたコンクリートの壁は大きな円形にへこみ、隼人の手から血が流れた。
地面に落ちているほのかの端末を拾って、隼人は足早にその場を後にした。
ーーto be continuedーー
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