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酒の魔力

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第四章

「ですからまた打って下さいね」
「うん、そこまで言うのなら」
 谷沢も信じるしかなかった。それでだった。
 彼は今は治療に専念した、それでその酒のマッサージを受けて酒風呂に入り続けた。するとそれでだった。 
 アキレス腱の痛み、それまで苦しんでいたそれが収まっていった。それで遂にだった。
 一軍に復帰し八十年には何と首位打者も取った、彼にとって二度目の首位打者である。  
 皆このことには驚いた、中日ファン達も喜びと共にこう言った。
「奇跡だな」
「ああ、そうだな」
「再起不能って思ったのにな」
「また首位打者を取るまで復活するなんてな」
「嘘みたいだよ」
「足大丈夫なんだな」
「復活かあ」
 感嘆の言葉も出た。
「よく戻って来てくれたよ」
「やっぱり中日にいて欲しい人だよ」
 誰もが谷沢の復帰を心から喜んだ。彼は復活してからも打ち続け二千本安打を達成し引退まで活躍した。
 その彼がだ、今はこう言うのだった。
「若しあの時あの人に会えなくて」
「凄いマッサージ師でしたね」
 あのスタッフもこう言うのだった、今も。
「そのお陰で谷沢さんも復活出来て」
「それに何よりね」
 今彼はスタッフと居酒屋で飲んでいる、そうしながら彼に言うのだった。
「これだよ」
「それですね」
「そう、これがあったからね」
 酒だ、日本酒を飲みつつ彼に言うのだ。
「僕は助かったよ」
「あれっ、そういえばそのお酒は」
 スタッフは谷沢が飲んでいるその日本酒を見て気付いてこう言った。
「あれですよね、普通の」
「そうだよ、二級酒だよ」
 それだとだ、谷沢はにこりと笑って答える。
「今飲んでるのはね」
「特級とか一級じゃないんですか」
「僕を治してくれた酒だよ」
 それを飲んでいるというのだ、マッサージに使い風呂に入れていた酒を。
「これがね」
「そういえばあの人マッサージの時はいいお酒を使われなかったんですよね」
「特級や一級は確かに飲むと美味しいよ」
 それは確かだというのだ。
「確かにね」
「そう、けれどね」
「けれどですか」
「マッサージに使うとべたべたするんだよ」
 質のいい酒、つまり美味いものはというのだ。
「だからマッサージに使っていたのは二級酒だったんだ」
「何でも質のいいお酒がいいとは限らないんですね」
「その辺りも面白いよね」
「そうですよね、言われてみれば」
「じゃあ飲もうか」
 彼のコップが空いているのを見て酒を入れる、その酒を。
「僕を治してくれたお酒をね」
「はい、それじゃあ」
 スタッフも笑顔で頷きそのうえで谷沢が勧めてくれた酒を飲んだ。それは二級酒というランクを超えた味があった、全てを癒す魔力さえ感じられるものだった。


酒の魔力   完


                     2013・7・25 
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