IS<インフィニット・ストラトス> ―偽りの空―
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Introduction
第十話 地獄の番犬
辺りは静寂に包まれている。これから始まる模擬戦を皆が固唾を飲んで見守っている。
直前に行われた試合といえばクラス対抗戦だけど、どの学年もいまいち盛り上がりに欠けてしまっていた。ルール上それは仕方なかったかもしれない。いや、それ以前に行われた僕たちのクラス代表決定戦が盛り上がり過ぎたというべきか……。
それだけに、彼女たちからすれば突然決まった好カードに興味津々だ。事実、午後の授業を使って模擬戦をまずは行うと千冬さんが告げた時には騒然となり、しばらく興奮が冷めやらなかったくらいだ。
何せ、一人は二年生が誇る学年唯一の専用機持ちにしてアメリカ代表候補生。その上実力は生徒会長に迫るとの噂。そのダリルさんに一年生が挑むのだから興味がないはずはない。
ダリルさんは既にISを展開させて、模擬戦が始まるのを待っている。彼女の専用機『ヘル・ハウンドVer2.5』は僕の月読と似た漆黒の装甲だ。ただ、全体的に薄めの装甲である月読とは対照的に彼女のヘル・ハウンドVer2.5はかなり厚めの装甲になっている。覆われている部分も多く、フルスキンタイプに近い。一年生組の専用機と違って、彼女のものは第二世代のため特殊兵器はなくシンプルなものになっているが、その分自分の戦い方に適した武装をインストールしていると思われる。さらに各国や、開発中の自国の第三世代のデータもフィードバックされているようで、基本スペックだけなら特殊兵器に比重を置きがちである一般的な第三世代を上回るほどになっている。
今、そんな学園でもトップクラスにあたる人の相手をするべく対峙しているのが……。
そう、僕……ってなんでこうなったの!? 楯無さんが相手じゃなかったっけ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「楯無……俺と勝負しろ」
食堂で生徒会入りの条件として、楯無さんとの勝負を要求するダリルさん。先ほどまでテーブルを挟んで向かい合っていた二人だけど、今はダリルさんが身を乗り出しておりかなり至近距離で睨む形になっている。一方の楯無さんは睨み返すでもなく、表情を変えずにダリルさんを見つめている。
ちなみに、今日は一日中実技演習がある関係上スーツを着たままでも行動しやすいように食事時間が他のクラスとズラされている。そのため僕らはスーツを着たままだし、周りには僕らのクラスと2組の生徒以外はいない。
「えぇ、いいわよ。確か次の授業の最初に専用機同士の模擬戦をやるって聞いたから、そこでできないか織斑先生に聞いてみましょう」
楯無さんはあっけなく了承した。もともと模擬戦が予定されてたというのは初耳だけど、丁度いいといえば丁度いいのだろうか。
その後は、会話もそこそこに各々の食事に集中した。……まぁ、僕らはもう慣れてるけど本来なら模擬戦みたいな激しい操縦が必要になるものを食後にもってくるのはどうなんだろう。一般生徒なら吐いちゃう気がするけど専用機持ちならそれくらい何とかしろということなのだろうか。千冬さんのSっ気をどうでもいいところで垣間見た気がする。
その後、食べ終わった僕らはその足で一度千冬さんのところに行き事情を説明したところ、こちらもあっさりと許可が下りた。
「あぁ、もともとお前たちの模擬戦を生徒たちに見せるつもりだったから丁度いい。とはいえ、趣旨はあくまでヒヨッコどもにISとはどういうものかを見せることだからな。あまり張り切りすぎるなよ」
どうやら模擬戦が予定されていたというのは本当のことらしい。でもこの二人がそんな授業に沿った模擬戦なんてやる訳がない……と思うんだけどどうなんだろう。それこそ生徒会入りがかかっているんだったら本気でやりそうだけど。それが参考になるならいいのかな。
そのまま千冬さんと一緒にアリーナに向かい間もなく、授業が再開される時間となる。
「よし、では午後の演習を始める。午前のうちに全員がISを起動させ、ある程度は動かし大体の感覚は掴めたはずだ。次に、訓練次第でISがどこまで動かせるようになるものなのか、まずは模擬戦という形で見てもらう。既にこの中には1組のクラス代表を決める際の模擬戦を見ている者もいるかと思うが、実際に自分がISの操縦を経験をした以上ただの観客としてではなく、常に自分だったらどうするか、といった視点から見るように」
確かに以前、僕らの模擬戦を見ている人がほとんどだと思うけど操縦経験のある人はあまりいなかったと思う。テレビで見るスポーツとかもやったことのない人と実際にプレイしたことのある人とでは見方もだいぶ変わってくる。
僕も楯無さんの戦いを第三者として生で見るのは初めてだし、ダリルさんの戦い方も興味があるからこの模擬戦は生徒会入り云々は置いておいてもちょっと楽しみだ。
そう思っていたんだけど……。
「よし、ではケイシーと西園寺、すぐに準備をしてアリーナに出ろ! あとのものは観客席側に移動しろ」
「え、私ですか……? 楯無さんではなく?」
「そうだ。更識は国家代表という立場上、模擬戦一つにしろ学園主導でやる以上いろいろ面倒な処理があるんだ。サファイアではまだ少しケイシーの相手は荷が重い。つまりお前しかいないわけだ」
「と、いうわけでよろしくね、紫音ちゃん」
……やられた!? あの満面の笑みとウィンクで確信した、楯無さんはこうなることがわかってたな。というか、ダリルさんはそれでいいのだろうか。
「まぁ、ほら。私は学園のラスボス的存在なわけだし? まずは中ボスの紫音ちゃんを倒してからじゃないと」
「……おもしれぇ。まぁ、もともとお前にも興味があったんだ。楽しませてくれるんだろ?」
あぁ、なんか完全に誘導されてますよ、ダリルさん。そんなバトルジャンキーみたいな視線を僕に向けないで!? いや、確かにフォルテさんや楯無さんとの模擬戦はワクワクしたけど……あれ、もしかして僕もその気があるのか、いやいやいや。
「どうした! 授業中なんだ、早くしろ!」
「は、はい!」
千冬さんの鋭い声が響く。どちらにしろ千冬さんに授業の中で指名された以上もともと拒否権はないんだけどね、楯無さんのいいように利用された感じがちょっと納得できない。うぅ、今度何かしらやり返してやる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ということで、目の前のダリルさんはやる気十分な訳で……。僕も現実逃避の回想から戻ってきて意識を切り替える。流れは変わったけど、僕が勝てば必然的にダリルさんは生徒会に入ることになるだろう。僕は楯無さんには負けているからね。
とはいえ、僕が負けても次に楯無さんが日を改めて戦うだけだろうからリスクはない。なら思いきりやるだけだ。どちらにしろやるからには負けたくない。前回の模擬戦で気づいたことだけど僕はどうやら負けず嫌いらしいからね。
相手は下手すれば僕が勝てなかった楯無さんクラス。少なくとも僕よりは確実に経験は上だろう。それに前回の模擬戦と違って、ヘル・ハウンドV2.5との戦闘シミュレーションはやっていない。ある程度の情報は知っているけど基本スペックくらい。
一方、僕は前回の模擬戦で手の内はほとんど見せてしまっている。ダリルさんは試合を生では見てないだろうけど僕や楯無さんに興味を持っていたようだから映像データを見ている可能性は高い。となると正攻法では分が悪い。
『さて、授業ということもあるから私が時々生徒たちに状況などを解説する。気が散るとは思うが我慢しろ。それから無茶だけはしてくれるなよ』
アリーナ全体に聞こえてくる千冬さんらしい有無を言わせぬ物言いに僕は苦笑する。忘れかけていたけど授業中だった。
『よし、では……はじめ!』
スタートと同時、まずは距離をつめようどブーストを試みるがそれよりも早く目の前に弾幕が張られ遮られる。当てることを目的としたものではなく、明らかに僕が近づこうとすることを読んだ上での牽制だ。いつの間にかダリルさんの両手には長大な機関銃が二挺握られている。あれは確か、五九口径重機関銃デザートフォックス。
『いいか、第三世代型の開発が進んでるとはいえ未だ世界の主流は第二世代だ。そして第二世代を扱う際にまず重要になるのは武装の選択になる。今ケイシーが使用しているのも世界的にポピュラーではあるが、それ故に汎用性が高い』
僕がダリルさんが作り出す弾幕を躱し続ける間に千冬さんの解説が聞こえる。気になってしまうのは集中できないのか、まだ僕に余裕があるからか。
とはいえ、状況はあまりよくない。ダリルさんが操るデザートフォックスは一発一発の威力こそ低いものの制圧力が高い。しかも二挺を巧みに使い分け、一方は僕を直接狙いダメージを狙いもう一方で僕の動きを制限しくる。今は、ダリルさんの周囲に円を基本としつつ不規則に動き続けているからなんとか直撃は避けているものの、少しでも動きを止めたり不用意に近づこうとすれば一気に削られるだろう。
『ほら、どうしたー。逃げてるだけじゃ勝てねぇぞー』
確かにその通り、このままじゃジリ貧だ。でも手はある。
狙いは……。
「ここ!」
弾切れの瞬間! ISの武装がいくら通常兵器に比べても優れてるとはいえ弾切れになればリロードが必要なことは変わらない。僕を狙っていたデザート・フォックスの掃射が一瞬止んだ瞬間に僕はブースターを少しだけ起動して一気に方向転換し、接近を図る。
『狙いは悪くない、だが……甘ぇ!』
彼女の声と同時に僕のすぐ脇を眩いばかりの光が横切る。一部が装甲を掠めたためバランスを崩したもののなんとか体勢を立て直しすぐさま迫ってきた弾幕から慌てて逃げる。
何が起きたのかわからず彼女のほうを見ると、いつの間にか片手に見慣れない武装を持っておりそれも一瞬でデザート・フォックスに持ち直してしまった。既に両方のリロードは完了しているらしく、再び先ほどの状況に戻ってしまった。
『ちっ、まだ試作品だけあって精度は低いな。だが威力は十分そうだ』
『今のが高速切替だ。状況に応じて武装を自在に操れるだけでなくリロードの隙もほとんどない。これがどんなに有用か分かるだろう。高速切替とまでいかずとも、通常の武装の展開速度もどれほど戦況に影響するか理解しろ』
高速切替か……。ただでさえ、二挺展開が厄介なのにそれぞれのリロードのタイミングをズラした上に他の武装で隙を補ってくる。切替の時間もコンマ1秒未満。それにあのレーザー兵器のようなものはまともに受けたらひとたまりもない。
どうやら試作品のようだけど使うタイミングがうまい、今まで使ってこなかったのはもしかしたら単発でしか使えないのか多用できないのか。でも存在とその威力を知った以上、僕は警戒せざるを得ない。
とはいえ、このままでは状況は悪くなる一方。
もともと今の僕は近づかなければ戦いにならないんだから、多少のリスクは仕方がない。
ならば、と僕は月読の唯一の武装である剣、ネームレスを呼び出し、それを……。
ダリルさんに刃の先端を向けて投げつけた。
『なっ!』
一瞬、意表をついたことで鈍った弾幕の隙を逃さずにブーストをフル稼働して一気に距離を詰める。先ほどのレーザーでネームレスごと焼き払われたらそれで終わっていたかもしれないが、それをしないところを見るとどうやらもう使えないみたい。すぐさまネームレスはダリルさんのいた位置に到達するが、それをダリルさんはギリギリで躱す。しかし、既にそれに追いついた僕はそのまま避けられ、意味を成さなくなるはずだったネームレスを掴み直し腰を捻りながらそのまま横に薙ぎ払った。ギリギリで避けていたため、これなら必中のタイミングのはず!
「はあぁ!」
『ちっ』
でもそれも何かに阻まれ勢いを失い、金属同士の激しい衝突音が響き渡る。そのまま切り払おうとも思ったが拮抗してしまい、つばぜり合いのような形になってしまった。その際に何で止められたのかが目に入る。ネームレスの一撃を防いだのはダリルさんの装甲と同じ漆黒の二挺の拳銃だった。銃身が長く、特徴的な形をしている。生半可な武装だったらそれごと切り払うことができたはず、何か特殊な武装なんだろうか。でも、このままブーストをかけて押し切れば一瞬とはいえ出力では上回るはず。
『ヘル・ハウンドの別名知ってっかー? ブラックドッグ、地獄の番犬……そして』
このまま勝負を決めようとする僕に対して、静かに語りかけてくるダリルさん。それに応じる余裕もないのでそのまま一気に押し込もうとした刹那、血が凍るような感覚が全身を駆け巡る。
『ケルベロスだ』
次の瞬間、直前までの意志とは逆に背後に向かってブーストをかけ少し距離を取ってしまう。だがその直後に全くの死角だった下方から、何かが目の前を通過した。すぐさまその方向に目を向けるとそれは……脚! 気づいたときにはブーストで距離を詰めながら勢いを増した踵が襲ってくる。
なんとか体勢を立て直して僕はネームレスでその踵落としを防ぐが、それすらも読んでいたらしいダリルさんはネームレスを踏み台に跳躍しそのまま僕を飛び越え、反転しながら僕の背中へと二挺の拳銃を一気に撃ち放つ。彼女が飛び上がる勢いで体勢を崩された僕にそれを躱す術はなく、そのまま背後から射撃を受けてしまった。
「くぅっ……!」
一気にシールドエネルギーが削られ、衝撃が襲ってくるが背後を取られた以上立ち止れない。すぐさま体を回転させると同時にネームレスで薙ぎ払うものの、ダリルさんは先ほどと同じように間合いを詰めつつ銃身で防ぎ、再び下方からの蹴りが襲ってくる。僕はこれも同じように後方に躱すと、やはり踵落としへと続くが同じ攻撃を二度喰らうつもりはない。すぐさまダリルさんに向かってブーストをかけ直しつつネームレスをストレージに戻す。急反転によるGが体を襲うが、気にしていられない。
腕をクロスし、できるだけ足の根本で受けて踵落としを防ぐ。勢いがつく前に根本で止めることでダメージを最小限に抑えつつ先ほどのように背後に回られるのも防ぐ。すぐさま僕は横から彼女の腹部に向けて蹴りを放つ。これはダリルさんの肘で叩き落とされるものの、勢いを完全には殺されなかったのでそのまま片足に刺さり体勢を崩すことができた。畳み掛けるべく腕で受け止めていた脚を掴みあげて地面に叩き付ける。
追撃をかけようとするが、先ほどのダメージからすぐには動けずダリルさんに体勢を立て直す隙を与えてしまう。一方の彼女も立ち上がりつつも銃口をこちらに向けるにとどまり、2mほどの間隔を地上でおき向かい合う形になった。
『っつぅー、格闘戦には自信あったんだがなー。対応早いじゃねぇか』
若干の距離を置いたことでダリルさんの今の状況を改めて確認することができた。いつの間にか彼女の脚部の装甲が変わっており、脛や甲の部分は刃のように、つま先と踵部分は切っ先のように鋭い。恐らくあれは二挺拳銃と同じ、一連の武装なのだろう。
「なるほど、二挺拳銃による近距離格闘射撃に加えて足技による一人三位一体攻撃。さながら三つ首を持つケルベロスというわけですか。かなりアレンジが加わってますがガン・カタというものですか?」
『ち、よく知ってるな。俺の国にあった映画が元なんだが、まぁ足技加えたせいであんま原型残ってないけどな。そんでこいつらが俺の相棒のハデス』
そう言いながらダリルさんは両手に持つ拳銃を少しだけ上げてアピールする。もちろん銃口を逸らすような愚行はしてくれない。
『あー、お前たち。一般的なIS戦においては火器類による戦闘メインになるが先ほどのように剣術はもちろん徒手空拳による近距離戦はいざというときに役立つ。これらはIS関係なく日頃の鍛錬が重要だ。……それからケイシーの真似はしようとは思うなよ、参考にならんぞ』
『……酷い言いぐさだな』
気のせいか呆れも含んだ千冬さんの解説にダリルさんが肩を竦める。確かにガン・カタって派手でカッコいいんだけどあくまで架空の武術だし実戦的かと言われると首を傾げたくなる。でも彼女のそれはIS独自の空間戦闘と足技を加えることで、新しい武術にまで昇華にしている気がする。
『さて、水を差すようで悪いがそろそろ時間も押している。5分以内で決着をつけろ』
『だ、そうだ』
「こちらは先ほどの攻撃を受けてシールドエネルギーも残り僅かですからね。元よりそのつもりです」
序盤に削られた分とさっきの直撃が痛で僕のシールドエネルギーはほとんど残っていない。
だから。
「次で」
『終いだ!』
ダリルさんが待つハデスから眩いばかりの光が放たれる。
刹那、僕はネームレスを自分の正面に、剣の腹を相手に向けて呼び出して地面に刺すことで盾にすると同時に自分の姿を隠す。銃撃を防いだ僕はそのまま一気に仕掛けるべくブーストをかける。
『ち、右か左か……』
目晦ましとなるネームレスの左右どちらかから出てくると警戒しているダリルさんに対して、僕が選んだのは……上! ネームレスを飛び越えながら掴み直しまずは垂直方向にブーストをかけ直して勢いを増した踵落としで頭部を狙う。
『くっ、人の得意技を……真似するな!』
左右にそれぞれハデスを構えていたダリルさんは上から迫る僕に気づき、そのままハデスを交差させて踵落としを受け止める。そのまま弾き返されそうになるが、各所のブーストを使い分けて上半身を捻りながら側面
に回り込み、ダリルさんの背中を蹴り飛ばす。数メートル先の地面にぶつかり、止まるものの体勢が崩れている。狙うならここしかない!
「これで終わりです!」
イグニッション・ブーストをフルに使いながらネームレスを構え、最大加速の突きを繰り出しコンマ数秒の内にそれはダリルさんに到達する。そして、これで勝負は決した。
『そこまで!』
『……大したもんだ』
「ありがとうございます」
千冬さんの試合終了の合図に続くダリルさんの言葉に僕は素直にお礼を返す。
ネームレスの切っ先は、ダリルさんの胸元の……。
「でも……届きませんでした」
ハデスの一つに防がれた上でもう一つのハデスの銃口は僕に向けられ、そこから発せられた射撃は僕の残されたシールドエネルギーを削りきっていた。その時点でエネルギー残量は0となり僕の敗北が確定する。
『いや、届いていたぜ』
ダリルさんがそう言うと、ネームレスを防いでいたハデスが砕け散る。どうやら耐久力の限界を超えていたようだ。
『ったく、防御用の盾も兼ねてるからそうそう壊れるようにはできてないんだがな。ま、ケルベロスの首の一つが堕ちたんだ。だからまぁ……引き分けだな』
はぁ、こんなとこまで。本当にこの人はカッコ……つけすぎでしょう!? 引き分け? こっちはシールドエネルギー削りきられているんだからどんなに言い繕っても負けだよ!
あぁ、なんか良いこと言ったみたいなドヤ顔しているけど……ツッコまないよ、だって楯無さんが観客席から我慢しなさいって視線で訴えかけてきてるのがわかるもん。わかるよ、このまま僕と引き分けにすれば僕に勝った楯無さんはダリルさんより上ということなる。つまり生徒会入りまで自然に繋げられる。
「ダリルさんがそう仰るなら……そういうことにします。納得はできませんが」
だから僕は受け入れつつも、今の心境を素直に言葉にする。ダリルさんが悪い人じゃないのはわかってるからいっそのこと正直に話したほうがいいだろう。
『ははは、お前も相当な負けず嫌いだな、気に入った。いいぜ、生徒会に協力してやるよ』
その言葉を聞いた楯無さんが満面の笑みで僕にサムズアップしているのが見えた。
この二人……卒業までに絶対に一度は負かせてみせる……。
そう決意した僕だけど、この時僕にとって学園に通う意義がまた一つ増えたんだということに気付いたのはそれからずっと先のことだった。
「ダリル先輩、カッコよかったッス……!」
結果的にダリルさんの生徒会入りが決まったことで、放課後に簡単ながら歓迎会を行うことになった。急なことだったが準備などは虚さんがしてくれてた。
今はさっきの模擬戦の話題が出ている。ちなみにあの模擬戦は映像が残されていて、他のクラスの実習のときも教材として使いまわしするらしい……はぁ。
「あぁ、そういやお前も遠距離じゃ二挺拳銃使ってるんだったな。近距離じゃ持ち替えてたみたいだけど」
「あ、試合映像見てくれたんスか? そうなんスよ。もしあんな戦いかたができればウチの特殊兵器とも相性がよさそうなんで憧れるッス」
この前からなんだかフォルテさんがダリルさんに懐いてる。頼りになりそうっていうのもあるのかな、気持ちはわかる気がする。
「紫音ちゃん、ご苦労さま。おかげで上手くいったわ」
そう言いながら楯無さんは労ってくれる。その手で小気味いい音を立てながら扇子を広げそこには『見事』の文字が書かれていた。……何種類持っているんだろう? というか、よく都合よく状況に合う文字の扇子を持っているよね。
まぁ、こうやって楯無さんが褒めてくれるのは素直に嬉しいけど、とはいえ……。
「全て楯無さんの思い通りの展開のようでなんだか釈然としませんが……」
「あら、なんのことかしら」
やっぱり今度何かしらやり返そう、うん。
その後僕らは虚さんの紅茶に舌鼓を打ちつつ談笑を続ける。ちなみに、ダリルさんの役職は会計監査ということになった。これもフォルテさん同様、名目上のものなので実務はほとんどなく緊急時のヘルプ要員という扱いだ。その後、簡単な食事を虚さんが出してくれたのでみんなでそれを今日は夕食替わりということにした。その後ある程度の時間を経て解散となった。僕と楯無さんはそのまま一緒に部屋に帰る。
少し話をしようかと思ったけど、シャワーを浴びてすぐに急激な眠気が襲ってくる。模擬戦のせいで疲れているんだろうと思い、そのまま眠気に身を任せてベッドで眠りについた。
明らかに疲れとは違っていた自分の体の違和感に僕は最後まで気付かなかった。
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