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NANA

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第一章


第一章

                         NANA
 俺がはじめて会った時には。もうだった。
 左手の薬指にはそれはなかった。確かにだ。
 けれど。あいつはこう言った。
「まだね」
「まだって何だよ」
「終わったけれど」
 こうだ。未練を見せて寂しい笑顔で言った。
「それでもね」
「何だよ、彼氏にふられたのかよ」
「別れたの」
 それだと言ってきた。向こうからだ。
「そうしたの」
「何だよ、離婚でもしたか?」
 バーのカウンターで並んで飲んでいて。俺は軽く言ってやった。
「そうしたのかよ」
「ええ」
 するとだ。返事はこうだった。
「そうなの」
「バツイチかよ」
「色々とあってね」
 寂しい笑顔のまま俯いての言葉だった。
「それでね」
「人間色々あるさ」
 落ち込んでいるのを見て。俺は月並みな言葉をかけた。陳腐な言葉だがこんな言葉しか言えないところに俺の人間としての安さがある、そう自嘲めいたものを思いながら。
「そりゃな」
「色々ね」
「俺だって彼女と別れたさ」
 これは本当のことだ。ほんの一月前にだ。些細なことで喧嘩して別れたばかりだ。
 その俺がだ。また言ってやった。
「だからな」
「だから?」
「飲むかい?もっと」
「そうね。それじゃあ」
「嫌なことは飲んで忘れるに限るさ」
 本当にそう思っている。それが俺のやり方だ。
「だからな。テキーラどうだい?」
「テキーラ?」
「テキーラサンライズな」
 テキーラはストレートで飲むのも好きだ。けれどカクテルで飲むのも好きだ。今はカクテルで飲みたかったし今もそれを飲んでいる。
「どうだよ、それ」
「そうね。それじゃあ」
「飲もうぜ、今日は」
 そうしてだった。俺達はこの日二人で飲んだ。それで終わりだと思った。
 けれどだ。またバーに行くとだ。カウンターにいた。
「何だよ、今日もかよ」
「仕事の帰りにね」
 前と同じ席に座ってだ。俺に言ってきた。
「それで」
「また飲んでるのかよ」
「飲まずにいられなくて」
 こうした状況じゃ誰もが言う言葉だった。
「それでね」
「そうか。じゃあな」
「そっちも飲むのね」
「酒は好きさ」
 かなり飲む方だ。日本酒よりも洒落たカクテルが好きだ。
「だからな」
「ええ、それじゃあ今日もね」
「飲もうな」
 こう話してだ。この日も二人で飲んだ。それからもだ。何度も何度も二人で飲んだ。そんなことを続けているうちにだ。俺は。
 女の名前を尋ねた。
「名前何ていうんだ?」
「知りたい?」
「知りたいっていうかな」
 俺はこう返した。
「聞かずにはいられないな」
「それでなの」
「それで名前何ていうんだ?」
 俺はまた尋ねた。
「あんたの名前な」
「ちょっと」
 口ごもってだ。彼女はこう言ってきた。
 
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