ソードアート・オンライン~漆黒の剣聖~
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フェアリィ・ダンス編~妖精郷の剣聖~
第六十八話 余裕がない心
二〇二五年一月十五日(水)
アルンに着いて宿を取ってログアウトしたのが午前四時ちょっと手前。それからシャワーを浴びなおして寝たのが午前四時半。そして現在は午前八時。桜火は未だベッドの中で寝息をたてて眠っている。
コンコン
と、そこに部屋の扉をノックする音と共に寝ている桜火を起こす声がかけられた。
「桜火くーん。ご飯だよー」
朝っぱらから元気な声に桜火は若干眉をひそめると、もそもそと布団から起きあがる。一月という冬まっただなかなこの時期は布団からでるのも苦労するものだが、桜火は目をさすりながら布団からでる。
「おはよーっす」
「うん。おはよう。朝ご飯できてるから顔洗ってリビングにおいで」
「へーい」
瑞希に促されながら背伸びをしながら洗面所に向かう桜火。その姿を微笑ましそうに見つめていた瑞希は桜火の姿が見えなくなるとリビングへと足を運んだ。
◆
「それで、今日の予定は?」
「ALOのメンテナンスが終わる午後三時まで暇。姉さんたちは大学?」
「いえ。水曜日は講義を履修してないの」
「私も焔もほとんど単位は取れちゃってるからね」
「優秀なことで」
そういってパンにかじりつく桜火。咀嚼しているときにふと疑問に思ったことがあったので目の前に座っている二人に聞いてみた。
「そういえば、他のメンバーは?」
「迅が大学あるみたいだけど、休むって。他のメンバーは休みみたい」
「大学生って結構自由なのな」
「いうほど暇じゃないんだけどね」
瑞希のいう通り大学生は聞くほど暇ではないのだが、周りにいるにいる人たちが優秀すぎるせいか、忙しそうには到底思えない桜火であった。
「そういえば、翡翠は?」
未だ桜火がこのマンションに来て一度も帰ってきたためしがない同居人。桜火の記憶がおかしいことになっていなければ、年齢的にもう社会人のはずなのだが――
「一年ぐらい前に小説家としてデビューしたわよ」
「・・・・・・はぁ!?」
「結構収入があるみたいで、今はいろいろネタを探しながら遊び歩いてるみたいよ」
「・・・・・・」
考えていることの斜め上をいく従姉の行動に、桜火はなにもいえなくなってしまった。
◆
「・・・・・・」
朝食が終わった後桜火はあてもなく外を散歩していたのだが、いつの間にか月雫が入院している所沢市の最新鋭の総合病院の正門にいた。
「おいおい・・・」
本来なら来るつもりのなかった桜火は無意識にもこの場所に足を運んだ自分に呆れるしかなかった。
「(思った以上に心に余裕がないなー)」
と心の中で呟くと病院の受付へと足を運ぼうとしたが、一歩踏み出したところでその足を止めた。
「・・・おれが行ってなにができるんだか・・・」
世界的に有名なホワイトハッカーである父親の夜鷹やアスクレピオスと呼ばれる世界的名医である叔父の鷹明なら何かできたかもしれない。だが、桜火はそれほどナーヴギアに詳しくないし、医学にも精通していない。そんな桜火が月雫のもとに行ったとしてもできることといえば無事を祈りつつ見守ることしかできないだろう。そこまで考えて桜火は溜息をはいた。
「(・・・おれはいつからこんなセンチメンタルなことを考えるようになった・・・)」
本来なら桜火は人の命に対して結構ドライだ。だが、こと月雫のことになると非情になりきれないところがある。
「(愛は人を変える、とはよく言ったものだな・・・あぁ、がらじゃねぇ・・・)」
今日のおれはどこかおかしい、そんなことを思いながら桜火は病院に背を向け、来た道を帰っていく。まばらな人混みを歩いていくと、ある一組の兄妹の姿が目に映った。
「(偶然、でもないか・・・)」
アスナがこの病院に入院していることを桜火は知っているため彼――キリト――がここを訪れても何ら不思議ではない。だが、だからといって声をかけることはしない。めんどくさいというのもあるが、それ以上に今は誰とも話す気になれなかったからだ。
進路も変えずにそのまま歩いていく桜火。キリトは妹とおぼしき人物との会話で桜火に気づく気配はない。そしてお互いがすれ違った瞬間、桜火がキリトに聞こえるくらいの声量でボソッと呟いた。
「こんにちは、キリト君」
その言葉を聞いたキリトが目を見張りながら勢いよく振り返るが、そこに桜火の姿はなかった。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
突然の兄の行動に妹――直葉――は少しばかり驚きながらキリトに訪ねる。
「・・・いや、なんでもないよ。行こう、スグ」
言葉を濁しながらそういうと病院に向かって歩を進める。慌ててついていく直葉はもう一度後ろを振り向くが、何か気になるものはなかった。
「(あー、らしくねぇ。ほんと、らしくねぇ・・・)」
二人が病院に歩いていく中、全く真逆の方へ歩いていく桜火はいつもの調子が出ない自分に溜息をついていた。
◆
「で、今どのあたりにいるんだ?」
現在の時刻はちょうどお昼。病院を後にした桜火は適当に東京をぶらぶらした後、暇そうという理由で烈を呼び出し適当なカフェテリアで昼食にありついていた。
「メンテ直前にアルンに入れた」
「そうか。それはなにより」
「お前の方はどうなんだ?」
「お前と一緒」
サンドイッチを頬張りながら答える桜火。烈はストローでアイスティーをすすりながら気になることを聞いてみた。
「んで、メンテ終わったらどうするんだ?」
「世界樹の攻略・・・なんだが、お前何時くらいに入れる?」
「早くて三時ちょっと過ぎだな」
「なら入ったら準備整えて樹の根本に集合ってことになるな」
しゃべる合間を縫いながら食べていたサンドウィッチがなくなると桜火はホットココアが入ったコップに手を伸ばしちびちびと飲む。
「そういや、桜火。お前一人でアルンまで行ったのか?」
「いんや。キリト君と向こうで知り合った人と三人で」
「キリトってあの?」
「そっ、SAOの英雄様」
「ふーん・・・」
冗談めかしに桜火がそういうが烈は大した反応も見せず、相槌を打つだけだった。
「反応薄いな・・・何とも思わんの?」
「特になにも。名声がほしかったわけでもないしな」
「ふーん。ところで総務省のお役人さん来た?」
「来たぜ。入院中にな」
病み上がりなのに迷惑きわまりないぜ、とうんざりしたようにいう烈。椅子の背もたれに背中を預け天井を仰いだところで思いついたように聞き返してきた。
「お前の方はどうだったんだ?」
「来たらしいよ」
「らしい?」
「ああ。姉さんが追い返したみたい」
「・・・それはまた・・・」
どういう経緯でそうなったのか知りたくなった烈であったが、それよりも気になることがあったのでそっちを聞くことにした。
「それよか、俺らだけで世界樹攻略なんてできんの?」
「さあ」
「さあって、おい・・・」
「なんとかなるだろ」
「・・・お気楽だなぁ、おい」
と言う烈であったが心の中ではそんなこと思っていない。SAOの時から月影 桜火/ソレイユと言う人物は下準備に抜かりがない。用意周到と言えばいいのか、一体どんなことを考えればそんなことする気になれるんだ、と言ったようなことを何度もしてきた過去がある。今回だって何か仕込んでいるに違いない、と烈は口には出さず心の中で思うだけにとどめておく。今ここで問い詰めたとしてもこちらが望むような回答は得られないということを経験で知っているため無理に聞き出すことはしない。
「んじゃ、準備が出来次第世界樹の根元に集合ってことで」
「あいよ」
その後、滞りなく昼食を済ませた烈と桜火は店を出るとすぐに別れ、真っ直ぐ自宅へと帰宅し、シャワーを浴びるなどして身支度を整える。ALOのメンテ終了時刻までまだ余裕があることを確認した桜火はスマホを手に取りある人物たちと連絡を取り合う。
何件か電話をし終えて時計に目をやると、そこに記されていた時刻が三時を五分ほど回っていたので桜火はナーヴギアをかぶりベッドに横になりいつもの言葉を口にする。
「リンクスタート」
◆
「まぁ、これだけあればいいか」
妖精郷に降り立ったソレイユはまずウインドウを開きスキル構成の確認やアイテムの確認などをしていた。スキル構成は火属性と光属性の混同。装備する武器はエクリシスとレーヴァテイン。
準備を終えたソレイユはキリトたちの現在位置を確認した後、腰かけていたベッドから立ち上がり部屋を出て行く。どうやらキリトたちは先に言ったようで現在街中を世界樹の根元に向かって歩いているようだった。
宿を出てあらためてアルンの街並みに眼をやると、雑多だが活気があふれている街だということがすぐに分かった。そんな街並みを眺めつつ世界樹の根元に向かって歩いていると、上空にぽつんと滞空している一人のプレイヤー――リーファ――がいた。ソレイユの場所からでは表情が見えないためどうして滞空しているのかがわからないので、翅を振るわせリーファのもとまで飛んでいくソレイユ。
「おーい。どうしたよ、こんなところで飛ぶなんて」
「・・・・・・」
「おーい・・・」
返事がないリーファを訝しんだソレイユはリーファの正面に回り込み顔を覗き込むと、今にも泣きだしそうな表情がそこにあった。
「・・・何があった?」
「・・・キリト君が、世界樹の攻略に・・・」
掠れた声であったがソレイユはリーファの言いたいことを理解した。
「(大方、ユイ辺りがアスナのIDでも見つけたか・・・)」
この場で起きたことをすべて理解したソレイユは、未だ泣き出しそうな表情のリーファに向かって口を開いた。
「おい、リーファ。蘇生魔法は使えるか?」
ソレイユの質問にリーファは首をフルフルと横に振るう。
「なら、蘇生アイテムは?」
「そ、それなら≪世界樹の雫≫っていうのが一個だけ・・・」
「なら行くぞ」
そういって翅を羽ばたかせようとするソレイユ。だが、ソレイユの言いたいことが全然理解できないリーファは困惑しながらソレイユの手を掴み問い掛けた。
「ちょっと、待って!行くってどこに!?」
「世界樹の根元のドーム。そもそもあいつ一人で世界樹の攻略なんて無理だ」
そう断言するソレイユにリーファは難しい顔をした後、掴んでいたソレイユの手を離しソレイユを無視して翅を振るわせる。それに若干呆れながらリーファの後を追う形で翅を羽ばたかせて世界樹の根元に向かう。
世界樹の根元に着いた二人が見たのは、本来閉じているであろう華麗な装飾が施された扉が開いている光景だった。
「あの馬鹿は・・・」
アスナに会いたい気持ちはソレイユにもわからなくもない。ない――のだが、だからと言ってなぜここまで来て仲間をおいていくのか、ソレイユは理解に苦しむ。そもそも、未だに誰も突破できなかったこのクエストをお前が一人で挑んだとしても突破できるわけがないだろう、とがらにもく叫びたい気持ちになったソレイユだったがそれよりもすべきことはキリトの救出である。
「リーファ、おれが先陣を切るからキリトのリメインライトの回収よろしく」
「ソレイユ君はどうするの?」
「出来るだけ敵を引き付ける。中がどうなってるかわからないが、まぁ、やれるだけやってみるさ」
「・・・わかった・・・」
簡潔に作戦会議をし終えると開いている分厚い石扉を翅を羽ばたかせて勢いよく潜る。ドームの中に入った二人は周りを見渡しキリトの姿を探す。ソレイユとリーファが真上を見上げると、天蓋近くに灰色のリメインライトがあった。
「っ!?」
それを見たリーファが即座に飛び出すが、それよりも早くソレイユが翅を羽ばたかし最短進路の敵を屠っていく。だが、キリトのリメインライトに近づくにつれ大量の守護騎士とおもしきMobが二人の行く手を阻む。
「(おいおい・・・こりゃ・・・)」
そこでソレイユは一つだけ気が付いたことがあった。
「(・・・天蓋に近づくにつれて敵のポップ率があがる、のか?)」
確信は持てないがそれ以外に今の状況を説明できるものはない。だが、一対多になれているソレイユは周りの状況確認を決しておろそかにしない。少しでも異変があれば気づくようにしている。奇しくもそれは、SAO時代に高嶺恭介が手掛けたレジェンド・クエストで養われた能力だった。
「ちっ!」
エクリシスだけでは守護騎士たちを捌くのが間に合わないので、レーヴァテインを刀状にして顕現させ、二刀を使って守護騎士たちを屠っていく。その隙にリーファがキリトのリメインライトの回収に向かうが、やはりというべきか数えきれないほどの守護騎士たちがリーファの行く手を阻む。リーファは腰の長剣を抜き、守護騎士たちの攻撃をいなしながらキリトのリメインライトのもとへ到着すると一直線に出口に向かって翅を羽ばたかす。だが、そうは問屋が卸してくれない。リーファ目掛けて守護騎士たちが矢や光の魔法を放つが、それをソレイユが魔法で焼き払い無効化したためリーファに届くことはなかった。よくこんな乱戦時にそんな器用なこと――魔法で魔法を無力化すること――できるね、と横目に見ていたリーファは心の中で呟いた。
◆
無事に生還したリーファがリメインライトに≪世界樹の雫≫をふりかけると、たちまちその場に蘇生スペルをかけたような立体魔方陣が展開すると、数秒後、黒衣の剣士が実体化した。それに安著したリーファは次に守護騎士の相手を引き受けたソレイユのことが心配になりドームの入り口に目を向けると、無傷なままのソレイユが下りてくるところだった。
「よう。無事に生き返ったみたいだな」
「ああ、おかげさまでな」
「・・・さて、あれをどうやってクリアするか・・・」
キリトの無事を確認したソレイユが考えるのはこれからのこと。目標地点と思しき天蓋に近づくにつれ守護騎士たちの数も比例して増えていく。一体一体の強さはさほどのものでもない。だが、たいした実力がない者でも数が集まれば厄介極まりない。
「(まさしく数の暴力だな)」
もはや呆れるしかない。そして、よくこんな嫌がらせなもの造るものだ、と逆に感心してしまうソレイユ。キリトとリーファが何か言い合いをしているが、そんなことよりこれからのことを考える方が大事だった。
「(はぁ・・・厄介だなー)」
レジェンド・クエストが可愛く見えるな、と心の中で呟くと階段近くにあった世界樹の根に背中を預けながらため息を吐く。
「(あれじゃ、いくらおれとシリウスでも攻略は難しいな)」
SAO内でのトップ5に入る実力者であるソレイユとシリウスが組めば大抵のクエストは難なくクリアできるだろう。だが、先ほどの世界樹攻略だけはどう考えても攻略法が思いつかない。それでも決して無理と言わないのがソレイユである。何か策はないか、と考えていたところでリーファの掠れる声がソレイユの耳に入った。
「・・・お兄ちゃん、なの・・・?」
「え・・・・・・?」
初めはリーファが何を言っているのかわから無かったキリトだったが、リーファの顔を見つめると音にならないような声で囁いた。
「――スグ・・・直葉・・・?」
その言葉を聞いたリーファはよろめくように数歩下がる。
「・・・酷いよ・・・あんまりだよ、こんなの・・・」
首を左右に振りながらうわ言のように呟くとウインドウを開いてログアウトしていった。そこに残されたのは呆然とした様子のキリトだけだった。
「なにがあったんだ?」
「それが・・・」
キリトから簡潔に事情を聞いたソレイユは真剣な表情でキリトのことを見据えながら口を開いた。
「まぁ、だいたいのことはわかった。そんで、お前はこれからどうするの?」
「どうするって・・・」
「アスナを助けるためにもう一度あれに挑む?それともリーファのことを慰めにいく?」
「・・・・・・」
言葉がでないキリト。そんなキリトにソレイユはさらに言葉を続けた。
「まぁ、どっちにしろ、お前がなにしようとおれには関係ないんだがな」
そう言い切ったところで唐突にユイの声が響いた。
「どうしてにぃにはそんなに冷静でいられるんですか!?あそこにはママだけじゃなく、ねぇねもいるんですよ!?」
瞳に涙を浮かべながら怒ったように言うユイにソレイユは言い聞かせるような声色で口を開く。
「ユイ、おれが言いたいのはそういうことじゃないんだ。そりゃあ、おれだって早くルナ会いたいと思ってる」
「だったら、何でそんなに冷静でいられるんですか?」
「ああ、それはきっと――」
と、そこまでいいかけたところでソレイユは口をつぐんだ。そのことにユイは首を傾げるが、ソレイユはこの話は終わりだと言わんばかりにキリトに向かって口を開いた。
「とりあえず、キリト君。さっさとリーファのこと何とかしてこい。そんな心で戦われても迷惑だ」
「・・・ああ、わかった」
そういうとキリトもログアウトしていく。それを見送ったソレイユはウインドウ画面を開き二通のメールを送ると、画面を閉じる。
すると、階段を上がってくる音をソレイユの耳が聞き取った。
「よう、来たか」
「ああ、待たせて悪かったな」
まとう雰囲気で双方が誰なのか理解する二人。上がってきたのは槍を携え金属類の装備を着用せず、浴衣だけを羽織ったサラマンダーの男性――シリウスだった。
後書き
はぁ、やっと更新できた・・・
ルナ「随分かかったね」
いや、忙しくて・・・はぁ・・・
ルナ「・・・なんかいつもの調子じゃないみたいなので、今日は早めに切り上げたいと思います」
・・・感想などありましたら、待ってます・・・はぁ・・・
ルナ「・・・大丈夫?」
・・・・・・・・・・・・
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